23 / 46
揺れ動く心
17 エーベルト様の嫉妬・前編
しおりを挟む誕生日を大人数で祝福されるのは、慣れていない。
今までずっと、わたしの誕生日を祝ってくれたのはレザニード兄様だけだった。仕事で家を留守にする両親のかわりに、わざわざ町まで下りて、ケーキ屋さんに行って、小さなケーキと蝋燭を買った。
夜、灯りを消した静かな部屋の中で。
わたしと兄様で蝋燭をたてて、火をつけた。
めらめらと、燃えている。
火の光でぼんやりと浮かび上がった兄様が、わたしのためにうたを歌ってくれる。お誕生日おめでとうのうた。わたしが、ここにいていいんだよ、と思わせてくれるうた。
わたしは、両親から誕生日を祝われたことがない。
正確に言えば、誕生日当日に祝われたことがない。いつも後から、父からプレゼントを貰い、母に抱きしめられて頭を撫でられた。
嬉しい、とは思っていた。
でもやっぱり、なんでわたしの誕生日よりも仕事を優先するんだろうって、ちょっとモヤモヤしていた。
だから、わたしにとっての誕生日は、大好きな兄様が大好きなうたを歌ってくれる日だった。
兄様のいない誕生日会なんて。
なんの意味が、あるのだろうか。
「ルディ」
わたしの誕生日のために、エーベルト様が学級の子達を集めて開いてくれて、学校のことを語ったりした。まさか学校を中退したわたしの誕生日に、十人以上のクラスメイトが集まってくれるとは思っていなくて、とてもびっくりした。
「ルディ」
いまわたしは、誕生日会の後片付けをしている。
エーベルト様の家に集まってくれたクラスメイトたちはすでに解散していて、部屋にいるのはわたしとエーベルト様だけ。
……あ、こんなところにも紙吹雪が……。
そういえば、紙吹雪を使って祝われたの初めて。綺麗だったなぁ……キラキラ輝いて。
「ルディ!」
「え……?」
エーベルト様に大きめの声で呼ばれて、立ち上がる。
「なに?」
「片付けはもう大丈夫だ。あとはうちの使用人がやってくれる」
「でもまだ紙吹雪も落ちてるし、飾り付けもいっぱいあるよ」
「いい。気にするな」
エーベルト様の家は、わたしの家と違って使用人がたくさんいる。うちは家政婦のミレッタさんのみだけど、たぶん十人くらいはいるんじゃないだろうか。
さすがワイン製造で儲けてるお家なだけある……。
「ルディ」
「そんな呼ばなくても今度は聞こえてるよ?」
エーベルト様がわたしの腕を掴んだ。
意外と力が強くて、びっくりする。
「え、なに? どうしたの?」
「来てくれないか」
「ちょっと。どこに行くの!?」
エーベルト様がわたしを連れて部屋のなかに入る。えと……この部屋って、寝室かな。たぶんエーベルト様の部屋だ。
がちゃりっと音がした。いま……内鍵を閉めた?
