生きづらい君に叫ぶ1分半

小谷杏子

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1巻

1-3

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 。普通ならときめく場面なのだろう。しかし、晴はさらに罪悪感で押しつぶされそうになり、うつむいた。

「いや、ダメです。『earth』が好きな人は全国にたくさんいるのに、わたしだけ特別って荷が重いです……」
「あはははっ! 晴ちゃんが本物のファンだってことはよくわかったよ。それにしても、僕らの世代は有名人とも気軽に繋がれるから、そんなに抵抗感はないだろうと思っていたんだけど、そうじゃないんだね」
「好きだからこそ知りたいですよ。もちろん。でも、一線は引くべきです」
「なるほど。それは僕もだよ」

 芯太はうれしそうにうなずいた。そして、何か考えている顔つきで天井を見る。

「ちなみに、僕らの動画でアフレコしてる?」
「えっ」

 晴は肩を上げた。心臓がドキリと爪弾つまはじきにされたかのようで、腹の底が一気に冷える。

「な、なぜ……」
「だって、わざわざああしてエサをいてるんだから、てっきりそうだろうと」
「エサ……」

 なんとなく凪の毒舌を思い出した。どちらも言葉選びが独特である。『earth』本人なのだから当然と言えば当然だが。
 芯太はしばらく考え、思い当たるようにゆっくり言った。

「声が気になる。どこかで聞いたなぁ……晴ちゃん、SNSのアカウント持ってるでしょ。動画、上げているよね?」
「なんでそう思うんですか?」
「そりゃ、僕らの動画でアフレコしてくれた人の声をいつもチェックしてるから」

 その何気ない答えに、晴はさっと血の気が引く。憧れの存在に自分の声を聞かせていたとは思いもせず、またそれが本人にバレてしまうとも思わず震えが走る。
 もう逃げ場がない。晴は観念した。

「そ、その通りです……」
「ハル……ハルって、天気の晴れって書く?」
「はい」
「あー、ってことは『日青』さんだ!」

 芯太は膝を叩いて言った。
 晴は頭を抱えた。自分のアカウントネームの安直さにあきれ、気分は大罪人だ。対し、芯太は無邪気に手を叩いて喜んでいる。

「やったぁー、当たった! いやぁ、そうかそうか。君が日青さんかー」
「すみません……あんなお粗末な声でアフレコして……」
「何言ってるの。遊んでほしいってこっちから誘ってるのに。それに、君の声は聞いてて心地いいんだ」

 耳を疑うような言葉に、晴は思わず顔を上げる。芯太は優しく笑って続けた。

「他の人にはない、真っ直ぐで純粋で心がこもっている声がね、好きなんだよ」

 その言葉に、晴は目をしばたたかせた。
 ──どうしよう、なんだろ、これ。すごくうれしい……
 冷えていた胸の中が急激にポカポカと温かくなる。同時に眼球の奥が熱くなり、ポロッと涙がひと粒落ちた。

「あれ!? ごめん! 気持ち悪かった? いや、そうだよね、絶対そうだ。ごめん!」

 たちまち焦って立ち上がる芯太に、晴はすぐさま涙を拭って手を振った。

「いえ、あの、なんかすごくうれしくて……誰の目にも留まらない、雑草みたいな動画だから、その、誰かに好きだと言ってもらって……感動しちゃって」

 晴は鼻をすすり、照れ隠しに笑う。すると、芯太の顔もほっと安堵した。

「あはは、大げさだなぁ」
「すみません。慣れてないんです」
「その純真さで目がくらみそう」

 芯太は深くソファに腰かけ、優しく微笑ほほえんだ。晴は恥ずかしさのあまり、紅茶を飲んでごまかす。
 そのとき、何を思ったか芯太が軽々しく提案を持ちかける。

「そうだ。晴ちゃん、僕らと一緒に『earth』のをやってみない?」
「ふぁっ!?  な、何を、急にそんなこと言い出すんですか!」

 晴はむせ返りながら言った。同時に二階で何かが落ちた音がし、芯太がニヤリと笑う。

「おもしろいかなーと思って」
「だからってなぜ!」
「ちょうど今、素材を探してたんだよ。そろそろ『earth』に声を入れたいなって。五感に訴える動画を作りたいんだけど、そのためにはやっぱり血の通ったがほしい」
「いやいやいや、だったらふさわしい人が他にたくさんいます! 声優とか歌手志望とか、それこそ専門学校に通っている人とか!」

