25 / 46
揺れ動く心
過去回想 わたしの大好きなレザニード兄様
しおりを挟むわたしがまだ、エーベルト様と出会う前の話──
学校が長期休みに入って、わたしは伯爵家に戻ってきていた。あいもかわらず両親は仕事で忙しく、家の中はがらんとしている。静か……そう、とても静かだった。
買い出しに行っているのか、家政婦のミレッタさんもいない。
レザニード兄様も……いない。きっと婚約者のリリーさんと一緒に出掛けているんだろう。伯爵邸の玄関を開けたら、にこりと笑う兄様に出迎えてもらえる。少しだけ期待していた。「おかえり」と、一言そう言ってくれるだけでいい。それだけで、充分わたしは満たされる。
…………勉強、しようかな。
一人で勉強するときは、いつも居間に行く。自室は……寂しい。けれど居間なら、あそこなら色んな思い出がある。ミレッタさんに話しかけられたり、両親から誕生日プレゼントを貰ったり、兄様に勉強を教えてもらった場所だから、そこなら一人でもあんまり寂しくない……気がした。
机の上に羽ペンと教科書を取り出す。きょうの勉強内容は歴史だ。王国史。どこそこのだれそれが、こんな偉大なことをしました……なんて。勉強は苦手だ。頭が良くないから、覚えても覚えてもすぐに忘れてしまう。
「あ、この人って……」
なんとなく読み始めた歴史の教科書に、ハルヴィザという名前を見つけた。昔の有名な王子様の名前で、何かの改革に携わった人。どうしてわたしがこの人の名前を知っているかというと、彼をモデルに作られた絵本を読んでいたからだ。
何でも彼は、顔がめちゃくちゃ整っていて、王子様なのに平民の女の子と恋をしてしまった、という逸話があった。
史実では、ハルヴィザと平民の女の子は結ばれない。どういう経緯かは分からないけれど、きっと政略結婚だとか、そんな理由だと思う。実際、彼と結婚したのはどこぞの王女様だ。でも、彼をモデルにした絵本は史実とは違う。
話の内容はこうだ。
王子様と平凡な女の子が、身分違いの恋をする。王子様はとても熱心に女の子を口説いていたんだけど、女の子のほうが気後れしちゃって、相思相愛なのに付き合わない。
最後は崖から落ちた女の子を助けるために、王子様が女の子を庇って、一緒に落ちちゃって、王子様が大けがを負う。……そのあと、女の子が王子様の看病をして、自分の気持ちを伝えて、二人は結ばれてハッピーエンド。
絵本だから、都合がいいな、とは思う。
でもそれくらいの都合の良さが、わたしは好きだった。
「確かあの本は……」
本を保管している物置きに移動する。歴史の勉強? ひとまず放置だ。
物置きは、古くなった絨毯や使わなくなった食器類をまとめて保管している場所。掃除なんて年に一回しかやらないので、埃がすごい。ちょっとむせた。口もとと手で覆いながら、灯りを点けて、部屋の奥へ進む。
「えぇっと…………父様が古い本をまとめてこの辺りに移動しちゃったから」
木箱を開けたりしてみたけど、なかなか目当ての本が見つからない。
諦めようかな。
はぁと息を吐いて、なにげなく本棚を見上げる。
一番上の棚に、見覚えのある背表紙が見えた。
……あった。
つま先立ちして、手を伸ばす。ギリギリ、手が届かない。あとちょっと……あ、いま背表紙に触れた。あともうちょい!
