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番外編:ほろにがチョコプディング〜バレンタイン仕立て〜

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 杉野さんをはじめとする委員会メンバーの個人チャットに、どこのメーカーのチョコレートがいいか案を出さなければならない。その条件とは、①前回渡したメーカーではないもの、②相田部長とかぶらないもの(これは佐藤くんのリサーチに懸かっている)、③華美でなくかつ、うまいもの。
 ちなみに前回は相田部長の勝利だったようで、僕ら平社員男性はみんな冷遇されていたらしい。どうりで経理部の前に行くのが恐ろしかったわけだよ。
 ていうか、贈るチョコって自社製品じゃダメなのか。そもそも女子社員に不評ならあのバレンタインフェアで売っているものはなんだったのか。いや、確かに有名メーカーなら箔がつくし、もらったら嬉しいものだろうし。そこで優劣つくのもどうかと思うけど。うーん、納得いかない。
「──ですよね、真殿さん」
 開発部に戻る途中、僕の前で湯崎さんと佐藤くんが話していたらしく、急に僕へ話を振ってきた。
「はい?」
「いやだから、真殿さんって監視のプロじゃないですか」
 湯崎さんがあっさりと言う。僕は耳を疑い、危うく転びそうになった。
「え? え、待って。なんですか、急に」
「だから彼女さんの昼飯タイムを監……」
「だあぁぁぁーっ!」
 思わず声が裏返ってしまい、なんとかごまかすも時すでに遅し。横にいた佐藤くんはゴミを見るような目で僕を見ていた。
「違うってば! そうじゃない! あぁもう、この説明めんどくさいんですけど!」
「まぁ、真殿さんのへきに関してはこの際どうでもよくて」
「違う! 本当に違うんだって! これには色々とわけが」
「御託はいい」
 佐藤くんの冷徹な声がさらに僕の心をグサグサ抉った。そして僕に発言権はなく、ただただ誤解だけが生まれていく。
「とにかく、その監視術とやらを僕に教えてください。不本意ですが、相田部長を見張らなきゃならないんで」
「だから違うって言ってるのに!」
 妙なことになってしまった。慌てる僕を前に佐藤くんは冗談なのか本気なのか真面目な顔つきのままだし、湯崎さんはニヤニヤと悪い顔で笑ってるし。
「そうだ、このあと企画部に用あるんでしょ、真殿さん。佐藤と一緒に行ってくればいいじゃん」
「湯崎さん、面白がってますよね?」
「そりゃ面白いでしょ。チョコのリサーチもやんなきゃなので、考えといてくださいねー」
 そう言って湯崎さんはロングカーディガンのポケットに手を突っ込んで開発部へ戻っていき、僕は佐藤くんからジャケットの裾を引っ張られて企画部へ連れて行かれた。
 その間、僕は必死に誤解を解くべく力説した。この説明、何度やればいいんだろうか。
「……というわけで、監視してるわけじゃないんだよ。わかった?」
「はぁ。要するに、真殿さんのやり方じゃ相田部長の監視はできないですね」
 がらんとした企画営業部の中で、僕と佐藤くんは隅っこの商談スペースで向かい合っていた。途中で立ち寄った自販機でコーヒーを買い、飲みながら今後の話し合いをする。
「あぁ、そうだよ。って、僕は監視してるんじゃなくて」
「面倒だから監視でいいですよ、もう。それにその話、僕は興味ないんで」
 そう言って、彼は缶コーヒーをぐいっと飲み干す。一息つき真剣な目つきで僕を見た。
「問題は、どうやって相田部長の足を引っ張るかです。何かいい案あります?」
「ないよ。だいたい、人の足引っ張る余裕なんかないよ」
 僕もコーヒーをぐいっと飲み干して投げやりに答える。
「でも、やらなきゃ僕らの今後が危ないですよ。他部署から目の敵にされたくないし、経理部からも冷たくされては困ります。とくに僕、経理部から嫌われてるようなので」
「そうなの?」
 思わぬ言葉に、僕は思わずむせそうになった。対し、佐藤くんは無表情のまま「はい」と答える。
「なんか、合わないんですよね……よく突っかかられます。あのお局に」
