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2. 期待はずれ
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「あの王女、変だ」
騎士団の訓練が終わって後片付けをしながら、俺は同僚のアーロンに話しかけた。アーロンは馬をブラッシングする手を止める。
「そりゃあ、王女様にしては変な……変わった人だろうよ。国を救った恩賞があの王女だなんて、お前も本当に……」
気の毒そうな表情をされたので肘鉄をした。別に同情してほしくてこの話を出したわけじゃない。
「アーロンはあの女と寝たことあるんだろ?どうだった?」
「は?!いや……やめてくれよ。いくら過去の話でも、流石に親友の妻について話したくない」
「常識人ぶるなよ。俺は気にしないから話せ」
「国王の近衛兵に聞かれたら殺される」
「びびりだな。じゃあお前が知ってるアバズレのエルについて話せ。気になってることがあるんだ」
「ええー……」
アーロンはきょろきょろと慎重に周りを見渡した。生き物の気配も魔力の気配もないからそんなことをする必要はないのだが、アーロンにはそれが分からないらしい。
「一回だけだし、従騎士時代の昔のことだよ……」
「従騎士って、あの王……エルは何歳だったんだ」
呆れてため息が出た。
「14歳」
「恥知らずめ」
「だって断れないだろ……!とにかく、その時は手当たり次第って感じで……俺だって怖かったよ」
「ふぅん」
「そんな冷たい目で見ないでくれ。死にたくなる」
アーロンは小心者で保守的だ。好きな女も食事に誘えないくらいだから、断れなかったというのが全てだろう。
王女はいま確か18歳くらいのはずだ。およそ4年間手当たり次第に遊んできたということになる。よく病気にならず妊娠もせずに無事でいられたものだ。
「まあ……あれから色んな商売女にもお世話になったけど、お……エルが一番良かったな」
ぽつりと思い出すようにつぶやかれた言葉になんとなくイラつき、もう一度肘鉄をした。
「もう思い出すな」
「理不尽だ!」
「終わった。先に宿舎に戻る……じゃなくて、家に帰るよ」
自分の分の片付けを終わらせてしまったので、アーロンは置いていくことにした。
これまで家になっていた宿舎は王女との婚姻を契機に解約されて、俺の居住地は王城からほど近い屋敷になっている。
庶民としては考えられない破格の待遇だが、王女にしてみれば田舎の貴族のような旧式の屋敷で気に入らず、引越し前にヒステリックに泣き叫んで一旦準備したものを全てぐちゃぐちゃにして破棄する羽目になったと聞いた。
(やっぱり別人だ。昨日のはどう考えても遊んできた人間の反応じゃない)
王女の表情に浮かんでいたのは恐怖と怯えだけだった。興味を持っていた男と顔を合わせ、これから楽しもうという様子じゃなかった。俺の態度が最悪だったことを考えても、それに反論もせずにぐずぐず泣いて謝るだけの性格じゃないはずだ。
特定の話ができなくなる舌縛術も、魔力の流れの異常もない。間者が変装するならばもっと中身も本人に似せるはずだから、なんらかの不可抗力で中身が入れ替わってしまった別人だという説が有効だ。
他人と人格を入れ替える魔法なんて聞いたことがない。もしかしたらどこかで驚くほど身持ちが悪く性格も悪い女が誕生しているのかと思うと周囲の人間が気の毒だが、権力がなければちょっとわがままで淫乱な女が世間の害になることはない。
そしていくら国王がなまくらでも、娘の性格がここまで変化していれば気付かないはずがない。魔力の強い俺と王女が結婚して男子さえ生まれれば、王女の性格などどうでもいいんだろう。
(大切なものがないと言っていた。どんな育ち方をしてきたんだろう)
王女も、王女の中にいるだれかも、その手に何も持っていないように見える。
(とりあえず中にいる人間の正体を突き止めて、あとはそれから考えるか)
全く別人だと思うと、顔貌が同じでも憎らしさが多少軽減する。まためそめそ泣いていたら慰めてやろうくらいには思った。
(いや、待てよ……。昨日俺が王女で間違いないのか聞いた時に頷いていたな。やっぱり本人なのか?どういうことなんだ。混乱してきた)
もやもやしながら屋敷に戻ると、誰も出迎えがなく、静かだった。出迎えがないことについてはむしろ出迎えを受けたのが昨日だけだったのでどうでもいいが、あまりにも人の気配がない。
