遊び人の王女に転生した処女の私が、無理やり結婚した英雄の旦那様と結ばれるまで

夏八木アオ

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39. 大丈夫

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俺が数日休暇を取って故郷に戻る件について、アーノルド騎士団長は意外なほどあっさり許可を出した。

「いいんですか?」
「許可取りに来たのに何驚いてんだ。まぁ色々起きるかもしれないが、上手くやっておくよ。こっちは任せて行ってこい」
「……」
「……もうそんな時期になるんだな」

騎士団長が呟いた。そんな時期、と言われて、いまがちょうど村を離れた時期であると思い出した。春から夏に変わるくらいの季節なのに、あの日は真夏みたいに日が照っていて、暑かった。

「テオ、せっかくだし最短で行って帰って来ないで、少し殿下とのんびりしてきたらどうだ?多分ニーフェ公領に行ったら死ぬほど忙しくなるぞ」
「ありがとうございます。日程調整してまたご報告します」
「ああ、よろしく」



帰宅してエリーナと珍しく俺が帰ってからも残っていたマリアと3人で食事をした。故郷を訪れる話が確定になったと伝えるとエリーナは喜んでいた。
マリアにも付き合ってもらうことにして、予定をおさえられるか尋ねると二つ返事で了承の返事が返ってきた。

エリーナが、ギルベルト様にもらったジャムを紅茶に入れてマリアにも飲んで欲しいと言って使用人に話しかけると、マリアが俺の方を見て囁き声で話しかけてきた。

「テオ、後で少しいいかな。聞きたいことがある」
「構わないけど、何だよ。今じゃだめなのか?」
「ちょっとね。殿下には聞かれたくない」

マリアはにこっと笑った。エリーナに聞かれたくないということは楽しい話じゃないことは確実で、そんな話をするとは思えない笑顔に余計に嫌な予感がした。

食事の後、エリーナにはマリアと話があるから先に部屋で休んでいるように伝えて、自分だけすっかり暗くなった庭に出た。簡易的な防音結界を張る。

「で、何が聞きたいんだ?」
「聞きたいというか、紹介して欲しいんだけど。教皇様と繋がりのある知り合いはいないかな?」
「教皇様……?アーノルド騎士団長」

パッと思いつく、教皇と一対一で会話ができる俺の知り合いといえばアーノルド騎士団長くらいだ。マリアはため息をついた。

「父上と教皇様は犬猿の仲だろ。待った。確かに、父上が嫌がることは教皇様が喜ぶか。一旦考えてみよう。ありがとう」
「待て待て!何する気なんだ?騎士団長をあんまり困らせるなよ」

父親なのに扱いがひどすぎる。俺のせいで騎士団長が教皇とのトラブルに巻き込まれたらその皺寄せが俺にくるのもあって、慌てて止めた。

「単に王妃様とルビー様がまた来た時に黙らせる武器が欲しいだけだよ。ここ3日くらいメイドとして忍び込んでみたんだけど、あの二人、ほとんど城から出ないし話す人間がすごく限られてて。仕方ないから教皇様経由でネタを仕入れてみようかなって」
「はぁ?王妃様や教皇様を脅す気か?危ないことするな。多分もう大丈夫だ。エリーナは自分で立ち直ってるよ」

マリアは考えることが過激すぎる。いくら認識阻害魔法や精神干渉魔法が得意で多少の誤魔化しが効くからと言って、身分を偽って城に忍び込むなんてとんでもないことだ。もっと幼い時に、男装して第二騎士団に見習いとして忍び込むというよくない成功例ができてしまったせいで、考えることが常識を逸脱している。

「違うよ。脅しは私のやり方じゃない。敵を作りたいわけじゃないから、相手が何が欲しいのか知りたいだけだ。それに多分陛下や教皇様は私が何してるか知っているよ。無害だから泳がせてるんだ。そこの引き際は見極めてるつもりだし、何も国の秘密を探ろうだとか、汚職してる教会の関係者を一掃しようだとか、大それたことは考えてない。私はあのうるさい女が2度と殿下に近づかないようにしたいだけだよ。それだけさ」

マリアはゾッとするほど綺麗な笑みを作った。

「怒ってるのか?」
「ん?テオは怒ってないのかい?」
「俺は……エリーナを傷つけられたことはもちろん腹が立ったけど、エレノア前王妃の手紙と形見を届けてくれたことには感謝してる。この前エリーナと一緒に礼拝堂に行って、エリーナは嬉しそうだったし、二人のことを恨んでない。だから俺が何かしようとは思ってない」
「……殿下は恨んでないって?」
「ちゃんと聞いたわけじゃないけど、そう思う」

マリアははぁ、と長く息を吐いた。

「殿下が許しても私は一生許せない。だって……。はぁ、ルビー様、口止めするなら私のこのおしゃべりも一緒に止めてくれないと口を滑らせて自害しそうだ。これ以上話してると死んで殿下を悲しませるかもしれないし、今日は帰るよ。テオも侮辱されてたのによく許せるな?二人とも驚くほど心が広くて本当に尊敬する」
「……俺の方は事実だからな。怒ることじゃない」

マリアは眉を顰め目を細めて俺を見ると、急に一歩距離を詰めて俺の額を指で弾いた。

「いった……っ!なんだよ?!」

痛い。それも可愛い痛みではなくて、うっすら涙が滲むほどに痛い。

「馬鹿だな。ルビー様は教皇様の娘だから、ああいう考えになるけど事実なんかじゃない。殺した数より助けた人間の方が多いことを忘れるなよ。テオが怒る気になれないってなら、私が殿下とテオの分、怒っておいてあげるよ」
「……」
「良い妹がいて幸せだな?感謝してくれ」
「……まだ手続きが終わってない」
「あれも教皇様で止まってるんだよ。鬱陶しい親子だ。殿下との貴重な時間を奪って悪かったね。おやすみ」

マリアはパチンと指を鳴らして、人が張った防音結界を勝手に解除した。俺はマリアの背中に向かって呼びかけた。

「……マリア!」
「ん?」

マリアは馬車の手前で足を止めた。

「ギルベルト様も教皇様と話してたことがある。二人は笑ってたよ」
「ああ、あの方か……もう当たってみたけど、酸っぱい果実をもらっただけで終わっちゃったよ。彼は話好きなようで口が固いし、賢すぎるからだめだ。人望もあるから敵対しないように気をつけたほうがいい」
「ギルベルト様も俺もマリアみたいに過激な思想は持ってない。何で敵対するんだよ」
「さぁ……来年の地図はどっちの騎士団が作るか、とか?あんまりいい仕事をすると、ニーフェ公領でのポジションが地図職人になってしまうよ」
「うるさい」

マリアは馬車に乗り込んで、ひらひら手を振って扉を閉めた。攻撃された額がまだ少し痛いし、いつも最後に余計なことを言って消える。いつもうるさいと思うだけだが、今日はその軽口がありがたかった。



村に向けて出発する日は、地図が出来次第ということにした。期間は最低でもかかりそうな4日に1日だけ予備日を追加して、5日間だ。

作業は前倒しで進んでいたのに結局ひと月はかかり、測量した情報を図に起こす頃にはもう俺は地図なしで王都の小道という小道や高低差まで暗記していたし、顔も見たことのない人間の家まで覚えそうになっていた。

印刷用の版も確認し、あとは手配した職人が印刷を終えるだけだ。試し刷りした地図を1枚だけもらって、納品は部下に任せることにした。一般向けに出回るにはまだ時間がかかるが、かなり正確で今後の都市計画や軍事計画に今度こそ役立ちそうだ。

