【R18】執愛の果テに悪女は咲き誇る 〜悪役令嬢が手玉に取ったと思い込んでいた男に捕まって逃げられなくなる話~

べらる

文字の大きさ
上 下
3 / 7

最上の男

しおりを挟む





 それから悪女イリーティアは計画を練り、時には人を利用し、一年以上かけて王太子の友人枠に収まった。途中で妙な子爵令嬢に絡まれた以外は、とんとん拍子で計画が進んだ。

 ルキアルゼン王太子は、とてつもなく好みの男だった。

 今まで出会ってきたどんな男よりも所作が美しく、無駄がない。常に礼儀をわきまえていて、紳士的。かけられる言葉はいつも優しく穏やかなもので、イリーティアの高い自尊心を満たしてくれる。

 イリーティアは偶然を装って何度も王太子の腕や肩に触れた。品のない女性はそれだけで王太子の恋愛対象外だろうから、大胆過ぎずに清楚な雰囲気を心がけた。視線が合えば微笑みかけ、常に王太子の視界に映る位置に身を置いた。

「そういえば殿下は、どうしてわたくしのことを”姫”などと呼ぶのですか?」
「イヤだったかな?」
「いいえとんでもない。ただ……わたくしは下級貴族の出身。そのように呼ばれるのは、おこがましいと申しますか……」
「嬉しいか嬉しくないか、で言うと?」
「……もちろんうれしゅうございますわ」
「なら良かった」
「……殿下」
「明確な理由はあるとも。私が今まで出会ってきた誰よりも美しく、可愛い女の子に見えたからだよ」
 
 王太子との心の距離は確実に縮まっていった。
 そして、高等部二学年。
 計画から一年と数ヶ月で、イリーティアはついに王太子の心を手に入れたのだ。

 そのときイリーティアは、ルキアルゼン王太子によって学園の敷地内にある特別棟で静養していた。この棟は王族専用の寝床だ。一般生徒は入ることもできないが、イリーティアがとある人物に階段から突き落とされたため、心配した王太子が特別に便宜を図ってくれたのだ。

(あぁ……これはチャンスだわ)

 在学中の記憶を一部分だけ無くしてしまったものの、イリーティアが自分の目的を忘れてしまうことはなかった。むしろ王太子が親身になって世話してくれる状況を逆手に取り、より彼の心を手繰り寄せた。
 
 王太子は忙しい身であるのに、毎日のようにイリーティアに顔を見せ、言葉をかわした。


 そして──
 夜が更ける頃、王太子は見張りの人間を下がらせて、豪奢なベッドの上でイリーティアの体を抱き寄せていた。

「──姫……」

 悪女イリーティアは王太子の腕の中で、ひっそりと微笑む。
 わきあがる喜びが前面に出てしまわないように、何も知らない無垢な女を偽る。王太子の美しい唇からこぼれる、熱のこもった言葉を待った。

「貴女が階段から落とされたと聞いた時は、身の縮まるような想いがしたよ。柄にもなく、精霊王のご加護を祈ったさ」
「殿下、どうなされたのですか……?」
「すまない。貴女の体に触れる許可をもらいたいのだけれど……ダメかい?」

 王太子の声は掠れていた。

「殿下のご命令とあらば、どんな淑女だって首を横には振りませんわ。もちろんわたくしも」
「相変わらず姫は意地悪な言い方をするのだね……」
「ふふっ、ご機嫌を損ねてしまいましたか?」
「いいや、そんなことはないよ」

 王太子はイリーティアの腕を持ち上げると、その白い手の甲に肉厚な唇を押し付けた。

(王太子はロマンティックな男ね。……悪くない。いいえ、むしろ良すぎるくらいだわ……)

 雰囲気を重視するのはイリーティアの好むところだ。
 敬われている。
 大切にされている。
 それを感じるだけで、恍惚とした気分になる。

「私は貴女を伴侶として迎えたい」

 今度は真っすぐに見つめられ、目の前で手の甲に口づけを落とされた。
 目の前にあるのは、魔力を帯びて淡く輝く蛋白石オパールの瞳。この熱情の中心にいるのが己だと思うと、どうしようもなく高ぶってしまう。

「ティアと過ごした時間は、私にとってかえがえのないものだった。こんなに楽しい時間は生まれて初めてだよ。だからもう、貴女以外の女性なんて考えられない」

 腰を強く抱かれる。その力強さとたくましさに、甘い痺れが駆け抜けていく。湧き上がってくる官能的な炎に心地よさを感じつつも、イリーティアはゆるりと首を振った。

「わたくしは……爵位も持たない貧乏貴族の生まれ。とても殿下の隣にいるべき存在ではありませんわ」
「その点は心配しなくてもいい。貴女を妃に迎えたくてくて、宮内の人間を取りまとめたんだ。誰も反対しないし、させないよ」

 ──もっと。

「ですが、わたくしは王族の妃となる教育を受けておりません……」
「貴女は努力を厭わない素晴らしい女性だ。社交マナーの授業は常にトップの成績だったじゃないか。これからでも充分に間に合う」

 ──もっと。

「わたくしも……不相応とは分かっておりますが、前々から殿下の事をお慕い申し上げておりました」
「同じだ。私も、貴女を初めて見た時から運命のようなものを感じていたよ」

 イリーティアの腰に、ルキアルゼン王太子の手がぴったりと添えられる。ゆっくりと後方に倒されたと思えば、腰を持っていた手が、薄いネグリジェ越しに背中のラインをつつ……っと撫で上げた。

「貴女への想いは増すばかりだ」

 ──もっと。

「わたくし、だって……」
「貴女のその想いが、私と同じものなのか確かめさせてくれないか」

 ──もっと、もっと、もっともっと。

「殿下…………っ」
「殿下ではない。もし貴女が、少しでも……ほんの少しでも私という人間に興味があるのなら、嫌っていないのなら、私の事は殿下ではなくルキと呼んでほしい」

 胸の中央を飾るリボンが、くいっと引っ張られる。
 
「だがこれが私の思い過ごしだというのなら、今すぐ否定の意をとなえてほしい。そうしたら、もう二度と貴女に触れないし、近づかないことを約束しよう」
「ぁ……っ」

 あと少しで豊満な胸が冷たい空気に晒されるだろう、というところで止められ、イリーティアは熱い息を吐き出した。

「姫……教えておくれ」

 熱っぽい吐息が首にかかり、イリーティアの体がびくりと震える。

「もし……もし許されるのなら、わたくしも……ルキ様と結ばれることを夢見ておりました」
「そうか……あぁ、嬉しいよ。貴女が私と同じような事を考えていてくれたなんて……」
「ああ、そんな…………わたくし、嬉しい……っ」
「ティア……愛しているよ……今日は貴女を離したくない……」

 そうして、王太子の心を手に入れた悪女イリーティアは、一晩に渡って激しく求め合うのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

憐れな妻は龍の夫から逃れられない

向水白音
恋愛
龍の夫ヤトと人間の妻アズサ。夫婦は新年の儀を行うべく、二人きりで山の中の館にいた。新婚夫婦が寝室で二人きり、何も起きないわけなく……。独占欲つよつよヤンデレ気味な夫が妻を愛でる作品です。そこに愛はあります。ムーンライトノベルズにも掲載しています。

ラヴィニアは逃げられない

恋愛
大好きな婚約者メル=シルバースの心には別の女性がいる。 大好きな彼の恋心が叶うようにと、敢えて悪女の振りをして酷い言葉を浴びせて一方的に別れを突き付けた侯爵令嬢ラヴィニア=キングレイ。 父親からは疎まれ、後妻と異母妹から嫌われていたラヴィニアが家に戻っても居場所がない。どうせ婚約破棄になるのだからと前以て準備をしていた荷物を持ち、家を抜け出して誰でも受け入れると有名な修道院を目指すも……。 ラヴィニアを待っていたのは昏くわらうメルだった。 ※ムーンライトノベルズにも公開しています。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。ユリウスに一目で恋に落ちたマリナは彼の幸せを願い、ゲームとは全く違う行動をとることにした。するとマリナが思っていたのとは違う展開になってしまった。

あの……殿下。私って、確か女避けのための婚約者でしたよね?

待鳥園子
恋愛
幼馴染みで従兄弟の王太子から、女避けのための婚約者になって欲しいと頼まれていた令嬢。いよいよ自分の婚期を逃してしまうと焦り、そろそろ婚約解消したいと申し込む。 女避け要員だったはずなのにつれない王太子をずっと一途に好きな伯爵令嬢と、色々と我慢しすぎて良くわからなくなっている王太子のもだもだした恋愛事情。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

【完結】私は義兄に嫌われている

春野オカリナ
恋愛
 私が5才の時に彼はやって来た。  十歳の義兄、アーネストはクラウディア公爵家の跡継ぎになるべく引き取られた子供。  黒曜石の髪にルビーの瞳の強力な魔力持ちの麗しい男の子。  でも、両親の前では猫を被っていて私の事は「出来損ないの公爵令嬢」と馬鹿にする。  意地悪ばかりする義兄に私は嫌われている。

処理中です...