廊下を進んでいくとようやく何人かメイドに鉢合わせた。
「だ、旦那様……!お迎えもせず申し訳ございません」
「別にいいよ。迎えなんか今後もいらない。王女は?」
「お、王女様は、その……」
メイドは黙ってしまった。別のメイドに話を聞こうとしたが、そのメイドも目を逸らす。
「何かあったのか?」
二人とも青い顔をして首を振る。どう考えても怪しい態度だ。
「あんたたちは困ってるか?」
「い、いえ…困っているわけでは」
「じゃあ王女は何か問題に巻き込まれているか?俺が介入した方がいいか、放置した方がいいかどっちだ」
二人は顔を見合わせた。迷っているように見えるが、やがて口を開いた。
「お、王女様に、お客様がいらっしゃっています」
「客?」
「王女様が呼んだ方のはずですが、あまり歓迎されてないように見えました。私たちはいつも人払いされているので今日も出てきたのですが……」
彼女たちが言いたいことが分かった。王女が呼んだ客は男で、多分別人になる前に手配した男妾か何かだろう。
「妻の客なら俺が挨拶しないわけにはいかない。そうだよな?」
不安げな二人が頷いた。そして俺が進もうとしていたのとは別方向を指さす。昨日俺と王女が寝た部屋がある方向だ。自分の意思で夫婦の寝室にどこの誰とも分からない男を連れ込んだならば本当に顔の皮が厚くて感心してしまうが、違うだろう。昨日俺にあの態度だったのだから、知らない男に襲われたら縮こまって気絶しているかもしれない。
「間に合えよ」
無駄に屋敷が広いとこういう時に不便だ。走って廊下を駆け抜け、人の声を探るが静かだ。仕方がないので魔力で気配を探知すると、やはり一番奥の寝室に二人分の気配を感じた。
「はぁ、分かったよ。今日はそういう気分なんだね。僕はいつもみたいに君も楽しんでくれてる方が好きなんだけど……」
見知らぬ男の声が聞こえてきた。勢いよく寝室の扉を開けると、乱れた衣服の王女と、顔も見たことのない男が立っている。
「なんだ?」
「……テオドール様」
「ああ、君の夫か。……初めまして、アレックスと申します。彼女とは長い付き合いで、今日も呼ばれて来ているだけなんだ。どうか僕のことを誤解しないで欲しいな」
「挨拶はいい。出て行ってくれ。そして2度とこの屋敷に足を踏み入れるな」
アレックスと名乗った男は眉を顰めた。
「エリーナ、ちゃんと夫に僕らのこと説明したの?怖い顔で睨まれてるよ。困るな」
王女は青い顔で首を横に振った。
「旦那様、彼女は一人の男で満足できる作りになっていなくて、毎日当番制になっているんです。もちろん旦那様がいらっしゃる時は邪魔をするつもりはありません。自分一人で相手をしようとなんてしないほうがいいですよ。知っていると思うけど、一晩でもかなり……」
下世話な話題に吐き気がして、剣を抜いて男の首筋に添えた。
「この屋敷の主人は誰だ?」
「ひっ」
男が両手をあげた。
「エリーナ!早くちゃんと夫に説明してくれ!じゃないともう来週からは泣いて縋られても来ないよ!」
王女の顔を見ると、俺の目を見てその瞳にじわりと涙を滲ませていた。どう見ても浮気がバレて青い顔をしている感じではなく、俺に助けを求めている。
「お前はクビだよ。王女は俺一人で満足らしい」
「は?!き、今日の分はちゃんと払ってもらうからな!」
男は捨て台詞を吐いて、走って部屋を出て行った。扉が閉まると、王女はいよいよ脱力して床にへたりこんだ。
「大丈夫か?」
華奢な肩がびくりと跳ね上がった。先ほど男に襲われたばかりで俺が近寄るのが怖いのだろう。
「だ、大丈夫です。申し訳ありません。何もされていません」
「そんなに怯えているのに、何もされていないなんてことはないだろう。心が傷ついただけでも十分被害にあってる」
俺は自分の上着を脱いで王女の肩にかけた。肌が見えないように前を合わせて隠す。
「さっきみたいな奴は全員解雇でいいよな?」
王女はまだ身体をびくりと跳ねさせ、それからゆっくり頷いた。
「金で雇われてない奴はいるか?」
その問いには左右に首を振った。
「……なぁ、あんた、王女とは別の人間じゃないのか?あまりにも人格が違いすぎるし、自分が呼んだ客も覚えてないなんておかしいよ」
希望を込めて、昨日から感じていた疑念を口に出すと、王女は呆然とした顔で俺を見つめた。
「それは、その……」
「話してくれ。俺にできることがあれば助けになるから」
「わ、私……私は、間違いなく王女のエリーナです。ただ、少し記憶が曖昧で……」
