【R18】執愛の果テに悪女は咲き誇る 〜悪役令嬢が手玉に取ったと思い込んでいた男に捕まって逃げられなくなる話~

べらる

文字の大きさ
上 下
4 / 7

子爵令嬢

しおりを挟む







 卒業パーティを利用して行われたイリーティアとルキアルゼン王太子の婚約発表は、瞬く間に学園全土を駆け巡った。学園全体がお祝いムードに包まれ、祝いの言葉がイリーティアのもとに届いた。

(ふふ……っ、やっぱりこのドレスは素敵ね。王太子のセンスには脱帽だわ)

 自慢の白いデコルテが見えるようなデザインになっており、肌触りだけで最高級のものが使われているのが分かる。全体的に濃い藍色に、星空が散りばめられたようなデザインは、王太子の瞳の色と同じような配色で、とても素敵でおしゃれ。

 久しぶりにテンションがあがってしまい、卒業パーティが終わった後でもドレスを脱がなかった。
 夜の空気が吸いたくなり、せっかくならと薔薇園へと足を進める。

「あら、こんなところに猫がいるわ」

 美しく咲き誇る薔薇を眺めていると、道の真ん中に一匹の黒猫がいた。
 可愛らしい姿をしていて、こちらをみゃーっと鳴く。

 触れるかと期待したものの、黒猫はすぐに向こうに走り去っていく。
 
(残念ね。猫は好きなのに……)

 ふぅと息を吐いていると、背後から足音がした。
 
「いい気なものね……!」

 振り返るとそこに、雑巾のように薄汚れた服を着て目深げにフードを被る人物がいた。声から察するに女性。記念すべき卒業パーティ……それもここは薔薇園だ。学園の中で一番好き場所に、こんな礼儀も礼節もなっていない人間が現れるなんて。

 イリーティアは不愉快な気分を抱きながら、藍色の扇を広げて口もとを隠した。

「誰かしら?」
「忘れたとは言わせないわよ! この女狐っ! よくも私からルキ様を奪ったわね……!」

 改めて彼女を顔を見つめる。
 肩の上で切り揃えられた髪に、丸くて大きな瞳。
 顔立ちが整っているものの、服も髪も乱れていて実にみっともない姿だ。

(この学園に来てからというもの、この手の苦情は嫌というほど味わってきた)

 好きだった男を取られたと思い込み、おまえが色仕掛けしたんだろうと突っかかって来るのだ。
 正直に言えば、興味の無い男には本当に興味もないし、眼中にも入らない。色気を振りまいた覚えなんてなく、ましてや距離感を誤った事なんてない。そんな安い女ではない。

 それに、この程度で惚れる男はたいてい見てくれの良さしか興味のない薄っぺらい男だ。
 だから今回もそのどれかだろうと踏んだのだが、彼女から飛び出した『ルキ』という名前が気になった。

「もしかして、ロゼッタ・マゼンディス……?」

 実はイリーティアは、階段から落ちた時のショックで、いまでも一部の記憶に不鮮明なところがあるのだ。
 ゆえに、階段から突き飛ばしてきた女の顔をすぐに思い出せなかった。
 
 ロゼッタ・マゼンディス。

 貧乏貴族の生まれであるイリーティアと違って、裕福な子爵家の娘。そしてさらに、彼女には魔法の才能がある。水、土、火、風の基本四大属性を全て扱えるため《精霊の愛とし子》だと呼ばれていた。

 半年前までは、ルキアルゼン王太子の婚約者候補として名前が挙がっていた人物である。

 王族には魔法使いとしての優秀な後継者を残す必要がある。王太子には卒業パーティまでに婚約者を決める必要があったのだが、ロゼッタが観衆の前でイリーティアを階段から突き飛し学園を退学処分になったため、婚約者候補から抹消されたのだ。

「ルキ様は、ルキ様はっ、私の事が好きなのよ! みんな、みーんな悪女に騙されているんだわ!!」

 ロゼッタは少し……いやかなり妄想癖のある娘だった。
 自分が王太子に愛されていると信じ込み、イリーティアを敵対視していたのだ。
 
(面倒だわ……)

 ロゼッタは魔法を使って階段から突き落としてきた。
 対して、イリーティアは初歩レベルの魔法も回避する手段がない。携帯用の魔石があればそれなりの魔法が使用できるか、あいにく今は持ち合わせていない。

「全く──」

 どうしようかと思案しているとき、どこかで聞き覚えのある低い声が聞こえた。

(な……っ!)

「──この女は、学習しないな」

 ドスンッという鈍い音とともに、目の前にいたロゼッタが地面に倒れ伏した。
 とっさに声がした方向を向けば、チャコールグレーの髪を持つ長身の男がいた。鼻は高く、眉はきりりと形よい。激情うずまく金色の瞳が、ゆっくりとこちらを見つめてくる。

「貴女は俺と一緒に来てもらうぞ、イリーティア・ロン・ティンゼル」

 そうして、イリーティアの視界は暗転した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ラヴィニアは逃げられない

恋愛
大好きな婚約者メル=シルバースの心には別の女性がいる。 大好きな彼の恋心が叶うようにと、敢えて悪女の振りをして酷い言葉を浴びせて一方的に別れを突き付けた侯爵令嬢ラヴィニア=キングレイ。 父親からは疎まれ、後妻と異母妹から嫌われていたラヴィニアが家に戻っても居場所がない。どうせ婚約破棄になるのだからと前以て準備をしていた荷物を持ち、家を抜け出して誰でも受け入れると有名な修道院を目指すも……。 ラヴィニアを待っていたのは昏くわらうメルだった。 ※ムーンライトノベルズにも公開しています。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

憐れな妻は龍の夫から逃れられない

向水白音
恋愛
龍の夫ヤトと人間の妻アズサ。夫婦は新年の儀を行うべく、二人きりで山の中の館にいた。新婚夫婦が寝室で二人きり、何も起きないわけなく……。独占欲つよつよヤンデレ気味な夫が妻を愛でる作品です。そこに愛はあります。ムーンライトノベルズにも掲載しています。

【完結】私は義兄に嫌われている

春野オカリナ
恋愛
 私が5才の時に彼はやって来た。  十歳の義兄、アーネストはクラウディア公爵家の跡継ぎになるべく引き取られた子供。  黒曜石の髪にルビーの瞳の強力な魔力持ちの麗しい男の子。  でも、両親の前では猫を被っていて私の事は「出来損ないの公爵令嬢」と馬鹿にする。  意地悪ばかりする義兄に私は嫌われている。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

処理中です...