 経理部のボスでありお局の美山みやま女史はとても刺々しい性格をしており、僕も願わくは一生関わりたくないと思っている相手だ。確か、戸高とだか部長と同い年だったような……戸高部長がコノハナサクヤヒメなら美山さんはイワヒメといった方が的確かもしれない。
「なんの話してるんですかー?」
 背後から無邪気そうな声が聞こえてくる。振り返ると、汐田さんが僕らの後ろから顔を覗かせていた。
「汐田さん! いつからそこに!」
「えーっと、佐藤先輩がお局とうまくいかない的な話から?」
「おい、汐田。盗み聞きとはマナーがなってないぞ」
 佐藤くんが切れ味抜群なナイフみたいに尖った口調で言う。しかし、それに慣れているのか汐田さんは「てへ!」とごまかして僕の方を見た。
「で、なんの話ですか?」
 そして、やけにしつこい。
「バレンタイン当日のために非モテ同盟を作っただけだ。以上、散れ」
 僕が答えるスキを与えず、佐藤くんが汐田さんを追い払う。汐田さんへの態度が厳しいというのは前々から知ってたけど、これはかなり厳しいな。それに非モテ同盟ってなんだよ。
 一方で汐田さんも負けじと言い返す。
「散れってなんですかー! そうやってすぐ人を邪険にするー! だからモテないんですよ! あとねぇ、真殿さんは非モテじゃないですから一緒にしないでください!」
 この言葉に、佐藤くんはなんだかショックを受けたかのように固まった。年下女子に「だからモテない」と言われたら誰だって傷つくよな……でもこの場合どっちもどっちというか……
 佐藤くんが僕を見て、汐田さんを見る。その目はなんだか驚愕に満ちており、静かに口を開いた。
「汐田、お前、まさか真殿さんのことを……」
 え、何? なになに、その反応?
「や、違いますから! そんなんじゃないですから!」
 全力で否定する汐田さんの耳が真っ赤だ。その反応が余計にこの場の焦燥を煽り、温度も高くなっていく。とは言え、汐田さんの好きな人は湯崎さんだから、佐藤くんの見解ははずれている。それをこの場で僕が言うわけにはいかず、なんとももどかしい時間が流れた。
 やがて、勘違いしたままの佐藤くんが汐田さんの肩をポンと叩く。
「とにかく、真殿さんはやめとけ。いいか、汐田。この人、とんでもない癖が……」
 そう言いかける佐藤くんの口をすぐに塞ぐ。言わないって約束したばかりなのに!
「佐藤くん、そろそろ今度のひな祭りイベントの打ち合わせしようか。だから汐田さんは気にせず仕事してて」
「でも私、真殿さんに用事があるんですけど」
 僕も気が動転しているから何を口走っているのかよくわからなくなっている。ひな祭りイベントなんてないし、あったとしても僕の管轄じゃないし。
 もう何を言っても三者三様に誤解が生じそうなので、僕は佐藤くんに小声で「あとで連絡する」と言い残し、先ほどのバレンタインフェアの反省会をするべく汐田さんと一緒に一階のロビーへ行くことにした。
 はぁ、どっと疲れが溢れてくる。
 助けて、頼子……。

 ***

 しかし、ここ数日の僕は頼子と距離をとっている。
 三日前から昼飯チェック用の小型カメラにマスキングテープが貼られており、様子が見えなくなっているのだ。わけを聞いてもはぐらかされてしまうので、どうしようもない。
 一体、僕が何をしたっていうんだ。そもそも昼飯チェックは頼子が言い出したことなのに、急になんの宣言もなく辞められるのは納得がいかない。
 なんだろう……先週、アジフライを作ったのがそんなに嫌だったのか。それとも、週末のアクアパッツァか。でもあれは僕ひとりで食べたものだし、頼子にはポークステーキを出した。まぁ、あの時は今度の会議でどうしても出さなきゃいけなかったメニューを家で試作するために作ったものだったので、頼子に協力させてまで食べてもらおうとは考えてなかったけど。
 でも、夕食でお互いに別々のものを食べるというのは奇妙な感覚ではあったし、もしかしたら頼子も嫌だったかもしれない。
 いつものように買い物をして帰宅する。今日は頼子の好きなものを……昨日仕込んでいた鶏肉で唐揚げとポテトサラダを作る。一月中に食べきれなかった冷凍餅もあるし、一緒に揚げたら頼子のテンションも上がるだろう。
「ただいまー」
 寒い外を歩いたら意外とコートの中が蒸されてしまい、すぐに脱ぎたくなる。家の中があったかいので尚更だ。すると、ジンジャーがトトトと走ってきて出迎えてくれた。
