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前編
1-5「り、く……?」
しおりを挟むその後、アリスは体調が悪いという理由で彼女と別れ、フラフラの状態でツリーハウスまで帰ってきていた。
正直、道中どうやって帰ってきたのか覚えていない。
覚えているのは、その日の売上をすべて薬の材料に注ぎ込んだ事くらいだ。
夢中になって薬を作ることに没頭していたとき、急に肩を掴まれた。
「り、く……?」
「アリス、大丈夫?」
振り返ると、いつにも増して険しい顔をしたリクがいた。
「え……あ、もしかして私、ずっとリクのこと無視してた……?」
「無視っていうか、まぁ……そうだね。ここ三日間、俺が呼びかけても上の空だったし」
やってしまった、とアリスはうなだれた。
何か気になることがあると周りが見えなくなって、気がついたら数日が経過しているなんてザラにある。
「どうしたんだ? 声が聞こえないほど熱中してた理由は? 話を聞くから、言ってみな?」
「実は……」
アリスは、新聞に掲載されていた獣人族の話をそのままリクに伝えた。
「確か前に魔力が不安定になって体調を崩したときあったよね」
「まぁ、子どものときに……」
「それだよ。最近のリクの朝寝坊は、魔力のコントロールがうまくいかなくて、寝つきが悪いから寝坊してるんじゃないかって思ったの」
「わ、アリスはすごいな……。当たってるよ。……って、なんでそこで不服そうな顔なの?」
感心したように言うリクに、アリスは「だって」と口を尖らせた。
「寝られないなんて教えてくれなかったし。私はお母さんの──魔女の娘なんだよ。言ってくれれば、もっと前から良くなる方法を提案できたかもって……」
「そう、だな……うん、相談しなかったのは俺だよな……」
なぜそんなに神妙な表情になるのだろうか。
リクらしくないと思ったけれど、なんだか口にしづらかった。
このままだとリクが離れてしまいそうで、とっさに会話を続けた。
「先祖返りするくらい血の濃い獣人族って、魔力が不安定になりやすいって本当……?」
「……。うん、たぶん……そうだと思う。俺もよく分かんないんだけど、無性にケモノの姿になりたいって思う時があるんだ。多分本当は、そっちが俺の本来の姿で、ヒトの姿をとるほうが負荷がかかるんだと思う……」
この三日間、アリスはただ引きこもっていたわけじゃない。
薬作りの傍ら、町に出かけて獣人族について調べた。その結果、獣人族にとって──リクにとって、番がどれだけ重要な存在なのかはっきり分かったのだ。
番同士は身を寄せ合い、癒し合い、お互いを守り合う存在なのだ。
(でも、ここにいるのは番じゃなくて、私だけ)
リクが番を見つけられるかどうかは、ほぼ運だ。
それに、リクが番について、何らかの感情を抱いていることは分かっている。
無理に番を探せとは言えない。
だからアリスは、どこにいるかも分からない番に祈るより、自分がいま出来ることをしようと思っていた。
「じゃじゃーん。これ、試作品第一号」
「おお、すごい。貸して貸して」
すごいと言われれば、分かりやすく上機嫌になってしまう。貸してと言われるまま、薬液の入った瓶を渡す。見た目は真緑なので、リクは顔を引きつらせた。
「なんだかすごーく苦そうだね……」
「とんでもない、むしろ甘いくらいだよ。ほら、匂いを嗅いでみて」
「ん……ほんとだ、すごく甘い……」
「味までこだわったの。魔力の乱れに効くロムキーの実とニカの実、寝付きを良くするラムダ草でしょ。あとリッケルの花の蜜を入れてて……」
そこまで言い終えて。
リクに渡した瓶の中身が、空になっている事に気付いた。
「全部飲んじゃったの!?」
リッケルの花の蜜は血流をよくし、滋養強壮の効果が高いが媚薬の材料にもなる代物だ。
量が多いと一時的に性欲を増大させ、獣人族の発情を促してしまう。
「ま、まぁ……全部飲んだからって死ぬわけじゃないから、大丈夫だよ……。先に言わなくてごめんね?」
(それに……リクはなんか性欲なさそうだし、……私がいたところで別に……)
その瞬間、ぐらっとリクの体が後ろに倒れた。薬品棚にぶつかって、いくつもの薬品がブルブルと震える。リクに腕を掴まれ、アリスはバランスを崩した。
冷たい床の上に、長い栗色の髪がふわりと広がる。
「え……?」
アリスは、リクに押し倒されていた。
見上げれば、暗闇のなかで一際強く金色の瞳と視線がぶつかる。もう少しで唇同士が触れ合いそうになって、思わず息を殺した。リクの顔が動いて、とっさに目を瞑る。耳の下あたりにリクの鼻先が触れ、アリスの肩がぴくりと跳ねる。
「甘い……。良い、匂い………」
リクの様子が、おかしい。
意識が朦朧としているような……まるで何かに突き動かされているみたいな雰囲気。
声にハリがなく、どこか艶を含んでいて。
リクによって、ブラウスのボタンが引きちぎられても、アリスは声をあげることもできなかった。
リクの視線が、アリスの鎖骨の下──ちょうど胸の谷間の部分に注がれる。
恥ずかしくなって、とっさにリクから視線を逸らした。
「や、っぱり………」
リクが指の腹で、ソレを撫で上げる。
それは──番紋だった。
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