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第4章 ハーフヴァンパイア
36 煽らないで、大人しくして*
しおりを挟む「落ち着いてきた?」
「……はい、なんとか……」
アゼル様がお腹の上から魔法をかけてくれたおかげで、ひとまず体の疼きは収まった。
今日は薬を飲んでもすぐに発情したし、またいつ発情するか分からない。
魔力も持っていかれたせいで、しばらく眩暈がひどかった。
薬がなくなってしまったため、アゼル様がわたしの手を握って魔力を流してくれている。
……アゼル様の手……。
……細くて、綺麗だけど……。
……やっぱり……大きいな……。
「こういう時に限ってあの男は外に出かけたんだね」
「でも、マザルク先生も、薬の開発のために毎日頑張ってくれてますから……少しくらい息抜きさせてあげないと、ダメかなって。……それに……その……マザルク先生も男性ですし……」
「……。後でシメておくよ」
「何もそこまでしなくても……」
そうしてまた、無言の時間になる。
沈黙は苦痛だ。
何か話していないと、さっきの事を思い出してしまう。数分前、体の疼きに耐えられなかったわたしが、自室のベッドの上で何をしていたのか。
しかも、アゼル様に見られた……ような気がする。下半身に手を伸ばしていたことは見られただろうけれど、アゼル様に背中を向けるような体勢だったから、気付かれなかった可能性もある。むしろ、そうであってほしい。
後悔と羞恥でアゼル様の顔を直視できなかった。
重い空気に耐え切れなくなって、それなりの勢いをつけて起き上がる。
「まだ寝てないとダメだよ」
「実は……アゼル様に飲んでほしいものがあるんです。プレッツェのジュース作ってみたので、ぜひ飲んでほしいんです」
「俺に……?」
「床下に収納してあるので、取ってきます」
「……分かった。俺が取ってくる、ユフィは寝てて」
アゼル様は、真っ赤なジュースの入った瓶を持って、すぐに戻ってきた。
「ユフィが作ってくれたのってこれ?」
「そうです」
「プレッツェの実をしぼってるときに怪我とかしなかった?」
「心配し過ぎですって!」
「……だったらいいけど」
アゼル様は蓋をあけて、瓶を口につけた。
「美味しい……」
アゼル様が、唇の端についた赤い液体を、ぺろりと舌で舐めとった。
「本当ですか? 何にも味感じないのに、またわたしにウソ言ってないですか?」
「嘘ではないよ」
「お腹は満たせそうですか!?」
「うん」
じゃ、じゃあ……成功!?
「これは思いつかなかったな。確かに、プレッツェの実と花の蜜を組み合わせれば、それなりにお腹が膨れる。果肉が残っていると噛み応えもいい……」
「食事を放棄しがちなアゼル様でも、ジュースなら摂取しやすいですよね!?」
「あぁ、うん」
よかったぁ……。
これで少しでも、アゼル様のお腹を満たすことができたらいい。
ちょっとでも飢餓感を和らげることができれば……。
「ありがとう、ユフィ」
アゼル様が口角をあげて微笑んでくれた。
頬に熱が集まっていく。
おかしいな。
アゼル様がわたしに笑いかけてくれるのは、別に珍しいことじゃないのに。
「────また、か」
柔らかな表情をすっかり消し去って、アゼル様が真剣な顔でわたしを見ていた。
意味が分からなくて、ぽーっとする頭でアゼル様を見つめ返す。
そういえば、また体が熱い……。
……お腹のしたが、切ない……。
「ごしゅじーん」
扉から顔を覗かせたのはヨル君だった。
「薬でどうにか誤魔化そうとしてるけど、無理だと思うねぇ僕は。薬を飲ませて抑えれば抑えるほど、その子の症状は強く出るんじゃないの?」
「……何が言いたい?」
「分かってるでしょ? シャワー室で魔力を取り上げちゃったから、ソレ、怒ってんだよきっと」
「…………」
「誰かが夢遊魔のご機嫌を取らないと、そのうち意識を乗っ取られて誰彼見境なく男を襲い始めるかもしれないよねぇ?」
ヨル君が隣にやってきて、わたしの腰をぐっと引き寄せてきた。
女の子みたいな体格なのに、夜の住人だからか、意外と力が強かった。
「だったら僕が犯ってあげる。夢遊魔を満足させられるだけの仕事はしてあげられるよ?」
「ヨル」
「おお怖い顔。でもここでの適任は僕だと思うんだけどね? ご主人はやめておいたほうがいいと思うんだけどなぁ」
ヨル君は、自分の耳を指し示した。
きっと、アゼル様が左耳に装着している装飾品を示しているんだろう。
──銀の耳環。
マザルク先生の伝手を借りて取り寄せた品物らしい。ここ最近、アゼル様はずっと銀の耳環をつけている。
お洒落だな、としか思ってなかったけれど。
「その魔導具、吸血鬼の力に反応して発動する仕組みでしょ?」
「…………ああ」
「発動するって……どうなるんですか……?」
「あれ? 知らなかったんだ?」
「うん……」
「あの道具はねぇ、いってみれば拘束具だよ。己の実力を知らない愚かな人間が、吸血鬼を生け捕りにするために作り出した物で、吸血鬼が大嫌いな純銀で出来てる。発動したら、あの拘束具がご主人の体をめっちゃめちゃに痛めつける」
「え……」
……めっちゃめちゃに、痛めつけるの……?
