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◆番外編: エリーナとテオドールが花畑デートする話
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暦上は春になったけれど、ニーフェ公領ではまだ冷たい風が吹いている。
私はテオドールに連れられて、ニーフェ公領の領都スサから移動していた。行き先は知らない。
連れて行きたい場所がある、と言われたときに、馬車ではなく自分で馬に乗らないといけない場所だったらどうしようかと思ったけれど、支度を終えて正門のところに向かうと馬車が止まっていて安心した。
馬車の前ではテオドールが御者と立ち話をしていた。
(あれ?王都の隊服……じゃないけど、白っぽい服着てるの珍しい)
私はテオドールが王都の騎士団で役職に就いていた時の真っ白な隊服が大好きだけれど、あれは貸与物のためここに来る前に返却済みだ。
彼自身は白はすぐ汚れて面倒だし、周りの人から白い服が似合わないと笑われたと言っていて、ニーフェ公領に来てから白い服を着ているところを見たことは一度もない。
その上仕事でもないのにちゃんと髪を後ろに流している。
私も今日はセアラに白地に白と金の刺繍、それからパールが縫い付けられた軽やかなドレスを着せてもらったので、並ぶとお揃いになりそうだ。
(待って、気軽な気持ちでいいって言われたけど、これ絶対誰かに会いに行く感じじゃない?それならもう少し格が高い服にしたほうがいいんじゃ)
テオドールと二人きりだと思ってあまり身構えてなかった。
私に気付いたテオドールが微笑んだ。
「どうした、なんで不安そうなんだ?」
「あの……もしかして誰かに会いに行くの?」
「いや、誰にも会わないけど」
「そうなの?どこに行くの」
「綺麗なところ」
「綺麗な、ところ……?」
「心配しなくてもあんたが嫌な思いをする場所じゃない。ほら、行くぞ」
そんなことは心配していない。テオドールが私の手を取った。
「ま、待って、なんで白い服着てるの?」
「え?質問が多いな。あんたが喜びそうだから」
「……!」
「ただのデートだよ。なんだと思ってたんだ」
馬車に乗り込むとテオドールは私と向かいになるように座った。"デート"なんて今までテオドールの口から聞いたことのない単語で知らない言葉みたいだ。
「デート……」
「こっち来てからほとんど二人でゆっくりできなかったから。王都にいた時も別にゆっくりはしてないか。たまにはいいだろ。そんなに遠くには行かない。頑張れば歩ける範囲だよ」
テオドールは私の顔をじっとみて、それから立ち上がって場所を移動した。そして私の手を握った。
「やっぱり隣に座る」
ぎゅっと手を握られて、やっと今日のこの時間が二人きりの時間であると実感することができた。緊張が解けて、私がほっと肩の力を抜いたのをみて、テオドールが優しく笑った。
*
到着したのは、白い花が咲く小高い丘だった。
「わ……!」
どこか彼の故郷の近くにあった、テシアンデラが咲く場所を思わせるようなところだ。花の種類自体は異なり、形はネモフィラに似ている。香りはあまりない。
「風が強いな。寒くないか?」
「うん。すごく綺麗だね」
空は少しだけ雲が出ている柔らかい青で、遠くの方に灰色の重たい雲がかかっている。その隙間から光が放射状に漏れる様子が神秘的だ。
(あれはなんて言うんだっけ。天使のなんとかって)
白い花畑と、青い空のコントラストは美しい。その奥に見える神秘的な風景も相まって、心を動かす風景になっている。
(テオは花に興味がないのに、探してくれたのかな。嬉しい)
テオドールにお礼を言おうと思って振り向いた。テオドールが手招きするので近くまで行く。
「目を瞑ってくれ」
「……?」
言われるがままに目を瞑ると、しばらくして胸元にひやりとした感触がした。
「ひゃっ」
「目を開けてもいいよ」
ゆっくり目を開けると、テオドールのグレーグリーンの瞳と目が合った。
ひんやりしたところに目を向けると、長めのチェーンの先に、彼の瞳と似たようなグリーンの石がついているのが見えた。ほのかに魔力を感じる。
