遊び人の王女に転生した処女の私が、無理やり結婚した英雄の旦那様と結ばれるまで

夏八木アオ

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32. 王の弟

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エリーナに簡単に話を共有してもらった後、俺はまた書斎に戻って仕事を片付けた。やるべきことが終わった頃には日が暮れかけていた。エリーナとマリアはまだ王妃様と話していた応接室にいるようだ。

ユリウス王太子の件は潔白が証明できて問題ないと言っていたわりに、エリーナの表情は明るくなく、どこか呆然としていた。

まだ俺が聞いてないことでエリーナの気持ちを暗くするような話があったのではないかと気になっている。応接室をノックしようか迷っている間に扉が開いた。出て来たのはマリアだけだ。
手元には紺色のビロードケースと白い封筒、黒い缶、なにかの種が入った瓶と、大荷物だった。

「エリーナは?」
「テオ」

マリアは珍しく表情がなく、手にした手紙をじっと見つめていた。それから何事もなかったかのように笑った。開いたままの扉の奥に目を向ける。

「殿下は中にいるよ。これを預かっているんだけど、どうしようかな。私が持っているか、テオに預けるか……」
「それは?」
「大切なものだよ。残念ながら詳しくは話せない」
「王妃様の話はユリウス王太子の件だけじゃなかったのか?」
「うーん……それは言えないな」
「おい」

ふざけているのかと思って睨むと、マリアは自分の口元をつまむような仕草をして、ぴっと横に引いた。口外禁止の魔法をかけられていることを示すが、口止めされていることは伝えることができるレベルのものだ。

「それくらいなら俺が解けるか見てみるか?」
「いや、やめておくよ。普通とちょっと機序が違うみたいだ」
「……」

口外禁止の舌縛術には古今東西様々な系譜があり、対応を間違えると命を落とす。無理して解除はできない。

「分かった。かかったままで問題はないんだな?」
「うん、本当に単純な口外禁止だよ。ただ父上には言わないでほしいな。余計なことをされるととても困る。ねぇ、テオ」

マリアは少し考え込む様子を見せた。術に引っかからないように何かを伝えようとしているようだ。

「……殿下は、もしかしたらテオに触れられることを怖がるかもしれないけど、少し時間をあげてほしい。今言えるのはそれだけだよ。私はこれを持ち帰るから、殿下のことはよろしく」

(怖がる?)

「分かった。気を付けて帰れよ」

マリアは頷くと、そのまま廊下を去っていった。

少し開いたままの扉をノックして、部屋に入る。エリーナはぼんやりした顔でソファに座っていた。窓の外に目を向けて、ここではないどこかに気持ちが彷徨っているみたいだ。

一番最初に会った時、エリーナは怯えて泣いていた。しばらくはずっとそうだったけれど、ちゃんと話をするようになって信頼関係ができ、話す時にびくびくすることはなくなった。
今のエリーナが俺を怖がるというのは、あまりイメージが湧かない。

(ルビー様の言ってたことか……?)

俺が人殺しで成り上がった人間というのはまさにその通りだ。そもそも騎士団に入団できたきっかけがそうだし、その後の評価もだいたい殺した人間の数に比例する。上長に言われるままに理由も考えず人を殺したのも、大量の人間を一度に手にかけたのも全部事実だ。
一つ間違ってるとすれば、俺はそれが楽しいと思ったことは一度もない。

(俺がどう思ったかなんてどうでもいい話だよな。騎士団にいて感覚が麻痺してた)

エリーナはずっと城にいて、戦争の話を具体的に聞いたことはないはずだ。ルビー様から詳細な話を聞いて衝撃を受けて、俺のことが人間のように思えなくなったとしてもそんなに驚くことではない。

王都では騎士団は基本的には英雄的な扱いを受けるが、一部の教会の関係者からは悪魔のような扱いを受けている。ルビー様の父親である現教皇がその筆頭だ。

俺は自分の手を見た。直接血がついたことはそれほど多くないが、汚いのはよく知っている。
 
「エリーナ」

警戒心を煽らないように、視界の端に入る横から話しかけた。エリーナはまだ窓の外を見ている。

「エリーナ?」
「……っ!」

少し躊躇したが、もう一度呼びかけながらそっと腕に触れると、エリーナは跳ね上がった。

自分の手を身体にぴたりと引き寄せ、力を込めて握り、顔は蒼白で不安げな表情をしている。

「テオ……」

俺の名前を呼んでも肩の力を抜くことはなく、顔はこわばったままだった。

「ごめん、驚かせたな」

マリアにああは言われても、実際に俺の顔を見て名前を呼ぶ時にはほっと安心したように微笑んでくれると思っていた。エリーナの警戒が解けないことに心臓が苦しくなるのを感じながら、顔に出さないように慎重に笑みを作る。

「大丈夫か。ユリウス王太子のこと思い出してた?」
「ううん……」
「隣に座っていいか」
「うん」

どこまでなら不安を抱かせずに済むのか探りながら、ソファの少し離れたところに座る。膝が触れないように気をつけて少しだけ身体をエリーナに向けた。

「お仕事はいいの?」
「もう片付いてる。無駄に話しかけられなきゃすぐ終わるんだよ」

俺が仕事のことで文句を言うと、いつもならエリーナは困ったように控えめに笑う。今日は口角が上がらず、暗い表情のままだ。怯えているようにも見える。
それを見て、俺は少し苛立った。

(これまで一緒にいた時間より、ルビー様の言葉の方が重いのか……?目の前にいる俺より外の人間が語る俺の方が本物で、今からあんたのこと手にかけるとでも思ってんのか)

数日前に、エリーナが俺のことを全然知らないと言っていたことを思い出した。

(全然知らないって言ったって……俺が戦争で人を殺しまくった人間だってことだけは、最初から知ってただろ)

今まで悪魔だの魔物だの呼ばれたことも何度もあるし、敵だけじゃなくて味方の人間の引いた顔を見たこともある。一緒に笑ってる人間が本当は俺をどう思ってるかは知らない。周りにどう思われようとも、俺は自分ができることで役割を果たしてるだけだから、他人の反応なんてなんとも思わない。

他に居場所を作る術もなかったし、結果を出せば評価をしてくれる人間もいた。自分が化け物じみてるという事実があったとしても、それは誇りに思うべきことだと思うようにしてた。

ずっとそう思ってきたはずなのに、エリーナから拒絶されたことに自分が動揺しているのがわかる。他人にどう思われるか気にしてないなんて考えは虚勢だったのではないかと思えるくらいだ。

俺はエリーナの手を掴んで、そのままソファーに押し倒した。

「……!」

エリーナは菫色の瞳を見開いた。

(あんたには拒否されたくない。受け入れてくれ)

不安で鼓動が速くなる。怯えているエリーナに自分が何もできないのは知ってるし、無理矢理何かしようとしてるわけじゃない。ただいつもと同じようにそこにいてくれるだけでいい。

「テオ……どうしたの?大丈夫?」

エリーナは気遣わしげな顔をしていた。俺は慎重にエリーナのことを観察して、そこに恐れが隠れてないか確認した。

(怖がってないよな……?)

全身からほっと力が抜ける。

「大丈夫だ。ちょっと疲れてる」
「そうなの?お疲れ様。大変だったね」

何度も繰り返した会話に、王妃様の訪問で乱された日常が帰ってきたことを実感して、嬉しくなった。

「抱きしめていい?」

無言で押し倒しておいて今更なんの許可を取るのかと言う話だが、念の為聞いてみるとエリーナは躊躇いがちに頷いた。

「うん……」

ソファに額を付くように、エリーナの首元に顔を埋めて腕に力をこめる。エリーナからはほんの少しだけ、いつもと違う甘ったるい香りがした。教会の関係者がよく使う盗聴防止用のまじないの香りだ。

(……最悪だ。教皇様の顔思い出した)

癒されようと思って抱きしめたのに、会っても全然嬉しくないじいさんの顔を思い出してしまった。

(ルビー様がいるから使ってるとは思ったけど、当然のように俺が盗聴すると思われてんのはムカつくな。エリーナにはやらねぇよ)

