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第七話【最終話】

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 翌朝、リリーシアはぐったりしてベッドに横たわっていた。

(そ、想定以上だわ……!)

 ヒューゴは空が白んでくるまでリリーシアを離さなかった。体力が無尽蔵なのかと思うほどだ。
 リリーシアはもっと寝ていたかったのだが、部屋の外が騒がしいので目が覚めてしまった。

(なんなの?)

 扉が開く音がした。
 バーバラなら、気を利かせて入ってこなさそうな気がする。
 チリンという高い音が耳に入った。

 リリーシアは慌てて身体を起こした。

「ヒューゴ様!」

 紺と赤の騎士服に身を包んだヒューゴが、リリーシアの反応を見て目を見開いた。
 耳には昨日のような猫耳がついているし、首にもチョーカーがつきっぱなしだ。よく見るとトラウザーズは制服とよく似た別の服で、黒い尻尾が揺れていた。
 屋敷が騒がしかったのは、もしかしてこのせいではないだろうか。

 リリーシアは青い顔で口に手を当てた。

「こめんなさい、私のせいで……!」

 リリーシアはちょっと夫を誘惑しようとしただけで、彼の仕事に影響を及ぼそうとしたわけではない。

「いえ、俺が自分でつけたので、気にしなくていいにゃん。それより、昨日調子に乗りすぎて……大丈夫にゃ?」

 リリーシアは頷いた。ヒューゴの手を握って、正直な気持ちを伝える。

「ええ。とっても幸せでした」

 指に力を込めると、彼の頬に朱が差した。赤い瞳が昨日の夜のようにじっとリリーシアを見つめる。リリーシアも見つめ返したが、その視線を断ち切るように、ヒューゴが少し目を逸らした。
 
「騎士団に呪いの専門家がいるから、今日解呪してもらってくるにゃん」
「そうですか」
「だから、本当に気にしないで、ゆっくり休んでほしいにゃー」

 ヒューゴはリリーシアの頭を撫でて微笑んだ。
 兄にも昔はよく頭を撫でられていたが、それとは全然違う。ヒューゴの手が頬に移動した。リリーシアはその手を取って、甘えるように頬を寄せた。

「ありがとうございます」
「……! いってくるにゃー!」
「はい、いってらっしゃいませ」

 ヒューゴは手を離して、くるっと方向転換した。後ろ姿の揺れる尻尾を見て、呪いを解く前に尻尾を堪能させて貰えばよかった、と少しだけ後悔した。

 その夜、リリーシアは、騎士団の呪いの専門家でも解けなかったと意気消沈するヒューゴと顔を合わせることになる。
 リリーシアは彼を慰めながら尻尾を触らせてもらった。

 呪いは結局、丸三日で自然に解けた。

 チリンと音を立ててベッドに転がったチョーカーを見て、リリーシアは、「今度は私がつけてみようかしら」と言った。
 ヒューゴは、呪いのアイテムはそう簡単につけたらだめだと言って反対した。ちょっとだけ残念に思ったが、リリーシアの身を案じてのことだったので、リリーシアは頷いた。

 その数週間後、リリーシアは、ヒューゴがなにか迷っている様子でいるのが気になった。
 眠りにつく前に彼に尋ねてみることにした。

「どうしたの?」
「ん……んー……ちょっと。なぁ、リリーシア、実は頼みというか……」
「お願い事? なんでも言って!」

 リリーシアは、人にお願いすることはあってもお願いされることは稀。喜んで身を乗り出した。

 ヒューゴは頷いて、荷物の中から何か取り出した。鈴のついた、黒い紐だ。

「……!」
「知り合いの魔道具師に頼んで、呪いの効果を真似たものを作ってもらったんだ。つけていい? リリーシアが猫になってるところが見たい」

 つけていいかと尋ねながら、ヒューゴの手はすでにリリーシアの首にチョーカーを結びつけていた。
 チリンと鈴が鳴る。

「あ」

 リリーシアの頭から、ぴょこんと薄い桃色の耳が生えた。

「きゃっ」

 続いて後ろに尻尾が伸びた。リリーシアは気づいたらベッドに押し倒されていた。赤い瞳が、じっと自分を見つめている。

 大きな手が、リリーシアの頭を撫でる。そのまま猫の耳を指で優しく挟んだ。

「みゃあんっ」

 リリーシアが自分の声に驚いて手で口を塞ぐと、ヒューゴが口角を上げた。

「可愛い」

 言われ慣れたはずの「可愛い」という言葉が、リリーシアの背中をぞくっと震わせた。

「やっぱりこういうのは可愛い女の子がつけるもんだよな」

 そんなことない。ヒューゴも十分可愛かったと思ったけれど、リリーシアはそれを彼に伝える暇も余裕ももらえなかった。
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