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第5話 僕は妄想が止まらない

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 こんこん
 そんな音が聞こえて、僕は眼を覚ます。
 いつもとは違う布団の感触だ。毛布は……車に常備しているもの。

 ……ああ、そうだ。
 タイムスリップしたんだった。

「あかりさん、起きてるッスか?」

 ふぁ~。
 この声は、ムタくんだ。
 彼は約束通り、バックルームには入らなかったらしい。おかげさまでよく眠れた。

「いま、起きたところ。ちょっと待ってて、着替えるから」

「了解ッス!」

 昨日干した服は、少し湿っている。
 一晩では乾かず、けれどそれ以外に着る服もないので、若干の肌寒さと気持ち悪さを感じながら服を着た。

「男物のパンツより、マシかな」

 普段から女物パンツを履いていてよかった。完全に女の子になったから、フィットしている。
 元々履いていたパンツはカバンの中に仕舞い込んで、バックルームを出た。

「おはよう、ムタくん」

「おはようッス。あかりさんもテキトーにパンでも食いませんか?」

「そうさせてもらおうかな」

 ムタくんの隣で、僕も彼と同じようにパンを選ぶ。
 朝だからコロッケパンとか、そういう重たいものは控えて、食べやすそうなものを一つ手に取った。
 昨日ご飯を食べてみた感じ、胃の中に入る量が減っているのだ。それも、女の子になった影響だろう。

「さて、じゃあそろそろ情報交換でもしよっか」

 昨日の時点では、まだ夢の中だとか、ドッキリだとか、そういう可能性はじゅうぶんにあり得た。
 だけどもう、これは現実なのだ。そう認めるしかない。いつまでも夢だと思って過ごしていたら、すぐに死んでしまいそうだ。あの巨大ミミズとか、そういう類に食べられたりして。
 僕は椅子に座り、正面にムタくんが座る。ムタくんは入り口側だから、僕からだと外の様子が見える。
 陽の光が降り注いでいて、通りを行く人々はそれなりにいた。腕時計の時間はまだ7時半なのに。
 朝早いなぁ、と思いながら見ていると、軽自動車の周りに甲冑を着た人が5人ほど集まった。

「……やっぱりちょっと待ってて」

「え? あかりさん、どうしたんッス……あ」

 僕の視線を追ったのか、ムタくんはすぐに気付く。
 だけど、なんだろう。
 あの甲冑の人たちは兵士か何か?
 ヘルメットはないから、その顔はよく見える。いずれもヨーロッパの人とか、アメリカの人とか、現代の白人みたいな人たちだ。

「あかりさん、俺が先に行くッスよ」

 僕のことを手で制して、ムタくんが店の外に出た。それに気づいた兵士の一人が、ムタくんに何か言っているようだ。
 僕も会話を聞くために外に出る。
 一番話をしなきゃいけないのは僕であって、彼じゃないのだ。

「この機械自動車に乗っていたのは女だと報告を受けているのだが……というより、君はいまどこから現れたのかね?」

 ちょうど外に出ると、ムタくんが正体を聞かれているところだった。
 案の定というべきか、兵士の言葉からコンビニそのものが目に見えていない可能性が大きいと判断する。

「俺はこのコンビニのアルバイトッスよ。その車の持ち主になんか用ッスか?」

「こんびに、とはなんだ? ……いや、いまはそれはおいておこう。まずは、そう、彼女に聞きたいことがある」

 兵士はムタくんから僕に視線を移し、僕に対話を望んだ。いろいろと世話をしてくれたムタくんに、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないし、ずっとコンビニにいるわけにもいかないだろう。
 ましてや、ムタくんは僕に好意を持っている、はずだ。
 あまりにも側にいすぎるのもダメなことだと思うし、僕は別に、一人の友達としてしか見ていない。
 いずれはムタくんを振らないといけない時が来るのなら、今でもいい。

「私に用があるようですけど……」

「その前に、名前を教えてもらおうか。我輩はアトラス教総本山・ピスパニア市国本部に所属する聖皇騎士《せいこうきし》隊第6師団1番隊副隊長、ゼル=マリス・ガールイドという。ゼルと呼んでくれ」

 なんだかやけにご大層な名前が飛び出した。
 聖皇騎士というのもそうだし、第6師団というのもそうだし、1番隊というのもそうだ。
 すくなくとも、彼はその聖皇騎士とやらの中で、12番目くらいには強いのだろう。

「わかりました。……私の名前はあかりと言います。本庄あかりです」

「アカリ……ふむ、そうか。ではアカリよ、君にはアトラス教会本部に来てもらう。理由は追って説明しよう。なんなら、ボーイフレンドの彼も付いて来てくれて構わない」

「ぼ、ぼーいふりぇっ!?」

 ゼルさんはムタくんを、僕のボーイフレンドだと勘違いしたらしい。
 全然違うのだけど。
 ムタくんがあまりのことに舌を噛んで、とても痛そうにしている。
 僕は別に、ムタくんがいなくてもいい。
 これだけ古い世界なのだ。性奴隷がいてもおかしくない。もしかしたら性奴隷のお誘いかもしれない。なら、なおさら一人で行くべきだ。

 すると、ちらっとムタくんが僕を見た。

「わ、わかりました! 俺もついていくッス!!」

 彼は表情を驚愕に染めた後、ゼルさんに向かって言った。
 何がどうしてそうなったんだ……。

「アカリ、ここからは徒歩で移動するが、問題ないか?」

「それは……」

 徒歩で移動……つまり軽自動車は置いて行く。
 僕の相棒を置いて行って、もし何かあったら……。しかも、こんな右も左もわからない世界で、ナビ機能が使えるというのは大きなアドバンテージ。
 さすがの僕でも地図の重要性は理解している。
 ナビの地図がなければ、僕はここまでたどり着くことすらできなかったのだ。
 それに、軽自動車の機動力というか、速度というか、走れる距離というか。
 馬車とはたぶん、比較にならない。
 そんな高性能ともいうべき軽自動車を置いて行く?

「心配せずとも、この機械自動車は我々、第6師団1番隊が責任を持って守る。この場所もだ。もし我輩の言葉が信用できないというのであれば、言霊を使ってもいい」

 凄い目力だ。
 自分は圧倒的な力を持っているんだぞ、と。
 我々が守るのだから世界一安全だ、と。
 そんなことが目だけで伝わってくる。

 ……言霊という言葉の意味がわからない以上、信用できないとは言えない。
 信用できないと言って、ならば言霊だ、と言われたらどうすればいいのかわからない。
 この時代ではない、別の時代から来たのだとバレてしまう可能性もある。

「……ここは慎重に」

「ん? 何か言ったか?」

 ゼルさんに僕の小声は聞こえなかったようだ。
 僕はいえ、と作り笑顔でゼルさんの疑いを振りほどく。

「わかりました。それの管理はお任せします。私たちが戻ってくるまで」

 ところで、ムタくんは本当に付いてくるのだろうか?
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