【R18】ハーフヴァンパイアは虚弱義妹を逃がさない ~虚弱体質の元貴族令嬢は義兄の執着愛に囚われる~

べらる

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第4章 ハーフヴァンパイア

41 ぐちゃぐちゃに愛したい*

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 どうやらわたしの髪は、際限なく伸び続けるらしい。といっても、毎日伸びる訳じゃなくて、ある日起きたら三十センチ伸びているような感じ。

 さすがに長すぎると重さを感じるから、伸びてしまったら腰辺りの長さになるようにちょん切る。切った髪は、マザルク先生に手伝ってもらってウィッグ用として売った。どうやら金髪はウィッグ用としてかなり人気があるらしい。しかも髪質がいいって絶賛された。嬉しくてニコニコしちゃった。

 髪束一つで良い値段になった。

 一日三時間の針子仕事ではとても稼げなかった額だ。
これで生計をたてられるかもしれない。

 わたしの髪が好きなアゼル様は、ちょっと悲しそうな顔をしていたけれど……でも、伸びるのは仕方ないし……捨てるよりはいいよね。


 *


 新しい薬ができて、頭痛や眩暈の心配がなくなっても、しばらくアゼル様の外出禁止令は解けないままだった。でも、一か月間一度も眩暈で倒れず過ごせたため、ついにアゼル様から外出解禁令が出た!

 本当に長かった。
 せっかく前より健康になったのだから、外出して外で遊びたかった。

 あと、単純に……ずっと家の中に籠りっぱなしはヒマすぎて……。

「頭痛や眩暈の心配がなくなっても、昼間の行動が制限されるし、強い日差しを避けないといけない。それに……最後の最後まで、発情しないようにすることはできなかった」

 外出解禁令を出したその日に、アゼル様から言われた言葉。
 実はわたしは、今でも発情することがある。
 ただ、その頻度がかなり減った。

「ヨル君もいますし、何かあったら、すぐに家に帰ればいいんですよ!」
「でもムリしたらダメだよ。特に昼間の運動はほどほどに。携帯用の薬は必ず持って行くこと、万が一ってこともあるからね」
「分かってます……っ!」

 最初は近場の買い出しをして、次はもうちょっと離れた場所。その次は……と、どんどん外出できる距離と時間を増やしていく。
虚弱だった頃には出来なかった事が出来ている気がして、とても嬉しかった。

「この道をアゼル様と通るのも、久しぶりですね……」
「そうだね」

 その日は、アゼル様と一緒に買い出しに出かけていた。
 といっても、重いものは全部アゼル様が持ってくれていて、わたしといえば、日傘をさしているだけなんだけど。…………アゼル様が持たせてくれなかった……。

「血付きのお肉、手に入らなかったね」
「そうですね……」

 アゼル様が少しでもお腹一杯になれるように、ブロックの生肉を探していた。

「でも、店主が別のお店を紹介してくれました。次に買い出しに行った時は、絶対にゲットします」
「…………」
「アゼル様……?」

 あれ……? 
 いま、体がフラついた?

「───ッぅ」
「どうしたんですかっ!?」

 アゼル様が頭を押さえている。

「痛むんですか? 苦しいんですかっ? もしかして、また銀の耳環が……っ!?」
「発動したわけじゃないよ。……ちょっと、ふらっとしただけ」
「どこか具合でも悪いんですか? 顔、真っ青ですよ……?」
「大丈夫、もうよくなった」

 アゼル様はそう言うと、落ちた林檎を拾い上げた。
 
「さ、家に帰ろう」
「…………は、い」

 アゼル様……。



 そんな不穏な出来事から、二週間後──



「んしょ……っ」

 わたしはいま、戸棚の中に手を突っ込んで、砂糖の袋を取ろうとしていた。

 戸棚の中にあるものは、身長の低いわたしだと手が届かない。
 踏み台を使って、ようやく物が掴める。

 ……それでもかなりギリギリなのだけれど。

「なんか奥の方にあるなぁ」

 手をバンバンしても届かない。
 つま先立ちして、さらに手を奥へ突っ込むと、指先が硬い何かに当たった。

 なんだろう。
 お皿、みたいだけど。
 こんなところに皿なんてしまってたかな。

 あれ……?

 もしかして、これって……。
 
「──なにしてるの?」
 
 いきなり声がしたものだから、とんでもなく驚いた。
 掴んでいた皿を奥へ追いやって、あわてて扉を閉める。

 薄暗い場所からぬぅっと姿を現したのはアゼル様だった。

 いつもと雰囲気が違うように感じるのは、窓から差し込まれる月光がアゼル様を照らしているからだろうか。それとも、ヨル君もマザルク先生も出かけていて、久しぶりにアゼル様と二人きりだから、緊張したわたしがそう感じるだけだろうか。

「お仕事はお休み、ですか?」
「今日から一週間、仕事を休む」
「最近、マザルク先生とどこかに出かけてますよね。吸血鬼ヴァンパイアの力の調整、でしったけ。もしかしてそれですか?」
「そうだよ」

 ここ一か月ほどの話だ。
 わたしがお昼寝しているときや、ヨル君と話している時に、いつの間にか二人がいなくなっている時がある。
 アゼル様は必要以上に自己否定感情が強く、吸血鬼ヴァンパイアの力を拒絶する傾向にあるとマザルク先生が言っていた。だから人間の身体と吸血鬼ヴァンパイアの力のパワーバランスが崩れ、力の暴走に繋がる。

 それを根本解決するのが、力の調整らしい。
 
「それで、何しようとしてた?」
「砂糖を取って、小瓶に詰めようかなって……」

 砂糖と塩はまとめて買って、すぐ使えるように小瓶に移している。小瓶の中にある砂糖が少なくなったので、戸棚から出そうと思ったのだ。

「俺が出すよ」

 足音の一つすら立てずに、隣にやってきて、戸棚を開けるアゼル様。

 わたしは、ゾッとするほど美しく整った横顔を見つめる。

 吸血鬼ヴァンパイアは『人』に近づき、吸血と道楽を愉しむために、自然と『人』の好む姿になったと言われている。

「……砂糖、は」

 宝石のように透き通った瞳が、戸棚の中をゆっくりと見渡している。
 お目当てのものを見つけたアゼル様は、奥に手を突っ込んだ。

「これはユフィが取るものじゃないね。バランスを崩して踏み台から落ちたら大変だ」

 一キロ以上もある砂糖の袋を見せてくる。

「小瓶には俺が詰めておくよ」
「……………どうして」

 疑問を投げかけても、アゼル様がわたしを見てくることはなかった。

 無音ゆえに、小瓶に砂糖が流し込まれる音がよく響いている。

「今日は三つ編みだね」

 急に、髪の話題。
 確かに、今日は髪をゆるい三つ編みにして、前に垂らしている。ヘアアレンジするとアゼル様が熱心に興味を示してくれるから、調子に乗った結果だ。
 
 いつものわたしなら、嬉しくなっていただろう。

 でも今は、浮かれた気分にはなれなかった。
 
「戸棚の中、見えたんだね」

 アゼル様がそう言ってきたのは、砂糖の袋を戸棚に戻しているタイミングだった。

 砂糖の代わりに戸棚から取り出したのは、ヨル君と一緒に買いつけた血つきの羊肉。

 数時間前、わたしは「食べたんですか?」と聞いた。

 そしたらアゼル様は「もう食べたよ」と答えた。

「いつからですか……っ?」

 無意識に、自分の手を強く握りしめていた。

「いつから、お肉も食べられないようになってたんですかっ?」
 
 答えは、なかなか返ってこなかった。
 ごとんっと、重たい瓶が動く音がした。瓶自体が全体的に緑色のため、中に入っているものが何か分からないけれど、アゼル様が口にできるものなんて限られている。

