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第3章 ホイットニー家
29 お迎えの鴉(ランブルト視点)
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「遅かったですね」
ランブルトの視線の先には、黒い軍服に身を包む男がいた。
「全然来ないので、私はてっきり悪鬼討伐に失敗して死んでしまったかと思ってましたが。──まぁなかなかそうはいきませんね」
「あんたが妙な結界を張るから侵入するのに時間がかかっただけ。それよりも、義妹を迎えに来た義兄に対してけっこうな歓迎をしてくれるね、ランブルト・ホイットニー」
「ハーフ吸血鬼が不法侵入してきた前例があるんです。──対策するのは当然だろう?」
市街地区の随所に張り巡らされる夜の住人対策のガス灯ではなく、正真正銘の、物理的な侵入を防ぐ強固な魔法結界だ。
──吸血鬼特化型の。
とはいえ、ランブルトが設置できた魔法結界は、ギルド本庁や国家の重鎮が集う各省庁のソレに比べれば子供だましのようなレベルである。だが吸血鬼襲撃の際に、体制を整える時間稼ぎとしては充分すぎる代物だ。
現に、ランブルトは時間稼ぎに成功し、最後の最後までユフィとの逢瀬を愉しめたわけだ。
「ユフィを渡すという話だったと記憶しているのだけれど、それはこちらの勘違いか?」
「まるで俺が無理やり連れ去ったような口ぶりですね。彼女は最後に話がしたいと言って家に訪れたんですよ。むろん話し合いは終わったので、どうぞ連れて帰ってください」
「話し合い……?」
「俺が出した手紙を取り下げました」
「結婚の話もか?」
「ええ」
フラれる前にユフィをフッた。
結婚を前提とした交際の手紙も取り下げた。
ユフィから何度も「ごめんなさい」と謝罪も受けた。
(もう過ぎたことだ。そんなことより、あの肩に乗っている鴉……やっぱり昨日俺達を監視していた鴉だな……)
仮面舞踏祭で狼人間に襲われた際、屋根の上からこちらをチラチラと見ていた鴉もこいつだ。
吸血鬼は使い魔と視界を共有できる能力を持っている。ハーフ吸血鬼のアゼルが使用できても不思議ではない。
(鴉……正式名は、確か大鴉だったか。人型と自由に切り替わることができ、主に吸血鬼に隷属する夜の住人だな)
享楽的で殺戮主義な夜の住人が多い中で、人間のように他者に尽くす種族。
(今までこの男が使い魔を所持していた形跡はなかった)
アゼルが鴉を使うようになった……いや、使えるようになってしまったのは街を出たあとだ。
鴉に見張らせることで、ユフィが家を飛び出したことも分かる。ホイットニー邸宅に入り、夜が更け込んでも出てこなかったから、危険を察知して直々に迎えにきた──というのが筋だろう。
さすがに部屋の中で何を行っていたかまでは鴉を使っても確認できない。
魔法結界もあったし、カーテンを閉めて見えないようにしていた。
(まあ……おおよそ俺が何をしていたか、この男なら分かるだろうな)
落ち着いているように見えて、立ち上る殺気は尋常ではない。
「今の貴方を見ると、どうして私は自分のことを悪役だと思ってしまったのか後悔しそうになりますね。
──なんだ、その姿。
冗談はほどほどにしろ。本気で貴方にユフィさんを帰さないぞ」
アゼルの黒い髪は、半分近くが白く変色していた。
昨日までは青々と輝いていた目も、今ではすっかり淀んだ血の色になっている。
「どうやら、この髪は吸血鬼の力に反応して変色するみたいでね。俺が鴉の目を使ったり、悪鬼の首を刈り取るために大量の魔力を使うとこうなる。おおかた数分から数時間で元に戻るけれども」
「悪鬼討伐した後だからと言いたいんですね。私だけじゃなく他の狩人にも怪しまれるくらい分かりやすいなんて、まぁご丁寧な指標ですね」
「暗い場所だったから誰にもバレてない」
ランブルトは、アゼルを目で威圧した。
「次その髪が全て白く塗り替わったら今度こそ心臓を撃ちぬいてやろう」
「あの失敗はもう二度と繰り返さないつもりだけど、……それはそれで構わない」
アゼルはそう言い、鈍色に光るトランクケースを地面に置いて、足で蹴り飛ばした。
「マザルクが世話になったそうだね。受け取ってくれ」
「贈答品は間に合ってますので結構ですよ」
「ユフィを預かってくれた謝礼の意味も込めてある。なにもしないままだと俺も気持ち悪いし、ユフィだって嫌な思いをする」
「……。いいだろう」
ランブルトは、ユフィをアゼルに渡す。
そのあと、現金の束が入ったトランクケースを持ち上げた。
「あんたがユフィに飲ませていた薬──あのレシピを渡してくれ」
「なに?」
「魔力量こそ足りていなかったが、夢遊魔の活動を抑えるにはちょうどよさそうだった。うちの師匠から教わったレシピからアレンジしているだろう? これから新薬を作るところだ、そのときの参考にしたい」
「彼女のために製薬会社やその他知人を使ってアレンジしたものです。そう簡単に渡せと言われても」
「かわりにこれをあげるよ」
アゼルによって放り投げられた何かを、ランブルトがキャッチした。
「これは……?」
「俺の作っている薬を『自分が知っている魔力増強剤よりもはるかに高品質だった』とユフィに話していたな。そのレシピを渡す。もちろん、吸血鬼の血なんて使わずに、ある程度は量産可能な代物だ。それでも充分良質な増強剤を作れる」
製薬会社に増強剤を売り込む、あるいは魔力増強剤を販売する会社に卸してもいい。なんにせよ商売人であるホイットニーの血が騒ぐ案件だ。
「等価交換、というわけですか」
「等価ではないよ。そっちの方が価値が上だ」
つまり、ユフィの夢遊魔を抑えるほうが、アゼルにとって価値がある、ということだ。
「いいでしょう。後でレシピを送ります。待っていてください。最後に一つだけ、よろしいですか」
早々に立ち去ろうとしたアゼルに、ランブルトは待ったをかけた。
「夢遊魔のことを彼女に隠していた本当の理由はなんですか?」
ユフィは、アゼルに隠されていたことを大いに戸惑っていた。
「この子には必要のない知識だった。ただ、それだけだよ」
ぽつりとそう言い、アゼルは姿を消した。
----------------
【あとがき】
ここで第三章終了です。
間幕を挟んで、最終章に入ります。
駆け足で更新してますが、数日中に本作は完結予定です。
ランブルトの視線の先には、黒い軍服に身を包む男がいた。
「全然来ないので、私はてっきり悪鬼討伐に失敗して死んでしまったかと思ってましたが。──まぁなかなかそうはいきませんね」
「あんたが妙な結界を張るから侵入するのに時間がかかっただけ。それよりも、義妹を迎えに来た義兄に対してけっこうな歓迎をしてくれるね、ランブルト・ホイットニー」
「ハーフ吸血鬼が不法侵入してきた前例があるんです。──対策するのは当然だろう?」
市街地区の随所に張り巡らされる夜の住人対策のガス灯ではなく、正真正銘の、物理的な侵入を防ぐ強固な魔法結界だ。
──吸血鬼特化型の。
とはいえ、ランブルトが設置できた魔法結界は、ギルド本庁や国家の重鎮が集う各省庁のソレに比べれば子供だましのようなレベルである。だが吸血鬼襲撃の際に、体制を整える時間稼ぎとしては充分すぎる代物だ。
現に、ランブルトは時間稼ぎに成功し、最後の最後までユフィとの逢瀬を愉しめたわけだ。
「ユフィを渡すという話だったと記憶しているのだけれど、それはこちらの勘違いか?」
「まるで俺が無理やり連れ去ったような口ぶりですね。彼女は最後に話がしたいと言って家に訪れたんですよ。むろん話し合いは終わったので、どうぞ連れて帰ってください」
「話し合い……?」
「俺が出した手紙を取り下げました」
「結婚の話もか?」
「ええ」
フラれる前にユフィをフッた。
結婚を前提とした交際の手紙も取り下げた。
ユフィから何度も「ごめんなさい」と謝罪も受けた。
(もう過ぎたことだ。そんなことより、あの肩に乗っている鴉……やっぱり昨日俺達を監視していた鴉だな……)
仮面舞踏祭で狼人間に襲われた際、屋根の上からこちらをチラチラと見ていた鴉もこいつだ。
吸血鬼は使い魔と視界を共有できる能力を持っている。ハーフ吸血鬼のアゼルが使用できても不思議ではない。
(鴉……正式名は、確か大鴉だったか。人型と自由に切り替わることができ、主に吸血鬼に隷属する夜の住人だな)
享楽的で殺戮主義な夜の住人が多い中で、人間のように他者に尽くす種族。
(今までこの男が使い魔を所持していた形跡はなかった)
アゼルが鴉を使うようになった……いや、使えるようになってしまったのは街を出たあとだ。
鴉に見張らせることで、ユフィが家を飛び出したことも分かる。ホイットニー邸宅に入り、夜が更け込んでも出てこなかったから、危険を察知して直々に迎えにきた──というのが筋だろう。
さすがに部屋の中で何を行っていたかまでは鴉を使っても確認できない。
魔法結界もあったし、カーテンを閉めて見えないようにしていた。
(まあ……おおよそ俺が何をしていたか、この男なら分かるだろうな)
落ち着いているように見えて、立ち上る殺気は尋常ではない。
「今の貴方を見ると、どうして私は自分のことを悪役だと思ってしまったのか後悔しそうになりますね。
──なんだ、その姿。
冗談はほどほどにしろ。本気で貴方にユフィさんを帰さないぞ」
アゼルの黒い髪は、半分近くが白く変色していた。
昨日までは青々と輝いていた目も、今ではすっかり淀んだ血の色になっている。
「どうやら、この髪は吸血鬼の力に反応して変色するみたいでね。俺が鴉の目を使ったり、悪鬼の首を刈り取るために大量の魔力を使うとこうなる。おおかた数分から数時間で元に戻るけれども」
「悪鬼討伐した後だからと言いたいんですね。私だけじゃなく他の狩人にも怪しまれるくらい分かりやすいなんて、まぁご丁寧な指標ですね」
「暗い場所だったから誰にもバレてない」
ランブルトは、アゼルを目で威圧した。
「次その髪が全て白く塗り替わったら今度こそ心臓を撃ちぬいてやろう」
「あの失敗はもう二度と繰り返さないつもりだけど、……それはそれで構わない」
アゼルはそう言い、鈍色に光るトランクケースを地面に置いて、足で蹴り飛ばした。
「マザルクが世話になったそうだね。受け取ってくれ」
「贈答品は間に合ってますので結構ですよ」
「ユフィを預かってくれた謝礼の意味も込めてある。なにもしないままだと俺も気持ち悪いし、ユフィだって嫌な思いをする」
「……。いいだろう」
ランブルトは、ユフィをアゼルに渡す。
そのあと、現金の束が入ったトランクケースを持ち上げた。
「あんたがユフィに飲ませていた薬──あのレシピを渡してくれ」
「なに?」
「魔力量こそ足りていなかったが、夢遊魔の活動を抑えるにはちょうどよさそうだった。うちの師匠から教わったレシピからアレンジしているだろう? これから新薬を作るところだ、そのときの参考にしたい」
「彼女のために製薬会社やその他知人を使ってアレンジしたものです。そう簡単に渡せと言われても」
「かわりにこれをあげるよ」
アゼルによって放り投げられた何かを、ランブルトがキャッチした。
「これは……?」
「俺の作っている薬を『自分が知っている魔力増強剤よりもはるかに高品質だった』とユフィに話していたな。そのレシピを渡す。もちろん、吸血鬼の血なんて使わずに、ある程度は量産可能な代物だ。それでも充分良質な増強剤を作れる」
製薬会社に増強剤を売り込む、あるいは魔力増強剤を販売する会社に卸してもいい。なんにせよ商売人であるホイットニーの血が騒ぐ案件だ。
「等価交換、というわけですか」
「等価ではないよ。そっちの方が価値が上だ」
つまり、ユフィの夢遊魔を抑えるほうが、アゼルにとって価値がある、ということだ。
「いいでしょう。後でレシピを送ります。待っていてください。最後に一つだけ、よろしいですか」
早々に立ち去ろうとしたアゼルに、ランブルトは待ったをかけた。
「夢遊魔のことを彼女に隠していた本当の理由はなんですか?」
ユフィは、アゼルに隠されていたことを大いに戸惑っていた。
「この子には必要のない知識だった。ただ、それだけだよ」
ぽつりとそう言い、アゼルは姿を消した。
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【あとがき】
ここで第三章終了です。
間幕を挟んで、最終章に入ります。
駆け足で更新してますが、数日中に本作は完結予定です。
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