5 / 7
黒騎士(1)*
しおりを挟む「──フィオには、好いた女性がいないのかい?」
白金髪の髪を揺らして、目の前にいる美しい顔を持った男がそんなことを聞いてきた。
「…………殿下、今は模擬戦中です。私語はおやめください」
「私の順番はまだ来ていない。このくらいの声なら聞こえないだろう?」
ルキアルゼン王太子はにこやかな笑顔のまま「で?」と催促してくる。
「…………いません」
「そう? それは残念。私はいるけれどね」
「さようでございますか」
「……そこまで興味を持たれてないと、さすがの私も寂しくなるよ。ほんと、フィオは冷めてるよね」
王太子の冷やかしに、オルフェンス・エル・ジスタルトは金色の瞳を閉じた。
ジスタルト侯爵家の嫡男であるオルフェンスは、物心つく頃から第一王子の遊び相手である。だからオルフェンスはルキアルゼンの性格をよく知っているし、ルキアルゼンもオルフェンスの不愛想な性格をよく知っていた。
(好いた女性? ……そんなもの……)
それでもオルフェンスは、いない、と即答できなかった。
長い金色の髪をなびかせた女性が、脳裏にチラついた。
名前は、イリーティア。
薔薇園にあるベンチに腰掛け、黒猫と戯れているイリーティアを偶然見かけた。
「ふふっ、一緒にこの子を可愛がりませんか?」
「…………そういうわけで見ていたのではなく……」
「でもこの間、薔薇園でこの子と戯れているのをお見掛けいたしましたわ」
「…………」
「猫、お好きなんでしょう?」
「……嫌い、ではないな」
「素直じゃありませんわね」
きっかけは些細なものだった。
だがその日から、オルフェンスは黒猫を見に行くという口実で薔薇園に通い詰めていた。そこに行けば必ずイリーティアがいる。イリーティアに会える。
「王太子殿下の傍付きなのに、意外と暇なのね?」
「なに?」
「ほら、こうやって猫を触りに来てるじゃない」
「俺の任務は、殿下が学園にいるときに護衛としてお傍にいることだからな。殿下がいない間は、ただの生徒だ」
「……じゃあ、いまは殿下ではなくわたくしがフィオを独り占めできるのね?」
咄嗟に顔をあげると、イリーティアはにこにこと嬉しそうに微笑んでいた。
美しく、聡明で。
いつも誰かに囲まれ、みなから慕われている彼女も、こんな風に悪戯っぽく笑うんだと思った。
その時には、もう。
自分は、彼女に惚れていたのだと思う。
だから。
あの行為全てが、王太子に近づく為だけにやっていた演技だと理解した時、体の奥からドロドロとした感情が湧き上がってきて……──
◇
「は、ぁ……ぁっ、あ……」
艶めいた女の声が響いている。
天井から垂れさがる鎖に囚われ、万歳された状態。ドレスは何度もナイフを突きさされたことで千々に引き裂かれ、魅惑の白い谷間も、白い太ももも、大胆に露出されている。
「きゅ、……けい、させて……」
「なんだ、もう音を上げるのか」
イリーティアの顎を黒い手袋で掴み、強引に引き寄せたオルフェンスは、冷ややかな笑みを浮かべた。
「ず、っと立ちっぱなしなの……っ」
「貴女は数時間にも及ぶダンスレッスンに文句ひとつ言わない女性だ。たかだか十分程度……ほんの少しの魔法で感度をあげて、体のラインを撫でただけで涙目になるなんて、貴女らしくもないな」
「……っだ、れのせいで……っ」
「ああそうか。それも貴女のパフォーマンスだったな」
「……っ」
皮手袋で首を掴まれ「ひゅっ」と細い息が漏れる。
「そうやって涙目になって、男を誘う。今までも、そうやってきたんだろう?」
彼は、全身から憤怒の圧を放っていた。
イリーティアには、彼が憤怒している理由について心当たりがあった。
階段から突き飛ばされた際の怪我が完治し、学園に復帰してすぐのこと。王太子との婚約を発表するその時まで、波風立てぬようにつづがなく学園生活を謳歌するつもりだったのに──
急にオルフェンスがやってきて、最近様子がヘンだと言われたのだ。
『薔薇園に来ていないから、あの黒猫も寂しがっていたぞ。まさかとは思うが、また変な同級生にちょっかいをかけられているのか?』
記憶を失ったせいで鮮明には覚えていないものの、王太子に近付くためにオルフェンスという男を利用したのだと、すぐに理解できた。
『わたくしが同級生にちょっかいをかけられて、貴方にどんな不利益があるのかしら?』
『好きな女性が困っている姿を見て、嬉しい男などいないだろう』
『ふふっ、そんなにわたくしの事が好きなの?』
『……。イリーティア、からかうな』
その場では、適当に済ませた。
王太子の心を手に入れたいま、オルフェンスの恋心はもう利用する価値がない。だがのちのち利用価値があるかもしれず、侯爵嫡男の恋心をドブに捨てるのももったいない気がして、そのままにした。
きっと王太子に見初められたと知れば、彼も諦めるだろう。
そんな計算だった。
だが、王太子と仲睦まじい様子を見せても、オルフェンスは不機嫌そうにするだけで一向に諦めてくれる様子がなかった。何だか無性に腹が立ったので、婚約発表の前日、オルフェンスを呼び出した。
『わたくしは明日、ルキ様との正式な婚約を発表するわ。だから、わたくしをこれ以上追いかけるのはおよしなさい』
『……何を、言っている? ふざけたことを言うのはよせ』
『恋人ごっこはもうおしまいよ。大丈夫、貴方に汚点が残らないように、わたくしたちが付き合っていた事はちゃんともみ消しておくわ』
もともとオルフェンスは目立つタイプではない。
一部ではオルフェンスとイリーティアが恋仲ではないか、という噂も流れていたが、あくまで噂だ。王太子から正式に婚約発表が宣言されれば、みんなそんな噂など気にも留めなくなる。
『わたくしは王太子殿下に見初められたの。貴方も、いい女性と出会えるといいわね』
ここまで言えば、物分かりの良いオルフェンスなら分かってくれると思っていた。
なのにいま──
オルフェンスの手が、イリーティアの太もも部分をさらりと撫で上げている。イリーティアの体がピクンッと反応してしまい、また喉の奥で低く笑われた。
「いい目をしているな」
「……っ……」
「そのままずっと、俺を見ていろ」
ぐっと顎を持ち上げられたと思ったら、急に唇を塞がれる。躊躇なく強引に口を割り開かれ、その隙間からぬるりと熱い舌が侵入してくる。
「っ、ん、ぅ──ッ!!」
逃げようと頭を動かそうとすれば、より深く貪られる。舌先が絡めとられ、じゅるじゅると激しく吸われる。この男の力が強いせいなのか、思考がうまく働いてくれず、暴力的なキスを受けるだけ。
流れ伝ってくる唾液は甘く……あぁそういえば、この男のキスはいつもこんな風に荒々しく獣のようだったなと、存在しないはずの記憶がふわりと舞い降りてくる。おかしい。王太子以外の男とキスなんてしたことないのに。
あぁ、そうか。
記憶を失っているだけで、王太子に近付くためにこの男とキスの一つでもしたのだろう。
(なんてこと……自分のやったことで自分の首を絞めるなんて……っ)
「……っぁ……は、ぁ……っ」
ようやく唇が解放される頃には、イリーティアははぁはぁと肩で息をしていた。
「や、め……っ」
スカートの中にある下着の上から、秘裂を指の腹で撫で上げられる。ぶるぶるとした痺れが足から走る。触れられたところがとんでもなく熱い。
「そういえば、貴女は記憶喪失になったそうだな」
上下にするするとこすられ、肉芽の上で武骨な手がトントンと刺激される。なんとかコクコクと頷いても、肉芽への刺激は続けられる。下着のシミは増していき、イリーティアはか細い悲鳴をあげた。
「俺と過ごした事も、覚えてないということだな」
「…………」
「なら俺とこんなことをするのも、初めてというわけか」
何を言おうとしているのか分かって、イリーティアは赤い瞳をこぼれんばかりに見開いた。なぜだか無性に恥ずかしくなって、とっさに目を逸らす。
「目を逸らすな」
「ぃ、ぁ……っ」
ぐちゅ……っと、粘ついた水音とともに、下着の中に指が入り込んでくる。今度は直接蜜を塗り込まれ、刺激の強さに首を振る事しかできない。
42
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説