 アレは、プレッツェと花の蜜を混ぜって作ったお手製ジュースだ。
 
 血のように真っ赤なジュースが、アゼル様の唇に少し付着していた。

 赤い舌でソレを舐め取る様子は、恐ろしいほどに扇情的で。

 ドクンっドクンっ、と大きな音を立て始めるわたしの心臓。

「ユフィの、新しい薬を作り始めたときから」

 プレッツェのジュースを近くに置き、観念したように話すアゼル様は、ほんのわずかに目を逸らした。

 本当なんだ、と思った。
 
 アゼル様がわたしと目を合わせない時は、決まって悲しい何かを抱え込んでいるとき。

 わたしは踏み台にのったまま、アゼル様の襟をぎゅっと掴む。

「半年も前じゃないですか……っ!」
「細かい話をすれば、この間まではなんとか食べていたよ。でも一か月前から、……どうしても食べられなくなった。この羊肉も腐るともったいないから、ヨルにあげるつもりだったよ」

 力の調整のために出かけるようになったのと、タイミングが一緒……?

「マザルク先生は知ってるんですか?」
「こっちからは言ってない。あの人、ヘンなところで鋭いから、もしかしたら気付いてるかもね」
「じゃあ、最近口にしてるのは……もしかしてそのジュースだけですか……?」
「そうだよ。たぶんもう、これしか口にできないだろうね」
「ど、うぶつの血は……?」

 アゼル様は静かに首を振った。

「……極上ユフィの味を忘れられない限り、もうソレに手を付けられない。あまり美味しくないからね」
「そんな……っ!」
「大丈夫だよ、ユフィ」
「顔も真っ青になって、倒れたことがあるんですよ? この間だって、倒れそうになってたのに。それなのに大丈夫だなんて、安心できないですっ!」
「あぁ、嫌な記憶の一つだね。あの大火事以来の、俺の失態だ。君の目の前で気を失いかけたせいで、君は夢遊魔エディに意識を乗っ取られた」

 きっとアゼル様は、わたしと同じ事を思い出している。

 ──発情を誘発され、わたしを激しく犯した夜の出来事を。

「顔が赤くなってる」
「こ、これはちが……っ!」

 端正な顔が近付いてきたから、とっさに腕でガードした。
 思い出しただけで反応する体が恨めしい。

「もっと自分の体を心配してほしいんです。わたしは、アゼル様が心配なんですよ……っ?」
「俺は大丈夫だよ」

 いつも、大丈夫だと言ってくる。
 心配かけさせないようにして、わたしには自分の体だけを心配するように言ってくるアゼル様。

「こんな……何もできないわたしですけど、ちょっとでもアゼル様の力になりたいんです……っ」
「ユフィ、無理しなくていいよ」
「む、りなんて、してないです……」
「体が強張ってる」

 図星だった。
 さっきから、蛇に睨まれた蛙のように、体がうまく動いてくれない。

 声が、震えそうになる。

「休まないほうがよかったかな。今の俺が、君の近くに居続けるのはちょっと危険かもしれない」

 冷たい指先が、わたしの頬をじっとりと撫で回す。
 ひゅっ、と喉から空気が漏れた。

「昔から、自分のやることなすこと大概裏目に出る。だからねユフィ、君に愛してるって伝えたことを、もう後悔しているよ」

 黙っておいたままのほうが良かったと。
 そっちのほうが結果的に幸せだったと。

 アゼル様は、そう言うのだ。

「どうしてですかっ? アゼル様に拒絶されていたわけじゃないんだって分かって、とっても嬉しかったのに……っ」
「それは申し訳ないと思ってるよ。でもそれ以上に、俺にとっては、俺の隣で、君が健やかに生きてさえいればいい。伝えるかどうかは個人の自由だ」
「わたしは……っ、言葉にしてほしいです。言葉にしないと、こっちが思ってる事とアゼル様が考えていることが違うかもしれないですか」
「何を考えてるのか、ね」

 わずかにアゼル様の口角があがる。
 心臓の鼓動が、どんどん早くなっていく。

「思ってることを口にしたら、ユフィは怖がると思うよ」
「こわがるなんて、そんなこと……」
「ほら、今だって俺から逃げようとしてる」

 無意識に後退あとずさりするのだけれど、踏み台に乗っていることを忘れていた。あっ、と思う暇もない。何かにしがみつこうと手が伸びて、台所の上にあった瓶に当たってしまう。
 
