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第1話「日常」
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僕には彼女がいた。
可愛くて、明るくて、優しい、クラスの人気者。
髪はふわふわだし、いつもいい香りがしてるし。
僕には勿体ないとさえ思えてしまう、そんな人だった。
実際、勿体なかったらしい。
「七星はさ、ほら。良い人止まりなんだよね、うん。ほんとごめんね?」
そう言って振られた翌日、その人が僕を含む5人の男と同時に付き合っていたことを知った。
◇
バイト先の休憩室で、僕はそんな話をしていた。
「悲惨だね~……」
人の気も知らないで呑気そうに、挙げ句に未成年の目の前で煙草を吸っているその人は、楽観的とも悲観的とも取れる虚ろ目でそう言った。
というかなんでこんな話を彼女にしているのだろうかと考える。
そしてすぐに思い出す。簡単な話、彼女が訊いてきたからだ。
なんか青春らしい話でもない? と。
「訊いたのは小雀弥さんじゃないですか。もっとなんか、気の利いたこと言ってくださいよ」
「無茶言うなよ……もっとこう、甘いの期待してたんだから……。煙草が美味しくなるような話するな」
「美味しくなるんですか?」
「気持ちね」
「はぁ……?」
換気扇のファンが回る音だけが、終始静かなこの部屋を支配している。
煙たい休憩室で二人きり。色んな意味で空気が不味い。
「というか」
僕は今更なことを言ってやった。
「いい加減、喫煙所でもない室内で煙草吸うのやめてくれません?」
「え、死ねってこと?」
「怖いです怖いです、僕そんなこと言ってないです」
「でもなあ、このスーパー喫煙所無いじゃん」
愚痴りながら、ふーっと煙を吐く。
「そこにありますよ」
そう言って、僕は一つの扉を指差した。平均より若干小柄な僕が開けるのには一苦労する、鉄製の重めな扉。
その扉を開けば、目の前には駐車場がある。
そして、扉のすぐ横には簡易的な喫煙スペースが設置されてあったはずだ。
「いや今12月。寒いじゃん」
「それは、まあ……」
「え、死ねってこと?」
「我慢するという選択肢は無いんですか?」
「尚更死ぬね」
「吸ってたほうが死にますけどね」
そんな風に、僕らは軽口を言い合った。
休憩時間が重なることが多い二人にとって、日常的なワンシーンだ。
学校終わりからの速攻バイト。それから2時間30分働いて、1時間の休憩。
実のところ、朝から晩まで忙しい平日の些細な安らぎだった。
「ねえ、ナホ」
短くなった煙草を消したかと思えば、急に改まる小雀弥さん。
見つめてくる彼女の、長いまつ毛、細まった黒目、ピンクのリップ、色んなところが否応に目に入ってしまって、彼女を失ったばかりの僕は思わずドキリとしてしまう。
「なんですか、小雀弥さん。改まって」
やけに真剣な顔立ちなもんだから、僕の方もつい姿勢を正してしまう。
「休憩室に喫煙スペース作って、って。店長に言ってくれない?」
かと思えば、特別大事そうでもなさそうだった。
真面目に聞いて損した。
「自分で言ったら良いじゃないですか」
「いやぁ~、私信用無いしさぁ」
それ、自分で言ってて何も思わないのかな。
「その点、君は良い子ちゃんで、店長にも気に入られてるんじゃん?」
「前提として、僕は未成年なんですが」
「えっと」
「はい」
「それがどうかした?」
「……小雀弥さん、いい加減禁煙した方が良いですよ。絶対」
これは、失恋した僕と、ニコチンに知能を奪われてしまった小雀弥さんの、ちょっと可笑しな日々の話。
可愛くて、明るくて、優しい、クラスの人気者。
髪はふわふわだし、いつもいい香りがしてるし。
僕には勿体ないとさえ思えてしまう、そんな人だった。
実際、勿体なかったらしい。
「七星はさ、ほら。良い人止まりなんだよね、うん。ほんとごめんね?」
そう言って振られた翌日、その人が僕を含む5人の男と同時に付き合っていたことを知った。
◇
バイト先の休憩室で、僕はそんな話をしていた。
「悲惨だね~……」
人の気も知らないで呑気そうに、挙げ句に未成年の目の前で煙草を吸っているその人は、楽観的とも悲観的とも取れる虚ろ目でそう言った。
というかなんでこんな話を彼女にしているのだろうかと考える。
そしてすぐに思い出す。簡単な話、彼女が訊いてきたからだ。
なんか青春らしい話でもない? と。
「訊いたのは小雀弥さんじゃないですか。もっとなんか、気の利いたこと言ってくださいよ」
「無茶言うなよ……もっとこう、甘いの期待してたんだから……。煙草が美味しくなるような話するな」
「美味しくなるんですか?」
「気持ちね」
「はぁ……?」
換気扇のファンが回る音だけが、終始静かなこの部屋を支配している。
煙たい休憩室で二人きり。色んな意味で空気が不味い。
「というか」
僕は今更なことを言ってやった。
「いい加減、喫煙所でもない室内で煙草吸うのやめてくれません?」
「え、死ねってこと?」
「怖いです怖いです、僕そんなこと言ってないです」
「でもなあ、このスーパー喫煙所無いじゃん」
愚痴りながら、ふーっと煙を吐く。
「そこにありますよ」
そう言って、僕は一つの扉を指差した。平均より若干小柄な僕が開けるのには一苦労する、鉄製の重めな扉。
その扉を開けば、目の前には駐車場がある。
そして、扉のすぐ横には簡易的な喫煙スペースが設置されてあったはずだ。
「いや今12月。寒いじゃん」
「それは、まあ……」
「え、死ねってこと?」
「我慢するという選択肢は無いんですか?」
「尚更死ぬね」
「吸ってたほうが死にますけどね」
そんな風に、僕らは軽口を言い合った。
休憩時間が重なることが多い二人にとって、日常的なワンシーンだ。
学校終わりからの速攻バイト。それから2時間30分働いて、1時間の休憩。
実のところ、朝から晩まで忙しい平日の些細な安らぎだった。
「ねえ、ナホ」
短くなった煙草を消したかと思えば、急に改まる小雀弥さん。
見つめてくる彼女の、長いまつ毛、細まった黒目、ピンクのリップ、色んなところが否応に目に入ってしまって、彼女を失ったばかりの僕は思わずドキリとしてしまう。
「なんですか、小雀弥さん。改まって」
やけに真剣な顔立ちなもんだから、僕の方もつい姿勢を正してしまう。
「休憩室に喫煙スペース作って、って。店長に言ってくれない?」
かと思えば、特別大事そうでもなさそうだった。
真面目に聞いて損した。
「自分で言ったら良いじゃないですか」
「いやぁ~、私信用無いしさぁ」
それ、自分で言ってて何も思わないのかな。
「その点、君は良い子ちゃんで、店長にも気に入られてるんじゃん?」
「前提として、僕は未成年なんですが」
「えっと」
「はい」
「それがどうかした?」
「……小雀弥さん、いい加減禁煙した方が良いですよ。絶対」
これは、失恋した僕と、ニコチンに知能を奪われてしまった小雀弥さんの、ちょっと可笑しな日々の話。
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