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ハッピーエンドこぼれ話、その一

宇宙年齢の恋

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 アウレリア王国、王都アウラ。

 その上空に、白い飛竜の二つの姿が見えると、都の人々は思わず空を見上げるのが、習慣となっている。以前から白い飛竜一頭のときでも、少年達はあこがれの目でもって、聖竜騎士団長がまたがっているだろう、その大きくて白い飛竜の姿をみたものだ。
 今はその大きな飛竜の名も有名なギングの横に、一回り小さな白い姿がある。この飛竜の名もすでに王都の人々のあいだでは、有名である。

「王様のギングと、賢者様のクーンだ!」

 本当は“王代理”なのだが、王都の人々からすれば彼はこの一年でころころ変わったあげく、王となるのに不安な噂ばかりだった暫定皇太子から、ようやく迎えられた本当の王様だったのだ。
 さらにはその王様の横には、この世界が闇に包まれようとしたときに、王と力を合わせて魔王を倒した異世界からいらした賢者様もいるのだ。

 いまや、少年達だけではなく大人達まで余裕があれば手を止めて、空に舞う二頭の飛竜を感謝と敬愛の眼差しで見上げる毎日だ。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 王宮の上をぐるりと旋回した、ギングとクーンにのったヴィルタークと史朗の二人は、そのとなりにある聖竜騎士団の本部の敷地に降り立った。



 RuRuRuRuRuuuuuuuuuu



 クーンがその長首をそらして頭を天へと向けて、鈴を振るような美しい声を響かせる。本部の敷地にいた雄竜達が、そわそわと彼女を見る。



 Hoooooooooon!



 横に降り立ったギングが同じように空に向かって、高々と鳴く。それは堂々たる王者の竜のホルンのような一声だ。『どうだ?』といわんばかりのギングの牽制に見渡す彼から、他の雄竜達はさりげに視線を逸らす。

 そして、得意げな彼はクーンを見るが。
 女王竜はツン!とばかりにそっぽを向いて、ギングは少ししょぼくれたのだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「あの二頭あいかわらずだね」

 王宮の長い廊下を行きながら、史朗はヴィルタークに話しかける。聖竜騎士団長としての制服はそのまま、正装用の紺色に銀の房飾りのマントを羽織った姿は、堂々として凜々しい。長身で厚みのある体躯の彼にはよく似合っていた。
 あの二頭とはギングとクーンのことだ。ギングは最初からクーンにひと目惚れだったようだが、クーンの態度は最初からつれない。

「飛竜も野生だからな。動物の雄雌の求愛というのは、ああいうものだぞ。たいがい雄が必死で、雌は最初は気のない態度をとる」

 落ち着いた声で答えながらヴィルタークは「ふーん」とちょっと納得してない声を出す史朗に目を細める。

 伸ばし始めた黒髪はひらひらと肩につくぐらいに伸びた。今日もメイドのクラーラが手の込んだ編み込みを両わきをまとめた髪に施している。艶やかな黒髪に縁取られた白く丸みを帯びた頬に、黒曜石のような輝く黒い瞳、長いまつげ。物言いたげに少し開いた、淡い紅のふっくらとした唇。
 背の高さはヴィルタークの肩ほどと小柄で、ぱっと見、少女のような容貌であるが、この外見で彼を馬鹿にするものなどいない。異世界からやってきてこの世界を救った賢者なのだ。

 むしろ、その可憐な容姿さえ神秘的だと国王代理であるヴィルタークとともに民に人気がある。

 本日はヴィルタークとは対照的な白の毛皮の縁取りがついたマント姿だ。まるで雪の妖精のような可愛らしさに、道行く宮廷人達が振り返る。とくに女官達の視線が熱心だ。賢者様のまとう服の色に髪飾りのリボン、靴にいたるまで、すぐに貴婦人達の流行となるのは本人だけが知らない。
 おそらくは次の宮廷主催の夜会あたりで「今日はやけに白いドレス姿の御婦人が目立つね」と言うぐらいだろう。クラーラが選んだ、次に宮中で流行るだろう衣装をまとって。

