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◆番外編◆

完璧ではないあなたの心を癒してあげたい(4)_レザニード視点(過去回想)

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レザニードがルディに執着するキッカケになった話でもあります。
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 レザニードにとって父親とは、まさしく『汚いケダモノ』そのものの存在だった。外聞を誰よりも気にする臆病者のくせに、短気で横柄で、後先考えない行動を取ったりする。気に入らないことがあると怒鳴り散らし、上機嫌だと大してすごくもない自らの武勇伝を語り始める。酒が入ると勢いが増して、私はこんなに凄い、アイツはあんなところが悪いと、唾を飛ばしながら語り始める。

 父はよく母を罵倒していた。仕事で上手くいかないのはおまえのせいだ、オルソーニ家が貧乏になったのはおまえのせいだと、怨念のような言葉を吐き散らしていた。

 だが仕事でうまくいかないのは父の短気さと、過剰なまでに完璧を求める性格ゆえに、周りや部下が誰もついてこれなかったせいである。オルソーニ家が貧乏になったのも、外面を気にする父が、収入以上の高級な服飾や装飾を買いあさり、過剰に着飾って自分を偉く見せようとしたからであった。

 レザニードの母親は夫に逆らうことが出来ず、精神的にも危ない状況にまで陥った。

 レザニードは、そんな父親の性格を理解するのがとても早かった。若干5歳のときには、自尊心プライドが高く短気な父の懐に入り込み、常に父が上機嫌になるような行動を取り始めた。

 最初にレザニードが行ったのは、父に連れられた外交の場で自身の存在をアピールすることだった。

 母親に似て、輝くような金色の髪と紫水晶の瞳を持っていたレザニードは、幼少期から美貌を持てはやされていた。穏やかな微笑をたたえ、大人顔負けの流暢な会話をすれば、みなこぞってレザニードの父親にこう言った。

『あなたのご子息はとてもご立派ですね。どんな教育を施されているのですか?』

 つけてもいない高級な家庭教師に教育してもらっているとか、もうすでにどこぞの貴族から縁談の話を持ち掛けられているとか、父は声高らかに吹聴していた。誰がどう見ても上機嫌であることは明らか。レザニードは父のウソに気付いていたが、不機嫌になって母を罵倒するよりマシだと思い、遮ることはしなかった。

 そうやってレザニードがご機嫌取りをすることで、常に気分の良い状態になった父は、母を罵倒しなくなった。おかげで母も精神的に安定し、元気な姿を見せ始めた。新たな子を宿し、レザニードにはルディという天使のように可愛らしい妹ができた。

 レザニードに対する父親からの要求は、日ごとにエスカレートしていった。基本的に夫に逆らえない母も父に同調し始め、『自慢の息子』だと言いたい両親は、レザニードに『完璧』であることを求めるようになった。

 レザニードも、己に才能があることを自覚していた。

 とりわけ父親に認められたい気持ちで、要求に応え続けた。
 だいたい11歳に成長するまで、レザニードが父親に抱いていた印象は『機嫌が悪くなると怖くなる人』程度のものだった。父からの要求に応えることで家族の平和を取り持てるのなら本望だとレザニードは考えていた。ある意味、レザニードの中で最も父親の印象が良かったのが、この時だった。

 父親の本性に気付いたのは、レザニードが12歳を迎える頃──
 
 ある日、レザニードは父に呼びされていた。

 眉間に深い縦皺をつくり、苛立たしげに机を叩いている。
 また誰かと口論でもしたのだろうかと、レザニードはふと考えた。
 父は他者から格下に見られるのが嫌いで、大きすぎる自尊心プライドゆえに領内の重要人物と折り合いが悪い。

 アイツがああだから私は苦労しているんだ。
 そんな恨み節を、レザニードは何度も耳にした。

 レザニードが基本的に穏やかに笑って父に同意する『イエスマン』であるゆえ、父の愚痴を聞く役回りを一手に引き受けていた。

『やっぱり女はダメだな』

 父の腹の虫の居所が悪い。
 今日の愚痴も長くなりそうだと、笑顔を張り付けながらレザニードは思う。

『なにかあったのですか?』
『おまえも男なら分かるだろう。女がどれだけ低俗な存在であるか』
『……と、言いますと?』
『この世には二種類の女がいる。名門の生まれで学のある女と、そうではない女。私が言っているのは、そうではない女だ。特に学のない女は、その非力さゆえに男に子種をせび、子をもうけることでしか価値を生み出せない存在だ』

 父の男尊女卑思想は今日に始まったことではない。
 きっと、どこぞの貴族婦人と口論になったのだろう。
 いつものように、愛想笑いを浮かべて過ごせばいい。自分さえ我慢すれば、すべてが上手くいく。穏便に済む。

(ルディは今頃どうしているだろう……。あぁそうだ、絵本の読み聞かせをしてやらないと)

 昨晩、寝る時間になっても絵本を読んでくれとせがんできた6つ歳の離れた妹を思い出す。
 父の愚痴も、妹の姿を思い出しながら聞けば、かなり楽な作業だ。

(そういえば、このあいだ初めて俺のことを“レニー”って名前で呼んでくれたな。兄様と呼ばせるか、このまま名前で呼ばせるか、兄としては悩むところだけれど……)

『優秀で完成されたおまえの妹ならば、もしかすればと思っていたが、しょせんは女だったな』

 心底うんざりしたような声が聞こえたのは、その時だった。
 レザニードは、思わず瞬きを繰り返した。

『申し訳ありません。何の話か分かりません……』
『ルディだ。あの子を見て、おまえはどう思う?』
『ルディ、ですか……?』

 今しがた妹の事を考えていたところだ。容姿は母に似て愛らしいが、野原を大の字になって寝転がったり、スカートの裾を気にせずに走り回るところは、両親どちらにも似ていない。そんな無邪気な妹を、レザニードはかなり好いていた。

『愚鈍だと思わないか?』
『愚鈍……?』
『ああ。あの子はもう6歳だというのに貴族子女としての礼節や知識が全く足りていない。おまえが同じ年頃には、文字書きをマスターし大の大人と流暢な会話をしていたというのに、妹のルディは簡単な絵本の文字ですらたどたどしい……』

 確かに、妹は頭がいいとは言いがたい。
 それでも妹は妹なりに一生懸命に頑張っている。毎日絵本を読み聞かせたり、文字の読み書きを教えているレザニードだからこそ、妹の頑張りを肌で実感している。

 あの子はたくさんの愛情を受けながらゆっくり少しずつ大きくなっていく子なのだ。

『ルディに、俺と同じレベルの才覚を求めるのは酷ではないでしょうか……?』
『ああ、そうだな。私もようやくそのことに気付いたよ。私の子どもだからと、娘の愚鈍さに6年も見抜けなかった。私が愚かだった。だから諦めた。私の自慢の子どもはおまえだけだ、レニー』

 組んだ手の上に顎を乗せ、父が続けた。

『ルディを家から出すことにした』
『いま、なんと……?』
『どれだけ伸びしろのない子どもでも、しょせんルディは女だ。どこの馬の骨かも分からん男に子種を仕込まれて、ろくな結婚相手にも恵まれず、歴史あるオルソーニ伯爵家に実益どころか泥を塗りたくる未来が目に見えている』
『…………』
『私と一緒にオルソーニ家の帳簿をつけているおまえなら、分かるよな? 我が家は裕福ではない』

 足元が、揺れている気がした。
 目の前にいる父親が、何を言っているのか、理解したくなかった。
 実の娘に対し、才覚が認められない人間は家のお荷物だから、外に出すと言うのか。
 
