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「その枝には大公殿下を惑わす呪いがかけられております。そして、あなた様が腕に抱かれている者は悪魔と契約した背教者。どうか目を覚まされて……」
「これ以上、我が妻を愚弄するな!」

 ソルフォードの一喝にエクターは肩をすくませて押し黙った。そして、自分を冷ややかな目で見る男を信じられないという顔で見る。
 たしかにソルフォードは誰にでも“平等”に笑顔を向ける。“余裕”があれば親切もする。それを自分への特別の好意だと、勝手に誤解したのはエクターだ。
 華の神子たる自分が、物語の主役が、雄華達全員から愛されるのが当たり前だと。

「我が最愛に害がないならと放置していたがな。
 お前の“演技”は透けて鼻についていたぞ。あのときの廊下での返事をはっきりと言おう。
 我が心は幼き日の誓いよりアルクガードのもの。この枝は先々代の華の神子より賜った、二人の誓い。なにが呪いなものか」

 そこで言葉をきって、エクターを軽蔑のエメラルドの瞳で見つめたソルフォードが告げた。

「お前のような“偽物”は死んでもゴメンだ」

 その言葉にエクターは大きく目を見開いた。いつものように「ひどい……」と空々しい涙を流すことなく、その表情はまさしく空虚。なにかがパリンと壊れたような音をアルクガードは聞いたような気がした。

「な、なんでよ!」

 それは絶叫だった。「なんでよ! どうしてよ1どうして! どうして! 僕は主人公なんだ。なんだよ!」とまるで呪いの呪文のごとく、ぶつぶつとエクターは繰り返す。その異様な様子に、周りを取り囲んだ大公家の使用人達も、一歩後ずさったほどだ。

「あなたなんて!」

 金色の巻き毛をかきむしるように頭をかかえていた姿から一転して、顔をあげてエクターはアルクガードを指さした。

「誰とも結ばれない悪役の破滅処刑ENDがお決まりだったのに、なんで“あたし”の“大本命”の大公殿下と結ばれているのよ! 超絶美形の上に、超お金持ちで、大公殿下なんて超セレブの、あたしのソル様と結ばれるのは、このあたしよ!」

 エクターの口から飛び出した理解不能の言葉に、周りの者達はポカンとしている。アルクガードを守るように抱きしめるソルフォードの眉間にも怪訝なしわが寄っている。
 アルクガードだけは理解していた。“彼女”そう“彼女”だ。おそらくエクターの“中身”は自分と同じくゲーム世界に転生してきたもの。
 そしてこのゲームを熟知しているのを利用して、攻略対象達の好感度をあげ、愛される平民の神子を演じてきた。

「あたしは誰からの愛されるハーレムエンドを迎えるはずなのに、大本命の光のプリンツと結ばれるのは決定ルートだったのに、なんで攻略対象でもない悪役令息のあなたが……。
 あなたなんて処刑ENDがお似合いよ! さっさとこのお話から消えて……」

 そしてエクターの言葉はそれ以上は続かなかった。
 なんの前触れもなく、その姿は消えてしまったのだ。自分がアルクガードに投げかけた言葉のとおりに。

 当代の華の神子は忽然と姿を消してしまった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




「おそらくは物語から放り出されたんだろうな」

 大公邸の二人の寝室。騒動の後始末が終わればとっくに夜だった。
 忽然と消えたエクターに三銃士達は呆然としていたが、そのまま役人に連行されていった。しばらくは牢屋のなかだろう。貴族の子弟だから、そう悪くもない窓に格子がはまった貴賓室だろうが。
「放り出された?」
 寝台に腰掛けた、アルクガードの横にソルフォードが腰掛ける。二人の大切な蕾のついた枝は、バスケットの中、ベッドサイドの小卓におかれていた。

「私の知るゲームのエクターというのは、毒にも薬にもならない主人公だ。善良で優しく姿形は美しいが、それ以上でも以下でない。が、なぜか攻略対象の雄華達には好まれる」

 いわゆる影の薄い主人公という奴だ。

「エクターの“中身”はこの世界を熟知していて、あらゆる攻略対象に愛想を振りまいて、彼らの好感度をあげた。
 ただし、攻略対象外のうえに処刑END決定の私は“どうでもよかった”わけだ」

 まあ、どうでもよかったわけではなく、むしろアルクガードに冷遇されていると見せつけ、遠回しの言葉で攻略対象達に泣きつけば、可哀想だと彼らの好感度はさらに上がったわけだが。

「実際、すべての男子の好感度をあげてのハーレムルートの先に最難関と言われる大公プリンツルートが開かれるわけだけどなあ」

 それをあのエクターは狙っていたのだろう。あたしの大公殿下なんてわめいていたし、彼女もまたソル様推しって奴か? 

「どころが、お前が私と結婚するなんて“ルート外”の事態が起きた。予想外の展開に慌てたあれは、見事な演技で被り続けた良い子の仮面脱ぎ捨て、自分の信奉者である三銃士をあおり立てて、凶行に走ったわけだ。
 だが、それは毒にも薬にもならない人の良い主人公がする行動ではない」

 華の神子は善良であり、他人の幸せも祝福できる“良い子”でなけれぱならない。

「だから、この世界から放り出されたと?」
「あくまで憶測だけどな」

 どちらにしてもエクターは忽然と消えた。
 元の世界に戻ったのか? いや、転生したのなら、あちらでは死んでいるのか? 
 まあ、アルクガードにもわからないことだ。自分だってなんでこの世界にいるのやら……だ。
 ふいに横に並んで座っていたソルフォードにぎゅうっと苦しいぐらいに抱きしめられた。突然のことで、アルクガードはその朱暗色の目を見開いたけれど、すぐに彼の不安に気付いて、その背中に手を回す。

「私は消えないよ」

 エクターが消えたのなら、自分の最愛も……とこの夫が不安になっても仕方ない。ぽんぽんと幼子にするようにその広い背中を軽くたたく。

「確証はないけど、そもそも私は誰とも結ばれずに破滅処刑ENDの運命のはずだったんだ。それを覆そうと、三十六回払いの慰謝料をエクターに提示して、自分は修道院に籠もってひっそりこの世界の片隅で暮らそうと思っていたんだが……」

 それがあれよあれよというの間に、この男にからめとられてしまった。本来なら結ばれるはずもない、ソルフォードに。

「攻略対象外の悪徳の黒薔薇が、光のプリンツと結ばれるなんて、あり得ないんだ。それでも、私はここにいるんだから、ここにいていいんだと思う」
「君が消えることなんて許さない。俺がこの腕に囲んで離さない」
「すごい執着。もしかしてお前のその想いが、私をこの世界に繋ぎ止めているのかも……」

 それ以上の言葉は、愛しい男の唇の中に吸い込まれた。




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