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第3章 ホイットニー家
23 仮面舞踏祭《ナイト・フェスティバル》(1)
しおりを挟むあの馬車での出来事から、また月日が流れた。
その間に変わった事といえば、ランブルト様がより一層わたしに甘々になったことだろうか。たとえば、今までは魔力譲渡のためにキスしていたのに、今は唇以外の……額とか、髪とか、首とかにキスを落としてくる。そして一度わたしに触れ始めると、中々離れてくれない。
わたしの顔が真っ赤になってもずっとチュッチュッされる。「周りの目があるから」と抗議しても、ランブルト様は「俺を興奮させる貴女が悪いんですよ」とか言って、運が悪いとわたしの寝室に連れ戻される。
もちろん、寝室に連れて行く建前はわたしに治療用の魔法をかけるため。
ただいつも、最終的にはランブルト様に抱かれている。
メイドのマリーさんは、わたしが一方的にランブルト様を避けていたギスギス感を知っているから、わたし達の様子を見て心底ほっとしていた。
『ユフィお嬢様への坊ちゃんの愛は、本当に深いところにありますから。一人の男性からあそこまで一途に愛されるって、最高の栄誉だと思いますよ』
『そうですね……わたしも、そう思います』
『しかも坊ちゃんはお金持ちですし。優良物件ですよ』
『ゆ、優良物件って……』
執事のジレットさんには、なぜか心配された。
『ご負担になっておりませんか?』
『……ちょっと、恥ずかしい、とかはありますけど……負担というほどじゃないです』
『それならよろしいのですが、うちの坊ちゃん、一途すぎて面倒なところあるでしょう? もし付きまとわれて鬱陶しいだとか、愛が重すぎて面倒だなとか思われましたら、私にお声がけください。再教育しておきます』
……そういえばジレットさんって……ランブルト様にだけ毒を吐く回数が多いような……。
*
夜の住人の侵入を許さないように、ミレスシティの各街区には特別なガス灯がともされている。夜の闇を退け、地上に太陽の光をもたらす大事なガス灯は、基本的に上流階級──いってもみれば高級住宅街の周りほど数を増すのだ。
瀟洒な高級住宅街の一等地に建っているホイットニー家は、さすが街一番のお金持ち貴族のお家柄なだけあって、街を一望できる小高い場所に建っている。三階に登ってベランダを出れば、先進的で都会なミレスシティの夜景を独占できるというものだ。
「綺麗……」
思わず、そんなため息がもれてしまう。
今日のミレスシティの輝きは、いつもの比じゃない。高級住宅街の外周だけじゃなく、いたるところでオレンジ色の光が揺れている。街丸ごとが、まるで昼のように眩しく輝いているのだ。
「この時期は、初夏と違って陽が沈むのが早いですね。まだ夕飯前だというのに、もう綺麗なランタンの光に包まれている」
「あ、ランブルト様……お仕事終わったんですか?」
「今日はお祭りですから、早々に切り上げましたよ。マリーに聞いたら、貴女がここにいるって聞いてね」
颯爽とやってきたランブルト様が、当然のようにわたしの隣にやってくる。「そんな格好だと冷えるよ?」と、片目を瞑りながらマグカップを差し出してきて、慌てて「ありがとうございます」と受け取る。茶色い液体に鼻を近づけてみると、甘い匂い。ココアだ。
確かに、いまのわたしの恰好は厚手のワンピース一枚だけ。
ブランケットも羽織っていないし、そろそろ手先が冷えてきたなと感じてきた頃合いだ。ここに来るまでにココアを準備して持ってきてくれるあたり、たまにランブルト様はエスパーなんじゃないかって思ってしまう。だって欲しいなって思ったことを、先回りして用意してくれるのだから。
今日のランブルト様の恰好は、部屋着の上から粗めに編まれたニットカーディガンという、ちょっぴり可愛らしい恰好。高身長で美形だと、こういう甘系ファッションもよく似合うんだなぁと思う。ぽーっと見ていると「熱心な視線を感じますね」と、意味ありげに視線を寄こされて、あわてて顔を逸らした。
「ミレスシティって、仮面舞踏祭が年に二回も開催されるんですか?」
話題を逸らしてみれば、ランブルト様は「ああ」と頷く。
「今年は特別ですよ」
「今年は……?」
「ええ。ミレスシティという名前になってちょうど百年の節目の年なんですよ。この街の誕生に関する有名な話は知っているかな?」
「地下空間に住み着いていた上級夜の住人を、ギルド長が討伐して、中級や下級夜の住人の大半を外に追いやり、数十年間にも及んで人が立ち入れなかったこの地区を奪還したっていう話ですよね」
「ご名答」
ランブルト様がベランダの欄干に腕を乗せて、街並みを見渡している。片手で持っているマグカップをかたむけて、一口。わたしもそれにつられて一口……あつっ。つられて飲んじゃったけど、猫舌だったの忘れてた。
口もとをこすっていると、ランブルト様が口角をあげて笑っている。わたしっていっつもこんなんばっかりだなぁ……。
「懐かしいな。貴女と再会できたのも、仮面舞踏祭でしたね」
「ですね。あのときは、結局すぐ倒れちゃって全然楽しめなかったですけど……ランブルト様にもとっても迷惑をかけちゃいましたし」
携帯用の薬は持っていたけれども、体調が急変して、ランブルト様に介抱してもらって、そのまま家まで送ってもらった。
「いいな……。わたしも、行きたいな……」
「この前のは、一人で参加していたくらいだから、……お祭り、好きなんですね。」
「大好きなんです。みんなが楽しそうに笑っているのを見ると、こっちまで幸せな気分になっちゃいます。それに、お祭りって美味しい食べ物がいっぱい出るじゃないですか? ……え、なんで笑うんですか?」
「失敬。貴女があまりにも可愛らしいことを言うので、つい……ね?」
熱っぽい視線を寄こしてきたランブルト様に、一瞬思考が固まりそうになる。ライトグリーンの瞳は、何か悪戯を考えている少年みたいな輝きを放っていた。
「今から俺達も参加しましょうか。仮面舞踏祭」
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