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29. 全然知らない
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ユリウス王太子がアジリア首長国に戻る日になった。俺は前日、エリーナから王太子宛に白い封筒を預かっていて、それを渡すためにユリウス王太子を探していた。
エリーナには、今日は予定が詰まっているし、元々会う予定ではなかったから渡せるか保証はできないと伝えてある。部下に頼む手もあるが、部下からユリウス王太子の近衛の手に渡ったら重要度が低いと思われてそれこそ本人が手紙を受け取ったことも知らないまま中身だけ検閲され捨てられる可能性がある。
できれば俺の目で本人の手に渡るところを見たいと思って、王太子を探すことにした。
エリーナからは、中身も見ずに破り捨てられるつもりで書いたから、どんな態度でも気にしないで欲しいと言われている。
ユリウス王太子は城の正門の前で出発の準備をしていた。国王陛下と現王妃と顔だけは和やかな様子で会話している。
(これは話しかけらんないな)
直接渡すことは諦め、少し離れたところにいた第一騎士団の赤茶の髪の兵士に声をかけた。
「失礼、第三特別魔法騎士団副団長のテオドール・グレイソンだ。ユリウス王太子殿下に渡してもらいたいものがあるんだが頼めるか?」
「殿下ですか?ええ。これは……」
近衛兵は俺が差し出した白い封筒を受け取り、宛名と差出人、そして手紙をシールしている蝋の紋章を見て目を見開いた。
「エリーナ様から……?」
「ああ」
「承知いたしました。ありがとうございます。少々お待ちくださいませ」
その近衛兵は、ユリウス王太子に目を向け、手を口元に当てるとそのまま叫んだ。
「殿下ぁー!エリーナ様からお手紙ですって!すぐ読みます?」
「え?!」
国王夫妻と会話中のユリウス王太子に対し、遠くから声をかけたことが信じられず、俺はその兵士の顔をまじまじと見てしまった。若い兵士で顔にそばかすがある。他に特徴的なところもなく、重要な会議で顔を見たこともない。
(大丈夫か、この男。新人か?これで罰を受けるとかやめてくれよ)
落ち着かない気持ちで国王夫妻とユリウス王太子の反応を見ていると、3人とも驚いた顔をしただけで、ユリウス王太子は国王夫妻に何か声をかけるとその場から消えた。認識阻害と何かしらの魔法を組み合わせているらしい移動手段で、いきなり人の背後に現れるやつだ。
「テオドールじゃないか。見送りにきてくれて嬉しいよ」
案の定、後ろからとん、と肩を叩かれた。
「……お話し中申し訳ございません。殿下の安全な旅路をお祈りしております」
「許そう。で、ミケ、エリーナが私に書いた手紙とは?呪われてないだろうな」
ミケと言うらしい近衛兵が首を横に振った。
「確認済みです。グレイソン副団長が直々に持ってきたのに、変なもんは混ざってないでしょ」
ミケがちら、と俺に視線を向けた。俺はこの男を知らないが、俺のことは知っているらしい。所属外の騎士団の役職者を把握しているなら新人ではないかもしれない。
ユリウス王太子はミケから手紙を受け取ると、魔法で封筒の端を切って、中に入っている薄紫の便箋を取り出した。
「白い便箋も用意できない女の手紙を読む価値があるか?」
「殿下とエリーナ様の瞳の色に合わせたんですよ。可愛いらしいじゃないですか」
ユリウス王太子がミケに文句を言うと、すかさず返事が返ってきた。
「女の趣味が悪いやつだ」
ユリウス王太子はミケのことを鼻で笑い、機嫌良さそうな顔のまま便箋を広げ、それから眉を顰めた。
俺はミケのフランクすぎる態度が気になるが、ユリウス王太子は気分を害する様子はない。第一騎士団は規律に厳しいイメージがあったから余計に驚いている。
ユリウス王太子は、エリーナの手紙を真っ二つに切り裂き、ミケに渡した。
「……!」
読む前に破られても気にしないで欲しいと言われてはいたものの、一言言いたくなってしまう。ユリウス王太子は綺麗な笑みを見せた。
「この程度のことは口で言えと伝えてくれ。不愉快だ」
「なんと書いてあったんですか?」
「なんだ。君は妻の手紙を確認しないのか?理解できない価値観だ」
個人から個人宛に書いた手紙をいちいち送る前に確認する方が理解できないが、黙っていることにした。
「……また私と話をしたいと。あれだけ罵られてまだ顔を見たいとは、君たちは夫婦ともに酔狂だな」
ユリウス王太子は鼻で笑った。言われている内容は散々だが、ユリウス王太子の笑顔の中で初めて、顔と楽しんでいる感情が一致していると感じた。
*
