気になるなら、花束を添えて

夏八木アオ

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第三話

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 翌朝から、二日連続でコルネーリアはヨハンとともに公園を一周した。
 彼と過ごす時間は話題が尽きないとは言えないが、コルネーリアがさりげなく手紙で書いたことを話題に出した時の返しからは手紙の内容を把握していることは伝わってくる。

(本当に、単純に喋るのだけ苦手ってこと……? じゃあ、しょうがないわね)

 三日間、一緒に過ごしてみた。彼は無口で無表情だが、それ以外おかしなところはない。
 コルネーリアは婚約者が想像と少し違うところを受け入れることにした。

 歩幅の違いについては、指摘すれば気をつけてくれる。
 一言は短いけれど、コルネーリアが質問すれば答えてくれる。
 もうしばらく一緒に過ごせば、きっと彼の接し方にも慣れるはず。そう思いながら朝の散歩に出かける。

「毎日同じ公園では退屈ではないか?」

 四日目の朝、同じ時間、同じ場所で集合した。いつもなら彼が差し出してくれる腕は、ヨハンの身体の横に真っ直ぐ添えられたままである。

「そんなことはありませんけれど」

 コルネーリアの目的はヨハンが本当に手紙を書いていたか確認することだ。完全に納得したわけではないが、一応その目的は果たしたといえる。

「私にとっては、王都の公園は目新しいですが、ヨハン様にとっては違いますものね……わかりました。朝の散歩は今日までにいたしましょう」
「いや、そういう意味ではなく……! どこか別の場所を案内しようかと」
「別の場所ですか。例えばどちらへ?」
「マーシーズのインク屋は……」

 王都で一番有名なインクの専門店である。コルネーリアはヨハンの様子を上目遣いで窺った。

「お仕事はよろしいのですか? 開店する頃には、出仕のお時間になっているのではないかと」
「……では、アルデンウッドの教会は?」
「アルデンウッド」

 コルネーリアはヨハンの呟いた教会の場所を頭に思い描いた。手紙にも登場したことがある地名だ。コルネーリアの知識が正しければ、馬車に乗って出かける必要があり、気軽に散歩して戻ることができる距離ではないはず。
 それを、王都にいるヨハンが知らないはずはない。

「興味はありますが、行って戻ってくる頃には、昼を過ぎていませんか……?」

 ヨハンは軽く眉を寄せた。
 少し視線を下げ、考え込むように黙っている。青い瞳が真っ直ぐコルネーリアを捉える。

「ああ。だが、早朝に出れば間に合う」

 コルネーリアは何度か瞬きした。
 ヨハンは真面目に提案をしているようだ。

 彼は、お互い日の出前に起きて、隣町の教会に行こうと言うのだ。仕度に時間がかかるのはコルネーリアのほうだが、ヨハンも仕事の前にわざわざ何時間も早起きしようとしている。
 そしてその提案を、コルネーリアが了承すると思っている。

 彼女は思わず声を出して笑って、頷いた。

「そうしましょう! 日の出前に起きるのは得意ですから、任せてください」



 五日目の朝、コルネーリアは宣言どおりに日の出前に起きて出かける準備をした。薄暗いうちにヨハンが馬車で迎えに来て、侍女を連れて王都から離れた街に向かう。

 アルデンウッドの教会は丘の上にあるこぢんまりとした教会である。
 季節の花が咲く素朴な庭に囲まれた古い建物だ。王都にある荘厳な雰囲気の教会と比較すると華やかさはないものの、大きな窓から青いステンドグラスを通して光が差し込み、壁や床は深い青色に見える。
 コルネーリアはまだ見たことのない、海を想像させるような場所。

「海はこんな感じなのですか?」
「そうだな。ここは少し暗い気もするが……いつか一緒に見にいこう」

 彼の声は柔らかい。ヨハンの表情は変わらないが、それでも目元は和らいでいると思い込むことにした。
 彼にとって一緒にいる未来は確定で、当たり前のようだ。そのことでコルネーリアの体温が上がる。
 とくとくと脈打つ心臓を落ち着かせるように深く呼吸してから、彼の隣に一歩近づいて、寄り添うように立った。

「私、結婚式をここであげたいです。お母様が許してくださるかしら」
「由緒ある教会だ。説得材料はある」
「神官様はお若くて顔がいいですか?」
「……穏やかで経験豊富な方だ」

 ヨハンはしばらく黙った。やがてぽつりと呟く。

「弟に神官のふりをしてもらうか」
「親族になるのに? 一生神官のふりをすることになりますよ!」



 アルデンウッドから、コルネーリアが滞在している屋敷に戻ったとき、庭の前には一台の馬車から男性が降りてきたところだった。
 金色に近い明るいベージュの髪をした背の高い男性だ。

 コルネーリアは、ヨハンに手を引かれて馬車を降り流。ちょうどその男性が振り向いた。青空のような青い瞳が、コルネーリアと目が合うとぱっと輝く。

「義姉さん⁉︎」
「ディーン、コルネーリア嬢だ」

 嗜めるようなヨハンの声に、ディーンと呼ばれた男性は笑って応えた。二人いるヨハンの弟のうち、五つ年下の弟の名前がディーンであると聞いていた。

「初めまして。ディーン・ルースです。やっとお会いできて本当に嬉しいです!」
「初めまして」

 戸惑いつつも、差し出された手を取ると、ディーンは力強くその手を握る。ヨハンが”若くて顔がいい”神官のふりをさせると言っただけあって、淡麗な顔立ちをしている。しかしそれよりも明るく花やぐような表情が、つい人に目を向けさせてしまうという印象の青年だ。

「ディーン、なぜお前がここに?」
「将来の義両親へのご挨拶。っていうのは嘘で、ロナルド様にテニスに誘われている。兄さんも来る?」

 コルネーリアは叔父の名前に反応した。
 ヨハンは首を横に振る。

「今から宮廷だ」
「殿下も誘ったら?」
「ばかいうな」
「残念。殿下は誘ったら来てくださると思うけどね」
「ああ、だから声をかけられないんだ」
「新しい技術で作られた飛んでもなく跳ねるゴムボールを持ってきたんだ。王宮御用達ロイヤルワラントにしたいとおっしゃるかもしれない。本当に信じられないほど跳ねるんだよ! 馬より高く跳ねる。見る?」
「見ない。早く挨拶して……」
 
 ディーンはヨハンを無視し、カバンから白っぽいボールを取り出して、地面に向かって投げつけた。
 ヨハンの頭より高く跳ねたそのボールは、ヨハンは無表情のまま掴んで、ため息とともにディーンの手に戻す。

「よく跳ねるのは分かった」
「だろ?」

 ディーンは誇らしげに笑う。
 ヨハンは小さくため息をついてから、コルネーリアに目を向ける。

「すまない。ロナルド様に一緒にご挨拶いただいてもいいだろうか?」
「え、ええ」

 コルネーリアは反射のように頷いた。



 ディーンの知り合いの妹も一緒に来るから、よければ話し相手に。
 そんな理由でコルネーリアもテニスをするためにコートに行くことになった。ディーンと、かなり年上に見える彼の友人、その妹二人、そしてコルネーリアの叔父のロナルド。
 不思議な組み合わせだが、知り合いの知り合いという繋がりができて意気投合したらしい。

 ひと試合を終えて、ディーンが駆け込むように日陰にやってきた。

「はぁ、暑いな!」
「叔父様ってすごく強いのね」
「ああ、うん。ロナルド様は腰が痛いとか言って老人のふりをしてくるけど、容赦ないんだよ。まだ一度も勝てたことがなくて。コルネーリア様、何か弱点を知らない?」
「叔母様じゃないかしら。叔母様を連れてきたら、かっこつけたくて手が滑るかも」
「試してみる価値はあるな。今度誘ってみよう」

 ディーンが、彼の友人と次の試合を始めた叔父に目を向ける。
 青空のような瞳が、パッとコルネーリアに向いた。

「暑すぎて干からびそうだ。あっちでレモネードを用意してもらってるからもらってくるね」

 コルネーリアが返事をする前に、ディーンは走って使用人のいるところまで向かう。そしてまた走ってきた。暑い暑いと言いながらも走って行って戻ってくる様子がおかしくて、つい笑ってしまう。

「走ったらもっと暑くなるじゃない」
「もちろんだよ。そのほうがレモネードが美味しくなる。コルネーリア様も走ってくる?」
「結構よ」

 コルネーリアは、ディーンからレモネードを受け取った。
 ハチミツとレモン果汁を、水で割った爽やかな飲み物。普段コルネーリアは甘いものを飲まないが、断るほど嫌いなわけではないので、そのまま口をつけた。
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