「のぉぉぉん」
「ただいま、ジンジャー。飯は食べたか?」
「のぉぉ」
「なんだ、まだか。おーい、頼子ー、ジンジャーがお腹すいたってよー」
 ジンジャーを抱いてリビングに入ると、頼子はキッチンにいた。慌てて何かを隠そうとしている。
「あ、おかえり、修くん」
「何やってんの?」
 明らかに何かをしていたはずなのにキッチンはキレイなままであり、頼子は後ろ手に何かを隠しているような格好で僕に笑いかける。
「修くん、コート脱いだら?」
「あ、うん……」
 質問に答えてくれない。最近ずっとこれだ。
 釈然としないままクローゼットにPコートをくるんで放り投げる。すると、隠していたものはすでにどこかへ仕舞ったのか、頼子が僕の背後に回って耳をつまんできた。
「ひゃー、冷たい! 今日も寒かったのねー」
「うん、やっぱり二月は冷えるね。でもクリスマスにくれたマフラーのおかげでだいぶ温かいから平気」
 渋い柿色と茶色の毛糸を複雑に編み込んだマフラーは今や大活躍で、僕のお気に入りだ。頼子はなんだか照れくさそうに笑った。
「えっへへ。それにしてもお腹すいたねー、ジンジャー。すぐにご飯にするからねー」
 そう言って僕の足元でゴロゴロしていたジンジャーを抱きかかえる。頼子のその様子に違和感があったので、僕は首をかしげた。

 キッチンはやはりキレイなままで、何かしていた形跡はない。別に何をしようと構わないのだが、頼子がはぐらかすから気になってしまう。
 夕食中、頼子は今日見ていたバラエティ番組の話をしていて、今もテレビのクイズ番組を見ながら答えを考えている。
 そんな彼女は唐揚げをいくつかむしゃむしゃ食べると、ポテトサラダと揚げ餅にはあまり手をつけずに「ごちそうさまでした!」と手を合わせた。
「もういいの?」
「うん、お腹いっぱい。おいしかったー! あ、明日のお昼ご飯用に残ってるかな?」
「残ってると思うよ……僕もお弁当に持っていくけど、その残りでいいなら食べてて」
「はーい」
 そう返事して頼子はソファに陣取ると、クイズ番組をぼーっと見つめる。その背中に向かって僕は訝しげに声をかけた。
「あのさ、頼子」
「ん?」
「昼飯チェック、もうやらなくていいの?」
「ごめん、ちょっと聞こえなかったー。なんて?」
 頼子はテレビに目を向けたままだ。またはぐらかされる。
 僕は茶碗の白米をかき込み、皿をまとめてシンクに置き、軽く水洗いして食洗機に突っ込んだ。すると、そんな僕の様子が気になったのか、頼子がソファから離れてカウンターにやってくる。
「ねぇ、修くん」
 頼子がいつになく真剣な声音で言う。
「あなた、しばらくキッチンに立たないで」
「えっ」
 思わず手を止めて顔を上げると、頼子は申し訳なさそうな顔をした。
「どうして? 今日の夕飯、まずかった?」
「いや、違うの。そうじゃなくて……ほら、あたしも料理の勉強とかしたいし、しばらくあたしが作るから、ね?」
 上目遣いにお願いされる。料理がまずいから作るな、というわけではないのは信用していいらしいけど、頼子が進んで料理の勉強をしたいって言い出すのは妙だと思う。あやしい。
「料理なら僕が教えるよ? それじゃダメなの?」
「ダメ。一人でやらなきゃダメだから。あーもう、いいからしばらくキッチンをあたしに貸して!」
 今度はムキになって言い出す。僕もわけがわからずムキになって言った。
「それってさ、昼飯チェックやめることと関係があるの?」
「あたしがいつ『やめる』って言ったよ」
「だって、そうだろ。カメラにテープ貼ってるし」
「それは……」
 すかさず頼子は言い淀み、僕から目をそらす。やっぱりあやしい。
「なんだよ、あれだけ昼飯チェックやめたくないって言ってたくせに」
「だからまだやめないってば! いいから、修くんお風呂入ってきなよ! あとはあたしがやるから!」
 そう言って、彼女はキッチンに回り込むと僕から皿を奪った。油と水滴がついたままでキッチンを追い出される。
「……なんなんだよ」
 モヤモヤが止まらない。でもこれ以上しつこくすれば、さらに喧嘩に発展しそうだから何も言わないことにした。
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