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因縁編
12 愛と憎しみ・後編*
しおりを挟む肌触りの良いハーフグローブ越しに、さらけだされた胸を揉まれる。確かめるような動きが、徐々に大胆なものへ。復讐のために身体をまさぐってくる男なんて見たくなくて、顔を背ける。きつく目を閉じた。
「顔が幼いわりに、意外と大きいですね。着痩せするタイプですか」
胸について感想を言われても、反応に困るだけ。
爪が食い込むほど、手をぎゅっと握る。
空気に触れてツンと突き出た桃色の蕾を、生温かい舌で舐められる。唇で食まれ、唾液をかけられ、舌で転がされる。決して過激なわけではないけれど、無視できるほど鈍感にはなれなかった。
「………っ」
声だけは絶対に漏らさないように耐え忍んだ。甘い刺激から逃げたくて少しずつ体を捩らせるのだけれど、「逃げるな」とでも言うかのように先端を摘ままれて、意図せず背中が反る。
新しい獲物を探して胸のふくらみを撫でていた指が、ふと、止まる。じっとどこかを見られているような気がした。しばらくして、フレアスカートのポケットの中身を取り出される。
「……持っていたのですね」
三年前に、リリーさんから貰った刺繍入りのハンカチ。
義理の姉様になる人から貰った大事なハンカチだと、ずっと使わずに、ポケットに忍ばせていた。貰った当時は嬉しすぎて、何かあるたびに眺めていた。
「少なからず、性格の悪い方ではないのだと分かりました」
「じゃあこんな真似、やめてもらえませんか……」
「それは出来ません」
「どうして……っ?」
思わず目を開けると、意外と至近距離にポアロさんの顔があった。憎悪のこもった目。
とても、怖いと感じた。
「やめれば、きっと中庭に戻ろうとされるでしょう。健気で一途なリリーお嬢様が、愛する人と結ばれるために恥じらいを捨てていらっしゃるのです。その決意を、邪魔してほしくない」
「そんな。だってそこに兄様の意思はないでしょう!?」
「政略結婚なんてそんなものでしょう」
今まで執拗に胸を撫でていたポアロさんの手が、スカート越しにわたしの膝に触れた。躊躇なく内側に入ってくる。焦らすような動き。
「やだ………っ!」
肩を震わせて首を振ると、なぜかポアロさんが顔をしかめた。視線を落とされ、わたしからだとポアロさんのつむじしか見えなくなる。
指が、動いた。白タイツ越しにわたしの秘めやかな場所に触れている。
軽く折り曲げ、指の腹を押し当てながら上下に擦られた。白いシーツを掴んで恥辱に耐える。
本来、こういうことは愛するもの同士がすることだと思っている。政略結婚ですら相手への気遣いや思いやりがあって然るべきだと。
エーベルト様とは、好き同士だったから、した。
兄様はちょっと怖いけれど、根底にあるのは、狂おしいほどのわたしへの愛だ。
でも、これはちがう。
辱しめることだけを優先させた行為だ。
思いやりや愛情なんてない。
とてつもなく惨めに思えて、自然と涙が溢れた。
「なるほど……」
ポアロさんが手を引っ込めてくれた。
チャンスだと思って、少しでも距離をとる。太ももを閉じて、ガード。これ以上惨めな思いをしたくない。
「レザニード様があなたに執着する理由はソレですね」
ポアロさんが、わたしの顔を見つめる。
何の話かわからない。呆けた顔をしていると、ポアロさんが口を開いた。
「劣情を煽る天性の才能、とでも申しておきましょうか」
レツジョウヲ、アオル……?