ラヴィニアは逃げられない
棗
恋愛
大好きな婚約者メル=シルバースの心には別の女性がいる。
大好きな彼の恋心が叶うようにと、敢えて悪女の振りをして酷い言葉を浴びせて一方的に別れを突き付けた侯爵令嬢ラヴィニア=キングレイ。
父親からは疎まれ、後妻と異母妹から嫌われていたラヴィニアが家に戻っても居場所がない。どうせ婚約破棄になるのだからと前以て準備をしていた荷物を持ち、家を抜け出して誰でも受け入れると有名な修道院を目指すも……。
ラヴィニアを待っていたのは昏くわらうメルだった。
※ムーンライトノベルズにも公開しています。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

憐れな妻は龍の夫から逃れられない
向水白音
恋愛
龍の夫ヤトと人間の妻アズサ。夫婦は新年の儀を行うべく、二人きりで山の中の館にいた。新婚夫婦が寝室で二人きり、何も起きないわけなく……。独占欲つよつよヤンデレ気味な夫が妻を愛でる作品です。そこに愛はあります。ムーンライトノベルズにも掲載しています。

【完結】私は義兄に嫌われている
春野オカリナ
恋愛
私が5才の時に彼はやって来た。
十歳の義兄、アーネストはクラウディア公爵家の跡継ぎになるべく引き取られた子供。
黒曜石の髪にルビーの瞳の強力な魔力持ちの麗しい男の子。
でも、両親の前では猫を被っていて私の事は「出来損ないの公爵令嬢」と馬鹿にする。
意地悪ばかりする義兄に私は嫌われている。

義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。ユリウスに一目で恋に落ちたマリナは彼の幸せを願い、ゲームとは全く違う行動をとることにした。するとマリナが思っていたのとは違う展開になってしまった。

あの……殿下。私って、確か女避けのための婚約者でしたよね?
待鳥園子
恋愛
幼馴染みで従兄弟の王太子から、女避けのための婚約者になって欲しいと頼まれていた令嬢。いよいよ自分の婚期を逃してしまうと焦り、そろそろ婚約解消したいと申し込む。
女避け要員だったはずなのにつれない王太子をずっと一途に好きな伯爵令嬢と、色々と我慢しすぎて良くわからなくなっている王太子のもだもだした恋愛事情。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる