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監禁編

04 優しい手

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 わたしが12歳で、レザニード兄様が18歳のときのこと。
 わたしとレザニード兄様と、リリーさんの三人でピクニックに行った。

 ピクニックに出かける前日、わたしは興奮し過ぎてあんまり寝られなかった。兄様と一緒に出掛けるのも嬉しかったし、リリーさんと一緒に外でご飯を食べられるのも本当に楽しみだった。

 リリーさん。

 大好きなレザニード兄様の、婚約者。

 兄様よりも歳が一個下で、蜂蜜色の長い髪を持っている。胸は大きく、腰はきゅっとくびれていて、お尻も大きい。わたしなんかじゃ比べ物にならないくらい大人っぽくて、綺麗なひと。リリーさんはレザニード兄様のことが大好きで、ずっと兄様の姿を熱っぽい視線で見つめている。兄様がにこりと笑えば、リリーさんは顔を真っ赤にして手で覆う。たっぷり時間をかけて、顔から手を外したリリーさんは、可愛らしく兄様に微笑みかけるのだ。

 リリーさんは、とても面倒見のいい人だった。
 兄様とリリーさんが喋っている時にわたしが話しかけても、リリーさんは嫌な顔一つせずに話に付き合ってくれる。リリーさんは裁縫するのがとても上手で、ハンカチにお花の刺繍をして渡してくれた。嬉しくて、貰ってすぐはずっとハンカチを握りしめていた。どこへ行くにも持って行って、ピクニックに出かけたその日も、服のポケットに忍ばせていた。

「今日のごはんはなんだい?」

 ちょうど一人が座れそうな岩に腰をかけて、レザニード兄様がリリーさんに問いかけた。
 リリーさんは持ってきていた敷布を広げたあと、持っていたバスケットの中身を兄様に見せる。じゃじゃーん、と効果音つき。薄くスライスされたハムとトマト、レタスが挟まれた美味しそうなサンドウィッチに、良い匂いのするアップルパイまである。
 
 手作りなの、とリリーさんが笑うと、兄様は「すごいね」と目を丸くした。さっそくリリーさんからサンドウィッチを受け取り、大きな口でかぶりつく兄様。「アップルパイもくれる?」とリリーさんに手を伸ばし、アップルパイを受け取ると、兄様は二口くらいで食べてしまう。口端についた生地を指でとり、舌でぺろり。

「美味しかったよ」
「本当!? レザニード様に褒められるなんて、嬉しい!」

 笑顔が咲き誇るリリーさんを見て、少しだけ、わたしは、いいなと思ってしまう。でもわがままな妹は卒業したのだからとわたしは首を振って、同じようにリリーさんからサンドウィッチを受け取り、食べた。サンドウィッチも美味しかったけれど、アップルパイの味は格別だった。

 ほっぺが落ちそう。
 まだ食べたいとわたしがごねると、リリーさんは今度作ってくれると約束してくれた。

 食事を済ませたあとのこと。
 丘の斜面一面に青色のネモフィラが咲く場所があるとのことで、三人で見に行った。

 本当に綺麗だった。
 わたしはしばらくはしゃいでいたけど、その途中、リリーさんが兄様の腕にそっと寄りかかっていることに気付いた。……気にしない、気にしない。兄様がどんな表情をしているかは見えなかったけれど、リリーさんは綺麗だし、とても優しい女性だから、……ね。

 二人を置いて、わたしはどんどん前へ進む。
「ルディ!」と兄様に叫ばれた気がしたけど、わたしは気にしなかった。

 だから、一歩踏み出した先に地面がなくて、崖だったことにも気付かなかった。
 あっと叫ぶ暇もなく、落ちていくわたしの体。
 気付いたら、体は木の枝にひっかかっていた。どうやらかなり滑り落ちたみたい。足が痛くて動かせない。

 真上を見ると、焦った表情で兄様が手を振っていた。大丈夫か!?と叫ぶ兄様に、とりあえず手を振って大丈夫だと伝える。兄様は直接崖を降りようとしたのだけれど、危ないという理由でリリーさんに止められた。

「もう少しの辛抱だ! 俺がそっちに行くから待っててくれ!!」

 兄様はその場から離れた。どうやら、降りられそうな場所を探しているみたい。残ったのはリリーさんだ。わたしは、リリーさんにも「大丈夫だよ」と伝えようとして…………。

「え……?」

 目を、疑った。
 リリーさんが、わたしを見下ろして。

「いっそのこと死ねばよかったのに。そうすればレザニード様は……」

 とても冷たい顔を、していたから。
 わたしは、見間違いだと思った。だって、あんなに優しかったリリーさんが、あんな怖い顔をするはずがないって。だからわたしは、この時の記憶を消した。思い出さないようにしたと言ってもいい。

 ポケットに入っているリリーさんから貰ったハンカチを握りしめて、リリーさんの顔を見ないようにして、兄様が助けに来てくれるのを待った。

「大丈夫だよ」

 迂回して、太い木の枝に飛び移って来たレザニード兄様が、安心させるようにわたしの後頭部を撫でる。優しい声を聞いて、涙が出そうになる。ダメだなぁ、もう12歳なのに。兄様が12歳のときはもっと大人びていたのに。

「痛い?」
「うん」
「捻挫してるね。俺が抱えていくよ。おいで」
「うん」

 兄様に抱きかかえられて、兄様が崖を器用に降りていく。
 そのまま、その日のピクニックは終わった。
 
 リリーさんはわたしを心配してくれた。ベッドに横たわるわたしに「またピクニックに行こうね」と言ってくれた。ピクニックを台無しにしてしまった申し訳なさで、リリーさんと目を合わせることが出来ない。

「彼女を送っていくよ」

 兄様がリリーさんと一緒に部屋から出ていく。
 わたしは布団に潜った。


 しばらく時間が経った。


「寝たかい?」

 兄様の声がした。
 すぐに布団から出たかったけれど、我慢する。
 兄様が動いた気配がした。出て行っちゃったかな。少しだけ布団から顔を覗かせると、イスに座り、頬杖をついてこちらを見つめる兄様と目が合った。紫の瞳が細められる。

 兄様はずるい。顔がかっこいいから、ちょっとした仕草でわたしはドキっとする。わたしが兄様をドキリとさせられるくらい綺麗な女性になれたらいいんだけど。

「いいよ。寝てても」

 ふるふると首を振った。

「兄様、は……」
「なんだい?」
「リリーさんのこと、好き、ですか……?」

 レザニード兄様は一瞬だけ考え込む仕草を見せて。
 わたしの目を見て「そうだよ」と頷いた。

 ……そっか。
 ……うん、そうだよね。
 …………婚約者だから……ね。

 兄様がわたしのおでこに手を乗せた。大きな、手。いつもわたしを守ってくれる優しい手。

「熱が出てきたな……」

 レザニード兄様の、少し骨ばってゴツゴツしている手は、わたしを安心させてくれる。

「待ってて。何か持ってくるよ」




 わたしは、兄様の大きな手が大好きだった。

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