「魔鉱石のネックレス?」
「ただの石じゃなくて魔力を固めて人工的に作った石だ。普通の魔鉱石はつける人間の魔力がゼロだと使えないけど、これは違う。つける側の負担が全くない」
テオドールは、仕事で使う道具のように機能を説明した。機能面に偏りすぎてアクセサリーをもらったことを忘れそうになる説明で、感動しそびれた。
「そうなんだ。すごいね。ありがとう」
「欠点は俺でもその大きさにするのに半年かかるのと、補充のメンテが必要な上色が選べなくて趣味に合わせられないところだな。欠点だらけだけど効果は高い。定番の毒消しとか、いろいろ付与してあるよ」
そこまで手間をかけて用意してくれた気持ちが嬉しい。そっと石に手を添えると、馴染みのある魔力を感じるような気がして安心した。
「この色がいい。テオの目に似てて好き」
テオドールはふっと笑った。
「実はそう言ってくれるかなって思ってた」
テオドールは花畑に目線を向けた。
「綺麗なところだね」
「ああ。この辺で白い花が咲いてる場所がないかリアム様に聞いて教えてもらったんだ」
リアムはヴィルヘルム公爵家の次男で、土地勘もあるし植物に詳しい。
テオドールは私のために色々なことを準備してくれたみたいだ。すごく嬉しいけれど、私はただついてきただけだから少し申し訳なく思った。
テオドールがいきなり私の鼻をつまんだ。
「えっ、何?!」
「またなんか余計なこと考えてるな」
「余計なことというか……テオは色々してくれるのに私は着いてきただけだから……」
「そんなことない。俺はもうもらったから、そのお礼に連れてきただけだ」
「……?」
何も思い当たることがない。テオドールは私を見て優しい顔をしている。いつも優しいけど、今日はずっと私のことを慈しむような視線を投げてくるので少しくすぐったい。
「俺にとって白い花が咲いてる場所って近寄りたいところじゃなかったんだ。終わったことだし気にしてないと思ってたけど、どうしても村のことを思い出す」
テオドールは故郷の幼馴染を危険から守るために魔力が暴走してしまったことがあり、帝国軍に危害を加えた。たまたま遠征中のアーノルドが近くにいたことで、上手く事後処理が行われて騎士団に加わり、平民でありながら騎士団の役職者まで昇り詰めた。
あの場所で大勢の人の命を奪ったことは、テオドールの心に傷を残している。
私は何も言葉にできず、黙ってテオドールの手を握った。
「今は嫌な思い出ばかりじゃないよ。あんたが俺を許して受け入れてくれた言葉が心に残ってるし……近付けなくて躊躇ってた俺にキスするように促したな」
「……!」
改めて言われると自分の行いが不適切だった気がして気まずくなった。
「俺が臆病になってる時に、そばにいてくれてありがとう。あんたが落ち込んでる時はもちろん俺が隣にいるつもりだ。楽しいことはこれからも一番に教えてほしいし、どんな時でも一緒に助け合って生きていきたい。愛してる。これからもその気持ちが変わらないことをその石に誓う。挙式の時は口先だけだったけど、今度は心から誓うよ」
あまりにも真っ直ぐな愛の言葉に驚いてしまって、言葉を失った。
テオドールは想いを伝えることを勿体ぶることはなく、言葉でも行動でもいつも私のことを敬って、大切にしてくれていると感じる。言葉も含めて何もかも、私はもらってばかりだ。
「わ、私……何も用意してないよ」
「いいよ。もらった言葉が残ってるから十分なんだ。それくらい価値がある」
「テオ」
それではあまりにも不公平だ。
「こら、不満そうな顔をするな。今日は喜ばせようと思って連れてきたのに」
「嬉しいけど……。嬉しいよ」
私はテオドールの手を強く握った。
真っ直ぐに目を見つめる。もらった言葉と同じように心を込めて気持ちを伝えたいと思った。
「ありがとう。私も同じ言葉を返したいな。本当に大好き。助け合うってほど私はテオのことを助けられてるかな……もらったものがたくさんあるから、一生かけて返したい。元気な時もそうじゃないときも、楽しい時も辛い時もそばにいて、一緒に生きていこうね」
