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揺れ動く心

15 わたしが純潔を捧げたひと・前編*

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 わたしが、まだ貴族学校に在籍していた頃──
 放課後、図書室に向かうために廊下を歩いていると、上級生の男の子三人に話しかけられた。その男の子達はとってもイヤな笑みを浮かべていて、わたしの肩を掴んで、どこかに連れて行こうとした。

 怖くなって逃げようと思ったのだけど、やっぱり男の人だから力が強くて、全然逃げられなくて。

「彼女、嫌がってますよね」

 そのとき助けてくれたのが、クラスメイトであり、のちにわたしの婚約者となるエーベルト・マックス様だった。
 燃えるような赤髪。
 少年から青年に変化するときに出る、声変わり期特有の声。
 あどけなさを残した少年顔のエーベルト様は、わたしと同じ15歳なのに、上級生の男の子たちにも物怖じせず、わたしを背中に隠して立ちはだかってくれた。

 そこから、エーベルト様との交流が始まった。

 成績も普通。運動神経も普通。レザニード兄様のようなキラキラした王子様みたいな雰囲気はなく、容姿はどちらかというと素朴で可愛らしい。
 有名な伯爵家の次男坊だけど、夜会に出席するよりも実家での土いじりが好き。兄がいるけど、兄はすごく完璧で、自分は落ちこぼれだとエーベルト様は笑っていた。

 わたしと同じだ……。

 エーベルト様はとっても親しみやすい人だった。性格はとっても明るくて、賑やかな人。いつも笑わせてくれて、危ない目に遭いそうになったら本気で心配してくれて、わたしのために怒ってくれる。

 彼を好きになることに、そこまで時間はかからなかった。

 告白はエーベルト様からだった。
 顔を真っ赤にして、わたしに好きだと言ってくれた。

 脳裏にレザニード兄様の顔がよぎったけれど、全力で思考を振り払って、気にしないようにして。
 わたしは、エーベルト様の想いに応えた。

 交流は続き、わたしたちは婚約者候補として正式に付き合うことになった。
 長期休みの時には、互いの家を行き来するほどに仲良くなった。

 エーベルト様が伯爵家に遊びに来た、ある日のこと。
 わたしはエーベルト様と一緒に散歩に出かけた。丘一面にネモフィラが咲く場所があるから、そこに連れて行った。

 エーベルト様と一緒に綺麗だねと笑い合って。
 手を繋いだ。
 とても幸せな時間だった。

 しばらくして、雲行きが怪しくなってきて。
 急に土砂降りの雨が降ってきた。

 傘なんて持ってなくて、わたしたちはずぶ濡れになりながら走って、たまたま見つけた洞窟に入った。

 とても寒くて、肩の震えが止まらなかった。

 白い服を着ていたわたしは、肌着と下着が透けて見えていることに気付いて、恥ずかしくなった。隠すように、身を抱きしめる。エーベルト様は耳まで真っ赤にして、気を遣ってくれているのか、わたしを見ないようにしていた。
 雨足の弱まる気配がない。
 ここから自宅まで、雨の中走るのは無謀に思えた。
 
「なぁ、ルディ。…………寒くないか?」

 ぽつりと、エーベルト様がそう言う。
 わたしは、うん、と頷いた。

「…………服を脱いで、抱き合った方がいい」
「えっ……?」
「濡れた服を着たままだと、どんどん体温を奪われるから危険だ。とりあえず上だけでも脱いだ方がいいな。僕は脱ぐぞ」

 エーベルト様がシャツを脱ぐ。
 線が細くて、女の子みたいと思っていたけれど、エーベルト様のソレは男の子の骨格で。
 筋肉質とかじゃないけど、間近で異性の肌を目の当たりにしたわたしは、気恥ずかしさでエーベルト様を見られなくなった。

 エーベルト様が近付いてきて、わたしの体を抱き締めた。腕を回す刹那に躊躇したような気がしたのは、きっとエーベルト様も恥ずかしかったからだろう。彼の体は温かくて、確かに服を脱いで抱きしめ合った方が、体温の低下を防げるような気がした。

「壁を見る。こうすれば、ルディが恥ずかしい思いをしないだろ?」

 顔も耳も真っ赤なエーベルト様は、わたしを見ないように、顔を背けていた。

 ここまでしてくれるのなら、応えないといけない。
 
 震える手で、ブラウスのボタンを開けて、袖から腕を抜いた。びっちょり濡れたブラウスは、ひとまず近くに置いておく。

 せめて下着くらいはつけておきたい思いがあったけど、下着自体も水を吸ってしまっていて、かなり冷たい。わたしを抱き締めているエーベルト様が体温を奪われるのは申し訳なくて、下着も外した。

「…………ッ」
「…………っ」
 
 上裸で抱きしめ合って、どれくらい経っただろう。

 お互い、顔を見ないようにしていた。
 吐息が妙に大きく聞こえる。
 肌と肌を密着させているから、心臓の音がよく聞こえた。

「その体勢、痛くないの?」

 エーベルト様は膝を地面につけて、わたしを抱きしめている。膝がとても痛そうで、心配になった。

「痛い。……だけど、これ以上近づくわけにはいかない」
「えと、気にしなくていいよ……? 楽な姿勢になって?」

 エーベルト様は、あえて、腹から下がわたしに当たらないようしていた。
 だから膝を地面につけて、上半身だけ身を乗り出すようにして抱きしめているのだ。

「………………いい、のか?」
「はい」
「分かった……」

 エーベルト様は膝立ちをやめて、どっかりと岩肌に座り込んだ。これでもお尻は痛いだろうけど、膝立ちよりマシなはずた。
 そのまま、エーベルト様がわたしをひき寄せる。エーベルト様の足の間に、後ろを向いたわたしがすっぽりと収まるような体勢。胸に触れないように、へその上あたりを抱きしめられている。背中に、エーベルト様の額が触れた。

 …………え?

 背中に、エーベルト様の硬いモノが当たっていることに気付いた。
 ズボン越しでも分かるくらいに、大きくなっている。
 
「悪い。……男の生理現象なんだ。気にしないでくれ」
「そ、そうなんだ……」

 また無言になる。
 わたしのうなじあたりに、エーベルト様の熱い息がかかって……少しくすぐったい。

「キス、してもいいか?」

 されたことは、何回かある。
 それでもこんな状況は初めてで、わたしは、かなりの時間を使ってから小さく頷いた。

 わたしを正面に向けさせて、エーベルト様の顔が近付いてきた。そっと、触れるだけの優しいキス。唇が離れていって、これで終わりかと思ったのだけれど、もう一度キスをされる。ついばまれ、唇を舐められた。

「んっ……!」
「可愛すぎ……ッ」

 両腕を強く掴まれ、余裕のない声が聞こえたと思ったら。
 熱い舌を捩じ込まれていた。

「んん……っっ!?」

 歯列をなぞられ、上顎を撫でられた。
 よく分からない熱が、体の奥底から溢れ出てくる。

「……っ!」

 エーベルト様が、唇を浮かした。
 息を吸い込めるほどの近さに、彼の顔がある。眉をひそめて、なんだか辛そうに見える。
 赤い瞳が、射抜くようにわたしを見ていた。
 
「欲しい」

 少年顔には似つかわしくないほどの、情欲の色を秘めた表情。
 獲物を目の前にした肉食獣のように目を光らせて、エーベルト様が言う。

「ルディを、僕にくれ」
 

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