『家のため、しいては父である私の役に立てるのなら本望だと思ってくれるくれるはずだ。ああ、なんたってルディは私の子どもだからな』
『ちなみに、外に出すというのは……養子に出す、ということでしょうか?』
『ああ、むろんだ。ルディあれも母親に似て、見た目だけは愛らしい姿をしているからな。言い値で買い取ってくれるだろうよ』

 養子縁組を、買い取るだなんて表現をするだろうか。
 
『おかげですこしは家が潤うな』
 
 父は──
 自分にとって利用価値のない子どもルディを、まるで最初から存在しなかったかのように、簡単に捨てられる男なのだ。
 いいやそもそも、父にとって子どもとは所持品みたいなものなのだろう。

(俺も……しょせんは父の、優秀な“所持品”の一つか……)

 父に認められたい想いも、わずかに抱いていた父への憧れも。
 何もかも、音を立てて崩れ去った。

(こんな男が父親だと知ったら、ルディは……悲しむかな……)

 レザニードを見つけると、すぐに『兄様ーっ!』と、小さな体を走らせてくる。
 抱きしめると嬉しそうに笑う。
 傍にいるだけで幸せな気分にさせてくれるような、可愛い女の子。
 妹が悲しむのは、見たくない。
 
『ルディを家から出すのはやめてください』

 深々と頭をさげた。
 自慢の所持品息子からのお願いだ。断れるはずがないとレザニードは踏んでいた。だがレザニードの意図に反して、父は青筋を立てて立ち上がった。気づいた頃には胸倉を掴まれ、背中から床に叩きつけられていた。

 父は、おまえを支配しているのは私だ、と言わんばかりに目をギラつかせていた。
 
『何も分かっていない! これもすべて、オルソーニ家を守っていくためなのだ! 仕方ない事なのだぞッ!! おまえは私の自慢の息子なのに、そんなことも分からないほど阿呆になったのかッ!!』
『父さ……ッ!!』

 父が、レザニードの首を絞め始める。
 体格差がありすぎて、全く抵抗できなかった。
 意識が遠のいていく。
 それと同時に、己の心が死んでいくのを、レザニードは感じていた。



 父が手を放した。
 レザニードは激しくむせ込む。



『反抗するからこういうことになるのだ。もう二度と、逆らうな。おまえは、だ。私だってこんなことしたくなかったんだぞ!』

 そのあとレザニードは、もう二度と父に逆らわないと反省文を書くことで父の激高を沈めた。身売り同然の養子縁組は、レザニードが父の逆鱗に触れないように、レザニード自身が妹の教育に心血を注ぐという話に持っていくことで白紙になった。

 

 
 満面の笑顔を咲かせたルディが『レニーっ!』と駆け寄ってきたのは、父に絞められた首を手でかばいながら、フラフラと家の外を歩いている時だった。
 
『どうしたの……?』
『どうしたって?』
『元気なさそう……大丈夫……?』
『うん、大丈夫だよ』

 いつものように笑みを浮かべると、身長の低いルディが『うーんっ』と言いながらつま先立ちして、両手を伸ばしてきた。なんだろうと思って、レザニードは片膝を立てて、妹と目線と合わせる。

 小さな手が、レザニードの頬に触れた。
 
『いたいの、いたいの、とんでけーっ!!』
『え……?』
『どう? レニーの痛み、とんでった? 前にシスヴェルさんに教えてもらったの。これ魔法の言葉なんだって!』
『…………』
『ダメ、だった?』

 こてんっ、と小首を傾げるルディを、レザニードはそっと抱きしめる。
 小さな身体から、優しい“温もり”を感じて。
 父の暴行によって死んでいった心が、レザニードの中で再び活動し始めた。
 
『ううん。飛んでいったよ、ありがとう』

 頭を優しく撫でると、ルディは笑った。
 その、弾けんばかりの笑顔を見て。
 まるでお様のようだと、レザニードは思った。



 ──ここにいるお様のためなら、俺は。
 ──いくらでも父親あの人の前で笑顔を張りつけられる。
 









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