「認めたくありませんが、私も同じような事を思ってしまいました」
「え…………」
「もっと分かりやすく言い換えましょうか。そそられる、という意味ですよ。男の欲望をすべてぶつけたくなるような顔をしている」
それじゃあまるで、わたしが男を狂わせる魔性の女みたいな……。
ふるふると首を振って違うとアピールするわたしに、ポアロさんはあくまでも冷酷だった。わたしの秘部を指で擦りながら、わたしに顔を近付けてくる。
「や……こ、こないで……っ!」
「ほら、それですよ。頬を上気させ瞳を潤ませ、やだと言いながら声には甘さが。演技ならば最高の娼婦に、無意識ならば末恐ろしい男たらしだ。あなたは雄を惑わし狂わせる」
「やだ……違う、わたしはそんな、違うよぉ……っ!」
でも、心のどこかで。
妙に納得している自分もいる。
だって。
兄様がおかしくなったのも、全部わたしのせいだから。
「やだぁ………っ!」
わたしの身体が、とてつもなく汚く思えて。
心が、ピキリと音を立てた。
そこからもう……何が何だか分からなくなった。わたしはまるで、死んだように何も出来なくなっていた。手も足も、口も動かない。
ポアロさんも、より激しくわたしの身体をまさぐり始めた。
途中から、ポアロさんがわたしのことを「リリーお嬢様」と呼び始めたような気がしたけど、否定する気力も起きなかった。
そのあと何をされたのか、覚えていない。
もう、嫌だった。
消えたいとすら思えた。
気付いたときには、上裸のポアロさんがわたしから離れ、ベッドの端に腰かけていた。煙草を吸って、懐中時計を眺めているようだ。
倒れてから、どれくらい経ったのだろうか。
兄様は……どうなったのだろう。もうリリーさんと、そういうことをした後なのだろうか。それとも、まだしている最中なのだろうか。
わたしは、どうなってしまうのだろう。本当に伯爵家に戻されるのだろうか。こんなズタボロの状態で、エーベルト様のところへ嫁に行かないといけないのだろうか。行けるだろうか。
『あなたは雄を惑わし狂わせる』
あの人に言われた言葉が、グルグルと頭を巡る。
汚い身体。
身体を洗いたい。
あの人に触れられた部分を、すべて、洗い流して忘れてしまいたい。
なぜかふと、昔のことを思い出した。
あれは……わたしが12歳のとき。
わたしと兄様とリリーさんでピクニックにいって。
はしゃいだわたしが、崖に気付かず滑落してしまったときのこと。
崖から生えた木に引っ掛かったことで、下まで落ちることはなかったけれど、足を捻挫してしまい、動けなくなった。
その時に見たリリーさんの顔が、とっても冷たくて。
わたしを、憎んでいるように見えて。
とても怖かった。
でも、すぐに兄様が助けに来てくれて。
大丈夫だよ、と優しく頭を撫でてくれて。
安心して、泣きそうになった。
だから、だろうか。
「たす……けて…………にい……さま」
助けを求めたのが、エーベルト様ではなく兄様のほうで。
完全に、無意識だった。
どこかで鈍い音が鳴った。
なんの音だろう……。そう思っていると、誰かに抱きしめられ、頭を撫でられた。温かくて、優しい。
あまりにも昔の記憶と酷似していたから、一瞬、妄想が化けて出たのかと思った。
薄く目を開くと、男性のシルエットが視界に入る。
わたしの顎に、手がかけられて。
やや強引に口を開けさせられたと思ったら、熱い舌が入り込んでくる。
「ん……っ」
より深い場所を目指しながらも、舌でいたるところを舐められ、絡みつかれ、愛撫される。ちっとも優しくない、荒々しい口づけなのに、全然イヤじゃなくて。
甘い痺れが背中を走り、眉間に力が入ってしまう。
長いこと重なっていた唇が離れる。
どちらのものかも分からない唾液が、淫靡な糸を引いた。
「にい、さま……?」
「…………」
レザニード兄様が、わたしの唇に親指を添えてゆっくりと撫であげた。端正な顔が近づいてきて、思わず目をぎゅっと閉じる。色々な感情を押し殺した声で、囁かれた。
「続きは後でする。いいね?」
「っ」
疑問系なのに有無を言わせない言い方で、わたしの身体が震えた。恐怖か、恐怖以外の感情なのか。判断付かないものが胸に広がり、わたしは視線を落とす。
今のわたしは……酷い恰好だと思う。こんな姿を兄様に見られるのが恥ずかしくて、顔も耳も熱くなった。兄様はわたしの頭をもう一度撫で、おでこと耳に口づけを落とす。わたしの身体に上着をかけると、軽々と抱き上げた。
兄様が歩き始める。
「れ、ざ……ニード様……!?」
ポアロさんが、兄様に気付いて声をあげている。たぶんさっき、ベッドに腰かけていたポアロさんを兄様が蹴り飛ばしたのだろう。ポアロさんは腹を押さえて、驚いた顔で兄様を見上げていた。
そうだ、兄様もわたしと同じように薬を飲まされたはず。
もしかして事後かと思ったけれど、兄様の衣服が乱れた様子はないし、そもそも薬を飲んだとは思えないほど動きがしっかりしていた。
「俺は何もしていない。おまえの大事なお嬢様には指一本触れていないから安心しろ」
とても冷たい声で、兄様が言う。
「腸が煮えくり返っているけど、ルディがいるから殺すことはしない。かわりにオルソーニ伯爵として正式に抗議し、相応の処罰を求めるつもりだ。どんな結末であれ地獄に落ちることには変わりないだろうね。
────話は以上だよ」
兄様はわたしを強く抱きしめ直して、部屋を後にした。
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