今日はただでさえ予定が詰まっていたところに、昨日実作業が始まったばかりの地図改定プロジェクトでトラブルが起きた。関係者が多いせいで話を聞いて回るだけで時間がかかり、帰宅した頃にはほとんど日付が回る頃になっていた。
着替えて、寝室のドアノブが音を立てないようゆっくり捻る。寝ているであろうエリーナを起こさないようにするための配慮だが、扉の隙間からは橙色のサイドランプの光が差し込んできた。
そっと扉を開くと、エリーナはテーブルでなにか書き物をしている。難しい顔をして、うーん、と悩んだかと思いきや、急にふわりと幸せそうに笑う。
あまり見たことのないその表情に心がざわつく。いったい何がエリーナの心を動かしているのか知りたい。
「エリーナ」
声をかけると、エリーナはものすごい勢いで飛び跳ねた。
「……っ!テ、テオ?!お、おかえりなさい!」
「ごめん、驚かせたか?何してたんだ」
「えっと……その……」
「また手紙?」
サイドテーブルの上には便箋と羽ペン、それからインクが置いてある。
「う、うん、ええと……マ、マリアに……」
「ふぅん」
(なんだ、マリアかよ……)
エリーナにあの表情をさせていたのがマリアだと知って安心したのが半分、気に入らないという気持ちが半分。
第三騎士団の中には、好きな女を口説こうとしてマリアと比較されたことのある男がまあまあな数いる。俺がマリアと実際に近くで過ごしたのは数年に過ぎないが、騎士団長の娘な上本人もエピソードに事欠かない性格で、何かと話題に登っていた。
同性だから本当の意味では脅威ではないはずなのに、それが友情や信頼であろうと強く心を寄せられるという意味で、他の男よりやっかいな存在だ。
「いつも一緒にいるのに今更何を書く必要があるんだ?手紙なんか思ったように伝わったか確認もできないし、まどろっこしいだろ。直接言えばいいのに」
「えっ……ええと、口で言いにくいこともあるし……」
「何か困ったことがあったのか?苦情なら伝えておくけど」
マリアは尊大なようで意外と人をよく見ていて気配りができる。エリーナが直接言いにくいような苦言があるなんてよっぽどのことをしたのだろうが、そこの判断を誤るなんてマリアらしくない。
エリーナは勢い良く首を振った。
「違う違う!いつも助けてもらってることのお礼だよ」
「お礼?」
ほぼ毎日顔を合わせてお礼を口で言いにくいという発想が理解できない。ただ、ここでその価値観は理解できない、なんて言ったらユリウス王太子と同じだ。エリーナがそうしたいならそうすればいいかと思って黙ることにした。
結局のところ俺は単純に妬いてるだけだというのを自覚して、子供じみた感情を少し恥じた。
「そうか。あまり遅くならないようにな。先に寝るよ、おやすみ」
「あ、うん。私も寝るよ。暗くするね、おやすみなさい」
サイドランプの光がなくなると、部屋を照らすのはカーテンの隙間から漏れ入ってくる淡い月明かりのみになった。寝台の軋む音と、寝具がずれる音がする。
「そういえば、ユリウス殿下に手紙を渡せたよ。その場で読んでくれた」
「えっ、ほんと?!読んでくれるとは思わなかった。渡してくれてありがとう。忙しい日にごめんね」
「いいよ。ちょうどタイミングが合ったからよかった」
ユリウス王太子のそばにいた変な近衛兵については話さなかった。エリーナだったら、今頃その男が自分のせいで怒られているのではないかと気にしそうだ。
「殿下は、こんなの直接言えって言ってたよ。また会ってくれるって意味じゃないか?」
「そうなんだ……ありがとう」
正直エリーナとユリウス王太子が顔を合わせることについて思うところはあるが、エリーナに関係修復する意欲があるならそれを応援してやりたいとは思う。
エリーナも以前のように簡単に傷つけられる存在ではないし、何か起きたらフォローしようと二人のことを心に留めておくことにした。
横になって目を瞑り、しばらくすると完全に音がなくなった。エリーナは深く眠っていると寝息も立てなくて、まるで死んでいるように見える時がある。
基本的に朝は俺の方が起きるのが早く、目を覚ますとエリーナが前日の夜と同じ場所に仰向けのまま微動だにせず眠っているのを見て驚くこともある。
今はそんなものかと思ってあまり気にしていないし、よく見ればちゃんと胸は上下しており、呼吸しているのは分かる。
ふと、俺の小指にエリーナの指が少しだけ触れた。体温が伝わって馴染んでいくのが心地良く、頬が緩む。
(珍しいな)
寝台はそれぞれ好きなように寝ても身体がぶつからない程度に広い。二人とも寝相は良い方で、意図しないタイミングでうっかり触ってしまうということは起きたことがなかった。
触れた指に沿って手の位置を探り、上からエリーナの手を握る。すると、重なった手がびくっとこわばった。予想外の反応だった。
