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ハッピーエンドこぼれ話、その一
ハニーハニームーン 前編
しおりを挟むゼーゲブレヒト侯爵邸。
国王代理となったあとも、ヴィルタークは王宮に居を移すことなく、変わらず王都郊外のこの屋敷に住み続けている。変わったことといえば、国王代理の警備のために、近衛の兵士の詰め所が門に作られたぐらいだろうか。
朝、目覚めた史朗はクラーラに朝の仕度を手伝ってもらい、三階の寝室から二階の朝の食堂へと降りる。
「おはよう、史朗」
「おはよう、ヴィル」
壁一面の格子の窓から差し込む朝の光に照らされたヴィルタークが微笑む。いつものように、椅子に長い足をくんでゆったりと腰掛けて、新聞を読んでいる。
その横の椅子に史朗も、ちょこんと腰掛ける。彫りの深い顔立ちに、まだ聖竜騎士団の制服の上着を着ていないから、シャツ一枚のその姿は、光にすけて広い肩幅とか厚い胸板とかがくっきりとわかる。史朗が時々うらやましいな……と思い、そして見慣れているのに不意に見とれてしまう美丈夫ぶりだ。
しかし、それは恋人も逆の意味でそう思っていたようで。
「美しいな」
「はい?」
「今日も我が伴侶は輝くばかりだ」
髪をひとふさとられて口づけられて、史朗は「この部屋が明るいからでしょ?」とわたわたする。その拍子に、このごろ伸ばしている、黒髪がひらひらと肩を過ぎたあたりでゆれる。
今日の史朗の髪型は、横の一房を少しとってふわりとしたかんじにねじって、後ろで一つにまとめていた。後ろを飾るのは可憐な小花のコサージュに細いリボンを幾重も重ねたもの。本日も旦那様が気に入ってくださった……と後ろに控えるクラーラがニコニコしている、が、史朗は気付かない。
「いや、ここだけでなく、俺の目には常にお前は輝いて見える、とてもかわいらしい」
「それ禁止」
美しいも麗しいもちょっとひっかかるが、かわいいと言われるのはヴィルタークでも、男の子のプライド?として嫌だと、ぷくりと頬をふくらませる。
ああ、こんな子リスのようなお姿がお可愛らしいのですよと、クラーラは思ったが、優秀でわきまえているメイドはそんなことをうっかりでも、口にしたことはない。
「すまない。だが愛おしい者を見つめていると、胸にあふれてくる想いから、つい食べてしまいたいぐらい可愛いとなる気持ちが、最近わかるようになったぞ」
「つっ……!」
史朗はとたんポン!と音が立つぐらい真っ赤になった。たらしとかではない。品行方正な侯爵様はこれが大真面目の本心を素直にお口になされているから、逆に質が悪いのだ。
最初はただただ真っ赤になって照れていた史朗だったが、生来の負けず嫌い?というか、こんなに彼が素直に自分への愛情を口にしてくれるのだから、真っ赤になってないで、なにか自分だって言わなければど、最近は努力?している。
「ぼ、僕だって、ヴィルのことは好きだし」
「うん」
「いつもか、かっこいいな……って思っています」
ヴィルタークはたくさん言葉をくれるのに、自分の語録の少なさよ……と史朗は思う。魔法の呪文ならすらすら出てくるのに、どうしてこう素直に気持ちを言葉にするのは難しいのか。
「ありがとう」
なのにそういう自分の言いたいこともわかっていると微笑んで、この大人の男の恋人は手を握り締めて、その指先に口づけてくれるのだ。
とりあえず落ち着こうと、クラーラがいれてくれた、甘さ控えめの蜂蜜とミルク入りのお茶を一口飲む。運ばれてきた朝食は、麦のお粥だ。今日のはちょっと凝っていて、大きな焼いたリンゴの中にはいっている。ミルクで炊いて蜂蜜でほんのり味付けした、それと、焼いたリンゴを一緒に食べると美味しい。朝食からちょっと贅沢なデザートを頂いている気分だけど。
「気に入ったか?」
「うん。ヴィルも同じのじゃないよね?」
「俺はパンに目玉焼き二つにかりかりに焼いたベーコンに、ソーセージに焼きトマトだな。豆のつぶしたのもついていたか」
定番の朝食もこの屋敷の腕の良い料理人の味は、家庭的で美味しい。
ヴィルタークは大人の男の人らしく、甘い物が少し苦手みたいだ。お昼や夕ご飯のあとの甘い物はいつもいらないと断っている。お茶の時間でも、甘い茶菓子にはあまり手をつけることはない。
だからって甘いものが大好きな自分が子供とは、史朗はけして思ってない。屋敷の料理人からも、史朗様がいらしてから、甘い物の作りがいがあって……と言われているし。そのあと、ちょっとふとっちょのいかにも美味しそうなものを作ってくれそうなふっくらとした手をした料理人は、顔をしかめて「ムスケル様がつまみ食いしていく菓子ばかり作るのは、腹立たしくありましたからな」なんて言っていた。
「最近、少し食が細くなったと私も感じていたからな」
「そうかな?」
ぱちぱちと史朗は瞬きをした。私もということは、他の使用人、おそらくメイドのクラーラなどは一番近くにいるから分かっていたんだろう。「少し痩せた」とも言われて納得した。彼女には、いつも着替えを手伝ってもらっているし。
「抱きしめると前から細くて折ってしまうのではないかと思っていたんだが、この頃、ますます腰が細くなったのではないかと」
新聞を折りたたんだヴィルタークが、両手で掴むような仕草をするのに、それが自分の胴の幅だと気付いた史朗は、ミルク粥と焼きリンゴをