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本編
5-1 名もなき吸血鬼(お兄様視点)
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彼は生まれながらに”吸血鬼”だった。
母親の腹を自ら破いて生まれ、誕生まもなく自らの足で立ち、周りにいた人間を吸血し肉を食らった彼は、まさしく人々が恐れるバケモノだった。
彼は一週間で少年へと変化し、一か月で青年の姿にまで成長した。
そのあいだに殺した人間の数は数えきれず、一時は彼の存在が危険だと一国の軍隊が動いたこともあった。屈強な兵士が一同に介し、吸血鬼を討伐せんと動いたが、彼は意に返さなかった。彫刻のように美しい顔を一切動かさず、やってきた兵士たちをことごとく蹴散らした。時には目を覆いたくなるような残虐な方法で殺したりもしていた。
彼にとって殺人とは食欲と同じくらい当たり前の衝動だった。大した理由はなく、ただ目の前にヒトが現れれば虫をはらうような感覚でヒトを殺していた。
そんなあるときだった。
彼の目の前に一人の兵士が現れた。
今まで彼を殺そうと差し向けられた刺客のなかでは、もっとも貧相な身体をしている男だった。茶色い髪に土色の瞳、枯れた唇を噛みしめながら目を血走らせている。覇気だけは一人前だったが、数多の人間を殺してきた”吸血鬼”を目の前にして、男の顔には明らかな動揺が走っていた。
腹が減っていなければ食べる気も起きない。
彼はいつもの感覚で男の体を引き裂き、鋭い牙を隠して去ろうとした。
だが男に足首を掴まれてしまい、彼は歩みを止めた。少し力を籠めれば男の手を振りほどくことも可能だったが、男の怨念のような低い呻き声に耳を立てた。
喉を切り裂かれながらも、男は何かに対して憤慨しているようだった。人を殺し過ぎている彼には、殺された男の家族が誰を示しているのか皆目見当もつかなかった。
『ごめ、ん……、み、んな……父ちゃん、仇を……とれ、なかった……』
男の目には涙のあとが残っていた。男が死んだ後でも、彼はしばらくその場から動くことができなかった。他者を憂いながら死んでいった兵士の顔を見つめて、彼はしばらく何事かと考えていた。
訳が分からない、というのが彼の正直な思いだった。
弱者は死に、強者は生きる。
漠然と弱肉強食の世界を生きていた彼は、兵士のいう『家族』というものが全く理解できなかった。己の命よりも大切な存在があるとは信じられなかった。
時は流れた。
何百年という長い時間のなかで、彼は少しだけ生き方を変えた。
虫をはらう感覚でヒトを殺すことはしなくなり、空腹の時だけ吸血し活動に足るだけの血肉を食らった。
そのうち彼は『本』というものに出会った。
本にはあらゆる事柄を理解するための知識が詰め込まれている。本を読むことができればヒトを理解できるはずだと考えた彼は、本を読もうとした。悠久の時を生きた彼はヒトの『言葉』を理解していたが、『文字』を読むことができなかった。彼はまず文字を習得するために、ヒトと『会話』を試みた。
ほとんどの人間が吸血鬼の彼を見て一目散に逃げ出すなか、まともな会話ができたのは年端のいかない幼い子どもだけだった。
幼子は、彼のことを『きれいなひと』と呼び、まるで大きな弟ができたかのように得意げな顔で、彼に絵本を読み聞かせせていた。彼にとっては、ソレが初めて読むことのできた『本』だった。
幼子の親がバケモノの存在に気付いた。悲鳴をあげられ、たくさんの食器を投げつけられた。空腹を感じた彼はその場で『食事』を済ませて、その一家をあとにした。
そしてさらなる時が流れ、彼は古城という心地よい住処を獲得した。
魔法、という技術を習得したのもこの頃である。埃のかぶった鏡を見て初めて己の髪が銀色だと知った彼は、魔力というものが身体に流れている事実に気付いた。昔のように軍隊に狙われては敵わないため、古城を魔法の霧で覆って周りから見えないようにした。ヒトの気配がしない古城は居心地がよく、彼は蔵書室に引きこもり無心で読み続けていた。
古城には中庭があった。
興味は惹かれなかったが、彼は雑草に覆われる中庭の奥地で美しい花を発見した。ヒトは美しいものを愛でて日々を過ごすという。花を育てるのも愛でる行為だと知った彼は、そのなかで最も興味の惹かれた花を目にとめた。
アマリリス、という花だった。
アマリリスは星型の花弁をつける凛々しくも可憐な花。
色は薄桃色から赤色まで様々で、なかでも血のように真紅の花びらをつけていた花を一つ手折る。かすかに香りがしたので、鼻を近づけて匂いを嗅いだ。悪くない匂いだった。
彼は花弁ごと喰らうように花びらを口の中に放り込んだ。花びらの苦味と、ほんのわずかな花蜜の甘さ。人間の生き血ほどの美味しさは感じない。だが飲み足りなくて、もう一つ……もう一つ……と、花を手折る。
このままではすべての花を食べ尽くしてしまう。
仕方なく食べることをやめた彼は、かわりに花を観て楽しむことにした。
彼は覚えたての魔法を使い、長い時間をかけてアマリリスに魔法をかけ、枯れないアマリリスを作りあげた。
また月日は流れた。
彼は飽きることなく本を読んでいた。本にはたくさんの「家族」が登場したが、なかでも「兄妹」という単語に興味を持った。彼は無限にもある人生の時間の一部分を、人間観察に当てることにした。家族や兄妹を間近で見ることにしたのである。
町の領主が圧政をしいていたその町は、とても治安の悪い場所だった。一つのパンを巡って闘争が起き、窃盗や暴行事件は日常。町のどこかでいつも誰かが死に、衛生環境が悪さがたたって疫病が蔓延している。
彼はそこで一組の兄妹に出会った。
『ほら、今日は久しぶりにご馳走だぞ』
年端のいかない兄と妹。痩せて骨と皮だけの兄は、いかにも硬そうな麦パンを持って嬉しそうな笑みを浮かべていた。今日の親方は気前がよかった、そんな事を言いながらパンを真っ二つに割る。妹の目はパンに釘付けだった。
『おまえはまだチビだから大きいのをやるよ』
『いいの……!?』
『ああ』
『お兄ちゃんありがとう……!』
なぜ分け合うのか。
彼は純粋に疑問に思った。
大昔に家族を殺されて無念を嘆いていた兵士も、この兄妹も、自分と同じくらいに他者を尊んでいる。やはり彼にはソレが理解できなかった。いつしか彼は、ソレを理解したいと思うようになっていた。
そして彼は──
あの夜、偶然立ち寄った家で、美しい白髪を靡かせた少女と出会ったのである。
母親の腹を自ら破いて生まれ、誕生まもなく自らの足で立ち、周りにいた人間を吸血し肉を食らった彼は、まさしく人々が恐れるバケモノだった。
彼は一週間で少年へと変化し、一か月で青年の姿にまで成長した。
そのあいだに殺した人間の数は数えきれず、一時は彼の存在が危険だと一国の軍隊が動いたこともあった。屈強な兵士が一同に介し、吸血鬼を討伐せんと動いたが、彼は意に返さなかった。彫刻のように美しい顔を一切動かさず、やってきた兵士たちをことごとく蹴散らした。時には目を覆いたくなるような残虐な方法で殺したりもしていた。
彼にとって殺人とは食欲と同じくらい当たり前の衝動だった。大した理由はなく、ただ目の前にヒトが現れれば虫をはらうような感覚でヒトを殺していた。
そんなあるときだった。
彼の目の前に一人の兵士が現れた。
今まで彼を殺そうと差し向けられた刺客のなかでは、もっとも貧相な身体をしている男だった。茶色い髪に土色の瞳、枯れた唇を噛みしめながら目を血走らせている。覇気だけは一人前だったが、数多の人間を殺してきた”吸血鬼”を目の前にして、男の顔には明らかな動揺が走っていた。
腹が減っていなければ食べる気も起きない。
彼はいつもの感覚で男の体を引き裂き、鋭い牙を隠して去ろうとした。
だが男に足首を掴まれてしまい、彼は歩みを止めた。少し力を籠めれば男の手を振りほどくことも可能だったが、男の怨念のような低い呻き声に耳を立てた。
喉を切り裂かれながらも、男は何かに対して憤慨しているようだった。人を殺し過ぎている彼には、殺された男の家族が誰を示しているのか皆目見当もつかなかった。
『ごめ、ん……、み、んな……父ちゃん、仇を……とれ、なかった……』
男の目には涙のあとが残っていた。男が死んだ後でも、彼はしばらくその場から動くことができなかった。他者を憂いながら死んでいった兵士の顔を見つめて、彼はしばらく何事かと考えていた。
訳が分からない、というのが彼の正直な思いだった。
弱者は死に、強者は生きる。
漠然と弱肉強食の世界を生きていた彼は、兵士のいう『家族』というものが全く理解できなかった。己の命よりも大切な存在があるとは信じられなかった。
時は流れた。
何百年という長い時間のなかで、彼は少しだけ生き方を変えた。
虫をはらう感覚でヒトを殺すことはしなくなり、空腹の時だけ吸血し活動に足るだけの血肉を食らった。
そのうち彼は『本』というものに出会った。
本にはあらゆる事柄を理解するための知識が詰め込まれている。本を読むことができればヒトを理解できるはずだと考えた彼は、本を読もうとした。悠久の時を生きた彼はヒトの『言葉』を理解していたが、『文字』を読むことができなかった。彼はまず文字を習得するために、ヒトと『会話』を試みた。
ほとんどの人間が吸血鬼の彼を見て一目散に逃げ出すなか、まともな会話ができたのは年端のいかない幼い子どもだけだった。
幼子は、彼のことを『きれいなひと』と呼び、まるで大きな弟ができたかのように得意げな顔で、彼に絵本を読み聞かせせていた。彼にとっては、ソレが初めて読むことのできた『本』だった。
幼子の親がバケモノの存在に気付いた。悲鳴をあげられ、たくさんの食器を投げつけられた。空腹を感じた彼はその場で『食事』を済ませて、その一家をあとにした。
そしてさらなる時が流れ、彼は古城という心地よい住処を獲得した。
魔法、という技術を習得したのもこの頃である。埃のかぶった鏡を見て初めて己の髪が銀色だと知った彼は、魔力というものが身体に流れている事実に気付いた。昔のように軍隊に狙われては敵わないため、古城を魔法の霧で覆って周りから見えないようにした。ヒトの気配がしない古城は居心地がよく、彼は蔵書室に引きこもり無心で読み続けていた。
古城には中庭があった。
興味は惹かれなかったが、彼は雑草に覆われる中庭の奥地で美しい花を発見した。ヒトは美しいものを愛でて日々を過ごすという。花を育てるのも愛でる行為だと知った彼は、そのなかで最も興味の惹かれた花を目にとめた。
アマリリス、という花だった。
アマリリスは星型の花弁をつける凛々しくも可憐な花。
色は薄桃色から赤色まで様々で、なかでも血のように真紅の花びらをつけていた花を一つ手折る。かすかに香りがしたので、鼻を近づけて匂いを嗅いだ。悪くない匂いだった。
彼は花弁ごと喰らうように花びらを口の中に放り込んだ。花びらの苦味と、ほんのわずかな花蜜の甘さ。人間の生き血ほどの美味しさは感じない。だが飲み足りなくて、もう一つ……もう一つ……と、花を手折る。
このままではすべての花を食べ尽くしてしまう。
仕方なく食べることをやめた彼は、かわりに花を観て楽しむことにした。
彼は覚えたての魔法を使い、長い時間をかけてアマリリスに魔法をかけ、枯れないアマリリスを作りあげた。
また月日は流れた。
彼は飽きることなく本を読んでいた。本にはたくさんの「家族」が登場したが、なかでも「兄妹」という単語に興味を持った。彼は無限にもある人生の時間の一部分を、人間観察に当てることにした。家族や兄妹を間近で見ることにしたのである。
町の領主が圧政をしいていたその町は、とても治安の悪い場所だった。一つのパンを巡って闘争が起き、窃盗や暴行事件は日常。町のどこかでいつも誰かが死に、衛生環境が悪さがたたって疫病が蔓延している。
彼はそこで一組の兄妹に出会った。
『ほら、今日は久しぶりにご馳走だぞ』
年端のいかない兄と妹。痩せて骨と皮だけの兄は、いかにも硬そうな麦パンを持って嬉しそうな笑みを浮かべていた。今日の親方は気前がよかった、そんな事を言いながらパンを真っ二つに割る。妹の目はパンに釘付けだった。
『おまえはまだチビだから大きいのをやるよ』
『いいの……!?』
『ああ』
『お兄ちゃんありがとう……!』
なぜ分け合うのか。
彼は純粋に疑問に思った。
大昔に家族を殺されて無念を嘆いていた兵士も、この兄妹も、自分と同じくらいに他者を尊んでいる。やはり彼にはソレが理解できなかった。いつしか彼は、ソレを理解したいと思うようになっていた。
そして彼は──
あの夜、偶然立ち寄った家で、美しい白髪を靡かせた少女と出会ったのである。
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