「起きてる?」
「……ご、ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。どうした?」
俺は安心させるために手に力を込めた。なにか人肌が恋しくなるような、不安な出来事があったのかもしれない。
仰向けからエリーナの方に身体の向きを変えて声をかけた。
「明日は早くないから夜更かししても大丈夫だ。なにかあったのか?」
「ううん、違うの。何もないよ。起こしてごめんね」
「まだ寝てなかったからいいよ。じゃあ、寝物語になにか話してくれ。最近あった良いことか、何か新しい発見について」
「え……?」
面談の時によく使う最初の話題提供で、最近あった良かったことか、なにか新しい知見を得られたことがあるか聞いてみる。気軽な質問で口が滑らかになったところで本題に入るとその後に本音が出やすくなるからだ。
(今日は表情が暗くなかったし、あんまり心配はしてないけど……)
何もなければなかったでエリーナの近況が聞けるのは良いことだ。最近忙しくて、夕飯を食べながら雑談する時間が減ってしまっていた。
「ええと、じゃあ……この前マリアに、子爵様のことを聞いたんだけど」
またマリアの名前が登場した。一緒にいる時間が長いから1番話題に上るのは当たり前だが、影響を受けすぎじゃないだろうか。
「サンドラ子爵か」
「会ったことある?」
「一回しか会ってない。気難しい人って印象だな」
「そうなの?優しくてよく笑う人なのかと思ってた」
「笑うのはマリアの前だけだよ」
「そうなんだ……」
ユリウス王太子が偏屈な子爵と呼んでいたけど、実際その通りの印象だ。足が悪いのも若い時に一人で領地に出た魔物を討伐した時の怪我が原因という話だったし、身体は大きくないのに眼力と威圧感があって、話しかけにくい人だった。
「子爵がなんだって?」
「えっとね、マリアと旦那さんの馴れ初めの話を聞いたの」
マリアと子爵が出会ったのは、確かマリアのデビュタントの時だ。あの時アーノルド騎士団長は一人娘の社交界デビューで気合が入ってて、空回りするんじゃないかと心配してたら案の定だった。
自分が2回とも恋愛結婚してるから、マリアにも良い出会いをして欲しいと思っていたようだ。
家柄も顔も人柄も良くて人望と功績があって、自分よりもマリアを大切にしてくれる夫を探すとかなんとか言ってて、マリアの好みも把握してないのに勝手に身辺調査までしていた。
当日俺は身分の問題で参加できず後から聞いた話だが、騎士団長がマリアのことを勝手に紹介して回るし、マリアの意見も聞かずにどの貴族の子息がふさわしく誰がふさわしくないかと決めつけるせいでマリアの機嫌は最悪だったらしい。基本的にいつもにこにこしてるのに、愛想笑いのひとつも見せなかったと聞いた。
そして、当日マリアと1番意気投合したのは、当時確か70歳を超えていて、マリアより年上の孫がいるゲオルグ・サンドラ子爵だ。
陛下から二人の結婚について話を聞かされた後の騎士団長はしばらく腑抜けになっていて、マリアからちゃんと話も聞かずに結婚の許可を出していた。愛娘が自分を飛び越えて陛下に結婚の話をつけていた上に、相手が祖父と同じくらいの高齢者となればショックを受けるのは仕方ないとは思う。
ただ、よくよく話を聞けば、マリアの目当てが騎士として叙勲することだとすぐ分かるし、それなら実家を出なくてもシレア家の名前で欲しいものを与えることが出来たはずだ。それなのに騎士団長は二人が恋愛結婚したと思い込んでいる。マリアが選んだ相手なら認めるしかない、なんて言い訳してマリアとちゃんと会話しなかった。
マリアの母である一人目の妻が離縁状を置いて消えた時も、追いかけもせずに理解あるふりをしていた。側から見ていれば奥方様が騎士団長を想っていたのも、寂しい思いをしていたのも分かりやすかった。離縁状でさえ、俺なんかは気を引くために置いただけなんじゃないかと思っていた。その話をしたのに『子どものお前にはまだ分からない』とか言われてムカついたのを覚えている。思い込みが激しくて人の話を聞かないところがあるのは分かっていたから、俺も途中で説得を諦めてしまった。
騎士団長は、職場の姿だけなら大胆不敵で自由人に見えるけれど、家族との付き合い方を見ていると、本来の性格は臆病で傷つきやすいと思う。
仕事ではそんなことないのに、奥方様やマリアが相手になったとき、自分の予想と違うことをされると対話を拒否する。最初から全く話を聞かないか、理解あるふりをして全て相手の言うまま受け入れ、やっぱり話は聞かない。
多分話し合いで直接拒絶されるのを怖がってる。愛情はあるのに自分の言葉で伝えられない人だ。俺に酒を飲みながら惚気るのが精一杯で、家族にだけ不器用で照れ屋になってしまうのはなんとかならないのかと思う。
(奥方様に拒否されたら立ち直れないのは今はちょっと分かるけど)
「マリアは騎士として叙勲されたくて、そのために結婚してたんだって」
「へぇ」
(やっぱりな。だったら子爵より公爵家の名前の方が箔がついて便利なのに。騎士団長もマリアも意地張ってるからだよ……)
過去には戻れないからどうしようもないが、もし騎士団長が3回目の結婚をしたらもっと強めに自分の気持ちを伝えるように言おうと決めた。
「でもね、きっかけはそうだったけど、旦那さんと一緒にいる時間は、二人とも楽しくて幸せだったって」
「……」
「……だから私にも、結婚した理由を後ろめたく思うより、これからどんな時間を過ごすのか悩んだらどうかって言ってくれたよ」
エリーナは寝返りを打って身体を俺の方に向けたようだ。それから触れたままになっている手を握り返した。
「テオが、私が一緒にいるのは迷惑じゃないって教えてくれて嬉しかった。それだけで十分嬉しかったのに、マリアの話を聞いて少し欲張りになったの」
エリーナの手に力がこもる。
「私、テオに何かもらってばかりじゃなくて、返せるようになりたい。私がテオのことを、笑顔にできるようになりたいって」
「それは、つまり……」
暗くてエリーナの表情が見えないことが残念だ。少し遠回しな言い方だけど、この言葉は俺が期待していたエリーナの気持ちの変化はすでに起きていたと思わせるのに十分だった。
「私、テオのこと全然知らないから、ちゃんと知りたいって思ったよ」
「……」
もらったものを返したいとか、笑顔にしたいとか、都合よく聞けば愛の告白にしか聞こえないのに、エリーナは全然その段階ではなかった。俺のことを全然知らないから知りたいなんて、もはや知り合い以下だ。これから頑張って友達になるくらいの段階じゃないだろうか。多分マリアの方がよっぽど距離が近い。
(全然知らないなんて、そんなことないだろ?!)
脈があるなしの前に、よく知らない知り合いだと思われていたことに少なからず傷ついた。人間として信頼されてる確信も嫌われていない自信もあったのに、それと、個人として興味を持たれるのは別の話と言うことか。
エリーナが今まで関係を持った男についてよく覚えていないのは記憶喪失の影響だと思っていたが、そもそも身体を繋ぐ相手に対して一切興味がなくて、そういう意味で覚えていないだけなのだろうか。だとしたら、俺は今ようやくそれよりは上の扱いになったに過ぎないという話になる。
(二ヶ月一緒にいてやっとこの状態かよ。もしかして俺が惚れっぽいのか……?)
昨日好きじゃないと言われてダメージを受けたばかりなのに、追い討ちのようによく知らない知り合い宣言を受けて本当に落ち込んだ。
「……そうか。いいよ、今後はなんでも聞いてくれ。隠してることもないし、話すのは好きだよ」
「ありがとう……!」
エリーナは明るい声でお礼を言った。喜んでいるから、表情がわかるように灯りをつけておけばよかった。
「本当は、この話をお手紙にしようと思ってたの。でも、そうだね……テオの言うとおり、直接言える時は直接がいいね」
「手紙?」
「うん。マリアが、手紙なら言いにくいことも言えるし手元に残るから、手紙で色々聞いてみたらって提案してくれて」
「……騎士団長とずっと手紙でやりとりしてたからだろうな。手紙には手紙のいいところがあるのも分かるよ。確かに、嬉しい言葉を手元に残しておけるってのはいいよな」
「ほんと?じゃあテオにも書いていい?」
「ああ……。さっき、書く必要ないとか、まどろっこしいとか言ってごめん。自分がもらった時はそう思わないよ」
つまらない悋気でエリーナの気持ちを蔑ろにしたことが心苦しい。
「ううん。今日の話、やっぱり直接言えてよかったって思うよ。お手紙も書くけど、お話しできる時は……直接聞くことにするね……」
エリーナの声がゆったり、消え入るようになっていく。眠気を感じているようだ。
「うん。ありがとう。……眠いな。おやすみ、エリーナ」
「うん……」
エリーナの手から力が抜けて、指がするりと抜けた。
「今日、話せて嬉しかったな……寝る前に、テオの声聞くの、好き……」
「……!」
「おやすみなさい……」
寝入る時の、すー、と静かな寝息が聞こえた。
(は……?今のはよく知らない知り合いに言っていいことじゃないだろ)
エリーナはもしかして俺のことを好きなんじゃないかと勘違いする瞬間と、全くそれ以前の問題だと突きつけられる瞬間がある。すごく気持ちが振り回されている。
(わざとやってる?駆け引きなんかしなくても、先に惚れてんだけどな……)
