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揺れ動く心

17 エーベルト様の嫉妬・前編

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 誕生日を大人数で祝福されるのは、慣れていない。

 今までずっと、わたしの誕生日を祝ってくれたのはレザニード兄様だけだった。仕事で家を留守にする両親のかわりに、わざわざ町まで下りて、ケーキ屋さんに行って、小さなケーキと蝋燭を買った。

 夜、灯りを消した静かな部屋の中で。

 わたしと兄様で蝋燭をたてて、火をつけた。
 めらめらと、燃えている。

 火の光でぼんやりと浮かび上がった兄様が、わたしのためにうたを歌ってくれる。お誕生日おめでとうのうた。わたしが、ここにいていいんだよ、と思わせてくれるうた。

 わたしは、両親から誕生日を祝われたことがない。
 正確に言えば、誕生日当日に祝われたことがない。いつも後から、父からプレゼントを貰い、母に抱きしめられて頭を撫でられた。

 嬉しい、とは思っていた。
 でもやっぱり、なんでわたしの誕生日よりも仕事を優先するんだろうって、ちょっとモヤモヤしていた。

 だから、わたしにとっての誕生日は、大好きな兄様が大好きなうたを歌ってくれる日だった。


 兄様のいない誕生日会なんて。

 なんの意味が、あるのだろうか。

 
 

「ルディ」

 わたしの誕生日のために、エーベルト様が学級の子達を集めて開いてくれて、学校のことを語ったりした。まさか学校を中退したわたしの誕生日に、十人以上のクラスメイトが集まってくれるとは思っていなくて、とてもびっくりした。

「ルディ」
 
 いまわたしは、誕生日会の後片付けをしている。
 エーベルト様の家に集まってくれたクラスメイトたちはすでに解散していて、部屋にいるのはわたしとエーベルト様だけ。

 ……あ、こんなところにも紙吹雪が……。
 そういえば、紙吹雪を使って祝われたの初めて。綺麗だったなぁ……キラキラ輝いて。

「ルディ!」
「え……?」

 エーベルト様に大きめの声で呼ばれて、立ち上がる。

「なに?」
「片付けはもう大丈夫だ。あとはうちの使用人がやってくれる」
「でもまだ紙吹雪も落ちてるし、飾り付けもいっぱいあるよ」
「いい。気にするな」

 エーベルト様の家は、わたしの家と違って使用人がたくさんいる。うちは家政婦のミレッタさんのみだけど、たぶん十人くらいはいるんじゃないだろうか。

 さすがワイン製造で儲けてるお家なだけある……。

「ルディ」
「そんな呼ばなくても今度は聞こえてるよ?」

 エーベルト様がわたしの腕を掴んだ。
 意外と力が強くて、びっくりする。

「え、なに? どうしたの?」
「来てくれないか」
「ちょっと。どこに行くの!?」

 エーベルト様がわたしを連れて部屋のなかに入る。えと……この部屋って、寝室かな。たぶんエーベルト様の部屋だ。

 がちゃりっと音がした。いま……内鍵を閉めた?

「エ……ーベルトさ、ま……?」
「二人きりで話がしたかった。あの話の続きだ」
「あの話……」
「ルディの兄貴の話」

 レザニード兄様が、わたしの胸につけた愛の痕キスマークを、エーベルト様に見られてしまった時のこと。

 そのとき、追及されなかった。たぶんあのときは、わたしが泣いてしまって取り乱してしまったから、気を利かせてくれたのだろうと思っている。それにあの日は、わたしの誕生日会の準備をするために街で買い出ししようとしていたから、そういう理由もあるのだと思う。

「せっかくの誕生日にこんな酷な話をするのは嫌かもしれないけど、今度いつルディに会えるかも分からないから、聞いておきたい。兄貴に、何をされた?」

 エーベルト様が、真剣にわたしを見つめてくる。
 わたしは……諦めた。
 嘘はつけない。それに嘘をつくのが苦手だから、きっと嘘を言ってもすぐにバレる。だから正直に話すことした。

