9 / 70
第2章 黒王子と白王子
09 白王子再び
しおりを挟む吸血鬼は、夜の住人のなかで最も強大な力を持っている。
曰く、彼らは人間でいう二十代の姿からほとんど老いることなく、数百年の時を過ごす。
曰く、彼らはすべからく美しい容姿を持つという。
曰く、彼らは群れることを嫌い、少人数……あるいは、単独行動を好んで取る。
曰く、性格は冷徹かつ残忍である。
己の容姿が人間の好むものだと知っている彼らは、その美貌で人間に近づき、あらゆる術を使って自由気ままにエサを弄ぶ。
吸血時に快楽を与えることなく、痛み苦しむ様を見て愉しむ吸血鬼。
逆に心が壊れるほどの快楽を与えて、自我が崩壊していく様を見る吸血鬼。
中には、気に入った人間を住処に連れ帰り、首輪をつけて愛玩生物として傍に侍らせる吸血鬼もいるけれども、人間を壊す事も食事にすることないのは、かなりのレアケース。
それでも、彼らに目を付けられた人間は遠からず心を壊すという。
きっと人間みたいな情があるはずだと、期待を胸に膨らませて彼らに近付いた多くの人間が、己の浅はかさに後悔した。
彼らは、夜の住人の頂点に君臨する。
──あくまで、バケモノなのだから。
「………………はぁ」
分厚い本を閉じて、ため息をついた。
これで七冊目だ。どの本を読んでも、吸血鬼は残忍で凶悪で、恐ろしい化け物だと書かれている。
アゼル様はこの本に出てくる吸血鬼みたいな怖い存在じゃないのにと、もやもやしてしまう。
アゼル様がハーフ吸血鬼だと知った翌朝、居間に行ったところアゼル様が朝食を作ってくれていた。目玉焼きを作り、パンを焼いてくれた。
とっても驚いた。
『記憶を消さないのですか?』
『どうして消す必要がある?』
『だって、わたしがもし周りの人にアゼル様が吸血鬼だって告げ口したら、ギルドの人達に狙われちゃいますよね。……怖く、ないんですか?』
『ユフィがそういうことする子だとは思ってないけど、もしそうなったら、……それはそれだと思ってる』
『……誰にも言うつもりないですけど』
『だと思ったよ。だから消さない。そんなことより、顔を見せて』
『え、……っと』
アゼル様はわたしの体調を気にしていた。顔を覗き込まれて、身体を触られてこっちはドキッとしたけど、アゼル様は至って真顔。情事は本当に”治療”以外の意味はなかったらしい。妙に意識して損した気分だった。
『うん、魔法がよく効いてる。顔色もいいね』
『え、と……』
『体に違和感はない?』
『あ、はい。……すっごく元気です……』
『それはよかった。魔力も満ちてるけど、無理は厳禁。俺の薬は忘れず飲むこと。じゃあ、仕事行くから』
『あ、……はい。いってらっしゃい……』
アゼル様が吸血鬼だと知ったあとでも、わたしたちの生活は何も変わらなかった。余所余所しくなることもなくて、嬉しかった。
アゼル様は前よりも過保護と心配症が増して、仕事の合間合間に抜け出してわたしの様子を確認してくるようになったけれど、それくらいだ。
吸血鬼なのに日中に活動できるのは、人間の血が濃く出たハーフだからだとアゼル様は言っていた。
いわゆる、人間と夜の住人の間に生まれた子どもは、揶揄の意味も込めてハーフと呼ばれる。
ハーフの存在は珍しいものではない。夜の住人のなかには、人と子どもをもうけやすい種族がいる。代表的なのが蝙蝠男や魔女だ。
昔はハーフに人権を認めず殺処分になることも多かった。
母親側が人間だった場合、我が子を守るため出生届けを偽ったり、夜逃げすることも珍しくなかったらしい。逆に、バケモノの子どもを生んだという恐怖に耐えかねて、命を落とすこともあったという。
母親に愛されたとしても、半分は夜の住人なので、夜の住人の症状に悩まされる事も多いそうだ。
たとえば、攻撃衝動を抑えられない。
耳が良すぎて、学校の環境音に耐えられない。
とりわけハーフを悩ませるのは、直射日光に長時間当たれない、ということだった。
ハーフといっても、みんながみんながアゼル様のように日中に活動できるわけではない。むしろアゼル様のように機敏に動き回れるのは、そうとう珍しい。
だから、ハーフだと今まで知られなかった。
わたしも気付かなかった。
もしかしたら、今は亡きわたしの両親も、ハーフだと知らずに養子として迎え入れたのかもしれない。
「アゼル様のことなら何でも知ってるって思ってたのは、勘違いだったなぁ……」
アゼル様から貰っている薬も、アゼル様お手製のものだ。虚弱体質を改善するために、色々な薬草とアゼル様の血を混ぜて作っているらしい。……薬であり、魔力増強剤でもあるらしい。ランブルト様が、とんでもなく質がいいって褒めたっけ。
そういえば……三日前のアレはわたしに魔力を渡す治療だったとしても、二週間前のアレはなんだったのだろう。アゼル様の様子がいつもとかなり違っていた。
全体的に体が赤く色づいていたし、雰囲気もなんだか……かなり色っぽかった。
記憶が確かなら、アゼル様は吸血鬼の発情だと言っていた。
もしかして、載ってたりして……?
興味本位でパラパラとページをめくっていると、お目当ての記事にたどり着く。
ええっと……、なになに……。
吸血鬼は、子孫を残しにくい種族だという。
ゆえに“発情”という、非常に長く激しい生殖行動をとる。
一度発情した雄の吸血鬼は、射精と吸血を繰り返して雌を求める。人間の女相手でも発情することが分かっており、その激しさに耐えられず人間側が死んでしまうことが多いという。ゆえに吸血鬼はハーフが生まれにくい。
発情した吸血鬼は他の雄に雌が取られないように、雌に自分の匂いをつけるマーキング行動をとると言われており──
………わたしは顔を突っ伏して、しばらく悶えていた。
「思い出さなきゃよかった………」
だめだめだめだめ真面目に考えちゃだめ。
アレに深い意味はない。
ないったらない。
頭を振って思考を切り替える。
よし!
「──おや」
耳心地の良い声が聞こえて、顔を上げた。
「金髪が見えたのでもしやと思いましたが、やはりユフィさんでしたか」
にこにこの笑顔を浮かべるランブルト様が、わたしの目の前にいた。
「こんなところで会えるなんて、私は幸運な男ですね」
「奇遇ですね……」
「ええ。さすがに今日は、黒王子も邪魔してこないでしょうし、嬉しい限りです」
「黒王子……?」
……誰のこと?
「ご存知ないんですか?」
嬉々としてわたしの目の前に座ったランブルト様が、目を丸くした。
「アゼルさんのことですよ。ギルドに入所した当初からずっと一人で行動し、誰ともつるまないソロの狩人。愛想笑いもほとんどしないので、ギルドの女性陣や噂話が好きなご婦人方はみなさん黒王子って呼んでますよ」
「へ、へえ……そうなんですね」
白王子と呼ばれるランブルト様。
黒王子と呼ばれるアゼル様。
…………なんだか、わたしの周りって美形が多いな……。
「それで、ユフィさんはどうして吸血鬼の本ばかり読んでいるのですか?」
「……こ、れはその、えと……」
テーブルの上に広げた本を、とっさに隠す。
ランブルト様は、アゼル様が吸血鬼ではないかと疑っている。
「ランブルト様の推測が正しいのかどうか、調べたいと思ったんです……」
本当はもう正体を知っているのだけど……。
「あぁ、あの話はもう忘れてください。もうアゼルさんの正体を見極める必要はなくなりましたから」
「はい……?」
え???
どういうこと???
驚くわたしに、ランブルト様が顔を近づけるように促してくる。
内緒話かなと思って、耳を近づけてみると。
「昨晩、アゼルさんが私の家にいらっしゃいました。自分はハーフの吸血鬼だって、打ち明けられましてね」
……………………え?
6
お気に入りに追加
172
あなたにおすすめの小説


魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

ラヴィニアは逃げられない
棗
恋愛
大好きな婚約者メル=シルバースの心には別の女性がいる。
大好きな彼の恋心が叶うようにと、敢えて悪女の振りをして酷い言葉を浴びせて一方的に別れを突き付けた侯爵令嬢ラヴィニア=キングレイ。
父親からは疎まれ、後妻と異母妹から嫌われていたラヴィニアが家に戻っても居場所がない。どうせ婚約破棄になるのだからと前以て準備をしていた荷物を持ち、家を抜け出して誰でも受け入れると有名な修道院を目指すも……。
ラヴィニアを待っていたのは昏くわらうメルだった。
※ムーンライトノベルズにも公開しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる