42 / 46
◆番外編◆
完璧ではないあなたの心を癒してあげたい(2)
しおりを挟む七分丈のフェミニン系ワンピースを着て。
顔を隠すために、大きめの帽子をかぶって、日傘もさして。
レザニード兄様と、初デート。
好きな人とのデートで、心が躍らない訳がない。
実質……兄様と出かけるのは4年ぶりくらいじゃないかな……? ちらりっ、と隣に立つ兄様を見上げる。兄様は相変わらず穏やかな微笑を浮かべて、わたしを見つめ返してくれた。
「こうやって二人で出かけるのは、本当に久しぶりだね」
「うん」
兄様の束縛が過激だった頃を思い出す。仄暗い笑顔を浮かべ、自分だけを見るように強要し、わたしの意思なんてお構いなしに抱きつぶされた怖い出来事から、気が付けば2年半以上も経っている。
笑い飛ばせる……ほどわたしの心は強くないけれど、その分、こうやって兄様と楽しく過ごすことで上書き出来ている。わたしは、レザニード兄様の優しい面も怖い面も受け入れて恋人になっている。だって、どうしようもなく兄様が好きだから。
「今日はいつもよりニコニコしてるね。そんなにデートが嬉しい?」
「嬉しい。とっても嬉しい」
わたしが笑顔を咲かすと、兄様は嬉しそうに目を細めるのだ。
「じゃあ行こうか」
「はい!」
いつもショッピングに出かけている街よりも、さらに二つほど離れた地区。
誰も、わたしと兄様のことを知らない。
わたしと兄様が血の繋がった兄妹だと知らないような、そんな街で。
わたしは、兄様との初デートを楽しんだ。
メインはショッピングと観光、あと美味しいパフェを食べたりして。
楽しくて楽しくて、こんな時間がずっと続けばいいのに、って思っていた。
そんな時だった。
「レニーは、おじ様と何の話をしていたの?」
狭い路地を歩いている時に、キルベリアおじ様が何をしに来たのか、聞いてみた。
すると、兄様の態度が少し変質した。
「…………ルディは気にしなくてもいいよ」
「え、でも……おじ様って父様のお友だちですよね? ということは、おじ様は父様に会いに来たんじゃ?」
「…………」
「きっとおじ様も、父様がいなくてびっくりしたよね……。…………父様………今ごろ、どこで何をしてるんだろう……」
「────ルディ」
声に、導かれて。
顔をあげてみると、そこに兄様の顔があった。
なにも感情を宿していない、硝子玉みたいな紫色の瞳が、わたしを見つめていた。
え……?
久しぶりに、恐怖を感じた。
ただ、監禁されていた頃の恐怖とは少し違う。あの時は、兄様が元婚約者に対して激しく嫉妬し、わたしを閉じ込めようとしてきたから怖いと感じていたけれど。
今の兄様には、怒りや悲しみがすっぽり抜け落ちて、感情が一切浮かんでいない。
そういえば、監禁部屋から帰ってきて、兄様が父に殴られていた時も、同じ雰囲気だった気がする……。
「親父はもう俺達とは何の関係もない赤の他人だよ? あんな男、どこで野垂れ死のうと気にしちゃいけない」
「れ、にー……?」
「ルデイは優しくてイイ子だから気にかけてるんだろうけれど、もう二度とその愛らしい唇から『父様』って言葉を出さないでね」
「えと、気にかけてるわけじゃなくて……」
父は、わたしの10歳の誕生日に女性を妊娠させた。
わたしと兄様への裏切り行為だ。
兄様によって追放された父のことは、もう気にしないようにしている。正直、父がどこで何をしようと、わたしと兄様に迷惑さえかけなければいい。勝手にしてほしい。
わたしが心配しているのは、父じゃなくてレザニード兄様だ。
「どうしたの……?」
「どうしたって?」
「イヤな事を思い出したのなら、話を聞くよ……?」
「大丈夫だよ、もうあの人の話はしたくないし、可愛いルディに聞かせる話でもないから、気にしないで」
にこりと笑う兄様を見て、ふと、思う。
もしかして、兄様は……。
わたしが想像している以上に、父のことを嫌っている……?
ううん。
この感じは、もっと強い感情だ……。
たぶん兄様は、父を激しく憎んでいる。
いったい、兄様と父の間で何があったのだろう……。
「レニー……」
日傘を折りたたんで、兄様の体をぎゅっと抱きしめる。
胸に顔をうずめる。
兄様はいつもわたしを守ってくれるから、今度はわたしが兄様を守る番だ。
きっと、わたしの知らないところで、兄様は辛い思いをしてきたのだろう。
一人で背負い込んでしまう兄様を、癒したい。
大好きなレザニード兄様を癒すのは、わたしだけの役目だ。
「わたしに、何かできることはある……?」
「うん?」
「できることがあるのなら何でもするから、言ってください」
「本当に……?」
「うん。レニーのためなら」
「じゃあルディを、ちょうだい。一週間も我慢したんだ。俺に、くれるかい?」
兄様の指が、わたしの耳に触れる。愛情のこもった、優しい動き。その声を聞くと、下腹部がきゅんっとなる。求められて、わたしでも兄様の役に立てるって思えて、嬉しくなる。
薄く笑みを浮かべる兄様に、満面の笑顔で応えた。
「はい。わたしも、レニーが欲しいです」
兄様が愛おしげに目を細めて、わたしの頭を撫でてくれた。
わたしと兄様は、歩き出す。
お互いが離れないように、指同士を強く絡ませて──
-------
次はレザニード視点です。
10
お気に入りに追加
847
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
彼氏に別れを告げたらヤンデレ化した
Fio
恋愛
彼女が彼氏に別れを切り出すことでヤンデレ・メンヘラ化する短編ストーリー。様々な組み合わせで書いていく予定です。良ければ感想、お気に入り登録お願いします。
【本編完結】副団長様に愛されすぎてヤンデレられるモブは私です。
白霧雪。
恋愛
王国騎士団副団長直属秘書官――それが、サーシャの肩書きだった。上官で、幼馴染のラインハルトに淡い恋をするサーシャ。だが、ラインハルトに聖女からの釣書が届き、恋を諦めるために辞表を提出する。――が、辞表は目の前で破かれ、ラインハルトの凶悪なまでの愛を知る。
ヤンデレ義父に執着されている娘の話
アオ
恋愛
美少女に転生した主人公が義父に執着、溺愛されつつ執着させていることに気が付かない話。
色々拗らせてます。
前世の2人という話はメリバ。
バッドエンド苦手な方は閲覧注意です。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる