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第五話:俺の考えたブルース・シスターズ(上)
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イリノイ州ステーツヴィル刑務所。
エルザ・キャット・青洲は白黒ツートンのポリス仕様に塗装したセダンと上に広がる暮れなずむ空を背に、腕組みをしたまま刑務所の門をにらんでいた。
やがてゴゴゴ、と重たい金属音と共に、ゆっくりと刑務所のゲートが開かれ、妹分であるジェイン・ドッグ・青洲が、遠くからでも分かるがたいのいいその姿を見せる。
特に意味もなく彼女は後光を帯びていた。
ジェインがゆっくりと近づき、二人は無言で熱い抱擁を交わす。
機関銃を持った守衛たちはその様子を無言で見守る。
……。はっきり言って訳が分からない。
黒スーツにサングラスをした目の前の細身のサーバルキャットのぬいぐるみとデブのボストンテリアのぬいぐるみ。
どちらも国籍は日本だ。
それに今、門から出て行ったボストンテリアの方は元獄囚ではない。ただの見学者が偉そうに門から出て行っただけだ。
見学中楽しそうにアバシリプリズンでの話をしながら、刑期を終えた際に持ち物として返却された使用済みマイルーラを、ひらひらはためかせていた。
彼女が脱獄幇助らしき動きや刑務所内の備品を盗難しようとした際は、すぐに取り押さえ
るよう命令されていたが、そんなことはなかった。
つまり、ただの頭のおかしい観光客二匹である。
だが、何となく見ているうちに、今空にある夕焼けは、この二匹が抱き合ううちは永遠であるように思えてくるから不思議である。
二匹は終始無言のまま、車に乗り、さっさとどこかに走り去って行った。
***
なんちゃってコップカーは荒い排気音をあげて、雨上がりの水たまりが残るステーツヴィルの道を駆け抜ける。
「ロックやりに行こう! 姉御!」
「Boo! もうそれは古すぎる。六十年前のノリさね」
「Dude、じゃあ、わざわざアタシら二匹そろって、何すんのさ?」飲み干したコーラの瓶を窓から放り投げて、ジェインは大げさな身振りをした。
「アタシら二人いれば何でもできる。でかいもん探しにいこう!」
ジェインは、やなこった、と言わんばかりのでかくて長いゲップをした。
敬愛する姉御のそのノリも、『ロックをする』と同じくらい古臭く錆びついているからだ。
「姉御は変わらないね。探しに行くって? 何? 自由の国アメリカでも探しに行くのかよ?」
へっ、と鼻で笑い、エルザは窓から痰を吐き出した。
「スタンドバイミーで四十年前に結論は出てるさ。アメリカ? そんなもんはない。キングは偉大だよ……」エルザ
は先ほどの痰を吐き捨てることと何も変わらない調子で愚痴を言う。
「じゃあ何さ?」
「楽園かな……」
「……。姉御、なんかカッコつけてない? もっかい、いこう!」
エルザは鼻頭を描きながら、ヘッ、と一息自分に気合を入れた。
「☆uck。その通りさ! 行くぜ、アゲイン! 耳の穴かっぽじってききナ!」
「Hey Yo! ANEGO!」
「イッツア、ミラクル! 目指すはエデンの園! 一年前から決めてたのさ!」
……。
何も変わっていない。しかしこの姉御が照れを捨てる時は、何か切実な想いがある時だ。
「What a ☆uck。いいじゃん。最高! 行こうよ。姉御!」
二匹は力強く腕を組み、アップタウンガールを歌った。
***
「さて、皆さん。……。今朝起きた時、私は気になる音を聞きました!」
壇上で語る黒人の牧師はどよめきに囲まれながら、力強く語る。ここは町中にある教会だ。
「今日はムラムラしねえ。という魂の声でした! 無数の男女の萎える沈魂が! 肉体を離れ! 彷徨い! この星のいたるところで今日もイけずに苦しんでいたのです」
周りからは、Hey!、Hey!、と歓喜の声が木霊する。
「しかし光の神には、見つからない! 彼らはすでに手おくれ! 鮑もソーセージもなし! 光を! その光を精前に拒んだから!」