夜遅くに屋敷に戻ってエリーナにその話をすると、明るい顔で喜んでくれた。

「エリーナ、やっと完成した。予定通り明日出発できそうだ」
「ほんと?!よかったね。お疲れ様。今日は帰りが遅かったけど、明日出発でいいの?」
「全然平気だよ。もう測量機とインクは見たくないし王都の石の舗装も見たくない。しばらく離れられてせいせいする」
「本当に大変そうだったもんね。あのね、これリーナとセトから預かってるよ」
「何?」

エリーナは白い封筒を2通取り出した。

「手紙?」
「うん。読んでみて。よかったらお返事を書いてくれると嬉しいな」
「ああ、ありがとう」

寝台に座って中身を確認すると、今回俺が二人に仕事を与えたことへのお礼だった。テストの時より随分文字を書くのに慣れて上達している。

「これはあんたも読んだ方がいいんじゃないか?授業が楽しかったって書いてあるよ」
「え?」

エリーナに手紙を渡すと、エリーナは2枚の便箋に目を通して嬉しそうに目を潤ませていた。エリーナが感情を抑えきれずに外に溢れさせてしまう瞬間が好きで、それが嬉しい出来事だと余計にそう思う。愛しいと思って触りたくなって、余計なことをしないように身体の前で指を組んだ。

「先生になった気分はどうだった?」
「え?えっと……難しかったよ。自分がわかってないことがよく分かった、かな」
「人に教えるのって難しいよな」
「うん。それから、二人が成長するとすごく嬉しい。幸せな時間だったよ。本当にありがとう」
「俺は何もしてないよ。考えるのも教えるのも全部自分でやってただろ」

エリーナは控えめに微笑んで、手紙をサイドテーブルに戻した。

「テオはいつもそう言うね。すごく助けてくれてるのに、全然自覚がないみたい。テオがいないとできなかったことだよ。ありがとう」
「……そっか。じゃあ、素直に受け取っておくよ」
「うん」

何をするでもない、ふらふらしているエリーナの手が無防備で、思わず手を伸ばして掴んだ。

「エリーナ」
「……っ!」

エリーナは身体全体で跳ね上がるように驚いて、自分がそれほど驚いたことに驚いているような顔をしている。

「ご、ごめんなさい。痛いわけじゃなくて、ちょっとびっくりして……」
「いきなり掴んだからだな、ごめん」

エリーナは申し訳なさそうに首を横に振った。ずっと接触しないように気を付けていたのにヘマをして、エリーナを怖がらせてしまった。
エリーナが俺を見る瞳に恐怖はないけれど、物理的に距離が縮みそうになると、そんな意図がない時でもびくりとする。
会話している時は普通だから、潜在的な意識の中で怖がられているんじゃないかと思う。

(話せるかな。別に隠してたことでもないのに、エリーナにどう思われるか怖い)

他人の口で語られた俺に怯えられるより、自分で全部説明する方が良いと思っていた。それなのにいざ明日に迫ると、不安が湧き上がってくる。
エリーナは俺の隣に座り、そっと俺の手に自分の手を重ねた。

「ごめんね。何のお話だった?」
「話ってほどじゃ……。助けになってるって言ってくれて、嬉しかった、って言おうとしただけだよ」

エリーナは目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。
村から戻っても、エリーナがせめて同じくらいの距離に座って、こうして笑ってくれていればいいけれど、どうなるか分からない。

(怖いなんて、こんなに思ったの久しぶりだな)

故郷に戻るのも15年ぶりぐらいだ。母さんが亡くなってから手紙のやりとりもなくて今の様子は全く分からない。地図からは消えてないし存在はしているだろうが、そっちの意味でも多少不安がある。

(大丈夫だ。大丈夫。今までも全部なんとかなってきたし、誰か死ぬわけじゃないんだ。大した問題じゃない)

不安を誤魔化すために楽観的に考えようとしても、気持ちはあまり晴れなかった。
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