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監禁編
06 泣きそうな、顔*
しおりを挟むわたしを手に入れるために閉じ込めている、と兄様は言った。
きっと本心なのだろう。
事実、わたしはレザニード兄様から快楽を与えられ続けている。少し触れられただけで体が熱を帯び、濃厚な口づけをしてしまえば簡単に兄様の侵入を許してしまう。
快楽漬け、というのが正しい表現なのだろうか。こうやって快楽に溺れさせ、わたしが兄様なしでは生きられない体に、兄様の傍から離れられないようにしているのだ。そこまでしないと、気が収まらないのだろうか。
しかしそれで手に入るのは、体だけだ。
確かにわたしは兄様と触れている時は兄様のことしか考えられなくなっているけれど、熱が静まれば、途端に恐怖が襲ってくる。部屋のなかで怯えるわたしを見て、兄様は顔を曇らせる。苛立ちすら滲ませていた。
監禁と快楽漬けが良い結果なんて生み出さないことを、兄様だって分かっているのだ。
分かっているのに、兄様はこの方法でわたしを手に入れようとする。
まるで、監禁と快楽漬け以外の方法が分からない、とでも言うかのように。
現にいまだって、湯船からあがった兄様はわたしを浴室の壁際に押し付け、わたしの体を内側から撫でている。愛液と先ほどの精を一緒に混ぜ込み、外へと掻きだしているのだ。
指が中で蠢くたびにわたしの体が跳ね、膝から力が抜けていく。兄様にすがりつかないと立つことさえままならない。
兄様の表情に愉悦が浮んだ。どうしようもなくなってきているわたしの体。手に入れたい? 確かにこのまま続ければ手に入るだろう。快楽に溺れて心を壊し、廃人のようになったわたしの体が。
「兄様……おねがい、やめてっ!」
兄様が手を止めた。
心に届いた……?
「………………今さらもう遅いよ。ここまで来たら、もう止まれない」
暗い呟きが落ちてくる。
兄様がどんな表情をしているのか見たくて、頭をあげようとしたのだけれど。
「あっあぁあっ!」
みちりと、わたしの中に入って来る兄様の雄。
部屋で精を出したばかりなのに、硬度はまったく衰えていない。
まだまだ狭いわたしの入り口を強引に押し開き、ぬぷぬぷと奥へと沈めていく。立っている状態で入れられるのは、寝転がっているときとはまた違う。
圧迫感と痛みに顔をしかめていると、兄様の指が足の付け根を這っていることに気付く。指は結合部から溢れた愛液を掬い、纏わせ……ぷっくりと膨らんだ肉芽を腹で押した。
「あ……っあぁ」
電流が走ると同時に、熱い杭が上へと進行を始めた。
「まだきついな。……力、抜いて」
少しだけ苦しそうに声を漏らした兄様が、わたしの耳に顔を寄せる。
力の抜き方なんて分からない。
縋りつくのでやっとだ。
兄様の手がわたしの胸をやわやわと揉む。
唇に吸い付いてきた兄様が、ぴちゃぴちゃと音を立てて舐め始めた。
体から力が抜けた瞬間を狙って、兄様が一気に腰を進める。感じやすい部分を擦り上げながら、最奥へ進む熱いモノ。一定のリズムを保つ抽送が、絶えずわたしに快楽を与え続ける。やだと口ではいうものの、拒絶に反して声には甘さが滲んでいる。これでは求めているようにしか聞こえない。
壁に背中を押し付けられているわたしが、これ以上逃げられるわけもないのに、レザニード兄様が、より体を密着させてくる。風呂場の熱気と、兄様の体温。与えられる快楽に、正常な思考が出来なくなっていく。
「可愛いよルディ。蕩けた顔も、我慢している顔も、俺が憎くて睨んでいる顔も、泣いている顔も、全部全部可愛くて愛おしい」
「あぅ………っあぁ……」
「ここ、グリグリされるの好きだよね」
耳もとで囁かれながら、トントン、と軽く突かれる。
あともう少しで達しそうなのに、兄様はそこで腰の動きを止めた。
「名前、呼んでくれる気になったかい?」
「や…………めて、兄様……」
「そう。……体は素直なのにね」
その瞬間、感じやすい部分を強めに突かれて。
快感のあまり、中にある兄様のモノを強めに締め付け──果てた。
ぐったりするわたしを、兄様がもう一度体を洗ってくれた。そのまま部屋まで運ばれて、ベッドに寝転がされる。
そうしてその日は終わった。
四日目、五日目と日々が過ぎても、兄様は飽きることなくわたしを抱きつぶした。
わたしは兄様から貰った避妊薬を飲んでいるから妊娠する心配はないけれど、怖さがないわけではない。
今しがた兄様に体を求められ、中に注がれた。
わたしの体から兄様のモノが抜き取られ、白濁とした液体がドロリと溢れる。
兄様がいつのまにか、綺麗に身支度を整えていた。久しぶりに見た正装姿。オルソーニ伯爵家の次期当主として、仕事に出かけるらしい。そういえば兄様は、この間からずっとわたしにつきっきりで、家にも帰っていないようだった。
兄様がわたしの手首に大きめの手枷を嵌め、鎖をベッドにつなぐ。
「明日には帰って来るから安心して。保存食になっちゃうけど、食事はそこに置いておくから」
明日って……。
正直ここには窓がないから、今は何時なのか分からないけれど、おそらくまだ午前中。明日まで、この部屋で、わたしはひとり……?
「待って、兄様……っ!」
兄様が出て行って、外側から鍵をかけられた。
不安から、わたしの目から涙がこぼれた。自分の体を守る様に抱きしめて、ベッドの隅に転がる。こんな風に裸で手首に枷をつけられて、一人で放置されるくらいなら、兄様に犯されていた方が何百倍もマシだった。
どのくらい、そうしていただろう。
がちゃりと扉が開かれる。
わたしはゆっくりと顔をあげた。
目を丸くして驚くレザニード兄様がいる。
その手には服飾店の紙袋。わたしのために買ってくれたのだろうか。
「食事も摂ってない。……ずっと泣いて、いたのかい?」
そんな表情をしないで、となじりたくなる。
そんな傷ついた表情をするくらいなら、最初から監禁なんてしないでほしかった。無理やり犯してわたしを手に入れようとしないでほしかった。
顔を背けたわたしに、兄様がゆっくりと近づいてくる。
紙袋が床に落ちた。
ベッドがギシッ、と音を鳴らす。
「ルディ……」
「嫌です」
「…………」
「近づかないで……!」
その瞬間、わたしは肩を掴まれ、兄様に押し倒されていた。
見上げて、視界に飛び込んでくるのは、煌びやかで美しい金色の髪。
紫水晶のような瞳は、苛烈な感情を宿して強く光り輝いている。
王子様だとよく呼ばれる顔立ちに、甘い雰囲気なんて一切ない。怒りを表現するかのように眉間に皺を寄せ、わたしの体をじっと見下ろしている。
わたしによく似た色合いを持つ、兄様。
憧れていた、兄様。
わたしにとって、レザニード兄様は。
兄妹とか関係なくて、本当の意味での“大好きな人”だった。
わたしは。
兄様がリリーさんと婚約する以前から、兄離れすると決めていた。
兄様は素敵な人で、かっこよくて、王子様だったから。
甘えん坊の妹であるわたしが隣を独占していい存在じゃないって、ずっと思っていたから。
だから、距離をとった。
貴族学校に進学したのも、兄様と離れることで恋心を消せると思ったからだ。新しい男性と出会って恋をすれば、兄様のことを忘れられると思った。
そしてエーベルト様に出会った。
エーベルト様は、とても楽しい人。あどけなさが残る少年顔で、笑うと目尻がきゅっとなる。ダンスの授業でわたしが間違えて彼の足をふんだとき、彼は怒るよりも先に笑ってくれた。楽しいことが好きで、いつもわたしを笑わせてくれる素敵な人だ。
わたしはエーベルト様が好きになった。
でも兄様のことを───
忘れる、ことは出来なかった。
「わたしの心も体も、どんなときでもエーベルト様のものです。兄様がどれだけわたしを欲しても、あげられるのは体だけ。心は────エーベルト様とともにあります」
強く、レザニード兄様を見つめ返す。
「だからこの先、どれだけ兄様に求められても無意味です」
これは。
わたしが兄様への未練を絶ち切るための、宣言だ。
兄様がおかしくなったのは、きっとわたしのせい。わたしが兄様を「欲しい」と思ってしまったから、優しい兄様が応えてくれた。
明確に拒絶すれば、兄様は正気に戻るはずだ。
わたしが欲しいだなんて言わなくなるはずだ。
リリーさんとの婚約は解消されてしまったけれど、新しい女性が兄様のお嫁さんになるだろう。オルソーニ伯爵を継ぐ兄様には、頭が良くて気立てのいい、それなりの家柄もあるお嫁さんが必要だ。
わたしは……わたしでは足かせにしかならない。
わたしという存在が、兄様の人生を狂わせる。
兄様は、わたしにかなりの時間を割いてくれた。
たくさんの勉強や伯爵家の次期当主として経験を積む必要がある中で、わずかしかない自分の時間を削ってまで、仕事で家にいない両親の代わりにわたしの面倒を見てくれたのがレザニード兄様だった。
もう、終わりにしよう。
明日、監禁部屋を出ていくつもりだ。兄様がいないあいだに、この部屋からの脱出方法を思いついた。それを実行し、両親にすべてを話す。この歪な兄妹の肉体関係も、つまびらやかにする。
オルソーニ伯爵家にはレザニード兄様が必要だ。我が家門は伯爵の地位を戴いているものの、歴史が古いだけで生活がギリギリの貧乏な家。名産品があるわけでもなく、領地が特別肥沃というわけでもない。そんなオルソーニ家を盛り立てていくには、頭脳明晰な兄様でなければ務まらない。
だから今回の一件、すべてわたしが悪いということにして、わたしから兄様に関係を迫ったということにする。叱責されるだろうし、何発か父にぶたれるだろう。
勘当は……たぶんされない。わたしとエーベルト様の婚姻関係はまだ続いているし、純潔を捧げたのはエーベルト様だ。父は兄妹間の肉欲なんて隠し通せと言ってくるだろうし、わたしもそのつもりでエーベルト様のところへ行く。
「兄様────」
「うるさい……ッ」
レザニード兄様の声が、怒りに満ちて震えている。
兄様は────今にも泣きだしてしまいそうな、悲痛な表情を浮かべていた。
……こんな顔を、するなんて。
……わたしは、知らない。
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