遊び人の王女に転生した処女の私が、無理やり結婚した英雄の旦那様と結ばれるまで

夏八木アオ

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10. 願望

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片付けのために掃除用具と使用人を連れて部屋に戻った時、エリーナは寝息を立てていた。寝衣の裾がめくれて、白い太ももが剥き出しになっている。連れてきた使用人が男だったことを思い出してエリーナの身体に上着をかけた。

俺は出自が卑しい上に、少しせっかちだ。なんでも自分でやったほうが早いと思っているから、この屋敷に来る前に騎士団で人を使う練習ができたのはよかった。そうでないと片付けどころか服の準備や水を用意することまで他人に頼まなきゃいけない今の生活は、まどろっこしくてイラついて仕方なかっただろう。

今はもう人を使うことに慣れたが、こうしてエリーナの無防備な姿まで他人に晒す羽目になるなら、使用人を呼ばずに一人で戻ればよかったと思ってしまう。

「……テオ」

目を閉じたままのエリーナの口が、俺の名前を呼ぶ。そして、その後すぐに謝罪の言葉が続いた。

「なんだよ。また俺は、何かあんたに謝らせるようなことをしたのか」

口が悪い。ついでに目つきと足癖も悪い、というのは騎士団に入団してから散々”先輩方”に指導されてきたことで、そこに従来のはっきりした性格が合わさるとかなり攻撃的になる。いつも人の顔色を伺っている今のエリーナとは、単純に相性が悪い。

泣いていないか確かめるために頬に手を当てると、エリーナは頬を擦り寄せた。本人に意識はないけれど、甘えるような動きに心臓がどっとうるさくなる。

「……なぁ」
「はい」

片付けをしている使用人に声をかける。

「その花、捨てないで庭に植えられるか?長持ちしないだろうけど試してみてくれ」
「かしこまりました」

エリーナが、自分の魔法で芽吹かせた花がすぐ破棄されたと知ったら、多分悲しむと思う。俺の、力づくでなんとかしただけの雑な魔法を見て、あれだけ優しく花の命を誘い出せるのに、どうして本人はその優しさに気付かないのだろうか。

(王妃様のせいなのか?)

エリーナの様子がおかしくなった時、ずっと『お母さん』と口にしていた。エリーナの実の母親であるエレノア前王妃は、エリーナの出産の直後に亡くなったはずで、今の王妃は国王の後妻だ。何か関わりがあった母親といえば現王妃のことだろう。継母が前妻の子どもをいびるのは珍しいことではないけれど、王妃がエリーナを自分の手で叩いたりするものだろうか。

「あんたのことは、分からないことばかりだ」

使用人が片付けを終えて出て行った。上着は椅子の背にかけ、エリーナをちゃんと寝かすために場所を移動してもらうことにする。半身ずつ、下敷きになっている寝具を引き出してやり、最後に身体を持ち上げて、寝返っても寝台から落ちない位置まで移動させる。

熱を出した後だからか、エリーナ自身の匂いを強く感じて勝手に気まずくなる。騎士団の男に囲まれていると絶対に嗅ぐことはない、桃か何かに似たような、甘い香りがする。
乱暴にならないようゆっくり寝台に身体をおろすと、エリーナがみじろぎした。

「ん……」

鼻にかかったような声も、寝台の上に投げ出された四肢も、昨日の情事を思い起こさせる。顔つきは幼いのに身体はむしろ年齢の割りに育ちが良い。今はもう、どれだけ柔らかいか知っている。
近付きたい欲が湧いてくるのを誤魔化して、寝ているエリーナの隣に座り、顔にかかった髪を外すだけに留めた。

(情が移ってるなんて、かっこつけすぎだな)

薬がなくても大丈夫なのは、情が移っているどころではなくて、惚れているからだ。もう認めてしまおう。
こうして無防備に眠っている姿を見てどうしようもなく求めたくなるのも、その上で傷つけたくないから触れないのも、惚れてないならどんな理由なんだという話になる。

今まで年齢なりに女に興味はあったけれど、生きるか死ぬかと言うときにそれどころじゃなくて優先順位は一番低かった。それが、こうもあっさり誰かに惚れるとは。

その上相手は、悪い噂が絶えたことのない第二王女だ。結婚が決まった時も、全く会話する機会がなかった挙式の時も、急に別人のようになった最初の夜も、俺はエリーナに全く好感を抱いていなかった。いつからそれが変わったのか分からない。知らぬ間にというのが1番正しいと思う。もしくは、誰も興味を持たなかった俺の故郷が、どんな場所かと聞いてきたからか。

「分かってるのか?ちゃんと責任取ってくれよ」

寝ているエリーナに呼びかけても返事はない。
勝手に人に興味を持って、脅して無理矢理結婚したくせに、今のエリーナは俺のことが好きじゃない。勅命に従い子どもを作るためだけに身体を許し、唇は許さない。あまりにもひどい仕打ちだ。それで嫌いになれないのはおかしいと思うのに、顔を合わせるたびにむしろ気持ちが強くなるからやっかいだ。