『earth』のファンには夢を目指す人が多い。そんな人たちを押しのけて、こんなあっさりと軽々しく『earth』に協力するなんて恐怖で眠れない。全力で首を横に振るも、芯太は真剣だった。

「大丈夫、大丈夫。むしろ、まっさらで慣れていない素人しろうとのほうがやりやすい。こだわりが出来上がっている人だとちょっと難しいから、こういうのは」
「そんなことを言われても……」

 晴は天井を見上げた。無意識に足が浮く。深呼吸をして心を落ち着かせる。
『earth』の一員になれるなんて夢のようだ。でも、自信がない。誰にも届かない小さな自分の声を誰かの心に届ける、そんな大役を務められるのだろうか。どうしても一歩が踏み出せない。

「晴ちゃんは、どうしてアフレコ動画をしてるの?」

 静かに聞かれ、ビクッと心臓が震える。頭が真っ白になり、顔を伏せた。

「あ……えっと……なんでだろ」
「誰かに聞いてほしいからじゃない?」

 芯太がなおも言う。晴は顔を伏せたまま笑った。

「うーん……誘導ですよ、それ」
「そうかも。でも、僕にはそう思える。君の声を誰かに届けてみないか?」

 そう真剣に言われてしまえば、その気になってしまう。自分の奥底に眠る感情を掘り起こす。
 すべてをさらけ出すのは恥ずかしい。でも、ありのままの自分を聞いてほしい。自分でさえ見えていない全身全霊の芯の部分を。
 その欲が高まった瞬間、晴は顔を上げた。芯太の目が好奇心にキラリと光る。

「……」

 返事ができない。すると、芯太が沈黙を引き裂かんばかりに明るい声で言った。

「今から時間ある? ちょっと声を吹き込んでみない?」
「え? いや、あのっ……」
「いいから、いいから。やってみたら気持ち決まるかもよ」

 迷う晴に対し、芯太は満面の笑みを向けて立ち上がった。

「よーし、じゃあやってみよう! 凪も呼ぶね!」

 凪の存在をすっかり忘れていた。晴は困惑のまま立ち上がる。

「そんな、ちょっと蓮見さん……!」
「僕らはふたりで『earth』だから、あいつも立ち会わせなきゃ」

 芯太は隙のない笑みを浮かべ部屋へ案内する。仕方なく、晴は促されるまま凪がいる部屋へ向かった。胸がドキドキする。
 芯太が部屋の戸をノックした。しかし、声は聞こえない。

「あいつ、ヘッドホンして作業するから聞こえないんだ」

 そう言って、彼は勝手に部屋の戸を開けた。
 ベッドと机、四方八方の壁を覆い尽くす標本や図鑑、外国のポストカードや有名アーティストのジグソーパズル、ロックバンドのポスター、雑多な色に覆われたアトリエが両目に飛び込んできた。凪は深いブルーのTシャツに着替えている。

「凪」

 芯太が声をかけながら彼の肩を叩く。すると、凪は面倒そうに顔を上げてゆっくりと振り返り、ヘッドホンを取った。
 彼の手元にあるのは液晶タブレットとペン、そこに映っているのは精密で美しい線画。その奥にもモニターがあり、タブレットと連動させている。本格的な作業机だった。

「こちら『earth』の声担当候補の日青さん。挨拶して」

 そんな説明で通じるのだろうかと、晴は不安になるが、なんとなく場の雰囲気に流されてお辞儀した。
 凪は眉をひそめる。シャウトするデスメタル調の音楽が漏れて聞こえた。