戻ってきた返事は俺の期待とは違った。
「記憶?」
「はい。記憶喪失、というか……エリーナとしての自覚が薄いんです。でも、覚えている記憶もあります。貴方に初めて会った日に、目を惹かれたことも覚えてる」
「記憶、喪失」
記憶を失っているということは、いつか記憶が戻ってくる。
愛の告白のような言葉も絶望でしかない。王女が俺の姿を初めて見たのは、騎士としての叙勲式だと思うが、そこで興味を持たれなければ今の状況にはなっていない。
この女は、俺の気持ちも確認せず、自分から気持ちを伝えることもなく、国王の権力で脅して無理矢理婚姻を結んだ女ということだ。俺の大切な村の尊厳を踏みにじり、人間を人間と思っていない。ついでにとんでもない男好きだ。
俺は、ここにいる人間が、俺と同じく王女から加害された存在だと思っていた。勝手に仲間意識のようなものを抱いていた。そうであれと望んでいた。
そうしたら、外側があの王女でも、中身が別人なら自分の妻として愛せると思った。
「そうか……」
「あの、ごめんなさい、責任を逃れようとして言っているわけじゃないんです。私の罪は自覚しております」
「謝るな。俺は人に謝られると許したくなる。あんたを許したら、何を恨んでいいか分からないだろ。ずるいよ」
「……っ!」
王女ははっとした顔をして、そして俯いた。また謝罪を口にしようとしたけどできなかった、ということだろう。申し訳なさそうな表情を見ていると、もういいよ、と言いたくなる。情が移りやすい自分の性格を恨みたくなる。
(別人じゃないなら、もっと嫌な人間のままでいてくれた方がよかったな)
普通に彼女を愛するには、今までの仕打ちがひどすぎる。それなのに恨み切らせてくれないなんて、本当にひどい女と結婚してしまった。
今朝方王女の瞳に映っていた俺の魔力の色は、夕方になり薄れてきていた。本当に性行為をしていれば一週間は保つはずだが、別の方法をとったから効果が持続しない。
この屋敷にいる使用人やメイドは国王の息がかかった者ばかりで、疑いを持たれるようなことはできない。戦争で活躍できても、こういう時にうち手がないところに、自分が庶民で無力な存在だと思い知らされて嫌になる。
「罪を自覚してるなら、今日も役目は果たしてくれ」
王女が小さく頷いた。
騎士団の訓練が終わって後片付けをしながら、俺は同僚のアーロンに話しかけた。アーロンは馬をブラッシングする手を止める。
「そりゃあ、王女様にしては変な……変わった人だろうよ。国を救った恩賞があの王女だなんて、お前も本当に……」
気の毒そうな表情をされたので肘鉄をした。別に同情してほしくてこの話を出したわけじゃない。
「アーロンはあの女と寝たことあるんだろ?どうだった?」
「は?!いや……やめてくれよ。いくら過去の話でも、流石に親友の妻について話したくない」
「常識人ぶるなよ。俺は気にしないから話せ」
「国王の近衛兵に聞かれたら殺される」
「びびりだな。じゃあお前が知ってるアバズレのエルについて話せ。気になってることがあるんだ」
「ええー……」
アーロンはきょろきょろと慎重に周りを見渡した。生き物の気配も魔力の気配もないからそんなことをする必要はないのだが、アーロンにはそれが分からないらしい。
「一回だけだし、従騎士時代の昔のことだよ……」
「従騎士って、あの王……エルは何歳だったんだ」
呆れてため息が出た。
「14歳」
「恥知らずめ」
「だって断れないだろ……!とにかく、その時は手当たり次第って感じで……俺だって怖かったよ」
「ふぅん」
「そんな冷たい目で見ないでくれ。死にたくなる」
アーロンは小心者で保守的だ。好きな女も食事に誘えないくらいだから、断れなかったというのが全てだろう。
王女はいま確か18歳くらいのはずだ。およそ4年間手当たり次第に遊んできたということになる。よく病気にならず妊娠もせずに無事でいられたものだ。
「まあ……あれから色んな商売女にもお世話になったけど、お……エルが一番良かったな」
ぽつりと思い出すようにつぶやかれた言葉になんとなくイラつき、もう一度肘鉄をした。
「もう思い出すな」
「理不尽だ!」
「終わった。先に宿舎に戻る……じゃなくて、家に帰るよ」
自分の分の片付けを終わらせてしまったので、アーロンは置いていくことにした。
これまで家になっていた宿舎は王女との婚姻を契機に解約されて、俺の居住地は王城からほど近い屋敷になっている。
庶民としては考えられない破格の待遇だが、王女にしてみれば田舎の貴族のような旧式の屋敷で気に入らず、引越し前にヒステリックに泣き叫んで一旦準備したものを全てぐちゃぐちゃにして破棄する羽目になったと聞いた。
(やっぱり別人だ。昨日のはどう考えても遊んできた人間の反応じゃない)
王女の表情に浮かんでいたのは恐怖と怯えだけだった。興味を持っていた男と顔を合わせ、これから楽しもうという様子じゃなかった。俺の態度が最悪だったことを考えても、それに反論もせずにぐずぐず泣いて謝るだけの性格じゃないはずだ。
特定の話ができなくなる舌縛術も、魔力の流れの異常もない。間者が変装するならばもっと中身も本人に似せるはずだから、なんらかの不可抗力で中身が入れ替わってしまった別人だという説が有効だ。
他人と人格を入れ替える魔法なんて聞いたことがない。もしかしたらどこかで驚くほど身持ちが悪く性格も悪い女が誕生しているのかと思うと周囲の人間が気の毒だが、権力がなければちょっとわがままで淫乱な女が世間の害になることはない。
そしていくら国王がなまくらでも、娘の性格がここまで変化していれば気付かないはずがない。魔力の強い俺と王女が結婚して男子さえ生まれれば、王女の性格などどうでもいいんだろう。
(大切なものがないと言っていた。どんな育ち方をしてきたんだろう)
王女も、王女の中にいるだれかも、その手に何も持っていないように見える。
(とりあえず中にいる人間の正体を突き止めて、あとはそれから考えるか)
全く別人だと思うと、顔貌が同じでも憎らしさが多少軽減する。まためそめそ泣いていたら慰めてやろうくらいには思った。
(いや、待てよ……。昨日俺が王女で間違いないのか聞いた時に頷いていたな。やっぱり本人なのか?どういうことなんだ。混乱してきた)
もやもやしながら屋敷に戻ると、誰も出迎えがなく、静かだった。出迎えがないことについてはむしろ出迎えを受けたのが昨日だけだったのでどうでもいいが、あまりにも人の気配がない。
廊下を進んでいくとようやく何人かメイドに鉢合わせた。
「だ、旦那様……!お迎えもせず申し訳ございません」
「別にいいよ。迎えなんか今後もいらない。王女は?」
「お、王女様は、その……」
メイドは黙ってしまった。別のメイドに話を聞こうとしたが、そのメイドも目を逸らす。
「何かあったのか?」
二人とも青い顔をして首を振る。どう考えても怪しい態度だ。
「あんたたちは困ってるか?」
「い、いえ…困っているわけでは」
「じゃあ王女は何か問題に巻き込まれているか?俺が介入した方がいいか、放置した方がいいかどっちだ」
二人は顔を見合わせた。迷っているように見えるが、やがて口を開いた。
「お、王女様に、お客様がいらっしゃっています」
「客?」
「王女様が呼んだ方のはずですが、あまり歓迎されてないように見えました。私たちはいつも人払いされているので今日も出てきたのですが……」
彼女たちが言いたいことが分かった。王女が呼んだ客は男で、多分別人になる前に手配した男妾か何かだろう。
「妻の客なら俺が挨拶しないわけにはいかない。そうだよな?」
不安げな二人が頷いた。そして俺が進もうとしていたのとは別方向を指さす。昨日俺と王女が寝た部屋がある方向だ。自分の意思で夫婦の寝室にどこの誰とも分からない男を連れ込んだならば本当に顔の皮が厚くて感心してしまうが、違うだろう。昨日俺にあの態度だったのだから、知らない男に襲われたら縮こまって気絶しているかもしれない。
「間に合えよ」
無駄に屋敷が広いとこういう時に不便だ。走って廊下を駆け抜け、人の声を探るが静かだ。仕方がないので魔力で気配を探知すると、やはり一番奥の寝室に二人分の気配を感じた。
「はぁ、分かったよ。今日はそういう気分なんだね。僕はいつもみたいに君も楽しんでくれてる方が好きなんだけど……」
見知らぬ男の声が聞こえてきた。勢いよく寝室の扉を開けると、乱れた衣服の王女と、顔も見たことのない男が立っている。
「なんだ?」
「……テオドール様」
「ああ、君の夫か。……初めまして、アレックスと申します。彼女とは長い付き合いで、今日も呼ばれて来ているだけなんだ。どうか僕のことを誤解しないで欲しいな」
「挨拶はいい。出て行ってくれ。そして2度とこの屋敷に足を踏み入れるな」
アレックスと名乗った男は眉を顰めた。
「エリーナ、ちゃんと夫に僕らのこと説明したの?怖い顔で睨まれてるよ。困るな」
王女は青い顔で首を横に振った。
「旦那様、彼女は一人の男で満足できる作りになっていなくて、毎日当番制になっているんです。もちろん旦那様がいらっしゃる時は邪魔をするつもりはありません。自分一人で相手をしようとなんてしないほうがいいですよ。知っていると思うけど、一晩でもかなり……」
下世話な話題に吐き気がして、剣を抜いて男の首筋に添えた。
「この屋敷の主人は誰だ?」
「ひっ」
男が両手をあげた。
「エリーナ!早くちゃんと夫に説明してくれ!じゃないともう来週からは泣いて縋られても来ないよ!」
王女の顔を見ると、俺の目を見てその瞳にじわりと涙を滲ませていた。どう見ても浮気がバレて青い顔をしている感じではなく、俺に助けを求めている。
「お前はクビだよ。王女は俺一人で満足らしい」
「は?!き、今日の分はちゃんと払ってもらうからな!」
男は捨て台詞を吐いて、走って部屋を出て行った。扉が閉まると、王女はいよいよ脱力して床にへたりこんだ。
「大丈夫か?」
華奢な肩がびくりと跳ね上がった。先ほど男に襲われたばかりで俺が近寄るのが怖いのだろう。
「だ、大丈夫です。申し訳ありません。何もされていません」
「そんなに怯えているのに、何もされていないなんてことはないだろう。心が傷ついただけでも十分被害にあってる」
俺は自分の上着を脱いで王女の肩にかけた。肌が見えないように前を合わせて隠す。
「さっきみたいな奴は全員解雇でいいよな?」
王女はまだ身体をびくりと跳ねさせ、それからゆっくり頷いた。
「金で雇われてない奴はいるか?」
その問いには左右に首を振った。
「……なぁ、あんた、王女とは別の人間じゃないのか?あまりにも人格が違いすぎるし、自分が呼んだ客も覚えてないなんておかしいよ」
希望を込めて、昨日から感じていた疑念を口に出すと、王女は呆然とした顔で俺を見つめた。
「それは、その……」
「話してくれ。俺にできることがあれば助けになるから」
「わ、私……私は、間違いなく王女のエリーナです。ただ、少し記憶が曖昧で……」
戻ってきた返事は俺の期待とは違った。
「記憶?」
「はい。記憶喪失、というか……エリーナとしての自覚が薄いんです。でも、覚えている記憶もあります。貴方に初めて会った日に、目を惹かれたことも覚えてる」
「記憶、喪失」
記憶を失っているということは、いつか記憶が戻ってくる。
愛の告白のような言葉も絶望でしかない。王女が俺の姿を初めて見たのは、騎士としての叙勲式だと思うが、そこで興味を持たれなければ今の状況にはなっていない。
この女は、俺の気持ちも確認せず、自分から気持ちを伝えることもなく、国王の権力で脅して無理矢理婚姻を結んだ女ということだ。俺の大切な村の尊厳を踏みにじり、人間を人間と思っていない。ついでにとんでもない男好きだ。
俺は、ここにいる人間が、俺と同じく王女から加害された存在だと思っていた。勝手に仲間意識のようなものを抱いていた。そうであれと望んでいた。
そうしたら、外側があの王女でも、中身が別人なら自分の妻として愛せると思った。
「そうか……」
「あの、ごめんなさい、責任を逃れようとして言っているわけじゃないんです。私の罪は自覚しております」
「謝るな。俺は人に謝られると許したくなる。あんたを許したら、何を恨んでいいか分からないだろ。ずるいよ」
「……っ!」
王女ははっとした顔をして、そして俯いた。また謝罪を口にしようとしたけどできなかった、ということだろう。申し訳なさそうな表情を見ていると、もういいよ、と言いたくなる。情が移りやすい自分の性格を恨みたくなる。
(別人じゃないなら、もっと嫌な人間のままでいてくれた方がよかったな)
普通に彼女を愛するには、今までの仕打ちがひどすぎる。それなのに恨み切らせてくれないなんて、本当にひどい女と結婚してしまった。
今朝方王女の瞳に映っていた俺の魔力の色は、夕方になり薄れてきていた。本当に性行為をしていれば一週間は保つはずだが、別の方法をとったから効果が持続しない。
この屋敷にいる使用人やメイドは国王の息がかかった者ばかりで、疑いを持たれるようなことはできない。戦争で活躍できても、こういう時にうち手がないところに、自分が庶民で無力な存在だと思い知らされて嫌になる。
「罪を自覚してるなら、今日も役目は果たしてくれ」
王女が小さく頷いた。
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