聴衆は椅子から一斉に立ち上がった。会場のボルテージがマックスに近づいていた。
エルザとジェインはつまらなそうに聞いていたが、ピアノが軽快に演奏され、ゴスペルが始まると少し笑みをこぼした。
牧師は高らかに歌い、信者たちは、男は歌い、女は壇上の前で舞い踊った。
ステンドグラスから光がジェインに向かい差し込む。
「エデンだ……」霊体のように青く輝いたジェインはそうつぶやいた。
完全に雰囲気にあてられていた。
「君は見えたか? 光を」神父は恍惚とするジェインを指さして大声で問うた。
「アタシは見たよ。光を!」ジェインはそういうと踊りだした。教会入り口から神父のいる壇上までバク転で進み、神父のど真ん前でシャッフルステップを披露した。
そしてエルザの方にバク転で戻る。
「光だよ姉御!」
エルザはジェインを一発思い切りはたいた。
「光じゃねえ! それはただの性欲だ」言い捨ててエルザはジェインに代わり軽快なシャッフルステップで壇上前まで駆け抜けると、華麗なトゥイストで信者たちと踊り狂った。
「Hey! ジェームズ・ブラウン! アタシはチンケな光にあてられねえ。本物のエデンはどこにある」
「姉ちゃん先週も聞きに来たな。熱心だから教えてやる。後で俺の部屋に来な!」牧師はニヤニヤ笑いながらエルザに小声で耳打ちした。
***
三時間後……。
「ちっちぇえな! オメエの穴のわよぉ!」
牧師の尻を蹴とばして、エルザはシリンジを引き抜いた。最高粘度の浣腸液があふれる。
「ひィーーー! ハァーー!」ジェインが狂った獣のように叫ぶ。
「ほらよ、リピート・アフター・ミー! ウェアーイズ・エデン!」
「Where is Eden!!」シリンジを再び尻穴に刺されながら、牧師は喘ぐ。
「☆ッシー野郎! 質問に質問で返してんじゃねえ!」
ジェインは怒号と共に牧師を蹴とばした。頭が便器に埋まった。
二匹は拷問にも飽き、モーテルを出て自分たちの車に戻った。
「姉御。とんでもない場所ゲロりやがった」
「ああ。北センチネル島……」
北センチネル島とは、インド領アンダマン諸島に所在する、めっちゃちっちゃい島である。
この島の先住民であるセンチネル族は外部との接触を強く拒否しており、島に上陸した人間はほぼ生きて帰らない。
「楽勝じゃん。姉御が運転するモーターボートで上陸して、あたしが機関銃ぶっぱなしゃイチコロよ」
「ヘッ、何でも物騒なこと、言やあいいわけじゃないさね」エルザはひと仕事後のタバコに火をつけた。
ちなみに吸っているのは、アメリカンスピリットメンソールライト。インポになるという噂があったが、糞ダサい酔っぱらいのガセ情報である。
「何でさね?」
「全員殺しちまうとエデンの園の庭師までいなくなるだろ。そうなったら誰が剪定すんだい。アタシらが必死こいてチョキチョキしろってのか?」
「それはやだ! 熱い。だるい」
「そもそもインドが上陸禁止にしてる島なんだ。簡単に国際問題犯すつもりはねえ。アタシは腐ってもジャパニーズだ」
「お手上げじゃん」
「だからこういうのがある」
エルザは自分のスマホをジェインに渡した。ジェインは目を凝らして猫の額ほどの画面を見る。
『第十一回北センチネル島トライアスロン』画面タイトルにはそうあった。
「姉御、トライアスロンって何?」
「昔、兄ちゃんに聞いたんだけど、バイクこいで、海泳いで、四十キロ走るマゾスポーツらしいよ」
「Dude。無理に決まってるじゃん。私、泳げないし。関節痛持ちだし」
「ハハッ。裏技があるのさ」
トライアスロンにはリレー形式で二名ないし三名での参加が可能である。つまり、バイクをジェインが、スイムとランをエルザ姉御が担当すれば負担が少なく万事解決である。
「Heeey! ジェイン。何勝手に解説してるんだい! アタシだって二種目ぶっ続けは無理だよ!」
「じゃあ、も一人追加するの? 誰に手伝ってもらうの?」
「日本に帰るよ!」
***
東京某所……。珠子亀スイミングスクール。
日曜の午後はキッズのレッスンが集中する。
スポーツインストラクターの振居野臼井本は稀にみるアホ面のため、ちびっ子たちの人気は絶大だ。
またその引き締まった体に目を付けた一部の奥様方は彼が触手に襲われる同人誌を勝手に作り、コミケで販売している。
今も彼は十二人の子供たちを受け持ち、忙しくいろいろと教えている最中だ。
「さあ。そしたら今教えた背泳ぎで真ん中まで行って戻ってこよーか。こらこら、先生のすね毛を抜くのはやめなさーい」
バシャーンと隣のレーンで荒い入水音がした。横を見るとビート板に乗った、黒スーツ姿のサーバルキャットにボストンテリア。ぬいぐるみなのに濡れることなどお構いなしだ。
「あん? エルザにジェイン? 何でここに。いつ出所してきたんだ」
「二週間前だよ。あんたこそ、ミスター・フリー。先に網走抜けたと思ったら。こんなお上品なところでケチケチ日銭稼ぎやがって」ジェインはビート板の上で横に寝そべりながら悪態をつき、サングラスを指で跳ね上げ、振居にガンたれた。
「やめろやめろ。子供たちがいるんだ。レッスン終わりにしてくれ……」
「フリー。アタシらとセンチネル島トライアスロンに出てくれ」エルザは単刀直入に願い出た。
「悪いが、お前らとはつるまん。仕事中なんだ。帰ってくれ」
エルザはビート板の上から釣竿をしならせた。針は泳いでいる男の子の水着に引っかかり男の子の体からすっぽ抜けた。水着は水滴を垂らしながら、宙をブランブラン浮いている。
「おい、コーチ。そこの子供一人いくらで売ってくれるんだい」ジェインは別のレーンのコーチに信じられない文句で絡みだした。
「みんなー。千円あげるから。アタシの股間舐めてみない?」エルザは振居の教え子たちにこれまた、猫なで声で異様なことを言いだした。
「その辺にしてくれ。警察を呼ぶ」
「顔面騎乗位は二千円だよー! やりたい子、この指とまれ」
振居はエルザに向かって泳ぎだした何人かの子供をおさえた。
「Damn……。分かった話を聞こう」根っから真面目な振居は早々観念した。
姉妹のハイタッチの音が室内プールの中で響いた。
(続く…)
エルザ・キャット・青洲は白黒ツートンのポリス仕様に塗装したセダンと上に広がる暮れなずむ空を背に、腕組みをしたまま刑務所の門をにらんでいた。
やがてゴゴゴ、と重たい金属音と共に、ゆっくりと刑務所のゲートが開かれ、妹分であるジェイン・ドッグ・青洲が、遠くからでも分かるがたいのいいその姿を見せる。
特に意味もなく彼女は後光を帯びていた。
ジェインがゆっくりと近づき、二人は無言で熱い抱擁を交わす。
機関銃を持った守衛たちはその様子を無言で見守る。
……。はっきり言って訳が分からない。
黒スーツにサングラスをした目の前の細身のサーバルキャットのぬいぐるみとデブのボストンテリアのぬいぐるみ。
どちらも国籍は日本だ。
それに今、門から出て行ったボストンテリアの方は元獄囚ではない。ただの見学者が偉そうに門から出て行っただけだ。
見学中楽しそうにアバシリプリズンでの話をしながら、刑期を終えた際に持ち物として返却された使用済みマイルーラを、ひらひらはためかせていた。
彼女が脱獄幇助らしき動きや刑務所内の備品を盗難しようとした際は、すぐに取り押さえ
るよう命令されていたが、そんなことはなかった。
つまり、ただの頭のおかしい観光客二匹である。
だが、何となく見ているうちに、今空にある夕焼けは、この二匹が抱き合ううちは永遠であるように思えてくるから不思議である。
二匹は終始無言のまま、車に乗り、さっさとどこかに走り去って行った。
***
なんちゃってコップカーは荒い排気音をあげて、雨上がりの水たまりが残るステーツヴィルの道を駆け抜ける。
「ロックやりに行こう! 姉御!」
「Boo! もうそれは古すぎる。六十年前のノリさね」
「Dude、じゃあ、わざわざアタシら二匹そろって、何すんのさ?」飲み干したコーラの瓶を窓から放り投げて、ジェインは大げさな身振りをした。
「アタシら二人いれば何でもできる。でかいもん探しにいこう!」
ジェインは、やなこった、と言わんばかりのでかくて長いゲップをした。
敬愛する姉御のそのノリも、『ロックをする』と同じくらい古臭く錆びついているからだ。
「姉御は変わらないね。探しに行くって? 何? 自由の国アメリカでも探しに行くのかよ?」
へっ、と鼻で笑い、エルザは窓から痰を吐き出した。
「スタンドバイミーで四十年前に結論は出てるさ。アメリカ? そんなもんはない。キングは偉大だよ……」エルザ
は先ほどの痰を吐き捨てることと何も変わらない調子で愚痴を言う。
「じゃあ何さ?」
「楽園かな……」
「……。姉御、なんかカッコつけてない? もっかい、いこう!」
エルザは鼻頭を描きながら、ヘッ、と一息自分に気合を入れた。
「☆uck。その通りさ! 行くぜ、アゲイン! 耳の穴かっぽじってききナ!」
「Hey Yo! ANEGO!」
「イッツア、ミラクル! 目指すはエデンの園! 一年前から決めてたのさ!」
……。
何も変わっていない。しかしこの姉御が照れを捨てる時は、何か切実な想いがある時だ。
「What a ☆uck。いいじゃん。最高! 行こうよ。姉御!」
二匹は力強く腕を組み、アップタウンガールを歌った。
***
「さて、皆さん。……。今朝起きた時、私は気になる音を聞きました!」
壇上で語る黒人の牧師はどよめきに囲まれながら、力強く語る。ここは町中にある教会だ。
「今日はムラムラしねえ。という魂の声でした! 無数の男女の萎える沈魂が! 肉体を離れ! 彷徨い! この星のいたるところで今日もイけずに苦しんでいたのです」
周りからは、Hey!、Hey!、と歓喜の声が木霊する。
「しかし光の神には、見つからない! 彼らはすでに手おくれ! 鮑もソーセージもなし! 光を! その光を精前に拒んだから!」
聴衆は椅子から一斉に立ち上がった。会場のボルテージがマックスに近づいていた。
エルザとジェインはつまらなそうに聞いていたが、ピアノが軽快に演奏され、ゴスペルが始まると少し笑みをこぼした。
牧師は高らかに歌い、信者たちは、男は歌い、女は壇上の前で舞い踊った。
ステンドグラスから光がジェインに向かい差し込む。
「エデンだ……」霊体のように青く輝いたジェインはそうつぶやいた。
完全に雰囲気にあてられていた。
「君は見えたか? 光を」神父は恍惚とするジェインを指さして大声で問うた。
「アタシは見たよ。光を!」ジェインはそういうと踊りだした。教会入り口から神父のいる壇上までバク転で進み、神父のど真ん前でシャッフルステップを披露した。
そしてエルザの方にバク転で戻る。
「光だよ姉御!」
エルザはジェインを一発思い切りはたいた。
「光じゃねえ! それはただの性欲だ」言い捨ててエルザはジェインに代わり軽快なシャッフルステップで壇上前まで駆け抜けると、華麗なトゥイストで信者たちと踊り狂った。
「Hey! ジェームズ・ブラウン! アタシはチンケな光にあてられねえ。本物のエデンはどこにある」
「姉ちゃん先週も聞きに来たな。熱心だから教えてやる。後で俺の部屋に来な!」牧師はニヤニヤ笑いながらエルザに小声で耳打ちした。
***
三時間後……。
「ちっちぇえな! オメエの穴のわよぉ!」
牧師の尻を蹴とばして、エルザはシリンジを引き抜いた。最高粘度の浣腸液があふれる。
「ひィーーー! ハァーー!」ジェインが狂った獣のように叫ぶ。
「ほらよ、リピート・アフター・ミー! ウェアーイズ・エデン!」
「Where is Eden!!」シリンジを再び尻穴に刺されながら、牧師は喘ぐ。
「☆ッシー野郎! 質問に質問で返してんじゃねえ!」
ジェインは怒号と共に牧師を蹴とばした。頭が便器に埋まった。
二匹は拷問にも飽き、モーテルを出て自分たちの車に戻った。
「姉御。とんでもない場所ゲロりやがった」
「ああ。北センチネル島……」
北センチネル島とは、インド領アンダマン諸島に所在する、めっちゃちっちゃい島である。