「はぁ……芯太兄ちゃん、詐欺師かよ。最低だな……」

 凪は椅子の背にもたれて深いため息をつく。

「人聞き悪いこと言うな。晴ちゃんは僕らの動画のアフレコしてくれてるんだよ」
「だとしても、俺のクラスメイトなんだけど。気まずくて仕方ないし。それに、こんなストーカーを仲間に加えるって、どうかしてる」

 凪の不満そうな言葉に、なんとも言えない晴は頭を下げたまま悔しく歯噛みした。

「まぁまぁ、そう言うな。今から声を吹き込んでもらうんだからさ」

 芯太の圧に、凪は顔を背けた。
 しばらく長いうなり声が聞こえたが、やがて凪はため息で了承した。もっと激しく嫌がられるだろうと思っていた晴は拍子抜けする。

「よし! それじゃあ、さっそくアフレコしてみようか」

 芯太が調子よく言う。晴は顔を上げてふたりを交互に見た。

「でも、待って、わたしは……」
「この前、投稿してくれた動画、ちゃんと見たからね。いい感じだったよ。あれみたいにやってくれればいいから。ほらほら、ぼさっとしない!」

 追い立てられて凪の部屋を出ると、廊下を通って奥の部屋に押し込められる。
 凪の部屋よりも広く、ソファとDVD再生プレーヤー、ステレオ、スピーカーなどが雑多に置かれている。その上に指示用の細長いマイクとヘッドホンがあった。学校の放送室にあるような本格的な機材だ。
 その向こうには、ガラス板とアコーディオンカーテンで区切られた手作りの防音壁があり、中央にはサイドテーブルに置かれたマイクスタンドまでそろっている。
 晴を待ちかまえていたかのように準備万端だ。芯太に背中を押されて防音スペースに入るが、不安に駆られた。戸惑いの表情を浮かべていると、凪がひっそりと顔を出してきた。

「大丈夫。指示はそのヘッドホンから聞いて。いつも自分の部屋でやってるように声を出してくれればいいから。あとは、こっちでなんとかする」

 晴はかたわらにあったヘッドホンを手に取り、首にかける。ガラスの向こうを見遣ると、芯太の声がヘッドホンからかすかに聞こえてきた。

「よし、それじゃあ、やってみよう。【哀の衝動】、セリフはこっちを見ればわかるから」

 芯太が自分の後ろの壁を示した。先ほどは目に入らなかったが、そこには殴り書きされた、見覚えのある文字が並んでいる。
【哀の衝動】の序盤から最後までのことばだ。晴はそれをじっと見て、肺いっぱいに見知らぬ空気を取り入れた。
 脳内が新しい色で満ち溢れていく。押し寄せる感情の波。心と喉がうずうずと湧き上がり、口が開く。

「……っ」

 しかし、息が喉の手前で引っかかる。何度も脳内で復唱したことばなのに、思うように声が出ない。変な声が出たらどうしよう、ことばをうまく言えなかったらと、瞬時に迷ってしまう。

「ん? どうした?」

 芯太の声がヘッドホンから流れ、急に全身から汗が噴き出した。緊張のあまり、声が出てこない。
 そのとき、凪の声がヘッドホンに割り込んできた。

「おい、さっさとやれ。ここまでついてきて、今さら怖気おじけづくな」

 むち打つような言葉に、晴は目を見開きガラス板の向こうを見る。
 凪が芯太のマイクを奪ってじっとこちらを見ている。彼の鋭い目はあいかわらず怖いけれど、何かを託すような願いを込めた光を帯びていた。とても真剣な目だ。
 それを見たら不思議と背筋が伸びた。息を吸い込み、気持ちを落ち着かせる。
 芯太が小さくつぶやいた。

「さぁ、君の心を叫べ」

 その言葉が全身に回り、晴はマイクに向かってことばを奏でた。


「自分をキャンバスに例えたとして、何色に染めるのがふさわしいのだろう」

 誰かが言った。
 考えるまでもなく、僕は透明。世界は彩りに満ちていて、だからかなしい。僕の色はここにない。
 愛してほしいと願いながら、愛してくれないと嘆いている。
 僕の命が消えたら、初めて尊い存在ものになるのだろうか?
 さぁ、心を叫べ。