テオドールは嬉しそうに笑って頷いた。
「ああ、そうだな。三人で」
「えっ?!」
最後の単語に驚いて声が裏返ってしまった。
「あれ、違うか?」
「な、なんで……」
「なんとなく?ずっと体調悪いし、食欲ないだろ。その割にマリアも使用人も心配してなくて見守るような感じだし……。マリアに聞いたら、あんたが言ってないなら自分からは絶対言わないって言われたよ。心配はいらないとは言ってたな」
まだマリアと一部のメイドにしか伝えていないけれど、恐らく私の中にもう一人の命が宿っている。
もう少し待って確証を得てからテオドールに伝えようと思っていたし、外から見て分かるものでもないと思っていたからすごく驚いてしまった。男の人はこういうことに鈍いはずなのに、テオドールの勘の鋭さを舐めていた。
「ヒントは色々あったけど、何より俺がそうならいいなと思うから」
「喜んでくれるの?」
「当たり前だろ」
私は妊娠するのが怖くなくなっていたし、マリアや使用人の皆もすごく喜んでくれた。まだ産まれてくるかも分からないこの子が色んな人に歓迎されていることを心から嬉しいと思っていたけれど、テオドールが望んでくれるのはそれと比べ物にならないくらい嬉しくて、胸が痛くなる。
「俺にはあんたの大変さは分からないけど、心配事はすぐ言ってくれ。不安があったら分けてほしいし、力になりたい」
王都にいた時に、セアラから、不安なことがあったらテオドールのことを思い出してほしいと言われたことを思い出した。
テオドールは思い出すまでもなく隣にいて、私を助けようとしてくれることに泣きそうになる。
「もう十分。なにも心配してないよ」
「そうか、ならよかった。……泣きそうに見えるけど」
「これは嬉し涙なの。妊娠中はすぐ涙が出るんだって」
「へぇ、お腹の中で子どもが泣いてんのかな。子どもってすぐ泣くよな。すごい体力だよ」
子どもが泣くことをうるさいとかかわいそうと思うのではなく、体力を評価することに笑ってしまった。
小さな命はまだ人の形もしていないはずで、涙は出さないからこれは私の涙だ。嬉し泣きと笑い泣きが混ざる。
「ふふ……そうだね。早く会いたいね」
「ああ」
テオドールは優しく笑って頷いてくれた。
私はテオドールに連れられて、ニーフェ公領の領都スサから移動していた。行き先は知らない。
連れて行きたい場所がある、と言われたときに、馬車ではなく自分で馬に乗らないといけない場所だったらどうしようかと思ったけれど、支度を終えて正門のところに向かうと馬車が止まっていて安心した。
馬車の前ではテオドールが御者と立ち話をしていた。
(あれ?王都の隊服……じゃないけど、白っぽい服着てるの珍しい)
私はテオドールが王都の騎士団で役職に就いていた時の真っ白な隊服が大好きだけれど、あれは貸与物のためここに来る前に返却済みだ。
彼自身は白はすぐ汚れて面倒だし、周りの人から白い服が似合わないと笑われたと言っていて、ニーフェ公領に来てから白い服を着ているところを見たことは一度もない。
その上仕事でもないのにちゃんと髪を後ろに流している。
私も今日はセアラに白地に白と金の刺繍、それからパールが縫い付けられた軽やかなドレスを着せてもらったので、並ぶとお揃いになりそうだ。
(待って、気軽な気持ちでいいって言われたけど、これ絶対誰かに会いに行く感じじゃない?それならもう少し格が高い服にしたほうがいいんじゃ)
テオドールと二人きりだと思ってあまり身構えてなかった。
私に気付いたテオドールが微笑んだ。
「どうした、なんで不安そうなんだ?」
「あの……もしかして誰かに会いに行くの?」
「いや、誰にも会わないけど」
「そうなの?どこに行くの」
「綺麗なところ」
「綺麗な、ところ……?」
「心配しなくてもあんたが嫌な思いをする場所じゃない。ほら、行くぞ」
そんなことは心配していない。テオドールが私の手を取った。
「ま、待って、なんで白い服着てるの?」
「え?質問が多いな。あんたが喜びそうだから」
「……!」
「ただのデートだよ。なんだと思ってたんだ」
馬車に乗り込むとテオドールは私と向かいになるように座った。"デート"なんて今までテオドールの口から聞いたことのない単語で知らない言葉みたいだ。