「エ……ーベルトさ、ま……?」
「二人きりで話がしたかった。あの話の続きだ」
「あの話……」
「ルディの兄貴の話」
レザニード兄様が、わたしの胸につけた愛の痕を、エーベルト様に見られてしまった時のこと。
そのとき、追及されなかった。たぶんあのときは、わたしが泣いてしまって取り乱してしまったから、気を利かせてくれたのだろうと思っている。それにあの日は、わたしの誕生日会の準備をするために街で買い出ししようとしていたから、そういう理由もあるのだと思う。
「せっかくの誕生日にこんな酷な話をするのは嫌かもしれないけど、今度いつルディに会えるかも分からないから、聞いておきたい。兄貴に、何をされた?」
エーベルト様が、真剣にわたしを見つめてくる。
わたしは……諦めた。
嘘はつけない。それに嘘をつくのが苦手だから、きっと嘘を言ってもすぐにバレる。だから正直に話すことした。
兄様がどんどんおかしくなったこと。束縛されるようになったこと。監禁されたこと。特に、わたしが原因で兄様が狂ってしまったことを、強調した。
エーベルト様は、怒りで肩を震わせていた。
優しい。
本当に優しいエーベルト様。
わたしのために、本気で怒ってくれている。
その優しさが、わたしの心をグサグサと刺してくる。
「最低だな、ルディの兄貴」
普通は、そうなるだろう。
両親もミレッタさんも、わたしを守ってくれて、レザニード兄様だけを責めた。
兄様がおかしくなったのはわたしの責任だから、わたしも一緒に責めてほしい。責められるべきなのだ。兄様は混悪くないと訴えても、みんなわたしに同情的な目を向けた。
きっと兄に脅されているんだろう。
可哀想に。
違う。
兄様はわたしを脅したことなんてない。むしろ「兄妹喧嘩しよう」と言って、わたしが兄様に抗う選択肢をくれた。
喧嘩が終わったらきっちり約束を守ってくれて、わたしを家に戻してくれた。そして、兄様が自ら悪役を買って出たのだ。
わたしが悪者扱いされないように。
「裏切りも同然だな。あんなにルディは兄貴を慕っていたのに、監禁するなんて最低のクズだ」
「うん、そうなんだけど……あんまり、兄様を責めないで。兄様は悪くないの。悪いのは全部わたしだから」
「なんでそうなるんだ? 悪いのは裏切った兄貴のほうで、ルディじゃないだろ? なんで酷い事されてるルディが悪いことになる?」
「だからその……わたしが兄様をおかしくしたから……」
「それがよく分からない」
エーベルト様はキッパリと言って、首を横に振った。
「ルディが兄貴に、人を狂わせるような何かをしたのか?」
「それは、その……」
……思い当たるのは、土砂降りの雨が降っていたあの日に、近付いてくる兄様を無視してお風呂に入った、ということくらい。
でもそれが、兄様を狂わせたという話に直結するかと言われれば、分からないというのが現状だ。
「わたしは、なんか……穢れてるから……。兄様はとっても優しい人だし、わたしと違って頭もよくて、何でもできる人で…………兄様が悪いなんてありえなくて……」
消え入りそうな声で言えば、エーベルト様がこっちに歩いてきた。
……同じだ。
エーベルト様が、わたしからレザニード兄様の匂いがするって言って、腕を掴んで歩き出したあのときと、同じ雰囲気。何かに苛立っているような、怒ってるような、トゲトゲした感じ。
気のせいじゃなかった。
さっきまではいつも通りだったのに。
今のエーベルト様は……ちょっと怖い。
「どう、したの……?」
「おまえは兄貴を庇わなくていい」
「え?」
「そこまでいくと洗脳されているんじゃないかって心配になる」
洗脳なんてそんな。
大げさな……。
「洗脳なんてされてないよ……」
「ルディがするべきなのは自分の心配であって、頭のおかしい兄貴の心配じゃないだろ。なんで、他の男を視界に入れないよう強要してきて、束縛されて、しかも一週間も監禁してきた男を心配するんだ? しなくていいだろ」
「だって兄様は……わたしの大事な兄様だから」
「大事? 監禁男が自分よりも大事なのか?」
「そんなことは、ないけど……」
「ルディは、たしかに昔から兄貴の話をよくしてたよな。それほど慕ってたのは知ってるし、僕も挨拶したときに、優しくてイイ人そうだなって思ってた」
うん……なんとなく、言いたいことは分かる。
「昔の兄貴は優しかったかもしれない。でも、今のおまえの兄貴はどう考えても悪いやつだ。妹を食い物にするなんて、信じられない」
「違う! 兄様は生半可な気持ちでわたしを抱いてなんかない! 兄様は、兄様は……っ!」
「抱いた……?」
「あ…………」
しまった、と、思った。
キスマークと監禁は話したけれど、それ以上のことをしているとは、思っていなかったのだろう。
エーベルト様の雰囲気がどんどん怖いものになっていく。
11
お気に入りに追加
852
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)


軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?


愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる