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第1章 わたしが知らない義兄の一面
03 ランブルト・ホイットニー様
しおりを挟むわたしがランブルト様に出会ったのは、さかのぼること二か月前──
<仮面舞踏祭>という街をあげての巨大なイベントがあった時のことだ。
平民や貴族を問わずみんなドレスコードを着用し、夜の街に繰り出す。劇団や音楽隊を呼び、仮面をつけて夜通し踊り明かすことで、<夜の住人>を追い出して街を守ろうという伝統あるお祭り。
わたしもお祭りに参加した。
街をあげてのイベントだったし、みんなでわいわいするのも好き。
途中参加&途中退席が可能な気楽なお祭りで、途中で体調崩しても休めばいいかな、くらいの楽な気持ちで。
まあ案の定……貧弱なわたしの体は露店巡りをしている最中で眩暈に襲われて、倒れそうになった。
その時、さっと腕を伸ばして助けてくれたのがランブルト・ホイットニー様だった。
サラサラの金色の髪に、澄んだ新緑の瞳を持っているランブルト様。
彼を間近で見た時は、どこの王族の人かと思った。
それくらいランブルト様の容姿は整っていて、気品があって。
彼は、足取りのおぼつかないわたしを軽々と横抱きにして、ベンチまで運んでくれた。
わたしがアゼル様から事前に貰っていた錠剤タイプの薬を飲んで、容態が落ち着くまで、すぐ傍で見守ってくれた。
「すみません……ありがとうございます」
「いえ。倒れそうになったレディを支えるのは紳士の務めですから」
わ……考え方まで素敵……。
「ふふっ」
「何か?」
あ、思わず笑ってしまった。失礼だったよね、きっと。
「あなたは、ランブルト・ホイットニー様ですよね」
「そうです。私の名前をご存じだったのですか?」
「はい。ランブルト様はミレスシティが誇る“白王子”だって有名ですから。仮面付けていても分かりました」
ランブルト様は、その麗しい見た目から白王子というあだ名がついている。
最初聞いた時は王子なんて大げさだと思ったけれど、いま改めて見てみると、その評判も合点がいった。
しかも、家まで送ってくれた。
最初は断ったのだけれど、わたしの体調が心配だからと送らせてほしいと強く言われて……断り切れなかった。
終始、ランブルト様は紳士的な対応をしてくれた。
家に帰って、しばらくランブルト様のことが頭から離れなかった。優しい人だったな、とは思ったけれど、もう二度と会う事はないだろうと思っていた。
だって、身分も境遇も何もかも違う。
結婚を前提とした交際を申し込まれた時は本当に驚いたものだ。
体調面のことを考えて断りの手紙を書いたけれど、二週間経っても返事はまだない。断ったのはこっちなのに、なんだかモヤモヤしてしまう。「分かりました」の一言くらいもらわないと、なんだかスッキリしない……。
その日、わたしはいつものように郵便受けを覗こうと外に出ていた。
──今日も手紙はない。
はぁ……返事がないってことは、了承してくれたってことなのかな。
でも、あの見た目上……ランブルト様はきっちりしていそうなものだ。なにかしらの返事を書いてくれると……思う。
「──お久しぶりですね、ユフィさん」
聞き馴染みのある声がして振り返ってみれば、目の前にランブルト様がいた。
舞踏会や夜会で見るようなかっちり系じゃなくて、街に馴染むようなお忍び用の服装。
それでも、陽光に照らされた金髪が眩しくて、一般人じゃない感が満載だ。
雰囲気が出まくっていて、通り過ぎる女性たちがランブルト様を見てきゃっきゃ騒いでいる。
仮面を外した素顔を初めて見たけれど、改めて見ると、とんでもなく顔が整っている。
わたしはアゼル様の綺麗な顔を見慣れてるから、ちょっとやそっとでは驚かないのだけれど、ランブルト様はアゼル様と同じくらい美形だ。
思わず息を飲んでしまうような、しっとりと落ち着いた顔立ちがアゼル様だとすれば、ランブルト様は人混みの中にいても真っ先に目を引くような、華やかな顔立ちをしている。
この間調べてみたけれど、ランブルト様はアゼル様より一個年上で二十五歳らしい。
<仮面舞踏祭>で見た時はかなり大人の余裕を感じたけれど、今のランブルト様は年齢より若く見える。
わたしと会えたのが嬉しくて嬉しくて仕方ない、みたいな雰囲気を感じた。
失礼かもしれないけれど、犬っぽい。
耳と尻尾をつけてみると……ああ、うん、それっぽい……。
「お久しぶりですね。あの、わたし会う約束していましたっけ?」
ランブルト様は怪訝そうな顔をした。
「おや? 手紙を出したはずなのですが?」
「え!? 手紙、届いていませんよ……?」
毎日チェックしているから間違いない。
ランブルト様が申し訳なさそうに眉をひそめた。
「手紙が届いていないということは、急な訪問となってしまいましたね。出直します」
「あ、ちょっと待ってください。わたしは予定が空いているので、ランブルト様さえよければ……」
ここまで来てもらって帰らせるのは申し訳ない。
そう言えば、ランブルト様がキラキラ笑顔を放った。
ま、まぶしい……。
「本当ですか? それは、とても嬉しいな」
「う、嬉しい……?」
「今日、ユフィさんと会えるのを楽しみにしていましたので」
「そんなに……?」
「おかげで昨日は夜更かししてしまい、身内に怒られました」
旅行前日に夜更かししちゃう子どもかな?
でも本当に嬉しそう……。
…………なんだかこっちが照れてしまう。
「場所を変えましょう。ここでは、ユフィさんの体力がもたなさそうだ」
「お気遣いありがとうございます。ちなみに、何の話をするんですか……?」
わたしが断りの返事を書いたから、それに関することだとは思っている。
なぜか、ランブルト様がわたしの方に近づいてきた。とっさに後ろに下がると、わたしの背中に壁があたる。妙に、ランブルト様の顔が近くて息が詰まった。
「もちろん、交際の話です。でも、今日来たのはそれだけではありません」
「それだけじゃないんですか……?」
「ユフィさんのお義兄さんのことです」
「義兄を知っているんですか?」
「ええ、もちろん。ホイットニー家はギルドに多額の融資をしていますからね。彼がギルドのなかで、ずば抜けて戦績の良いエリートということも知っていますよ」
アゼル様は夜の住人を狩る狩人のなかでも、ずば抜けて優秀だ。
四、五人が束になってやっと倒せるような敵を、アゼル様なら一瞬で蹴散らせる。
そういえば、アゼル様がハッシュフィード家に養子としてやってきた理由も、莫大な魔力を持った天才児だったからだ。今度こそハッシュフィード家に輝かしい爵位を……とか何とか、貴族としての地位向上を目指した亡き両親が、鼻息荒くして息巻いていたような気がする。
「ユフィさんにも関係している話です。彼は、もしかしたらユフィさんを騙しているかもしれません」
「え……?」
騙している……って?
アゼル様がそんなこと、ありえない。
だってアゼル様は、わたしを物置部屋から出してくれた恩人で、何者にも代えがたいくらい大事な人だ。ずっとわたしと一緒に暮らしてきて、不健康なわたしのために薬を作ってくれている。
「いくらランブルト様でも、義兄をこき下ろすのは許せないです」
静かにそう言えば、ランブルト様は小さく首を振った。
「そう思われるのも、仕方ありませんね。なのでどうか、ひとまず話を聞いていただけますか。信じるか信じないかは、ユフィさんに任せます。もちろん、私を不誠実な男だと蹴り飛ばしてもらっても構いません。ユフィさんの事も……私としては残念ですが、諦めるしかありませんね」
わたしと目線を合わせたランブルト様は、とても真剣な顔をしていた。
冗談の類ではない。
「分かりました。話を聞きます」
わたしが頷くと、ランブルト様は安堵したような表情を浮かべていた。
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