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しおりを挟む場所は、ラトリバスク公爵家の敷地内に併設されている騎士団訓練所。ピンと張りつめた空気のなかで、華麗な剣捌きをみせる長身の男性がいる。
(あぁああ! いつ見てもかっこいいわ、ルーズベルトお兄様!)
きりっとした太眉、切れ長の緑色の双眸。身体は筋骨隆々で、胸板がシャツを押し上げんばかりだ。年齢は二十八歳。騎士として戦場に赴くため嫁は取らないと宣言しているそうだ。
剣を使わせたら、ラトリバスク公爵家が抱える騎士団のなかで右に出る者はいないほどの強さを誇る。
なお、お兄様と呼んでいるが血の繋がりはない。ルーズベルトは孤児で、剣術の腕を見込まれてシルヴィアの父が連れ込んできた。一人っ子であるシルヴィアが物心ついたころには、シルヴィアの遊び相手となり、いつのまにか兄と呼んで慕うようになっていた。
シルヴィアは、一時期ルーズベルトと結婚したいと言ったことがある。ルーズベルト自身はシルヴィアを妹にしか見ておらず、シルヴィアの気持ちは一瞬で玉砕されたのだが。
(でも見るだけならお兄様に迷惑はかけないわっ!!)
そうやって熱心に見つめていると、ルーズベルトがシルヴィアの存在に気付き、ニカッと笑った。
(きゃっ! 気付かれた!! でも嬉しい!!)
「あー悪い。気付かなかった、シルヴィア」
「いえいえ、稽古の邪魔をして申し訳ございませんでした」
ペコリと頭を下げると、ルーズベルトは手を振る。
「いいや、見られていた方が士気も上がる。それにほら、見てみろ。騎士の連中、シルヴィアが来てくれたからって、ど真剣な顔で剣を振ってる」
「まあ。私がよい起爆剤となったわけですのね」
「そうだな」
「うふふ」
「ははっ」
やはり、ルーズベルトと話すのは楽しい。
おかげで悪夢を見た気分も晴れた。
「そういえば、メイドがおまえを探してこっちに来たが、会ったのか? 公爵が呼んでいるそうだ」
「お父様が? いいえ。すれ違ったのかもしれませんね」
「そうか。まあじゃあ、行ってやれ」
そう言うと、ルーズベルトがシルヴィアの頭をポンポンと叩く。
シルヴィアは頬の紅潮が抑えられなかった。
一応、ルーズベルトへの気持ちは初恋なのだ。自分には婚約者がいるから、こんな気持ちを抱いてはいけないのは、シルヴィアも分かっているのだけれど。
抑えられないものは抑えられない。
(それに私……あの人のこと苦手なのよね)
きっと父の用件というのも、婚約者絡みなのだろう。
シルヴィアは、脳裏に婚約者の顔を思い浮かべる。
──エリスヴァルド・ルド・バランフォード。年齢22歳。
第四王子殿下であらせられる我が婚約者は、どこか人間離れした美しさを持っている。
光り輝くプラチナブロンドも、ルビーのような真っ赤な瞳も、柳眉も、かたちのよい唇も、すっと通った鼻梁も。
なにもかも完成されていて、それなのに、どことなく儚い雰囲気を持つエリス殿下。
十四歳のデビュタントの日、父に連れ添われてエリス殿下を紹介された。お互いの趣味の話や、好きな茶葉の話で盛り上がり、父から「よさそうなら婚約してみないか」という話が挙がった。エリス殿下に恋仲となるような女性もおらず、トントン拍子で婚約が決まった。その時のエリス殿下には、良い印象を持っていたのだけれど。
十五歳になり、社交場で再会したエリス殿下がまるで別人に見えたのだ。
顔が違うわけではない。
口調も変わらない。
静かな微笑を浮かべて、常に一歩引いたところから話す感じも同じだ。
うまく言えないのだけれど、二人きりだと妙に息が詰まってしまう。圧迫感を覚えてしまう。そこから苦手意識を持ってしまった。
ゆえにシルヴィアは、父や他の令嬢など第三者がいるときだけ、エリス殿下と接するようにしていた。
(どうか……エリス殿下の話じゃありませんように……!!)
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