「わっ!?」
急に腰ごと体をぐいっと持ち上げられて、とってもびっくりした。
後ろを振り返ると、クスクス笑うレザニード兄様の姿がある。外用の恰好をしているから、きっと家に帰ってきたばかりだろう。
……兄様を見るのは久しぶりだ。やっぱり兄様はかっこよくて、ドキリとする。あとなんか、いい匂いがした。香水じゃないと思うけど、何を食べたらこんないい匂いがするようになるんだろう。
「ほら。こうすればルディでも取れるよね」
「た、確かに取れますけどっ!」
わたしの骨盤部分を兄様が掴んで持ち上げている状態。触れられている部分を中心に、もぞもぞとした感覚が走る。平静を装って本を取ると、すぐに兄様が下ろしてくれた。
「おかえりルディ。いつ自宅に戻っていたんだい?」
「ただいまです。ついさっき帰ってきました……」
「時間を言ってくれれば学校まで迎えに行ったのにね」
「兄様が学校に来たらまずいと思います」
「どうして?」
「王子様が来たってみんな騒ぐと思います……」
兄様は、誰がどう見たってとびっきりの美青年だ。
髪はブロンド、瞳は複雑な色を散りばめたアメジストで、かたちのよい唇は柔らかそうで、声は聞いているだけで安心するくらい耳心地がよくて、ほんのり甘い。
兄様は見た目から、よく“王子様”と呼ばれる。
わたしにとっても、兄様は王子様だ。
凛々しくて、かっこよくて、優しくて、素敵な、大人の男性。
「なるほどね」
紫紺の瞳を細めて、レザニード兄様がわたしに微笑みかける。
「別に俺は気にしないけど?」
「わたしが気にします! 絶対に休み明けになったらクラス中の人から話しかけられて囲まれます!」
あの人は誰!? という感じで、もしかしからクラス中どころか学年を超えて質問攻めに遭いそうな気がする。それくらい兄様の容姿は注目を集めるし、とってもモテるのだ。
「ああそう、それは確かにダメだね。女の子ならいいけど、男はダメ」
「またそういうこと言って…………」
「で、その本は? ずいぶん古そうだね」
兄様が、わたしが持っている本を興味深そうに覗き込んできた。
距離が急に縮まってドキッとしたけれど、顔には出ていない……と思う。
「昔読んでた恋愛物の絵本です」
「絵本にしてはずいぶん分厚いと思ったけど、なんだ……恋愛物か」
「兄様は興味ないと思いますよ」
「恋愛物に興味ないけど、妹がどんな内容の恋愛物を好んで読んでいるのかは気になるね」
「王子様と平民の女の子が恋に落ちて、苦難を乗り越えて少しずつ距離を縮めていく話です」
「身分違い、か。ありがちだね」
「確かにありがちですけど、こういうのが女の子心をくすぐるんです」
兄様はわたしから本を取って、ぱらぱらとページをめくっていく。
「この王子様、ずいぶん強気だね。すっごいグイグイいってる。
へえ、ルディはこういう男が好みなんだ」
「そ、そ、そういうわけじゃ……っ!」
なぜか嬉しそうなレザニード兄様。
兄様はそのまま本を読みながら、歩き出してしまう。
慌てて追いかけた。
「あ、もうキスしてる。手を出すのが早いね」
「なんでそんなシーンを!?」
「ほぅ……『あなたのその可愛らしい顔を見ていたら、私の胸が高鳴ってしまいました。無礼をお許しください、私の愛しいひと』……か」
「読み上げないでください!!」
ただでさえ絵本に登場する王子様と兄様の特徴が一緒なのに、朗読されたらわたしがどうにかなってしまいそうだ。すでに顔が赤い気がする。兄様が本を読んでいてくれて良かった。こんな顔、絶対に見られたくない。
「やたら好きだの愛してるだの言ってるね、この王子様。本当に好きな女の子に『好き』とか『愛してる』とか、こんな歯の浮くようなセリフとか、俺だったら恥ずかしくて言えないね。あ、このセリフまだ続いてるな」
「もう言わなくていいです!」
兄様が声に出してクスクス笑う。
わたしに本を差し出してきた。
「この物語はハッピーエンドなんだね。それは良かったよ」
兄様から、本を受け取る。
わたしの指と兄様の骨ばった指が触れ合った途端、兄様が瞬時に手を引っ込めた。……あれ、なんか失礼な事したかな? 驚いて兄様の顔を見るけど、もう兄様は顔を背けていて、どんな表情をしていたのか分からなかった。
ちょっぴり、兄様に拒絶されたみたいで気分が落ち込む。
「あまりものでよければ食事を作るよ。ミレッタさんもいないしね」
「あ、じゃあわたしも手伝います」
「一緒に作ろうか。いつもみたいに」
兄様と一緒に、兄様の隣で、昼食を作った。
なんてことない日常。
わたしは兄様のことが好きだ。
でも兄様は、リリーさんという素敵な女性と婚約して、両想いの状態だ。
わたしもそのうち、誰かと出会って、付き合って、婚約して、その人のお嫁さんになるだろう。
いいんだ。
それでいい。
わたしは兄離れすると決めている。
そもそもこの気持ちは、歓迎されない。兄様だって困惑するだろうし、誰にも理解してもらえないだろう。
「ちゃんと手を洗ったかい?」
「いつまで子ども扱いなんですか?」
「ルディはいつまでも可愛い妹だからね」
──でも、やっぱり……ちょっとだけでもいいから。
兄様がわたしを可愛い『妹』だと言ってくれて、隣で微笑みかけてくれる今だけでもいいから。
わたしは、大好きなレザニード兄様の隣を独占したい。
11
お気に入りに追加
852
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)


軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?


愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる