【R18】ハーフヴァンパイアは虚弱義妹を逃がさない ~虚弱体質の元貴族令嬢は義兄の執着愛に囚われる~

べらる

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第2章 黒王子と白王子

16 蜜味の肢体をむさぼって(アゼル視点)

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 金色こんじきに輝く髪が、いつもアゼルの脳裏にちらついていた。

 柔らかそうで、温かそうで。

 髪に指を通したら、どんな感じなのだろう。
 鼻を近づけたら、どんな香りがするのだろう。

 許されるのなら、触ってみたい。

 そんな念願が叶ったのは、空に雲一つなく、眩しいまでに晴れ渡ったある日のことだった。

『初めまして。ユフィ・ハッシュフィードです』

 十五歳にして初めて出来た義妹いもうと

 黒髪を見て怯えることもなく、理不尽に腹を立てることもない。
 ついさっきまで物置部屋に閉じ込められて泣いていたから、目もとが赤くなっているが、それだけだ。

 スカートの裾を軽く持ち上げ、子どもらしくもしっかりと挨拶をする義妹ユフィに対して、アゼルは口をポカンと開けたまま固まっていた。

 挨拶されたら挨拶を返す。

 家中の人間から怖がられてロクな教育を受けさせてもらえなかった幼少期、どっぷりとスラム生活を送っていた少年期合わせて、アゼルのなかで常識的な考えはあまり育っていなかった。

 なんと言うのが正解か分からず、すぐに言葉を返せない。

 きょとんと不思議そうな顔で見上げてくるユフィ。

 二十秒ほどかかって、『アゼルだ』と何とか言葉を返した。

『今日から君の義兄にいさんになる。呼び捨てでもなんでも、呼び方は気にしない』
『アゼルさま……』
『……。まあ、その呼び方でもいいけど……』
『じー……』
『な、なに……?』
『じー……』

 何かを期待するような、純度100%のキラキラおめめ。
何を求められているのだろう? 

もしかして……一発芸? 

 アゼルにこれといった特技はない。数メートル離れた木に生っている果物を小石で弾き落とすとか、街にいる団体観光客の財布を全部盗むとか、その程度のことだ。こんなの練習すればだれでもできる。

 いつの間にか出来るようになっていた吸血鬼ヴァンパイアとしての能力は、特技ではなく汚点であるし、言いふらすものでもない。

 となれば。

 アゼルの脳内で、“ごはん”という文言がちらついた。

 義妹ユフィはどう見ても食べ盛りの年頃だ。身長だって低いし、ちょっと力をこめれば簡単に折れてしまいそうである。きっとお腹が空いているに違いない。

 夕方になると残飯が必ず手に入る場所を知っている。

 そこまで行くとなると片道一時間以上かかるが、あそこなら女の子が喜びそうなパンの食べかけも手に入る。

 アゼルは小さく頷いて、さっそく行動を開始しようとするが、歩き出す前に服の袖を掴まれてしまった。

『わたしの、名前……』
『名前がどうかしたの?』
『呼んでほしいです……』
『……じゃあ…………普通に、ユフィって呼べばいい……?』

 嬉しそうにコクコクと頷くユフィ。
 小さなおててを胸の前で握りしめていて、なんとも可愛らしい。義妹の金髪をじっと見つめていると、いきなり手を握られてしまう。アゼルの肩がビクッと跳ねた。

『な、なに……?』
『手、怪我してます……』
『怪我? あ、ああ、さっき扉をこじ開けたから……』

 手のひらは裂傷ができていて、ぼたぼたと血が流れていた。

『こんなの、放っておけばすぐ治る』

 吸血鬼ヴァンパイアは高い再生能力を持っている。
 アゼルはハーフだったが、人間よりもはるかに怪我の治りが早かった。

『わたしが治します』

 ふわっと柔らかな光が落ちて、手の傷が塞がっていく。
 神秘的な光景に、アゼルは目を見開いた。

『これくらいしか、治せないですけど……』
『…………もしかして、治癒の魔法……?』
『はい……』

 また、ユフィが期待するような目をしてくる。
 さすがのアゼルも、今度は察することが出来た。

『ありがとう』と言って、頭を撫でる。

 ユフィの髪の毛は、温かくて、柔らかくて、石鹸のいい香りがした。ずっと触っていたいとすら思うほど、指通りの良い髪。軽く指を滑らせただけで、気持ちよさそうな、嬉しそうな顔をしている。

