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因縁編

14 キスマーク・前編

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 わたしは昔から、不思議なくらい男性に話しかけられやすかった。それで初めて怖い思いをしたのは、レザニード兄様と一緒に夜会に出席した時のこと。

 あのときは12歳だった。

 初めて出席した夜会は、とてもキラキラ輝いているように見えて。
 綺麗なドレスを着た淑女や、ピシっとした服を着た紳士がいっぱいいて。

 レザニード兄様が「傍を離れないように」って言ってくれたのだけれど、初めて見るキラキラした夜の世界に興奮してしまって、兄様の傍から離れてしまった。

 そのとき、40代くらいのおじさんに話しかけられた。
 お嬢さん年齢は?
 名前は?
 家はどこ?
 矢継ぎ早に質問されて、戸惑った。
 おじさんに腕を掴まれそうになったときに、わたしを探し回ってくれたらしいレザニード兄様が来てくれて、わたしはおじさんから離れることができた。

 それからというもの。
 町を一人で歩いていたりすると、誰かしらに話しかけられる。
 たいていは、可愛いね、で終わるだけなのだけれど、あまりにも話しかけられる頻度が多いので、当時は不思議に思っていた。

 ただ、兄様が隣にいると、不思議とそういう人に話しかけられない。
 わたしはこのことを兄様に相談しなかったけれども、後になって振り返ってみれば、兄様は気付いていたみたい。服の露出度についてとやかく言ってくるようになったのも、この辺りからだった。

 だから、なのかな。

 わたしが貴族学校に入学する話になったとき、兄様はとても反対していた。学校は寮生活だから、兄様と離れ離れになる。兄様はわたしが心配だったのだと思う。わたしは力もないし、ちょっと優しくされたらホイホイついていっちゃうような甘ちゃんだったから。

 でも、まさか。

 この話が、『異性をたぶらかす』とか『狂わせる』とか、そんな大きな話に発展するとは思っていなくて。


『あなたは雄を惑わし狂わせる』


 あの人ポアロさんに言われた言葉が、頭の中でグルグルと回っている。

 兄様のおかげで、身体を洗う事は出来た。
 でもまだ……身体が汚く感じる。
 “わたし”という存在自体が、穢れているような気がする。

 やっぱりわたしは、兄様の傍にいちゃいけない存在なんだって。

 とにかく、兄様の傍から離れたいと思った。

 でも子爵家での一件以降、また兄様の束縛が激しくなった。監禁まではいかないけれども、常にわたしを傍に置きたがった。ミレッタさんや両親に奇妙な目で見られてもお構いなしだ。そして人目がなくなると、抱きしめてキスをしてくる。異常なまでの、嫉妬と恋慕の感情を乗せて。

 たまにナカに指を入れられることもあるけど、それ以上はしない。たぶん『兄様』としては手を出さない、という約束を守っているのだ。屁理屈こねていた割には、妙なところで律儀だと思った。

 それから一か月ほど経ったある日のこと。

 兄様から部屋に来るように呼び出しを受けた。
 しかも真夜中。

 なんだろう。

 ちなみに兄様の部屋に入るのは初めてだ。わたしに勉強を教える時はわたしの部屋だったし、部屋にいる兄様を呼ぶときは、ノックして呼ぶだけだったから、兄様の部屋に入ったことはなかった。

 恐る恐るノックすると、すぐに兄様が出てきて、中に入るように言ってくる。

 初めて入る兄様の部屋は、かなり質素だった。
 わたしみたいにごちゃごちゃとぬいぐるみが置かれているわけでも、装飾品の類を飾っているわけでもない。かなり殺風景な、寂しい部屋だった。

 今日は満月だから明るいけど、兄様は部屋の灯りをつけないのだろうか。

 部屋に入るなり、わたしを置いてけぼりにしてソファに座った兄様。足を組んで、窓の外を見つめている。無表情なのだけれど、わたしには、何かに苦悩しているように見えた。

 たっぷりと時間をかけたあとに、兄様が口を開いた。

「誕生日プレゼントはなにがいい?」
「え……?」
「ルディの誕生日だよ」

 20日後はわたしの16歳の誕生日だ。
 わたしが貴族学校に入学するまで、誕生日を祝ってくれたのは兄様だけだった。毎年のようにケーキとプレゼントをくれたのを覚えている。学校に入学した13歳からは、兄様ではなく学級の子達にお祝いしてもらっていた。

「なにがいい?」
「えと、……考えてませんでした……」

 今までは、ぬいぐるみや靴、服、本など、色々なものをプレゼントしてもらった。両親からも貰っていたけれど、二人とも仕事で忙しくて誕生日が過ぎた後に貰ったり、配達されたものを受け取ったりしていたから、両親よりも兄様から貰えるプレゼントを毎年楽しみにしていた。

「何か言って。言ってくれないと、アレを君につけるよ」
 
 アレって……?
 顎で示された先にあったものを見て、わたしの口から、ひゅ、と空気が漏れ出た。

 机の上にあったのは、間違いなく、首輪。
 犬猫につけるようなサイズじゃない。
 間違いなくあれは、人間用だ。

「兄様……っ」

 今度は手枷じゃなくて、首輪をわたしにつけるつもりだ。
 兄様がまた、わたしを閉じ込めようとしている。
 あれはもう……愛玩奴隷と同じだ。

 わたしの顔から血の気が引いていく。
 恐怖を感じて、思わず一歩後ろに下がった。

 兄様は、また窓の外を見ていた。

「何がいい?」
「じゃ、じゃあ…………靴が、いいです」
「分かった。靴ね」

 兄様が立ち上がって、わたしに近づいてきた。
 兄様がわたしの髪を優美な仕草で、わたしの耳に掛けてきた。耳に手が当たって、くすぐったい。そのまま手をスライドされて、わたしの頬に添えられる。

「明日から丸々一ヶ月ほど家を留守にするから」

 三日前、兄様は父から爵位を受け継いで、オルソーニ伯爵となった。
 各地に挨拶回りするから、しばらく家にいないのだ。

「エーベルト君と会うのは、楽しみかい?」
「え…………」

 兄様は、とても暗い笑みを浮かべていた。

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