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本編
8-1 暗雲
しおりを挟む「疲れたな……」
鏡に映った白髪の少女が、暗い表情でこちらを見つめている。もともと白い肌は病的なほど青白くなり、目の下にあるのは隈のようなもの。奉仕活動の最中でなければ、寝台に倒れ込みたいくらいに体が重く、ふとした瞬間にため息が出てしまう。
(色んな人に心配かけちゃった……)
ついさきほどのこと。
患者の体を拭くために水を運んでいたところ、途中で立ち眩みに襲われ、倒れてしまった。近くにいた修道女達が休めるように神父に取り計らってくれたおかげで、今の今まで修道女用の小部屋で横になっていたのである。
あれだけ奉仕活動の回数を増やしてくれないかと言っていた神父も、今日はもう帰ってもよいと言ってきた。聖女と呼ばれるような修道女を過労で死なす訳にはいかないと思ったのだろうか。まぁなんにせよ、ちょうどいい。そろそろ、教会の奉仕活動にも見切りをつけるときがきたと、アザリアは鏡を前にして小さく微笑む。
修道服を脱ぎ、肌着姿になると、おそるおそる鏡に自分の身を映した。
「……気持ち悪い、な……」
右肩に、そっと手を当てる。
大量の花びらが鱗のように重なって見える、痣。昔は一枚だけだったのに、どんどん花びらの枚数が増えてしまった。おかげで首元の緩い服は着ることができず、詰襟を着用する毎日。こんなきっちりとした服、好きじゃないのに、とアザリアは口を尖らせる。
(……あと、どれくらい生きられるんだろう)
両親は、《花喰らい》を発症してから花を咲かせるまで期間が短かった。
アザリアは、発症してからかなりの年数を生きている。でも、さすがに最期が近いだろう。なんとなくだけれど、分かるのだ。もうすぐこの体から芽が出てくると。
もうアザリアは、食事に対して完全に興味を無くしてしまった。食べられないわけではないけれど、あまり美味しいと感じない。それよりも花が食べたくてうずうずしてしまう。何か食べないと体力がなくなっていくのに、目の前の肉よりも花のことを考えてしまう。お兄様の目の前でも堂々と食べられるように、食用の花を購入して、紅茶に沈めて飲んでいるくらいだ。
(お兄様……)
ほぉ……と、息を吐く。
肩の痣を撫でていると、数日前のお兄様との出来事を思い出す。
服を脱げと言われて、お兄様を拒絶した。
痣を見られたくない一心で、そんなことをすれば嫌いになると言ってしまった。
夜の食事の時間に、お兄様に謝った。あんなことを言ってごめんなさい、と。でもお兄様は、謝罪について何一つ触れず、瞳孔をきゅっと絞ってこんなことを尋ねてきた。
──私になにか隠していることはないか、と。
微笑って、誤魔化した。
何も隠していないと。
自然体で、綺麗に笑えたと思う。お兄様は何も言ってこなかったし、その後はいつも通りに食事を済ませた。
鏡をしばらく見つめた後、アザリアは身だしなみを整えて帰宅の準備とりかかる。早退なので、お兄様の迎えはない。それはそれで良かったかもしれない。だって倒れたと知られれば、余計な疑いを持たせてしまう。せっかく上手く誤魔化せたのに、水の泡だ。
神父や他の修道女たちに簡単な挨拶を済ませたあと、アザリアはお兄様が迎えに来るまで町を散策していた。小さな町だが、田舎過ぎるほどでもない。日常生活に必要なものはほとんど手に入り、高貴な香りがただようアンティーク調の家具屋や服飾店だってある。
アザリアがフードを脱いで店内に入れば、店主たちは目を見開いて驚き、慌てた様子でアザリアをもてなし始める。若い女性も老紳士も、みんな一緒に。教会での活躍は町全体に広まっていて、みんな聖女様が好きなのだ。
愛され過ぎるというのは贅沢な悩みだ。もてなしを受けながらアザリアはそんなことを考える。
(また疲れてきちゃった……)
最近、ずいぶんと立ち眩みや体調不良が多い。
《花喰らい》の進行と関係があるのかもしれないと、アザリアは再びため息を吐く。
老夫婦が営むアンティークショップで静かに商品を眺めていると、アザリアは偶然にもニコラスと遭遇した。
ニコラスはどうやら誰かにプレゼントを渡すつもりらしい。渡す相手が女性ということで、女性目線の意見が欲しいと言われた。
「アザリアさんだったら、何が欲しいかって考えてもらえれば……」
「……だったら、私はこれがいいですね」
「これは…………鳥の置物……?」
手のひらサイズの陶器の置物。いまにも動き出しそうなデザインで、複数個並べれば、小鳥同士が会話しているようにも見えて可愛らしい。
アザリアは小鳥の置物を手に取って、ニコラスに微笑みかけた。
「私、野鳥が好きなんです」
「へえ。……でもなんで? アザリアさんなら、白色の美しい花とか、そういうのが好きかと思ったよ……」
「……もちろん、お花も好きなんですが……、私は花よりも鳥が好きですよ。動くし、飛べるし、……可愛いじゃないですか」
「そっか……うん、確かにそうかも」
白い花、という単語に苦笑いを返す。ニコラスは真剣な眼差しで小鳥の置物を見つめ「じゃあこれにするよ」と言って小鳥を持って老夫婦のところへ持って行った。会計を済ませて戻ってきたニコラスは、なぜか顔を赤くしていた。後ろでニコニコ微笑む老夫婦の姿が見えたけれど、何か言われたのだろうか。
アザリアは不思議に思いながらも、今度はニコラスの花屋まで足を運んだ。
「じゃあ、今日はこの辺りで──」
「あの、アザリアさん……!」
振り返るアザリアに対して、ニコラスはおどおどとした様子で、さきほど購入したばかりの品を差し出してきた。
「じ、実はこれ……ほんとはアザリアさんに渡すつもりで買ったんだ……!」
「え……?」
「い、いままでっ、その……っ、女性にプレゼントを渡したことがなくて、友だちに聞いたら、本人から聞いた方が早いって……っ」
「あぁ、だから……」
他人に渡すプレゼントだと言って、さりげなく本人が欲しいものを聞きだしたというわけだ。
「もしかして、さっきの老夫婦がニコニコしていたのって……」
「うん……僕がアザリアさんに渡すのがバレてたみたい……ガンバレって、応援されちゃった……」
顔を赤くしながら頬を掻くニコラス。
可愛らしい人だな、と思いながら、アザリアはプレゼントを素直に受け取った。それだけじゃ少なく見えるからと、赤色の花を中心に花束を作ってくれて、ソレも一緒に。気持ちは嬉しいけれど、量がちょっと多い。両手にたくさんの物を持ったアザリアに、あちゃーと言いたげな表情をするニコラス。
「もしよかったら、その……家まで運ばせてくれないかな……? あ、べ、べ、べつにやましい意味とかじゃないよっ!? ほら、いつもだったらお兄さんが隣にいるけど、今はいないし……一人じゃあぶないし……あと、荷物持ちがいたら便利かなって……!」
「そうですね……」
懐中時計を確認しても、お兄様が迎えに来るまでまだ時間がある。
このまま町を散策すると疲れ果ててしまいそうなので、そのまえに古城に帰るというのは、アリな気がしていた。お兄様と入れ違いにならないように、古城に戻ってすぐに連絡を取ればいい。
「せっかくですから、中庭を見て行ってください」
「もしかして、前に話していた魔法植物のこと……?」
そう言って目を輝かせるニコラスに、やっぱり可愛らしい人だとアザリアは微笑んだ。
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