 そんな義妹の姿を見て。
 この子の隣で生きていきたい、と、アゼルは思った。



 *



 髪に触れたい、という自己中心的な考えから始まったハッシュフィード家の養子入り。
 あれだけ毛嫌いしていた吸血鬼ヴァンパイアの能力をフル活用して手に入れた“ユフィの義兄”という居場所は、結果として、ずっと死にたいと思っていたアゼルに『生きたい』という希望を与えた。

 ユフィの隣でなら、人生で一度も笑った事のない自分でも、笑える気がした。
 希望を与えてくれた大事な存在だからこそ、アゼルは隣に居続けるための行動を開始した。

 手始めに行ったのは、本物の養子と入れ替わってしまった責任を果たすこと。養父母からの期待に応え続け、勉学は一切妥協しなかった。

 次に、<夜の住人ノク・レビン>狩りの名門貴族であるハッシュフィード家の次期当主として恥じない魔法技術を身につけること。

 吸血鬼ヴァンパイアは、膨大な魔力量を持つことで有名な存在である。

 格の違いを見せつけるかのように、アゼルは瞬く間に才能を開花させ、鬼才と呼ばれるほど優秀な《狩人》に成長した。

 ハッシュフィード家で暮らし始めて、アゼルがツラいと思った事は一度もなかった。魔法の鍛錬も、勉強も、ちょっと苦手意識のある社交も、味のしない食事を「美味しいです」と言って家族と過ごすことも、ユフィがいたから平気だった。

 ユフィの柔らかな金髪に指を通すのが好きで。
 顔周りを撫でられてくすぐったそうにするのが可愛くて、もっと触りたくなる。
 どこへ行っても「あぜるさまー」と後ろをついて回ってくるのが不思議だったけれど……でも悪い気分にはならない。

 物置部屋に閉じ込められて泣いていた小さな女の子は、いつの間にか、とても愛らしい少女へと成長していた。

 大きな深緑の瞳。
 小ぶりの鼻と、柔らかそうな唇。
 男の庇護欲を掻き立てるような幼い顔立ちで、身長も決して高くなく、体型もかなり小柄。
 
 襟口から覗く白い首筋が、とても目に毒だった。

 アゼルは生まれてから一度も人間の血を飲んだことがなかった。

 人間の血を飲まないと生きていけないのが分かっていても、絶対に飲みたくなくて、体調が悪くなっても我慢して、危ないと思ったら森に出かけて動物の血をすすり、吸血衝動を抑えていた。

 出来る限り人間の血を見ないようにして。
 
 ユフィへの気持ちも、吸血衝動につながる可能性があって、抑えた。
 抑えて、抑えて、抑え込んだ。


 でも──


 たまに、考えてしまう。

 あの柔らかくて細い首筋に牙を立てて血を吸ったら、どんな味がするのだろうか、と。

 ユフィが怪我をして血を出している時が最も危険だった。

 どんな人間よりも、ユフィの血の匂いは甘い香りがした。
頭がクラクラしそうなほど、魅惑的だった。

 ちょっとでも気を抜いてしまえば、小さな身体を押し倒して、服を破り捨てて、牙を打ち立てて、吸い尽くしたくなる。

 ユフィを大事にしたいという想いが増すにつれて、ユフィを犯して血を堪能したいという本能が、アゼルの心を蝕んでいった。

 それでも、アゼルは抑えていた。

 ユフィから告白されたときでさえ、フツフツとわきあがってくる本能を抑え込んでいた。

『そういう目で見られるのは困るよ』
『で、でもわたしは……っ!』
『そんな感情、ただのまやかしだから』

 ユフィの顔は見なかった。
 見たらきっと、抑えられなくなる。

 可愛い唇を奪って、甘い匂いのする肢体に舌を這わせて、他の男なんて見ないように閉じ込めて、蜜壺に己を突き入れて、喘がせて、揺さぶって、ぐちゃぐちゃに穢して、犯して、犯して、犯し尽くして、吸血してしまうから。

 母親を犯し殺したあの男ヴァンパイアのように。

『君の気持ちに応えることは出来ないよ』
 
 ただ、傍にいてくれれば満足だ。
 そう思うことで、大事な存在ユフィに手を出さないように、自分を律していた。
 
 それなのに──

 あの夜に、変わってしまった。
 
 今まで口にしたどんなものよりも、ユフィの血が美味しいということに、気付いてしまって。

 熱い胎内に己を突き入れる悦びを、知ってしまって。

 それからは、どんな新鮮な動物の血を口にしても、満たされなくて。

 胸の奥底にしまい込んでいた感情が、決して表に出してはいけない残虐な本能と一緒に、外へ出ようとしていた。


『とっても真っ直ぐな人でした。だから、付き合うことに決めたんです』


 どんどん理性が崩れていく。


『アゼル様は、わたしの体調を心配して、付き合うなって言ったんですよね。でもランブルト様は、体調面も考慮してくれるって言ってくれました』


 ──ユフィ。
 ──俺の傍から離れたらダメだよ。


 気が付けば、蜜味の肢体を己の腕に閉じ込めていた。

 快楽に怯えて逃げようとしたユフィを何度も抱き寄せて、小さい体に欲望を突き入れた。喉が枯れるまで喘がせた。水がほしいと言ったら、口移しで水を与えた。いたるところにキスをして、歯型をつけて、マーキングした。

 もう二度と、自分以外の魔力が欲しいと言わないように、常に魔力を流し込み続けた。
 
 窓から差し込んでくる陽光が眩しいと感じて、地下空間にユフィを運んだ。

 吸血はしなかった。
 誰にも奪われないように、大事な義妹をぎゅっと抱き締め続けていた。
 
 アゼルにとっては、ほんの数時間のつもりだったのに。
 実際には、二ヶ月も経っていて。
 銀色に輝く拳銃で肩を撃ち抜かれるまで、かなり吸血鬼ヴァンパイアの本能に引きずられて過ごしていた。

つぅ……ッ』

 焼けるような痛みがアゼルを襲う。
 
『やっと正気に戻ったか。四年前の大火事でユフィさんを救い出したのが貴方だったという話を聞いてなければ、心臓を撃ち抜いていたぞ』

 ランブルトは拳銃を仕舞い、怒りをしずめるように息を吐く。

『どうしてと言いたげですね。真面目なアゼルさんが何日も無断欠勤しているってギルド中大騒ぎでしたよ。居場所を突き止めるためにホイットニー家の権力と財力をフル活用しました。それでも一か月かかりましたが』

 ランブルトが、ユフィを抱き上げた。

 アゼルは、手を伸ばす。
 でも、届かない。
 
『今回の一件でよく分かりました。人間性を失ってユフィさんに魅了をかけるハーフなんて、危険すぎてユフィさんを預けておけませんので』

 ユフィが、奪われてしまう。

『返せ、ユフィは俺の……』
『俺の、なんです?』
『俺の……』

 若葉色の瞳が、剣呑な光を宿してアゼルを睨む。

『遮断魔法なんていう男避けの魔法を仕込むくらいですもんね。自分以外の男に触れさせたくないという気持ちは、分からなくないですが』
『……あんたが解除したのか』
『そうですよ』

 ランブルトは冷たく吐き捨てたあと、腕の中にいるユフィを大事そうに撫でた。

『ユフィさんは俺が幸せにします』

 ランプの光に照らされ、美しく輝く金髪を見上げて。 
 羨ましい、と、心の底からアゼルは思った。

 自分には絶対に手に入らないものを、この男ランブルトは持っている。

 母親アリシアと同じ金色に輝く髪も、恋焦がれる少女に愛していると言える素直さも。


 ゆえに、アゼルはランブルトの事が嫌いだった。


『頭を冷やしたらユフィを迎えに行く』


 アゼルは立ち上がった。
 
『それまであんたに義妹いもうとを預けるよ』
『ユフィさんにこんな酷いことをしておいて、よくそんなことが言えますね』
『ユフィには俺が作る薬と魔法による治療が必要だ』
『そんなの専門の医療機関を探せば済む話でしょう。貴方じゃないといけない理由なんて──』
『ある』

 強い口調で言い切ったアゼルに、ランブルトは不愉快そうに唸った。
 ユフィを抱き直して、歩き始める。

吸血鬼ヴァンパイア悪役ヴィランであって、体の弱いお姫様を幸せにする王子様ヒーローではないのですよ。
 ──いい加減自覚しろ、ハーフ吸血鬼ヴァンパイア
 
 
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