この島の先住民であるセンチネル族は外部との接触を強く拒否しており、島に上陸した人間はほぼ生きて帰らない。
「楽勝じゃん。姉御が運転するモーターボートで上陸して、あたしが機関銃ぶっぱなしゃイチコロよ」
「ヘッ、何でも物騒なこと、言やあいいわけじゃないさね」エルザはひと仕事後のタバコに火をつけた。
ちなみに吸っているのは、アメリカンスピリットメンソールライト。インポになるという噂があったが、糞ダサい酔っぱらいのガセ情報である。
「何でさね?」
「全員殺しちまうとエデンの園の庭師までいなくなるだろ。そうなったら誰が剪定すんだい。アタシらが必死こいてチョキチョキしろってのか?」
「それはやだ! 熱い。だるい」
「そもそもインドが上陸禁止にしてる島なんだ。簡単に国際問題犯すつもりはねえ。アタシは腐ってもジャパニーズだ」
「お手上げじゃん」
「だからこういうのがある」
エルザは自分のスマホをジェインに渡した。ジェインは目を凝らして猫の額ほどの画面を見る。
『第十一回北センチネル島トライアスロン』画面タイトルにはそうあった。
「姉御、トライアスロンって何?」
「昔、兄ちゃんに聞いたんだけど、バイクこいで、海泳いで、四十キロ走るマゾスポーツらしいよ」
「Dude。無理に決まってるじゃん。私、泳げないし。関節痛持ちだし」
「ハハッ。裏技があるのさ」
トライアスロンにはリレー形式で二名ないし三名での参加が可能である。つまり、バイクをジェインが、スイムとランをエルザ姉御が担当すれば負担が少なく万事解決である。
「Heeey! ジェイン。何勝手に解説してるんだい! アタシだって二種目ぶっ続けは無理だよ!」
「じゃあ、も一人追加するの? 誰に手伝ってもらうの?」
「日本に帰るよ!」
***
東京某所……。珠子亀スイミングスクール。
日曜の午後はキッズのレッスンが集中する。
スポーツインストラクターの振居野臼井本は稀にみるアホ面のため、ちびっ子たちの人気は絶大だ。
またその引き締まった体に目を付けた一部の奥様方は彼が触手に襲われる同人誌を勝手に作り、コミケで販売している。
今も彼は十二人の子供たちを受け持ち、忙しくいろいろと教えている最中だ。
「さあ。そしたら今教えた背泳ぎで真ん中まで行って戻ってこよーか。こらこら、先生のすね毛を抜くのはやめなさーい」
バシャーンと隣のレーンで荒い入水音がした。横を見るとビート板に乗った、黒スーツ姿のサーバルキャットにボストンテリア。ぬいぐるみなのに濡れることなどお構いなしだ。
「あん? エルザにジェイン? 何でここに。いつ出所してきたんだ」
「二週間前だよ。あんたこそ、ミスター・フリー。先に網走抜けたと思ったら。こんなお上品なところでケチケチ日銭稼ぎやがって」ジェインはビート板の上で横に寝そべりながら悪態をつき、サングラスを指で跳ね上げ、振居にガンたれた。
「やめろやめろ。子供たちがいるんだ。レッスン終わりにしてくれ……」
「フリー。アタシらとセンチネル島トライアスロンに出てくれ」エルザは単刀直入に願い出た。
「悪いが、お前らとはつるまん。仕事中なんだ。帰ってくれ」
エルザはビート板の上から釣竿をしならせた。針は泳いでいる男の子の水着に引っかかり男の子の体からすっぽ抜けた。水着は水滴を垂らしながら、宙をブランブラン浮いている。
「おい、コーチ。そこの子供一人いくらで売ってくれるんだい」ジェインは別のレーンのコーチに信じられない文句で絡みだした。
「みんなー。千円あげるから。アタシの股間舐めてみない?」エルザは振居の教え子たちにこれまた、猫なで声で異様なことを言いだした。
「その辺にしてくれ。警察を呼ぶ」
「顔面騎乗位は二千円だよー! やりたい子、この指とまれ」
振居はエルザに向かって泳ぎだした何人かの子供をおさえた。
「Damn……。分かった話を聞こう」根っから真面目な振居は早々観念した。
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