自分の気持ちもよく分かってなくて、すぐに涙を流す幼さが放っておけないと思うし、エリーナが優しさを退けようとするとひどくイラつく。人の機嫌を伺って中々意見も言えないくせに、自分を傷つけることには一切躊躇いがないところが気に入らない。甘やかしたい。あの孤児院で見た控えめな笑顔よりも、もっと笑わせたいと思う。どうしたら喜ぶのか考えてしまう。

「なぁ、エリーナ、俺はあんたが好きだよ。一緒にいるとすぐキスしたくなる。どうしたらいい?」

本人が眠っているのをいいことに、顔を近づけて寝顔を観察してみる。髪色と同じ、柔らかい橙色のまつげが目元に影を作っている。うっすら桃色が差した頬には何度も触れたことがある。
唇に軽く触れると、指の圧力でふにゃりと沈んだ。柔らかく、甘いそれを、本当なら好きなだけ味わっていい立場なのに、エリーナに泣かれると嫌だという理由だけでお預けを食らっている。

あまり見ていると調子に乗りそうで、惜しいと思いつつ手を離した。エリーナは押せば折れるのを知っているからなおさら。

こう言う時は支度を整えてさっさと眠ってしまうに限る。寝台から起きあがろうとしたら、後ろから手を掴まれた。

「……てお」

舌ったらずに名前を呼ぶのを禁止して欲しい。特に寝台の上では絶対だ。

「なんだよ。ごめんな、起こしたか?灯りを消すよ」

エリーナは首を横に振った。ゆったりとした動作で起き上がり、目を擦る。本来は菫色の瞳が、今は緑がかって見える。そのことに体温が上がり、暴力的な衝動が湧き上がってきて、俺は誤魔化すように笑った。

「眠そうだ。早く寝ろ」
「ううん。寝るつもりなかったのにうとうとして……ごめんなさい。片付けてくれてありがとう」
「ああ、いいよ。疲れてるんだろ。俺も着替えたらもう寝る。おやすみ」
「でも、昨日、話があるって言ってたのは?」
「ああ……あれか。明日でいい。急いで話すことじゃないから」

アーノルド騎士団長から打診されていることについて、エリーナに話しておくつもりだった。俺と結婚している限りは、エリーナにも関係のあることだし、もしかしたら積極的に話を受けることになるかもしれないと思っている。

寝台から離れようとしたが、エリーナは手を離さない。

「どうした?」
「今日、まだ何もしてないから、その……」

妻からの誘いと思うと胸がおどるべきだが、エリーナの場合は少し違う。エリーナは俺を求めているわけではなく、国王の命に従うことを望んでいる。

「大丈夫だ。下手な誤魔化しじゃないから毎日する必要はない。3日から一週間に一回で十分じゃないか」

普通、子どもができる行為をしたら、魔力は一週間くらい身体に残る。それをしてないけどそうだ、と見せかけるために毎日魔力を供給する必要があっただけで、実際の行為があるならもう不要だ。あとは目的を果たすまで、間が空きすぎない程度に実施すれば、国王から文句を言われることもないだろう。どうせその辺で誰か見張っているか、定期的に遠隔でエリーナの身体を調べているはずだ。

エリーナは明らかにホッとしていた。俺は自分でしなくていいと言ったくせに、馬鹿馬鹿しくもそのことに少し傷ついた。

「したいならするけどな。どうする?俺はできるよ」
「えっ、ううん、いい。しない。全然したくない」
「……ああそう。まあそうだろうな。じゃあ、余計なことは考えずに寝てくれ。明日、午後には戻るから少し話そう」

エリーナは小さく頷いた。少し嬉しそうに見える。何もせずにゆっくり休めるのが嬉しいのだろうが、思ったよりも俺は心が痛い。

全然したくない、とまではっきり言わなくていいんじゃないかと思う。それで傷つく人間がここにいるんだ。行為自体は気持ち良いと言っていたのに俺相手だとそれほど嫌だというのは、俺のことが本当に嫌という意味になるんじゃないだろうか。

(そんなに嫌われるようなことしたか?あんたが俺を欲しいと言ったからここにいるのに、気分屋もいい加減にしろよ)

記憶喪失らしい今のエリーナには罪はない。それはそうだ。文句を言いたいのに言えず、もやもやした気持ちでエリーナを見つめる。

つい先ほど親切だと言われたことを思い出した。親切な男というのは、男として見られていない代表みたいな表現だ。遠くから見ている分にはよかったけれど、会ってみたら好みじゃなかったということなのだろうか。身分や外見がネックになるならそもそも結婚相手にしたいなんて言い出さないだろうから、エリーナは俺の中身が気に入らなくて愛せないのだろう。

エリーナは俺の視線に気付いて顔をあげると、少しだけ口角をあげた。

「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」

見たいと思っていた笑顔に見送られ、俺は部屋の灯りを消して外に出た。
エリーナに、男として見られたいし、求められたい。少し前とは正反対の願望に戸惑うが、それが事実だ。
今までそんなことで悩んだことがなかったから、どうしていいか分からずため息が出た。
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