ようやく脱知り合いのスタートラインに立ったらしいので、エリーナに引かれるようなことを言える気がしない。俺も十分情けなく、もう騎士団長の妻との関係について好き勝手言えないなと思った。
エリーナには、今日は予定が詰まっているし、元々会う予定ではなかったから渡せるか保証はできないと伝えてある。部下に頼む手もあるが、部下からユリウス王太子の近衛の手に渡ったら重要度が低いと思われてそれこそ本人が手紙を受け取ったことも知らないまま中身だけ検閲され捨てられる可能性がある。
できれば俺の目で本人の手に渡るところを見たいと思って、王太子を探すことにした。
エリーナからは、中身も見ずに破り捨てられるつもりで書いたから、どんな態度でも気にしないで欲しいと言われている。
ユリウス王太子は城の正門の前で出発の準備をしていた。国王陛下と現王妃と顔だけは和やかな様子で会話している。
(これは話しかけらんないな)
直接渡すことは諦め、少し離れたところにいた第一騎士団の赤茶の髪の兵士に声をかけた。
「失礼、第三特別魔法騎士団副団長のテオドール・グレイソンだ。ユリウス王太子殿下に渡してもらいたいものがあるんだが頼めるか?」
「殿下ですか?ええ。これは……」
近衛兵は俺が差し出した白い封筒を受け取り、宛名と差出人、そして手紙をシールしている蝋の紋章を見て目を見開いた。
「エリーナ様から……?」
「ああ」
「承知いたしました。ありがとうございます。少々お待ちくださいませ」
その近衛兵は、ユリウス王太子に目を向け、手を口元に当てるとそのまま叫んだ。
「殿下ぁー!エリーナ様からお手紙ですって!すぐ読みます?」
「え?!」
国王夫妻と会話中のユリウス王太子に対し、遠くから声をかけたことが信じられず、俺はその兵士の顔をまじまじと見てしまった。若い兵士で顔にそばかすがある。他に特徴的なところもなく、重要な会議で顔を見たこともない。
(大丈夫か、この男。新人か?これで罰を受けるとかやめてくれよ)
落ち着かない気持ちで国王夫妻とユリウス王太子の反応を見ていると、3人とも驚いた顔をしただけで、ユリウス王太子は国王夫妻に何か声をかけるとその場から消えた。認識阻害と何かしらの魔法を組み合わせているらしい移動手段で、いきなり人の背後に現れるやつだ。
「テオドールじゃないか。見送りにきてくれて嬉しいよ」
案の定、後ろからとん、と肩を叩かれた。
「……お話し中申し訳ございません。殿下の安全な旅路をお祈りしております」
「許そう。で、ミケ、エリーナが私に書いた手紙とは?呪われてないだろうな」
ミケと言うらしい近衛兵が首を横に振った。
「確認済みです。グレイソン副団長が直々に持ってきたのに、変なもんは混ざってないでしょ」
ミケがちら、と俺に視線を向けた。俺はこの男を知らないが、俺のことは知っているらしい。所属外の騎士団の役職者を把握しているなら新人ではないかもしれない。
ユリウス王太子はミケから手紙を受け取ると、魔法で封筒の端を切って、中に入っている薄紫の便箋を取り出した。
「白い便箋も用意できない女の手紙を読む価値があるか?」
「殿下とエリーナ様の瞳の色に合わせたんですよ。可愛いらしいじゃないですか」
ユリウス王太子がミケに文句を言うと、すかさず返事が返ってきた。
「女の趣味が悪いやつだ」
ユリウス王太子はミケのことを鼻で笑い、機嫌良さそうな顔のまま便箋を広げ、それから眉を顰めた。
俺はミケのフランクすぎる態度が気になるが、ユリウス王太子は気分を害する様子はない。第一騎士団は規律に厳しいイメージがあったから余計に驚いている。
ユリウス王太子は、エリーナの手紙を真っ二つに切り裂き、ミケに渡した。
「……!」
読む前に破られても気にしないで欲しいと言われてはいたものの、一言言いたくなってしまう。ユリウス王太子は綺麗な笑みを見せた。
「この程度のことは口で言えと伝えてくれ。不愉快だ」
「なんと書いてあったんですか?」
「なんだ。君は妻の手紙を確認しないのか?理解できない価値観だ」
個人から個人宛に書いた手紙をいちいち送る前に確認する方が理解できないが、黙っていることにした。
「……また私と話をしたいと。あれだけ罵られてまだ顔を見たいとは、君たちは夫婦ともに酔狂だな」
ユリウス王太子は鼻で笑った。言われている内容は散々だが、ユリウス王太子の笑顔の中で初めて、顔と楽しんでいる感情が一致していると感じた。
*
今日はただでさえ予定が詰まっていたところに、昨日実作業が始まったばかりの地図改定プロジェクトでトラブルが起きた。関係者が多いせいで話を聞いて回るだけで時間がかかり、帰宅した頃にはほとんど日付が回る頃になっていた。
着替えて、寝室のドアノブが音を立てないようゆっくり捻る。寝ているであろうエリーナを起こさないようにするための配慮だが、扉の隙間からは橙色のサイドランプの光が差し込んできた。
そっと扉を開くと、エリーナはテーブルでなにか書き物をしている。難しい顔をして、うーん、と悩んだかと思いきや、急にふわりと幸せそうに笑う。
あまり見たことのないその表情に心がざわつく。いったい何がエリーナの心を動かしているのか知りたい。
「エリーナ」
声をかけると、エリーナはものすごい勢いで飛び跳ねた。
「……っ!テ、テオ?!お、おかえりなさい!」
「ごめん、驚かせたか?何してたんだ」
「えっと……その……」
「また手紙?」
サイドテーブルの上には便箋と羽ペン、それからインクが置いてある。
「う、うん、ええと……マ、マリアに……」
「ふぅん」
(なんだ、マリアかよ……)
エリーナにあの表情をさせていたのがマリアだと知って安心したのが半分、気に入らないという気持ちが半分。
第三騎士団の中には、好きな女を口説こうとしてマリアと比較されたことのある男がまあまあな数いる。俺がマリアと実際に近くで過ごしたのは数年に過ぎないが、騎士団長の娘な上本人もエピソードに事欠かない性格で、何かと話題に登っていた。
同性だから本当の意味では脅威ではないはずなのに、それが友情や信頼であろうと強く心を寄せられるという意味で、他の男よりやっかいな存在だ。
「いつも一緒にいるのに今更何を書く必要があるんだ?手紙なんか思ったように伝わったか確認もできないし、まどろっこしいだろ。直接言えばいいのに」
「えっ……ええと、口で言いにくいこともあるし……」
「何か困ったことがあったのか?苦情なら伝えておくけど」
マリアは尊大なようで意外と人をよく見ていて気配りができる。エリーナが直接言いにくいような苦言があるなんてよっぽどのことをしたのだろうが、そこの判断を誤るなんてマリアらしくない。
エリーナは勢い良く首を振った。
「違う違う!いつも助けてもらってることのお礼だよ」
「お礼?」
ほぼ毎日顔を合わせてお礼を口で言いにくいという発想が理解できない。ただ、ここでその価値観は理解できない、なんて言ったらユリウス王太子と同じだ。エリーナがそうしたいならそうすればいいかと思って黙ることにした。
結局のところ俺は単純に妬いてるだけだというのを自覚して、子供じみた感情を少し恥じた。
「そうか。あまり遅くならないようにな。先に寝るよ、おやすみ」
「あ、うん。私も寝るよ。暗くするね、おやすみなさい」
サイドランプの光がなくなると、部屋を照らすのはカーテンの隙間から漏れ入ってくる淡い月明かりのみになった。寝台の軋む音と、寝具がずれる音がする。
「そういえば、ユリウス殿下に手紙を渡せたよ。その場で読んでくれた」
「えっ、ほんと?!読んでくれるとは思わなかった。渡してくれてありがとう。忙しい日にごめんね」
「いいよ。ちょうどタイミングが合ったからよかった」
ユリウス王太子のそばにいた変な近衛兵については話さなかった。エリーナだったら、今頃その男が自分のせいで怒られているのではないかと気にしそうだ。
「殿下は、こんなの直接言えって言ってたよ。また会ってくれるって意味じゃないか?」
「そうなんだ……ありがとう」
正直エリーナとユリウス王太子が顔を合わせることについて思うところはあるが、エリーナに関係修復する意欲があるならそれを応援してやりたいとは思う。
エリーナも以前のように簡単に傷つけられる存在ではないし、何か起きたらフォローしようと二人のことを心に留めておくことにした。
横になって目を瞑り、しばらくすると完全に音がなくなった。エリーナは深く眠っていると寝息も立てなくて、まるで死んでいるように見える時がある。
基本的に朝は俺の方が起きるのが早く、目を覚ますとエリーナが前日の夜と同じ場所に仰向けのまま微動だにせず眠っているのを見て驚くこともある。
今はそんなものかと思ってあまり気にしていないし、よく見ればちゃんと胸は上下しており、呼吸しているのは分かる。
ふと、俺の小指にエリーナの指が少しだけ触れた。体温が伝わって馴染んでいくのが心地良く、頬が緩む。
(珍しいな)
寝台はそれぞれ好きなように寝ても身体がぶつからない程度に広い。二人とも寝相は良い方で、意図しないタイミングでうっかり触ってしまうということは起きたことがなかった。
触れた指に沿って手の位置を探り、上からエリーナの手を握る。すると、重なった手がびくっとこわばった。予想外の反応だった。
「起きてる?」
「……ご、ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。どうした?」
俺は安心させるために手に力を込めた。なにか人肌が恋しくなるような、不安な出来事があったのかもしれない。
仰向けからエリーナの方に身体の向きを変えて声をかけた。
「明日は早くないから夜更かししても大丈夫だ。なにかあったのか?」
「ううん、違うの。何もないよ。起こしてごめんね」
「まだ寝てなかったからいいよ。じゃあ、寝物語になにか話してくれ。最近あった良いことか、何か新しい発見について」
「え……?」
面談の時によく使う最初の話題提供で、最近あった良かったことか、なにか新しい知見を得られたことがあるか聞いてみる。気軽な質問で口が滑らかになったところで本題に入るとその後に本音が出やすくなるからだ。
(今日は表情が暗くなかったし、あんまり心配はしてないけど……)
何もなければなかったでエリーナの近況が聞けるのは良いことだ。最近忙しくて、夕飯を食べながら雑談する時間が減ってしまっていた。
「ええと、じゃあ……この前マリアに、子爵様のことを聞いたんだけど」
またマリアの名前が登場した。一緒にいる時間が長いから1番話題に上るのは当たり前だが、影響を受けすぎじゃないだろうか。
「サンドラ子爵か」
「会ったことある?」
「一回しか会ってない。気難しい人って印象だな」
「そうなの?優しくてよく笑う人なのかと思ってた」
「笑うのはマリアの前だけだよ」
「そうなんだ……」
ユリウス王太子が偏屈な子爵と呼んでいたけど、実際その通りの印象だ。足が悪いのも若い時に一人で領地に出た魔物を討伐した時の怪我が原因という話だったし、身体は大きくないのに眼力と威圧感があって、話しかけにくい人だった。
「子爵がなんだって?」
「えっとね、マリアと旦那さんの馴れ初めの話を聞いたの」
マリアと子爵が出会ったのは、確かマリアのデビュタントの時だ。あの時アーノルド騎士団長は一人娘の社交界デビューで気合が入ってて、空回りするんじゃないかと心配してたら案の定だった。
自分が2回とも恋愛結婚してるから、マリアにも良い出会いをして欲しいと思っていたようだ。
家柄も顔も人柄も良くて人望と功績があって、自分よりもマリアを大切にしてくれる夫を探すとかなんとか言ってて、マリアの好みも把握してないのに勝手に身辺調査までしていた。
当日俺は身分の問題で参加できず後から聞いた話だが、騎士団長がマリアのことを勝手に紹介して回るし、マリアの意見も聞かずにどの貴族の子息がふさわしく誰がふさわしくないかと決めつけるせいでマリアの機嫌は最悪だったらしい。基本的にいつもにこにこしてるのに、愛想笑いのひとつも見せなかったと聞いた。
そして、当日マリアと1番意気投合したのは、当時確か70歳を超えていて、マリアより年上の孫がいるゲオルグ・サンドラ子爵だ。
陛下から二人の結婚について話を聞かされた後の騎士団長はしばらく腑抜けになっていて、マリアからちゃんと話も聞かずに結婚の許可を出していた。愛娘が自分を飛び越えて陛下に結婚の話をつけていた上に、相手が祖父と同じくらいの高齢者となればショックを受けるのは仕方ないとは思う。
ただ、よくよく話を聞けば、マリアの目当てが騎士として叙勲することだとすぐ分かるし、それなら実家を出なくてもシレア家の名前で欲しいものを与えることが出来たはずだ。それなのに騎士団長は二人が恋愛結婚したと思い込んでいる。マリアが選んだ相手なら認めるしかない、なんて言い訳してマリアとちゃんと会話しなかった。
マリアの母である一人目の妻が離縁状を置いて消えた時も、追いかけもせずに理解あるふりをしていた。側から見ていれば奥方様が騎士団長を想っていたのも、寂しい思いをしていたのも分かりやすかった。離縁状でさえ、俺なんかは気を引くために置いただけなんじゃないかと思っていた。その話をしたのに『子どものお前にはまだ分からない』とか言われてムカついたのを覚えている。思い込みが激しくて人の話を聞かないところがあるのは分かっていたから、俺も途中で説得を諦めてしまった。
騎士団長は、職場の姿だけなら大胆不敵で自由人に見えるけれど、家族との付き合い方を見ていると、本来の性格は臆病で傷つきやすいと思う。
仕事ではそんなことないのに、奥方様やマリアが相手になったとき、自分の予想と違うことをされると対話を拒否する。最初から全く話を聞かないか、理解あるふりをして全て相手の言うまま受け入れ、やっぱり話は聞かない。
多分話し合いで直接拒絶されるのを怖がってる。愛情はあるのに自分の言葉で伝えられない人だ。俺に酒を飲みながら惚気るのが精一杯で、家族にだけ不器用で照れ屋になってしまうのはなんとかならないのかと思う。
(奥方様に拒否されたら立ち直れないのは今はちょっと分かるけど)
「マリアは騎士として叙勲されたくて、そのために結婚してたんだって」
「へぇ」