 長い廊下の突き当たりが現在の仮の玉座の間だ。本来の玉座の間は例の魔法王復活のときに半壊して現在補修中なので、大広間を現在使い回している。
 王の代理と賢者が来たことを知らせる先触れの声とともに、天井までの両開きの扉が開いて、ヴィルタークと史朗がはいる。

 宰相であるムスケル以下の大臣達や貴族達が右に、そして今回、諸国を外遊しているヘッラス国の王子とその供の使節の者達が左に並んでいる。

 ヴィルタークと肩を並べて、彼らの前を通り過ぎながらちらりと史朗は使節を見る。アウレリア王国の衣服はヨーロッパの宮廷風だが、彼らの一枚の布をまとった正装はどこか古代のギリシアかローマを思わせた、そこらへんの区別は史朗にはよくわからない。
 頭に銀細工で作った葉っぱの冠を乗せた。青年が中央に立つ。これがバッコス王子だろう。他の者達は頭にはなにもつけていない。

 黄金の玉座の右にヴィルタークが左に史朗が立つ。
 その椅子にヴィルタークはけして座ることはない。自分は国王代理ではあり王ではないという、彼なりのけじめなのだ。
 ただし、どうして自分がその玉座の左に立たなければならないのか?史朗は未だ疑問だ。実際、最初はとんでもないと断ったのだ。自分はムスケルや他の人達と一緒がいいだろうと。そしたらヴィルタークが良い笑顔で。

「お前は王宮の廷臣ではないだろう?国王代理と同格の顧問にして、国を救った賢者殿?」

 と、こんなときだけ強引で最初の外交使節がやってきたときから、ヴィルタークとは反対側の玉座の左に立たされている。
 さすがにこれは王の代理の権威としたどうなんだ?とムスケルに言っても「いやいや、むしろ賢者殿が横にいれば、王の代理殿の権威はいや増しだろう?」と言われてしまった。「私は竜に蹴られたくないぞ」との声もしっかり聞こえていた。竜に蹴られるとは、史朗のいた日本では人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて……なんとやら……と同意語だ。

 そんなことを考えていると、国王代理であるヴィルタークへの挨拶を終えたバッコス王子が、目の前に立つ。くるくる巻き毛の茶色の髪に緑の瞳のなかなかの美男子だ。ヴィルタークには負けるし、軽薄そうな雰囲気がちょっとするなぁ~とは思ったけれど。
 「名高き異世界の賢者殿とお会いできるとは光栄です」と王子は挨拶し、史朗も「遠路はるばるよくいらっしゃいました」と型取りの挨拶をした。

 しかし、バッコス王子はそこで立ち去らず、自分の前に片膝をついたのに「ん?」と思う。彼は史朗の片手をうやうやしくとって、そしてキラキラと輝く緑の瞳で彼を見上げた。

 後ろのヘッラスの使節団達がぎょっとしている。「また殿下の悪いクセが」なんて思わず口に出しているものも。
 それに構わずバッコス王子は「まさかうわさの賢者様がこれほど麗しい方とは」と感嘆のため息を一つつき。

「その漆黒のつややかな髪に、黒でありながら星の様に輝く瞳にすっかり心奪われてしまいました。
 麗しの賢者様、どうか、あなたに囚われたこの哀れな恋の奴隷の愛を受け入れてくださいませんか?」

 「え?は?」と史朗がとまどう間に横から力強い腕が伸びて、史朗の肩をヴィルタークが無言で抱いた。当然、バッコス王子が史朗の片手を取るそれをべりっと引きはがしてだ。

 後ろにいた使節団は慌てて「う、うちの殿下が失礼を!」とバッコス王子を丸太のように抱えて、仮の玉座の間を出ていった。

 なんだったんだ?と目を丸くする史朗と、不快そうに眉をひそめるヴィルタークと、呆然とする廷臣達と、そして一人面白そうにニヤニヤするムスケルが残った。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「博愛主義と自由恋愛主義?」

 王の代理、ヴィルタークの執務室にて。ヘッラス王国の使節団はあのあと平謝りで、バッコス王子は出て来なかった。ヴィルタークは寛大な心で彼らの謝罪を受け入れた。

 まあ、実際こんなことで南の島国の小国とどうこうことを構えるつもりはない。
 で、今はムスケルからヘッラス王国とバッコス王子について、ヴィルタークも交えて話を聞いていた。
 大陸の南にある大小様々な島国を統治するバッコス王国は、その南国の気候もあってなのか、人々は大変恋愛に奔放らしい。

「あのバッコス王子というのは、その申し子みたいな人物で、好みとあれば男女問わず、既婚に未婚構わず、さらに恋人の双方ともに付き合っていたという事実まで発覚して、揉めまくったらしい」

 ヴィルタークは無言で執務机の椅子に座り腕組みしているし、史朗は「せっそうなしだね。あきれた」というばかりだ。そんな相手は元からゴメンだし、自分にはヴィルタークもいる。

 いや、そもそもあの軽薄王子は男だ。偏見はないが史朗は元々、男が好きなわけではない。
 たまたまヴィルタークを好きなだけ……ってこれ、すごい恥ずかしいぞと思う。

「それでただでさえ爛れた……もとい自由なヘッラス宮廷が、あの王子一人で荒れまくってな。しばらく国外に出ていろと放り出されたらしい」
「つまりはほとぼりを冷ませと?」
「そういうことになるな。ちなみに遊学のために一番最初に訪ねたのが、このアウレリアだ」

 史朗はますますあきれた。

「最初の国でやらかしてどうするの?」
「だからこそのお目付の使節団のあの多さだろう?くれぐれも失礼がないようにと、あの王子に口を酸っぱくして言い聞かせたに違いない。
 おそらくだが噂の大賢者ときいて、髭の爺さんだとてっきり思いこんでいたんだろうさ。それがまさかあの奔放王子の好みのど真ん中とは」

 「もてもてだな賢者殿?」なんて続けるムスケルに「よしてよ」と史朗は答える。

「ちっともうれしくない」
「それでどうする?シロウ。舞踏会には欠席するか?」

 ヴィルタークに聞かれて、史朗は首を振る。
 昼間の謁見式のあと、玉座を片付けたあの大広間にて、今夜は舞踏会が開かれることになっていた。当然、あの王子の接待のためなのだから出てくるだろう。

「無理をしなくいいのだぞ。というより、俺は正直出て欲しくない」
「あなたらしくもないね、ヴィル。僕はびっくりしただけで嫌な思いはしてないし、向こうの使節団は平謝りだったんだから、あの王子が近づいてくることはないはずだよ。
 それに僕が欠席したら、あなた踊らないでしょう?」
「当たり前だ。お前と最初と最後に踊らないのなら、誰の相手をするつもりはない」

 王宮の舞踏会では国王代理であるヴィルタークは必ず最初と最後は史朗と踊った。このために女性側の踊りを覚えさせられたぐらいだ。
 史朗と踊ったあとならば、他の貴婦人達の申し込みをヴィルタークはこころよく受ける。国王代理たる彼が中心の夜会なのだから、社交辞令としても御婦人の相手を務めないのでは盛り上がらない。
 そして、最後の踊りは必ず史朗と……これも決まりだ。

「そんな顔しないの」

 史朗は指を伸ばして、ヴィルタークの眉間にうかんだしわを伸ばすみたいに、なでなでする。

「僕は平気。あなたの最初と最後のお相手はするから」
「身辺には十分気をつけてくれ。とくにあの王子にはな」
「すっかり危険人物だね。あの軽薄王子」

 くすくす笑っていると「あの……私もいるんだが」とムスケルに声をかけられて、史朗はあわててヴィルタークの眉間から指を引いた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 舞踏会が始まった。

 最初にヴィルタークと一曲踊ったあと、史朗はさりげなく広間から逃げるのが普通だ。
 このまま居残っていると「賢者様も一曲いかが?」なんて着飾った貴婦人達からお誘いを受けてしまう。
 実は女性の側しか踊れませんとは言えない。男性側をヴィルタークが教えてくれないのだから仕方ない。踊りの練習だって、自分が他の人物と踊るのを彼はひそかに嫌がってる風なのだ。

 誰にでも公正で公平で心広い王様代理が、実は恋人には結構嫉妬深くて狭量とか……なんか可愛いとは思うけど。
 そんなわけで密かに大広間を抜け出して、今日は王宮の庭をそぞろ歩くことにした史朗だった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「ああ、麗しの賢者様……」

 王宮の植え込みの迷路の庭。その中央の噴水広場にて、声をかけられた史朗はギョッとした。木陰から姿を現したのは、バッコス王子だ。
 監視の目をかいくぐって、史朗のあとを追い掛けてきたのか?この行動力は感心というか、だからこその国から放り出される放蕩ぶりだというべきか。

「僕はひと目見たときから、あなたのとりことなってしまいました」
「はあ、どうも」
「ああ、夜のかがり火の中で、ますます美しいその黒い髪に、黒い瞳。どうか、どうか、この僕の中に燃えあがる情熱の炎をわかってください。
 僕はあなたをひと目見て、百年、いや、千年の恋に落ちてしまった」
「…………」

 つつつ……と身を引こうとした史朗の手を強引とは言えない力加減で、捕らえて切々と語り駆けるのはさすがだ。
 しかし、百年、千年の恋って、それでよく相手をころころと変えられるなあ。この男の恋愛脳では時間の単位が違うのか?と思う。

「あの玉座の間にて、たった一瞬、ひと目であなたをそれほど愛してしまった。どうか、僕の愛を受け入れてください」
「嫌です」

 史朗はきっぱりといって、するりとバッコス王子の手から自分の手を抜いて取りもどした。

「なぜ?」
「僕は別に博愛主義だか自由恋愛主義を否定するつもりはないよ。そちらのお国柄で文化だもの。
 だけど、僕にはたった一人と決めた人がいる。君は百年、千年といったね。だけど僕にとってはそれは138億年の想いだ」

 単なるたとえだ。元の世界にいたときに宇宙の寿命が今まで言われていたのより、一億年長いと聞いたその年齢。

 賢者だった自分がいた世界の崩壊はもっと早かったように思う。箱船を送り出して、次元のはざまをさまようあの城で、どれほど過ごしたかなんて……忘れてしまったけれど。
 「138億年」とぼうぜんとつぶやいていたバッコスだが、やにわ瞳を輝かせて「なんて情熱的な人なんだ」とさけんだ。

「それほどに愛していただけるならば、この僕もそれだけの愛をあなたに、とても諦めきれない!」

 もうしつこいなあ……と史朗は思う。そうして、前のめりになる王子の後ろを見て、軽く目を見開いた。

「僕に愛をささやくより、君、背後に気をつけたほうがいいよ」

 指をさして示してやれば、王子は「ん?」と振り返り「ひいっ!」と声をあげる。

 黒いもやのような人型の大きな固まりが王子の後ろにいたのだ。赤く目を光らせて血の涙を流して、王子に向かい銀色に光る爪を伸ばす。
 だが、その爪が王子にふれる瞬間に、青く光る呪文の鎖がその腕をとらえた。そこから黒い魔物の全身にそれが絡みつく。

 腰を抜かして尻餅をついた王子越し、史朗は歌う様に詠唱する。両手で包み込むようにしてぽうつと丸く輝く球体は水の魔法紋章。唱えるのは浄化の魔法。
 黒い魔物は「ニクラシイ、ノニ、ドウシテ、スキ」と言い残して消えた。

「や、やはり、あなたは私の救い主だ!清らかな賢者様!」

 立ち直りが早いのか、尻餅をついていた王子はばっと立ち上がって、史朗を抱擁しようするが、その腕はすかりと宙をかいた。後ろに引いた史朗に向かい、彼はなおも口を動かし続ける。

「あ、あれは私が国にいた頃から出た魔物でして、国外に出れば逃れられると……」
「あれは生き霊だよ。君が泣かせた者達の想いの集合体」

 そう告げるとさすがに王子は顔をこわばらせた。史朗は「それだけ君のことを好きだったってことだよ。だから憎らしいとも言っていただろう?」と黒い瞳でじっと見つめて続ける。

「博愛主義も自由恋愛も僕は否定しないと言ったよね?でも、人の心を傷付けるのはダメだよ。あんなに泣かせてはね。人を愛するなら、その人を幸福にしないと。
 僕はたった一人しか愛せないし、その人を幸せにするつもりだけど、君は君の愛した全員を幸せに出来るの?」

 言い残して史朗はぼうぜんとしている王子を置いて、すたすたと広間に戻った。そして、最後の踊りをヴィルタークとともにして舞踏会をあとにした。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 玉座の間。
 短い滞在を終えたバッコス王子が、別れの挨拶へと来ていた。

 王子とはあの夜会以来会っていないが、実は毎日のように恋文が届いてた。その内容は「賢者様のお言葉で僕は真実の愛に目覚めました」だの「今までの僕の罪をお許しください。これからのすべての愛はあなたに捧げます。僕の聖賢者様」だの、信仰告白か?と思うような内容だったが、返信は面倒くさいのですべてムスケルに回した。「なぜ私が?」と言っていたけど「外交問題でしょ?」とむりやり押しつけておいた。

 さて、王子の挨拶を受けたヴィルタークは微笑さえ浮かべていて、さすがだなと史朗は感心した。こういうことで顔に出していては、国の代表は務められない。
 さて史朗の番となって、バッコス王子が「お別れするのが、お名残おしゅうございます」と懲りずに史朗への愛を語ろうとしたところで、横から伸びたヴィルタークの腕が、そのまま史朗を抱え上げて、さらには唇を重ねた。

「え?んっ…ふぁ……」

 ただ唇を重ねるだけでなく、これ玉座の前でしていいの?というキスだ。唇を離された頃には史朗は、くったりとヴィルタークの腕に身を預けていた。
 その賢者殿を抱きしめた国王代理殿は大変良い笑顔で、目を見開いている王子を振り返り「こういうことなので諦めてくれ」と告げた。

 こくこくと博愛主義の国の王子はうなずいたという。

 はた迷惑な王子様だったが、あの舞踏会から史朗以外を口説きもしなかったらしいから、そこは感心してよいだろう。王子が一日に一人も声をかけないなどと、お目付役達は驚いていたらしい。まったく、今までどれほどだったのだ。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 RuRuRuRuRuuuuuuuuuu
 Hoooooooooon!



 ヴィルタークと史朗が住む、王都郊外の侯爵邸。緑の庭に卓を出してお茶を楽しんでいれば、池の向こうにいた二頭はあいかわらず、クーンにそっぽを向かれても、ギングは諦めずにある程度の距離をとって寄り添っている。

「ホント、ギングって忍耐強いよねぇ。そのうちクーンだって呆れられちゃうんじゃないの?」

 いくら主人だからといって、飛竜達の恋愛に口を出すつもりはないけど、こうなるとギングが気の毒になってきた……と史朗は思う。

「それはないだろう。初めからギングは百年待つつもりだしな」
「ひゃ、百年!?」

 それって長すぎない?と史朗は目を丸くしたが、ヴィルタークいわく、飛竜の寿命というのは人間の倍以上はあるんだという。

「聖なる山であるオンハネスから出てくるのは、若い雄ばかりだ。己のたった一人の主人の呼びかけに答えてな。
 そして、己の主の命が尽きたときに山に帰る。そのあと、雌と番になって次の竜が産まれるんだ」

 つまり、雌でありながら山から出てきたクーンが例外で、二人の出会いはもっとあとになるはずだったわけだ。

「それにクーンとて冷たい態度に見えるが、他の雄にはあれよりもっと酷いぞ。見向きもしないで、近寄せることもないからな」
「ああ、そういえば……」

 たしかに他の雄竜なんて眼中にないって感じだ。クーンが怒ったり反応したりするのはギングだけなのだから。

「これってツンデレって奴?」
「なんだそれは?」
「安心して、僕はヴィルにそんな態度とらないから。百年どころか、138億年後に出会ったんだし」

 不思議そうな顔をするヴィルタークに微笑んで、史朗は「宇宙年齢の恋だよ」と答えた。






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