「誇張表現だ。ヨル」
そう言って、アゼル様が銀の耳環の事を教えてくれた。
確かに、吸血鬼の力を抑え込むための拘束具のため、痛みが発生する。だがそれは、未だにアゼル様の帰化に関する不安要素が残っているからだ。
もし万が一、四か月前と同じような事になれば、今度こそアゼル様は帰化してしまうかもしれない。
そのため、アゼル様は自分から進んで拘束具を装着した。
「んでまぁ、だいぶ話は逸れちゃったけど、ご主人がユフィの相手をするより、僕がしたほうがいいと思うよ。キスだけでも、クるでしょ?」
なんとなくだけど、なぜヨル君がアゼル様の代わりをしようとしてくれているのか分かった。
「わたしの体液に……催淫効果があるから……」
「そそ。たぶんご主人ねぇ、キスしてるときが一番我慢してると思うよ。言ってみれば興奮材料だし? きっと噛みつきたくて仕方ないと思うんだよねぇ」
「…………」
気付かなかった……わけじゃない。
むしろ、そうだろうなと思っていた。
だから今日は……キスという効率の良い魔力譲渡の手段を取らずに、手を握って魔力を流してくれた。
「それに薬もないでしょ? だったらさぁ、ささっと犯ったほうが早いと思うんだ。──ねえ、ユフィはどう思うの?」
「わ、たしは…………」
薬はもうない。
このまま体が疼き続けたら、アゼル様を発情させたあの時みたいに、意識を乗っ取られるかもしれない。
それで、意識がない間、誰か知らない人とそういう行為に及んでいたとしたら……それは、いやだ。
だったらせめて…………意識がある時で、しかも知っている人がいい。
「…………わたしは、ヨル君でも…………」
蚊の鳴くような声。
顔を上げられずにいると、アゼル様の低い声が響いた。
「ヨルに任せると思う?」
「じゃあどうするのさ?」
「君にこれを渡そう。うちの師匠を追いかければいい」
アゼル様がヨル君に渡したのは、お金だった。マザルク様を追いかければいいっていうことは、外で遊んで来いっていうことかな。
え……それってもしかして。
「いいんだ?」
「ヨルにユフィは任せられない。これからするのは、ただの“治療行為”だ。前回と違って銀の耳環がある、同じ轍はもう踏まないよ」
ヨル君はすぐに部屋から追い出され、またしてもアゼル様と二人きりになった。
妙な緊張感が包み込んで、思わず視線を落としてしまう。
視界の端で、シャツが脱ぎ捨てられるのが見えた。
アゼル様がベットの端に手をついて、ギシッ、と音が鳴る。
心臓がイヤでも高鳴って、五感が研ぎ澄まされていくような気がした。
「────脱いで」
艶のあるテノールボイスがすぐ近くに聞こえて、とっさに背を向けて、首を振った。
しないほうがいい。帰化問題も、吸血衝動もそう。
アゼル様のためを思えば、この行為はリスクしかない。
だから……アゼル様とだけは、シたくないのに。
「ヨル君に任せた方が…………ひゃぁっ!?」
そう呟いた瞬間、アゼル様に後ろから抱きかかえられて、膝の上に座らせられた。そのまま足の間に手を挿し込まれて、寝間着の上から秘部へ。
待って、そこに触れられたらさっき自分でシてた事が……!
「………………濡れてるね」
「っ、っっ……!」
服の上からなのに、指の腹でゆるゆると刺激されると、それだけで頭が真っ白になる。自然と体が弓なりに反って、体がピクンピクンっと震える。袖を口に含んで、声を必死に堪えた。
「知ってる。自分でシてたよね。声が聞こえていたよ」
「うっ、ごめ、んなさい……っ」
「謝る必要なんてない。……すぐに終わらせるから、服を脱いで」
やっぱりアゼル様の言い方は、優しいのにどこか有無を言わせない響きがある。こちらの要望を聞いてくれるようで、聞いてくれないのがアゼル様だ。
「大人しくしてて」
首を振って脱ぐ事を拒否し続けていると、アゼル様が静かにわたしの服を脱がし始めた。
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