(やっぱりな。だったら子爵より公爵家の名前の方が箔がついて便利なのに。騎士団長もマリアも意地張ってるからだよ……)
過去には戻れないからどうしようもないが、もし騎士団長が3回目の結婚をしたらもっと強めに自分の気持ちを伝えるように言おうと決めた。
「でもね、きっかけはそうだったけど、旦那さんと一緒にいる時間は、二人とも楽しくて幸せだったって」
「……」
「……だから私にも、結婚した理由を後ろめたく思うより、これからどんな時間を過ごすのか悩んだらどうかって言ってくれたよ」
エリーナは寝返りを打って身体を俺の方に向けたようだ。それから触れたままになっている手を握り返した。
「テオが、私が一緒にいるのは迷惑じゃないって教えてくれて嬉しかった。それだけで十分嬉しかったのに、マリアの話を聞いて少し欲張りになったの」
エリーナの手に力がこもる。
「私、テオに何かもらってばかりじゃなくて、返せるようになりたい。私がテオのことを、笑顔にできるようになりたいって」
「それは、つまり……」
暗くてエリーナの表情が見えないことが残念だ。少し遠回しな言い方だけど、この言葉は俺が期待していたエリーナの気持ちの変化はすでに起きていたと思わせるのに十分だった。
「私、テオのこと全然知らないから、ちゃんと知りたいって思ったよ」
「……」
もらったものを返したいとか、笑顔にしたいとか、都合よく聞けば愛の告白にしか聞こえないのに、エリーナは全然その段階ではなかった。俺のことを全然知らないから知りたいなんて、もはや知り合い以下だ。これから頑張って友達になるくらいの段階じゃないだろうか。多分マリアの方がよっぽど距離が近い。
(全然知らないなんて、そんなことないだろ?!)
脈があるなしの前に、よく知らない知り合いだと思われていたことに少なからず傷ついた。人間として信頼されてる確信も嫌われていない自信もあったのに、それと、個人として興味を持たれるのは別の話と言うことか。
エリーナが今まで関係を持った男についてよく覚えていないのは記憶喪失の影響だと思っていたが、そもそも身体を繋ぐ相手に対して一切興味がなくて、そういう意味で覚えていないだけなのだろうか。だとしたら、俺は今ようやくそれよりは上の扱いになったに過ぎないという話になる。
(二ヶ月一緒にいてやっとこの状態かよ。もしかして俺が惚れっぽいのか……?)
昨日好きじゃないと言われてダメージを受けたばかりなのに、追い討ちのようによく知らない知り合い宣言を受けて本当に落ち込んだ。
「……そうか。いいよ、今後はなんでも聞いてくれ。隠してることもないし、話すのは好きだよ」
「ありがとう……!」
エリーナは明るい声でお礼を言った。喜んでいるから、表情がわかるように灯りをつけておけばよかった。
「本当は、この話をお手紙にしようと思ってたの。でも、そうだね……テオの言うとおり、直接言える時は直接がいいね」
「手紙?」
「うん。マリアが、手紙なら言いにくいことも言えるし手元に残るから、手紙で色々聞いてみたらって提案してくれて」
「……騎士団長とずっと手紙でやりとりしてたからだろうな。手紙には手紙のいいところがあるのも分かるよ。確かに、嬉しい言葉を手元に残しておけるってのはいいよな」
「ほんと?じゃあテオにも書いていい?」
「ああ……。さっき、書く必要ないとか、まどろっこしいとか言ってごめん。自分がもらった時はそう思わないよ」
つまらない悋気でエリーナの気持ちを蔑ろにしたことが心苦しい。
「ううん。今日の話、やっぱり直接言えてよかったって思うよ。お手紙も書くけど、お話しできる時は……直接聞くことにするね……」
エリーナの声がゆったり、消え入るようになっていく。眠気を感じているようだ。
「うん。ありがとう。……眠いな。おやすみ、エリーナ」
「うん……」
エリーナの手から力が抜けて、指がするりと抜けた。
「今日、話せて嬉しかったな……寝る前に、テオの声聞くの、好き……」
「……!」
「おやすみなさい……」
寝入る時の、すー、と静かな寝息が聞こえた。
(は……?今のはよく知らない知り合いに言っていいことじゃないだろ)
エリーナはもしかして俺のことを好きなんじゃないかと勘違いする瞬間と、全くそれ以前の問題だと突きつけられる瞬間がある。すごく気持ちが振り回されている。
(わざとやってる?駆け引きなんかしなくても、先に惚れてんだけどな……)
ようやく脱知り合いのスタートラインに立ったらしいので、エリーナに引かれるようなことを言える気がしない。俺も十分情けなく、もう騎士団長の妻との関係について好き勝手言えないなと思った。
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