ゆっくり顔をあげるとエリーナと目が合った。心配そうな顔をしているけれど、怯えてるわけじゃない。そのまま自然とエリーナに口付けた。

押しのけられないのを確認して、もう一度角度を変えて唇を重ねる。何度か唇を押しつけてもエリーナは応えなかった。舌で口を開くように促すと恐る恐る、という様子で口を開くけれど、照れからくる躊躇いではないことは明らかだ。

ゆっくり顔を離してもう一度エリーナの表情を確認すると、不安げで泣きそうだった。

「エリーナ?」
「!……ごめんなさい」
「なんで謝るんだ」
「……わ、私……テオ、ごめんなさい……」
「……怖い?」

エリーナは小さく頷いた。すっと自分の体温が下がるような心地がして、その反面心の中はやけに冷静だった。
エリーナは腕で顔を隠すようにして、震える声で続ける。

「ごめん、なさい。……自分でも、どうしていいか分からないの。本当にごめんなさい。村のことは、分かってるんだけど、でも、怖い……っ」
「……分かった。大丈夫だ」
「……?」
「陛下のことは、何か言われたら俺がなんとかするから心配しなくていいよ。大丈夫だ」
「……」

エリーナは信じられないという顔をしている。安心させるために笑おうとしたが、うまく表情が作れたか分からない。

「ユリウス王太子のおかげで俺には結構価値があるって分かったから、前みたいに打つ手がないわけじゃない。心配するな」
「……」
「今まで俺ができないことをできるって言ったことあるか?」

エリーナはじっと俺を見つめてから、ゆっくり首を横に振った。

「そうだよな。だから大丈夫だよ」

過去になかったというのは今後の根拠にはならないが押し切った。

エリーナの目に涙が浮かんでいる。俺がエリーナの頬に触れようとすると、エリーナはびくりと震えた。
頬に触れるのはやめて、ソファの背もたれに手をつき身体を起こす。

「怖がらせてごめんな。こういうことはもうしない。不安にならなくて大丈夫だよ」

もう一度念押しして、今度はちゃんと笑顔を作る。エリーナは呆然としていた。

「私、いつも、役に立たなくてごめんなさい……」
「役に立つから一緒にいるわけじゃないだろ。俺だってあんたの役に立ってるわけじゃないし、もう謝らなくていいよ。……食欲はあるか?」

エリーナはゆっくり首を横に振った。

「じゃあセアラに寝る支度を手伝ってもらって、今日は休め。よく知らない人と話して疲れただろ」

よく知らない人の中に自分も入ってることを思い出して、ちょっと泣きそうな気分になる。
なにもかも嫌になった時、エリーナの顔を見れば癒されていたのに、今はエリーナに頼ることもできない。

「おやすみ」

こういう時に、頬に触れたり、髪に触れたり、出来なくなると意外と自分が気軽にエリーナに触れていたことに気付いた。手持ち無沙汰になった手を、子どもが『ばいばい』と挨拶する時みたいに軽く振ると、エリーナも手を小さく振り返した。

呆然としている顔は幼く、これからどこに行けばいいのか分からない、迷子の子どものように見えた。



気分が沈もうが明るかろうが時間はいつも通りに過ぎ去る。俺はエリーナと少しギクシャクした関係になりながらもいつも通りに仕事をするしかない。

人に引き継ぐとなると、書類をまとめたり会議をしたりといった、進んでるのか進んでないのか分からない仕事ばかりになって余計に気が滅入る。

(俺が引き継ぎ受けた時なんかほぼ口頭で適当だったよな……もしかしてこんなに真面目に引き継ぎ準備する必要ないんじゃないか?)

仕事が多すぎるため引き継ぎ先は二人に分けた。今後第三騎士団は騎士団長一人に副騎士団長二人の体制に変わることになっている。元々ポストは一つ空いていて、埋める人間がいなかっただけだから組織図上は問題ない。

(二人いるから役割も明文化しといてやらないと混乱するだろうし、そうでなくてもあの人の直属の下はきついし……やっぱりちゃんと残した方がいいよな)

周りから過保護だ、と言われたこともあるけど、しなくていい苦労なんかさせない方がいいと思う。やっぱり今抱えている仕事はやることリストから排除しないことにした。

「テオ?」

考え事をしていたら、廊下ですれ違った見知らぬ人間に呼び止められ俺は足を止めた。

「……ギルベルト様?」

よく見たら見知らぬ人間などではなく、王弟のギルベルト様だ。通常要人を迎えるには少なくとも6人が付き添うはずだが、案内の兵士が一人付いているだけだ。

城下町にいる時と違って、城にいても浮かない姿に着飾っている。城下町にいる時は気さくで話しかけやすい雰囲気だが、こうして正装していると華やかで堂々とした姿が人目を惹く。過去には現国王よりも国王に相応しいと持ち上げていた人間がいたらしいことにも納得してしまった。

「どうされたんですか?珍しいですね」

ギルベルト様は城に立ち入り禁止ではないはずだが、自分から出ていった人だ。今まで城の敷地内で見かけたことはなかった。

「陛下に拝謁していたんだ。半年前に申請したんだが、中々許可が降りなくて……これでも早い方らしいけれど」
「そうなんですか?次から俺か騎士団長に声をかけてもらえれば別ルートでお呼びしますよ」
「いやいや、そんなズルはできないよ。普通この手順を踏むんだろう?私は皆と一緒でいいんだ」

弟が兄に会うのに全く赤の他人と同じ申請をする必要はないと思うのだが、ギルベルト様は半年待たされても朗らかに笑っている。

(この人いいよな。明るくて気配りができて冗談も通じるし……話してて楽だ)

俺はアーノルド騎士団長以外の下で働こうと思ったことはないけど、普通はギルベルト様みたいな上司の方が楽そうだ。

「それにしても、見違えた……とは言わないが、普段と随分雰囲気が違うね」

ギルベルト様は俺のことを頭から足元まで見て微笑んだ。

「ありがとうございます。よく似合わないって笑われますけど」
「いや、とても似合っているよ。魔法師の君は前線に立つときも白を着るんだったね。腕の立つ者にだけに許された特権だ。帝国軍を相手にする姿はきっと圧巻だったろうなぁ……一度芝居は見たことあるけれど、いつか君の口から直接活躍を聞いてみたいよ」

普段なら、是非今日にでも、と答えるところだが俺は回答に詰まってしまった。笑おうとして自分の頬が少し引き攣ったのもわかる。

「……恐縮です。ギルベルト様のお望みならいつでも。良かったら今度孤児院で子どもたちに語って聞かせましょうか?慣れてるんで、中々上手いものですよ」
「……」

ギルベルト様は琥珀色の目を見開いて、それから少し悲しそうな顔をした。

「すまない。騎士団の皆は武勇伝を喜んで語ってくれるから、君もそうだと思ってしまったよ。褒め言葉のつもりだったんだ」
「褒め言葉として受け取りましたよ」
「全然嬉しそうじゃないのに、私に気を遣わなくていいよ。……そうだ、よかったら正門まで送ってくれないかい?これでも王室の一員なのに、護衛がいなくて心細かったんだ」
「もちろんです」

ギルベルト様は確か、平時に開催されていたトーナメントで準決勝くらいまでは勝ち進んだことがあると聞いたことがある。大きな病気か怪我をして表舞台には立たなくなってしまったらしい。護衛なんかいらないだろうに、声をかけてくれたのは俺への気遣いだろう。

案内の兵士に引き継ぐことを伝えて、二人で中庭の回廊を歩いていくと、珍しい客人に対し文官や使用人が通りすがりに目線を投げていく。

「……騎士団には、戦が好きで所属している人間が多いと思っていたよ。君は違うんだね」
「少なくはないと思いますよ。実力で成り上がれるし、名誉ある仕事です。俺は戦はしなくていいならしない方がいいと思ってるけど、無抵抗で殺されるべきだとは考えてません。ギルベルト様も知っての通りずっと前線にいたし、自分が過去何人殺したか覚えてないくらいなんで」
「テオ」

ギルベルト様は俺に咎めるような視線を向けた。

「わざと自分を傷つけるような言葉を選ぶのはよくない。……戦をするのを決めたのは陛下とこの国の中枢の人間だよ。責任を取るのも彼らだ」

急に小さな子どものように扱われて、反応に戸惑ってしまった。特に役職が付いてからは自分は責任を取る立場だったから、なおさらだ。

「それは……」

責任はないと誰かに言って欲しかったような気もして、自分の甘さを少し恥じた。

「実は少し悩んでいたことがあったのですが、楽になりました。ありがとうございます。ただ、最終的な責任はどうあれ自分で選んだことだし、そこに関しては誰かのせいにするつもりはありません」
「……!そうか。君は……優しいな」

ギルベルト様は小さな声で呟いた。今の発言のどこに優しさを感じたのかよく分からない。

「悩んでいたと言うのは?何かあったのかい?」
「悩みというか、……改めて、誰にでも喜んで受け入れてもらえることはしてこなかったなと思うことがありました。拒絶されて結構堪えてたんです。……まぁ、かと言って、辞めるって選択肢はありませんよ」
「そうか。君にとっては自分を形作るものを否定されたようなものだな。心が痛いだろうね」

アーノルド騎士団長にも部下にも聞かせられた話じゃないが、無関係なギルベルト様に対してはするりと言葉が出てきた。心が痛いというのはその通りで、エリーナに直接怖いと言われて怯えた視線を向けられたことは、数日経った今でも棘のように心に刺さっている。

ギルベルト様は過去を思い出すように遠くを見つめた。

「ギルベルト様は、過去そういう経験があったんですか?」
「私?……そうだな。否定されて、自分の存在価値が揺らぐような気持ちになったことはあるよ。その時はあまりにも傷つき過ぎて、自分のこととして考えられなくなったな。他人のことを見てるみたいにずっと考えてた。私がそれに対してどこに価値を置いているのか、なぜそんなに執着してるのか……」
「それでどうなったんですか?」
「今のようになったよ」

ギルベルト様は爽やかに笑った。

「私にとっては王室の血を引いてることが自分の存在価値だったから、そこに価値がないと言われた時には、生きてても仕方ないと思ったよ。でも、私はそれだけじゃないと分かったし……ああ、決して君に今の仕事を辞めてほしいと言ってるわけじゃない。アーノルド騎士団長に殴られそうだ」

ギルベルト様は少し考え込んだ。

「ただ、人を形作るものは色々あるじゃないか。第三騎士団の副団長でいるテオが全てじゃない。君がどこから来て、普段何を考えて、何をしたいのか……もし君を否定する人間がいるなら、自分のことをとことん開示してもいいかもしれないね。そこまでしてもまだ君のことが嫌いだって言われたら、それはもう縁がないって諦めるべきだ。人は知らないものを怖がるだろう?受け入れるかどうかはその人が決めることだけど、もしかしたら相手は君のことを知らないだけかもしれない。私にもそういう経験がある」

正門が見えてきた。ギルベルト様が立ち止まる。

「……君の話を聞こうと思ったのに、話し過ぎたな。説教臭くて悪かったね。今度お詫びにうちで取れたリオオレンジを持っていくから許してくれるかな」
「お詫びなんてとんでもありません。お話しできて良かった。どうぞ気を付けて」
「テオ……もしかして遠回しに断ってる?オレンジだけは持って行っていいかい?」

本当に心配そうな顔をするから笑ってしまった。

「まさか。今日中にご招待の手紙を出しますよ」
「はは、流石仕事が早いな!アーノルドが自慢するだけあるよ。じゃあ、テオ。エリーナにもよろしく」
「はい」

ギルベルト様は人好きのする笑顔を浮かべ、馬車の中に消えた。扉が閉じる前に小さく手を振る様子も、目が合うと嬉しそうに笑うのも、最後にアーノルド騎士団長が俺のことを褒めていたと伝えるのも、小さな言葉や仕草が上手くて人たらしだ。数回会って話しただけなのに、いつの間にか好感を抱いている。

(人をちゃんと招待するなんてはじめてだ。エリーナはきっと喜ぶだろうな)

久しぶりに屈託のない笑顔を見れそうな気がする。楽しみなことができて、晴れやかな気持ちでもと来た道に戻った。
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