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第六話:手紙 - ①

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 イヴァンは無事に母に手紙を書いて、一度実家の屋敷に戻ったらしい。

 幼い頃に、ルーカスが好奇心でイヴァンの魔法に手を伸ばし、慌てて魔法で治癒しようとしたイヴァンの手を、義理の母が振り払った。
 彼女自身は魔法が使えず、当時から魔法の力が強かったイヴァンをどこかで恐れていて、これ以上ルーカスに危害があったらと思うと反射的に振り払ってしまったらしい。

 イヴァン本人にルーカスを傷つける意図がなかったことも、そんな性格ではないことも、彼女は分かっていた。イヴァンを信じられなかったことをずっと後悔しているのだと、顔を合わせてからずっと泣いていたという話を聞いた。

 ルーカスはお互い謝罪を繰り返す二人にうんざりしたらしく、「次に謝ったほうの口にチェリーパイを一切れ丸ごと突っ込むからね」と話を無理矢理切って終わらせたらしい。

 そんな話を聞いて、クララは自分も父に手紙を書くことに決めた。
 国立魔法学院での勉強をさせてもらったお礼と、そこでの時間は本当に楽しかったこと。そしてイヴァンと結婚して、今も彼の隣で魔法の勉強を続けていること。
 幸せに過ごしているのだと伝えた。

 父の考える幸せと、クララが考える幸せは少しだけ違うかもしれない。違うことを伝えたいという自己満足もあり、でも父が幸せを願ってくれていることを理解していることも伝えたくて、文章はめちゃくちゃだが言いたいことは言えた気がする。
 書き終えて封をしたら、心が随分晴れやかになった。

 満足して息を吐き、そろそろ眠ろうかと思って椅子から立ち上がったところで、ノックの音が聞こえた。
 扉に近づいて出迎えると、白いナイトシャツ姿のイヴァンが立っていた。彼のこの姿を見るのは久しぶりである。

 以前のイヴァンは、クララがネグリジェで夜に部屋を訪れても講義をするだけだったから、あまり意識していなかった。
 しかし彼と口付けすることが当たり前になって、熱っぽい視線を向けられるようになってからは、夜中に自分から部屋に行くことができなくなってしまった。

 父の希望に沿った生活をするために彼を誘うのではなくて、自分の意思がそこにあるのかと意識するようになったら、過去の行動がとんでもなく恥ずかしいことだと感じたせいだ。
 イヴァンもそれに気づいただろうが、彼はなにも言わない。
 時間が経つとますます話題にしづらくて、お互い様子を見ながら過ごしていたところだ。

「イヴァン、様……」

 彼は気まずそうに一度目を逸らした。

「中に入っても?」
「え、ええ。もちろんです」

 クララはイヴァンを中に招き入れた。扉が閉まると、部屋が静かすぎる気がする。

「手紙を書いていたのか?」
「はい。あ、でも、もう書き終わりました。ちょうど封をしたところです」
「そうか」
「はい」

 お互いその先の言葉がなくて、また沈黙になった。クララが先に耐えられなくなり、口を開いた。

「父に書きました。イヴァン様がお義母様とお話したことを聞いて、わたしも父と話をしてみようと思って」
「そうなのか」
「ええ。作り笑いをしていると言われて、思うところがあったんです。うちの両親は厳しくはないですけれど、わたしが求めていることと、二人が考える幸せが少しだけ違うところがあって、少し無理して合わせようとしていたなって」

 イヴァンは話の続きを促すように頷いた。

「それでも幸せですし、いままでのことには感謝もしています。改めて言葉にしてみたかったんです」
「それで晴れやかな顔をしているのか」
「……ええ。そんなに顔に出ているかしら」

 イヴァンは表情を和らげた。近寄りがたく感じていた夫だが、それは彼が緊張しているだけで、普段の表情は思ったより柔らかい。
 
「義父上が声をかけてくれなければ、私が君と結婚することもなかったはずだ。私は感謝している」
「わたしもしてます」

 不本意な結婚などではないと伝えたはずなのに、まだ自分の言葉を信じてもらえていないのかと思うと少し不満だ。
 クララがイヴァンのことを見上げると、イヴァンと目が合う。そのまま彼の手が、クララの手を包んだ。乾いた指先が、甘えるように手の甲を撫でる。

 なにか言ってくれればいいのに、イヴァンは黙っていた。

 指をつまんだり、軽く力を入れて抜いたり。遊んでいた指先が一度離れて、手が絡み、強く握られて腕を引かれる。

 清潔な香りのナイトシャツの向こうに、彼の体温と心音が伝わってくる。クララはイヴァンの背に手を伸ばした。

 少し身体が離れると、海のような青い瞳が熱っぽく揺れているのが分かって、クララの心臓がうるさくなった。同じくらいイヴァンの心音も速い。顔が熱くなってきて、思わず目を逸らそうとすると顔を押さえられる。
 額が合わさって、体温が伝わってくる。指先が耳を撫でるくすぐったさに、クララは背中が震えるのを感じた。

 顔が近づく動きに合わせて、クララはゆっくり瞳を閉じる。まだ忘れていない唇の感触はそのままで、ただ少し吐息が熱い気がする。

「言葉がなさすぎますよ。ローレンス様が甘やかすからだわ」

 クララの呟きに対して、イヴァンは反論しなかった。

「何を言えばいい」
「思っていることを教えてください」
「……君と毎晩話すのを楽しみにしていた。会えないと寂しい」

 予想外の言葉に、クララはなんだかずるいという感想を抱く。

「話すだけでいいんですか?」

 イヴァンは首を横に振った。親指がクララの唇に触れる。

「君に触れたい。この先を許してほしい」

 まっすぐな言葉と視線がくすぐったくて、クララの頬が少し熱くなる。どうぞ、と呟く音が口から漏れるか漏れないかのところで、もう一度強く抱きしめられた。
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