遊び人の王女に転生した処女の私が、無理やり結婚した英雄の旦那様と結ばれるまで

夏八木アオ

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6. 忘れ形見

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孤児院から屋敷に戻ると、使用人たちが慌てた様子で私たちを出迎えた。
王城からの伝令が来ていると言うことだ。慌てて客間に入ると、初老の男性がおり、静かな声で国王からの緊急の呼び出しがあると言った。

「かしこまりました。急ぎ参内いたします。エリーナ王女、すぐ行こう」
「お待ちください」

王城からの使者だという男性に呼び止められ、私たちは足を止めた。

「失礼ながら、王女殿下のお召し物は……」

男性が私の服装に視線を投げる。その瞳には戸惑いがありありと浮かんでいた。

「申し訳ございません。お父様に謁見するのにふさわしい格好ではありませんでした」

急ぎ借りた服を脱ぎ、王城に参内するにふさわしいドレスを見にまとう。刺繍で重くなった布も、高いヒールも美しいけれど、息苦しくて気が重くなった。
エリーナは、今までどんな問題を起こそうとも、個人的に国王に呼ばれたことなどなかった。緊張と恐れとわずかな期待で鼓動が速くなる。
良い話なわけがなくても、エリーナの心は父親に興味を持たれたことを嬉しく思っている。



国王への御目通りは、通常の謁見の間ではなく、さらに奥まったところにあるこじんまりとした部屋で行われた。
玉座に腰掛けた王の年齢は、ギルベルトと数歳の違いだったはずだが、改めて顔を見ると比べ物にならないほど老けて見える。

「これを」

王の呼びかけで、側近と思われる男性が、テオドールの前に黒い石の塊を差し出した。私にはそれがなんだか分からない。テオドールは肩をぴくりと反応させたが、顔は上げなかった。

「そなたがこれを求めたのは本当か?」
「……はい」
「魔力を吸収して、なにをするつもりだったのか答えよ」
「……」

あの石は、テオドールが作った指輪に埋め込まれた石の原石のようだ。私とテオドールが一度も身体を結んでおらず、国王の意向に沿っていなかったことを示すものだ。

「それは……」

テオドールが口を開くと、国王は玉座から立ち上がりテオドールに近付いた。側近が止めるのも構わずにほんの1メートルほど離れたところまできて、手に持った杖でテオドールの肩を突き、顔を上げさせる。

「……っ!」
「まどろっこしい言い方をしたが、貴様が何を求めたのかは既に余の知るところだ。余の意向に逆らい娘を妻にしないどころか、貴様は役務中に気を失い、我が国の貴重な戦力を危険に晒したな」
「……はい」
「申し開きを述べよ」
「ございません。全ては私の不徳と浅慮が招いたことでございます」
「口先ばかり猿真似で飾り立ておって虫唾が走るな。本来ならば王室を侮辱した罪で晒し首にでもしてやりたいが……アーノルドと貴様を祀り立てている民衆に感謝しろ。いいか、自分の利用価値がどこにあるか、ゆめゆめ忘れるな。さもなくば死ね」
「はい、陛下のご温情に感謝いたします」

テオドールが頭を下げると、国王は杖を肩から外した。そして、私に一瞬だけ視線を投げた。

「娘のことだが……貴様、まさか"噂"を信じて我が娘を軽んじているのか?」
「滅相もございません」
「ではなぜ小賢しい真似をしてまで娘を避けているのか述べよ」
「それは、」

テオドールが一瞬口を開けかけ、また黙った。

「わ、私が拒否いたしました」

私が叫ぶと、国王とテオドールが二人とも目を見開いて私を見た。テオドールは首を横に振って、無音のまま『やめろ』と口を動かした。

「拒否しただと?また虚言か。この男と結婚したいと言い出したのはお前だろう」
「そうですが、その……怖気付いて、拒否しました。テオドール様は、私の意志を尊重して、待ってくださっておりました」
「……」

国王が私の顔をじっと見つめる。

「怖気付いた?……この男の魔力の強さに、ということか?」

実際のところは魔力ではなくて行為そのものだが、私は国王の言葉を否定せず頷いた。エリーナが今更性行為に怖気付くのは不自然すぎるため、国王の言葉に乗ることにした。

「愚か者が」

国王は低い声で呟く。次の瞬間、パンッと乾いた音が響いた。右の頬がじんと痛くなり、頬を叩かれたことに後から気が付いた。

「お前は私と前王妃の血を引く娘だ!この男程度の魔力を受け入れられない器ではない!私とエレノアを侮辱する気か!」

私は返事をできず、慌てて首を振った。怒られた。お父様にこれほどの怒りを、そもそも何かしら感情を向けられたことが初めてだ。ちゃんとしないとまた叩かれる。

「前王妃の忘れ形見でなければ、お前のような恥知らずをこの城に留めたりしなかった。お前の唯一の役割は、王室に魔力の強い子を産むことだ。いくら能無しでもそれくらいは出来ると思っていたが、それも果たせぬというのなら……」

国王の声は段々と震えて小さくなっていった。それからしばらく呼吸を整えて、先程怒っていたのが嘘のように表情のない顔で話した。

「貴様ら二人は自らの行いで余の信頼を裏切り、自らの臣としての価値を地の底まで貶めた。だが、余は愚かな貴様らを赦す。これからは心を入れ替えて勅命に従え」
「陛下の寛大な御心に感謝いたします。必ずご期待にお応えいたします」

テオドールがすかさず返答をした。私は震えて下を向くばかりだ。

「エリーナ」

国王に名前を呼ばれ、全身で飛び跳ねるように反応してしまう。

「……すぐ激昂するのは余の欠点だ。手を出したことは詫びる。お前は、エレノアによく似ている。そんなお前が伴侶を自分で選びたいと言ったとき、父親として叶えられる相手ならば叶えてやろうと思った。その答えがこれか?頼むからこれ以上私を悲しませないでくれ」

私は小さく頷くことしかできなかった。



無言のまま屋敷に戻り、見慣れた風景と使用人の顔に気が緩んで腰が抜けた。

「……っおい、大丈夫か?」

テオドールが私の肩を支えてくれた。

「余計なことを、言って、……ごめんなさい」
「いや、俺もうまい言い訳を考えていなかった。指輪のことは本当に浅はかだったよ。自分を過信した結果だ。痛い目に合わせてごめんな」

テオドールは私の頬の痛みのないところに優しくふれた。エリーナがテオドールとの結婚を望んだことが元凶であり、テオドールは巻き込まれただけなのに、そんなことも忘れてしまったかのように、痛ましげな顔をしている。

罪悪感が涙となって私の頬を伝う。私は元々人前で泣くことなどなかったのに、エリーナの身体は感情が昂ると涙を我慢することができないようだ。

「っ……」
「冷やすものを用意してもらおう。少し部屋で休め」

テオドールは使用人に指示を出すと、私の手を引いて寝室に入った。

「今日は外出もして疲れただろう。食欲があるならなにか食べ物をもらってくる。どうする?」

私は首を横に振った。

「分かった。外に人を控えさせておくから、必要なことがあったら呼べよ」

テオドールが出て行こうとするので、私は服の裾を引っ張って引き止めた。

「どうした。一人になるのが嫌なのか?」

テオドールは寝台の横に椅子を引き出してそこに座る。

「いいよ。ここにいるから、目を瞑って横になるんだ。深く呼吸して心落ち着かせて」

私はまた首を横に振る。

「お役目を果たさないと」
「役目……?」
「うまくやらないとまた怒られちゃう。早くお役目を果たさないといけないの。そうしないとお母さんに叩かれる」
「お母さんって、王妃様のことか?大丈夫だ。今日はまず休もう。国王だって今日明日の話をしてるわけじゃないよ」
「でもお母さんが怒る!いらないって言われるの……!お願い、早くしないとだめなの」

叩かれた頬がじんと痛んでいる。私はこの痛みを良く知っている。頭のどこかではお母さんに怒られることなどないと分かっているのに、冷たい目を向けられて、いらないと言われる恐怖に身がすくんで、そのことで頭がいっぱいになる。

テオドールの腕を掴んで訴える。早くちゃんとしないといけないのに、どうして棒立ちで私を見てるんだろう。ちゃんとしないといけない。ちゃんとしないといらない子になっちゃうのに。

「エリーナ、落ち着け」
「なんで突っ立ってるの!役立たず!早くちゃんとして!」

私の口から出た言葉は、激昂したお母さんにそっくりだ。

「あ……」

テオドールは目を丸くして私を見ていた。それから私の目の前で指を鳴らす。パチンという音とともに、頭が真っ白になって身体から力が抜けた。
私が倒れ込むと、テオドールは私の身体をそっと寝台に横たえた。

「この家にはあんたを叩く母親はいない。俺とあんたと、あとは使用人だけだ。だれも傷つけようとしてないよ。だから安心しておやすみ」

囁くようなおやすみ、の言葉を耳に入れたのを最後に、私は気を失った。
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