「デート……」
「こっち来てからほとんど二人でゆっくりできなかったから。王都にいた時も別にゆっくりはしてないか。たまにはいいだろ。そんなに遠くには行かない。頑張れば歩ける範囲だよ」
テオドールは私の顔をじっとみて、それから立ち上がって場所を移動した。そして私の手を握った。
「やっぱり隣に座る」
ぎゅっと手を握られて、やっと今日のこの時間が二人きりの時間であると実感することができた。緊張が解けて、私がほっと肩の力を抜いたのをみて、テオドールが優しく笑った。
*
到着したのは、白い花が咲く小高い丘だった。
「わ……!」
どこか彼の故郷の近くにあった、テシアンデラが咲く場所を思わせるようなところだ。花の種類自体は異なり、形はネモフィラに似ている。香りはあまりない。
「風が強いな。寒くないか?」
「うん。すごく綺麗だね」
空は少しだけ雲が出ている柔らかい青で、遠くの方に灰色の重たい雲がかかっている。その隙間から光が放射状に漏れる様子が神秘的だ。
(あれはなんて言うんだっけ。天使のなんとかって)
白い花畑と、青い空のコントラストは美しい。その奥に見える神秘的な風景も相まって、心を動かす風景になっている。
(テオは花に興味がないのに、探してくれたのかな。嬉しい)
テオドールにお礼を言おうと思って振り向いた。テオドールが手招きするので近くまで行く。
「目を瞑ってくれ」
「……?」
言われるがままに目を瞑ると、しばらくして胸元にひやりとした感触がした。
「ひゃっ」
「目を開けてもいいよ」
ゆっくり目を開けると、テオドールのグレーグリーンの瞳と目が合った。
ひんやりしたところに目を向けると、長めのチェーンの先に、彼の瞳と似たようなグリーンの石がついているのが見えた。ほのかに魔力を感じる。
「魔鉱石のネックレス?」
「ただの石じゃなくて魔力を固めて人工的に作った石だ。普通の魔鉱石はつける人間の魔力がゼロだと使えないけど、これは違う。つける側の負担が全くない」
テオドールは、仕事で使う道具のように機能を説明した。機能面に偏りすぎてアクセサリーをもらったことを忘れそうになる説明で、感動しそびれた。
「そうなんだ。すごいね。ありがとう」
「欠点は俺でもその大きさにするのに半年かかるのと、補充のメンテが必要な上色が選べなくて趣味に合わせられないところだな。欠点だらけだけど効果は高い。定番の毒消しとか、いろいろ付与してあるよ」
そこまで手間をかけて用意してくれた気持ちが嬉しい。そっと石に手を添えると、馴染みのある魔力を感じるような気がして安心した。
「この色がいい。テオの目に似てて好き」
テオドールはふっと笑った。
「実はそう言ってくれるかなって思ってた」
テオドールは花畑に目線を向けた。
「綺麗なところだね」
「ああ。この辺で白い花が咲いてる場所がないかリアム様に聞いて教えてもらったんだ」
リアムはヴィルヘルム公爵家の次男で、土地勘もあるし植物に詳しい。
テオドールは私のために色々なことを準備してくれたみたいだ。すごく嬉しいけれど、私はただついてきただけだから少し申し訳なく思った。
テオドールがいきなり私の鼻をつまんだ。
「えっ、何?!」
「またなんか余計なこと考えてるな」
「余計なことというか……テオは色々してくれるのに私は着いてきただけだから……」
「そんなことない。俺はもうもらったから、そのお礼に連れてきただけだ」
「……?」
何も思い当たることがない。テオドールは私を見て優しい顔をしている。いつも優しいけど、今日はずっと私のことを慈しむような視線を投げてくるので少しくすぐったい。
「俺にとって白い花が咲いてる場所って近寄りたいところじゃなかったんだ。終わったことだし気にしてないと思ってたけど、どうしても村のことを思い出す」
テオドールは故郷の幼馴染を危険から守るために魔力が暴走してしまったことがあり、帝国軍に危害を加えた。たまたま遠征中のアーノルドが近くにいたことで、上手く事後処理が行われて騎士団に加わり、平民でありながら騎士団の役職者まで昇り詰めた。
あの場所で大勢の人の命を奪ったことは、テオドールの心に傷を残している。
私は何も言葉にできず、黙ってテオドールの手を握った。
「今は嫌な思い出ばかりじゃないよ。あんたが俺を許して受け入れてくれた言葉が心に残ってるし……近付けなくて躊躇ってた俺にキスするように促したな」
「……!」
改めて言われると自分の行いが不適切だった気がして気まずくなった。
「俺が臆病になってる時に、そばにいてくれてありがとう。あんたが落ち込んでる時はもちろん俺が隣にいるつもりだ。楽しいことはこれからも一番に教えてほしいし、どんな時でも一緒に助け合って生きていきたい。愛してる。これからもその気持ちが変わらないことをその石に誓う。挙式の時は口先だけだったけど、今度は心から誓うよ」
あまりにも真っ直ぐな愛の言葉に驚いてしまって、言葉を失った。
テオドールは想いを伝えることを勿体ぶることはなく、言葉でも行動でもいつも私のことを敬って、大切にしてくれていると感じる。言葉も含めて何もかも、私はもらってばかりだ。
「わ、私……何も用意してないよ」
「いいよ。もらった言葉が残ってるから十分なんだ。それくらい価値がある」
「テオ」
それではあまりにも不公平だ。
「こら、不満そうな顔をするな。今日は喜ばせようと思って連れてきたのに」
「嬉しいけど……。嬉しいよ」
私はテオドールの手を強く握った。
真っ直ぐに目を見つめる。もらった言葉と同じように心を込めて気持ちを伝えたいと思った。
「ありがとう。私も同じ言葉を返したいな。本当に大好き。助け合うってほど私はテオのことを助けられてるかな……もらったものがたくさんあるから、一生かけて返したい。元気な時もそうじゃないときも、楽しい時も辛い時もそばにいて、一緒に生きていこうね」
テオドールは嬉しそうに笑って頷いた。
「ああ、そうだな。三人で」
「えっ?!」
最後の単語に驚いて声が裏返ってしまった。
「あれ、違うか?」
「な、なんで……」
「なんとなく?ずっと体調悪いし、食欲ないだろ。その割にマリアも使用人も心配してなくて見守るような感じだし……。マリアに聞いたら、あんたが言ってないなら自分からは絶対言わないって言われたよ。心配はいらないとは言ってたな」
まだマリアと一部のメイドにしか伝えていないけれど、恐らく私の中にもう一人の命が宿っている。
もう少し待って確証を得てからテオドールに伝えようと思っていたし、外から見て分かるものでもないと思っていたからすごく驚いてしまった。男の人はこういうことに鈍いはずなのに、テオドールの勘の鋭さを舐めていた。
「ヒントは色々あったけど、何より俺がそうならいいなと思うから」
「喜んでくれるの?」
「当たり前だろ」
私は妊娠するのが怖くなくなっていたし、マリアや使用人の皆もすごく喜んでくれた。まだ産まれてくるかも分からないこの子が色んな人に歓迎されていることを心から嬉しいと思っていたけれど、テオドールが望んでくれるのはそれと比べ物にならないくらい嬉しくて、胸が痛くなる。
「俺にはあんたの大変さは分からないけど、心配事はすぐ言ってくれ。不安があったら分けてほしいし、力になりたい」
王都にいた時に、セアラから、不安なことがあったらテオドールのことを思い出してほしいと言われたことを思い出した。
テオドールは思い出すまでもなく隣にいて、私を助けようとしてくれることに泣きそうになる。
「もう十分。なにも心配してないよ」
「そうか、ならよかった。……泣きそうに見えるけど」
「これは嬉し涙なの。妊娠中はすぐ涙が出るんだって」
「へぇ、お腹の中で子どもが泣いてんのかな。子どもってすぐ泣くよな。すごい体力だよ」
子どもが泣くことをうるさいとかかわいそうと思うのではなく、体力を評価することに笑ってしまった。
小さな命はまだ人の形もしていないはずで、涙は出さないからこれは私の涙だ。嬉し泣きと笑い泣きが混ざる。
「ふふ……そうだね。早く会いたいね」
「ああ」
テオドールは優しく笑って頷いてくれた。
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