 マイクに向かって全身全霊で叫ぶ。ことばが溢れる。
 目に焼き付いた凪のイラスト──あの少年を思い出すと自然と心が動いた。無意識のうちにことばが声として溢れ出して止まらない。
 何色がふさわしいのか。自分には何もない。だから、何かになりたくて必死で叫ぶ。だったら、透明でいい。それは何にも染まりたくないという意思表示かもしれない。心はいつだって無色でいることを求める。そのほうが楽だから。だとしたら死ぬときも同じように無へとかえっていくのだろうか。
 そんな漠然とした不安の波が足元から徐々に押し寄せる。そして、込められたメッセージを理解する。
 これは誰にともなく求めるSOSだ。
 晴はすべての感情を出し切り、全速力で走ったあとのように前かがみになった。その際、ガラス板の向こうにいる芯太と凪が見えた。
 芯太は満足げに笑っていて、凪の目は大きく見開かれ驚きと高揚が織り混ざったような表情を浮かべている。
 それを認めたら、急激に恐怖で足がすくみ、次第に床へ座り込んだ。

「晴ちゃん!?」

 異変に気づいた芯太が慌ててカーテンから顔を出す。

「大丈夫?」
「だ、大丈夫です……なんか、足が震えちゃって」

 不甲斐ふがいなく震える足を叩き、晴は精一杯笑った。すると、芯太もその場に座り込んで豪快に笑った。

「あーもう、驚かすなよー。びっくりしたぁ」
「緊張しちゃったんですよ! 急にアフレコやれって言うから!」

 あえぐように訴えると、芯太は脱力気味に言った。

「ごめん。思わず感情が先走ってさ。早くこの素材をりたいと思ったから」
「そう言って取り込んだわけだな。やっぱ詐欺師じゃん」

 凪の冷たい声が空気に触れた。彼もまたカーテンから顔をのぞかせて、疑心たっぷりに芯太を睨む。そして、いまだ緊張で震える晴に向かって言った。

「中崎、断るなら今だぞ。そいつは誘惑の悪魔だから。気をつけろ」
「最後まで聞いといて、そんな言い方はないだろ。ほんと、素直じゃないねぇ」

 芯太はケラケラと愉快そうに笑った。それから満足げに手を差し伸べてくる。

「ようこそ、『earth』へ。僕らは君を歓迎します。日青さん」

 凪は「フン」と鼻を鳴らしている。少なくとも認めてくれているのかもしれない。
 ──この手を取ったら、もう普通の日常へは戻れないだろう。
 しかし、今までの日常に未練があるかと言われれば微妙なところだ。晴はゆっくりと手を伸ばした。

「よろしくお願いします……!」

 世界が変わる。その予感は確実だった。



   第二章 魔法の声を聞かせて


 1
 晴の声が入った動画はさっそく芯太の手によって編集された。いわく、凪の新作ができるまで芯太は待つしかないため、定期的に上げることが難しいのだ。

「だから、今回はちょっと特別だよねぇ。日を空けずに上げるから、サプライズ配信って感じで。ふふふっ、これは間違いなく伸びるね」

 芯太は編集ソフトを動かしながら言った。その横で詳細を聞いていた晴は不安で仕方がない。

「ほんとにやっちゃうんですか?」
「ほんとにやっちゃうよ。大丈夫! みんな絶対びっくりするから!」

 びっくりするのは当然でしょうね! と強く言いたい気持ちを晴は我慢がまんした。手のひらに浮き出る汗を握り、動画の完成を待つ。
 芯太は鮮やかな手さばきでマウスとキーボードを操った。何度かヘッドホンをつけ、音を確かめながら調整していく。

「よし、こんな感じかな。さて、あとはキャプション……『日青さんとコラボしました』でもいいんだけど……うーん、ちょっときついこと言うけど、君の知名度は低いし、インパクトがないよね」

 芯太が申し訳なさそうに言う。

「ですね……それは間違いなくそうです」

 うつむいたまま晴が答えると、芯太はあっさりと言った。

「じゃあ、何も書かずに流すか」
「えぇっ? ダメです!」

 思わず身を乗り出して叫ぶ。

「どこの馬の骨ともわからないやつが、この神聖な『earth』様の動画に下手な声を吹き込んだら大騒ぎになっちゃいます! しかも、本家が流すって前代未聞!」
「えー、いいんじゃない? ほら、歌系の動画やってる人って顔出さなかったりするじゃん。顔が見えないからミステリアスで話題性も出る。そんな感じで、覆面声優。おもしろいと思うけどなぁ」
「覆面、声優……」

 なんだか喉に重圧がかかるような気がする。そんな晴を芯太は無視し、軽快にキーボードを叩いた。

「はい、こんな感じになりました、と」

 芯太がパソコンを見せてくる。晴は顔をしかめたまま画面を見遣った。動画のタイトルは「【哀の衝動】おまけ」とある。キャプションにはひと言だけ。

『earth×???』
「謎すぎる……」

 思わず晴はあきれた声を漏らした。すかさず、芯太が愉快そうに肩を揺らして笑う。

「謎すぎるなぁ。ま、最初はこんな感じで」

 そうして、彼は完成したばかりの動画を再生した。
【哀の衝動】が流れる。文字が浮かび上がったと同時に、晴が吹き込んだ声がスピーカーを介して部屋に響いた。

「うわっ」
「自分の声に驚かなくても。いつも遊んでるくせに」

 飛び退く晴に芯太が冷やかすように笑う。

「だって、自分でやるよりも音質がよくて……わたし、こんな声だったんだ……」

 耳に届く声は、なんだか自分のものじゃないような気がした。少年を意識した声音だからか、それとも芯太の編集技術によるものか。
 クリアな音質ながら、ところどころに加工が施されていて、声の上にザラッとした砂をかけたようなノイズも入る。
 そう言えば音楽がない。
 動画は凪のイラストと晴の声だけが融合している。これだけで【哀の衝動】の世界観が新しいものに変わった。やがて、動画は色を放って終わりを告げる。

「……うん。いいね」

 静かな空間で芯太が満足げに言った。そして、晴に向かって優しく微笑ほほえむ。

「日青さんの動画はね、『earth』の心を理解しようと何度も考えている、そんな背景が見えるから興味があったんだ。きっと僕らを理解しようとしてくれているって」
「そんな……だって……」

 晴は冷や汗を浮かべた。目をそらしながら口を開く。

「初めて『earth』に出会ったとき、衝撃だったんです。ぎゅっと心臓を掴まれて、かなしいのに楽しくて、うれしくて、つらくて。一気にいろんな感情が溢れてきて、圧倒されて……それで好きになったんです」

 知りたくなった。こんなにつらそうなのに、どうして美しいんだろうと。
 そうして気がついたら探していた。彼らの世界の根幹を知りたくて、隅々まで目を凝らした。そんな当時のことを思い出す。

「わたし、今までそんなものに出会ったことがなくて。好きなものは好きなだけ味わいたいし、自分が納得するまで噛み締めたい……たしかに遊び半分なところもありましたけど、『earth』が好きだから手を抜きたくないんです……って、何言ってんだろ」
「なるほど……そこまで言ってもらえると作者冥利みょうりに尽きるよ。うれしいな」

 芯太があんまり甘やかに言うので、晴はたちまち恥ずかしくなった。

「うーん、でも……やっぱり恥ずかしいです。わたし、才能ないし」
「そうかな? その声は才能だよ」

 晴はハッと顔を上げた。芯太は真剣な顔で晴を見つめている。

「何かにひいでた人たちはたしかに才能があったから大成した。でも、彼らは自らその道を選び、血のにじむような努力をしている。それでも伸びるか伸びないか……でも、声は違う。磨いてどうにかなるものじゃない。紛れもなく生まれ持った才能なんだ」

 思わぬ言葉に、こんがらがっていた感情があっさりとほぐれていき、晴はあんぐりと口を開けた。

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