 わたしの体は背中から倒れた。

 頭を打っていないのは、アゼル様がすんでのところで背中に腕を回してくれたから。
 
 ジュースの瓶は、アゼル様が真上に腕を伸ばしてキャッチしてくれたから、当たって怪我をすることはなかった。

 ただ──

「あ…………」

 瓶の蓋が取れて、血の雨みたいに、真っ赤なジュースが降り注ぐ。
 
 アゼル様の頭部から、ドロリとした真紅の液体が伝っていく。頬を流れ、顎に垂れ、首筋をくだって、白いシャツに赤いシミを作り上げていく。

 そしてそれは、わたしも一緒だった。

 むしろ、わたしのほうが悲惨。

 夏だからって、薄手の白いナイトワンピースにしたのがいけなかった。

 頭から被ったため、髪や頬や顎、首、むきだしの肩にまでべっちゃりとかかっている。鎖骨を伝っていた果肉混じりの液体が、胸の谷間に入り込んでいく。

 ジュースは、ぬるかった。

「もったいないことしちゃったね」

 声を出すヒマもなく、首もとの緩いナイトワンピースをずらされる。下着によってこんもりと押し上げられた胸に、アゼル様の舌が這った。

 ビクゥ、と反応する体が、反射的に距離を取ろうともがくのだけれど、背中に回った腕によって阻止される。

「ぁ……や……っ」

 ただ、ジュースを舐めているだけ。
 今すぐ服を洗えば、何とか落ちるかもしれない。汚れた体はシャワーを浴びれば済む話だ。

 なのに、掠れた声しか出てこない。

 官能を高めるようなねっとりとした舌使い。アゼル様の空いた左手が、さらに薄手のナイトワンピースを脱がしかかる。その間でも舌の動きは止まらず、下から上にジュースと果肉を舐めとっていく。

 そのうちに、舌が首筋にたどりついた。
 
「じっとしてて……」

 産毛が震える程度の、小さな囁き。

 きっと、そんなこと言わなくても、わたしは動けないだろう。
 視線が、指使いが、舌の動きが、肌に付着したジュースを舐める音が、わたしを捕えて離そうとしない。

 心までもが、囚われてしまいそう。

「あ……っ」

 舌で表面のジュースを舐められるだけじゃなく、唇で肌ごと吸われる。ちゅっ、ちゅっ、と軽いリップ音が鳴る。時々、ちりっとした痛みが広がった。

「発情してる」
「や、ぁ……っ」

 耳の下辺りをスンスンと嗅がれて、鼻から甘ったるい声が抜けていく。
 一度燻ぶり始めた官能の炎は、瞬く間に体全体に広がった。

「欲しい?」
「ぁぅ……っ」
「魔力、欲しい?」
「……っ、……っっっ」

 違うの。
 違うのに……っ。

 わたしのことはいいのに……っ。

 わたしはアゼル様を心配してるのに……っ!

「ぃ、ら……ない……っ」

 首を振る。
 アゼル様は「そう」と、短く息を吐いた。

「俺が何を考えてるのかさっぱり分からないってユフィは言ったね」

 ビクッと体が跳ねる。
 
「聞きたい?」

 ここから先の言葉を、聞いちゃいけない気がする。

 聞いてしまったら、何に対して怯えていて、何から逃げようとしているのか、認めないといけない。

 なのに、なんで。

「は、い……」

 頷いて……しまったのだろう。

「俺がいま、何を思ってるのか。どうしたいと思ってるのか」

 聞いちゃダメ。
 ダメなのに、耳を塞ぐこともできない。
 目も、逸らせない。
 
 熱を帯びた魅惑的なテノールボイスが、耳孔に入り込んでくる。


「君をぐちゃぐちゃに犯して吸血したい愛したい


 バリィィンッ!! と、甲高い音が鳴り響く。


 アゼル様の銀の耳環が、微塵みじんに砕け散っていた。
 



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