 兄様がどんどんおかしくなったこと。束縛されるようになったこと。監禁されたこと。特に、わたしが原因で兄様が狂ってしまったことを、強調した。

 エーベルト様は、怒りで肩を震わせていた。

 優しい。
 本当に優しいエーベルト様。
 わたしのために、本気で怒ってくれている。

 その優しさが、わたしの心をグサグサと刺してくる。

「最低だな、ルディの兄貴」

 普通は、そうなるだろう。
 両親もミレッタさんも、わたしを守ってくれて、レザニード兄様を責めた。

 兄様がおかしくなったのはわたしの責任だから、わたしも一緒に責めてほしい。責められるべきなのだ。兄様は混悪くないと訴えても、みんなわたしに同情的な目を向けた。

 きっと兄に脅されているんだろう。
 可哀想に。

 違う。
 兄様はわたしを脅したことなんてない。むしろ「兄妹喧嘩しよう」と言って、わたしが兄様に抗う選択肢をくれた。

 喧嘩が終わったらきっちり約束を守ってくれて、わたしを家に戻してくれた。そして、兄様が自ら悪役を買って出たのだ。
 わたしが悪者扱いされないように。

「裏切りも同然だな。あんなにルディは兄貴を慕っていたのに、監禁するなんて最低のクズだ」
「うん、そうなんだけど……あんまり、兄様を責めないで。兄様は悪くないの。悪いのは全部わたしだから」
「なんでそうなるんだ? 悪いのは裏切った兄貴のほうで、ルディじゃないだろ? なんで酷い事されてるルディが悪いことになる?」
「だからその……わたしが兄様をおかしくしたから……」
「それがよく分からない」

 エーベルト様はキッパリと言って、首を横に振った。

「ルディが兄貴に、人を狂わせるような何かをしたのか?」
「それは、その……」

 ……思い当たるのは、土砂降りの雨が降っていたあの日に、近付いてくる兄様を無視してお風呂に入った、ということくらい。

 でもそれが、兄様を狂わせたという話に直結するかと言われれば、分からないというのが現状だ。

「わたしは、なんか……穢れてるから……。兄様はとっても優しい人だし、わたしと違って頭もよくて、何でもできる人で…………兄様が悪いなんてありえなくて……」

 消え入りそうな声で言えば、エーベルト様がこっちに歩いてきた。

 ……同じだ。

 エーベルト様が、わたしからレザニード兄様の匂いがするって言って、腕を掴んで歩き出したあのときと、同じ雰囲気。何かに苛立っているような、怒ってるような、トゲトゲした感じ。

 気のせいじゃなかった。

 さっきまではいつも通りだったのに。
 今のエーベルト様は……ちょっと怖い。
 
「どう、したの……?」
「おまえは兄貴を庇わなくていい」
「え?」
「そこまでいくと洗脳されているんじゃないかって心配になる」

 洗脳なんてそんな。
 大げさな……。

「洗脳なんてされてないよ……」
「ルディがするべきなのは自分の心配であって、頭のおかしい兄貴の心配じゃないだろ。なんで、他の男を視界に入れないよう強要してきて、束縛されて、しかも一週間も監禁してきた男を心配するんだ? しなくていいだろ」
「だって兄様は……わたしの大事な兄様だから」
「大事? 監禁男が自分よりも大事なのか?」
「そんなことは、ないけど……」
「ルディは、たしかに昔から兄貴の話をよくしてたよな。それほど慕ってたのは知ってるし、僕も挨拶したときに、優しくてイイ人そうだなって思ってた」

 うん……なんとなく、言いたいことは分かる。

「昔の兄貴は優しかったかもしれない。でも、今のおまえの兄貴はどう考えても悪いやつだ。にするなんて、信じられない」
「違う! 兄様は生半可な気持ちでわたしを抱いてなんかない! 兄様は、兄様は……っ!」
……?」
「あ…………」

 しまった、と、思った。
 キスマークと監禁は話したけれど、それ以上のことをしているとは、思っていなかったのだろう。

 エーベルト様の雰囲気がどんどん怖いものになっていく。

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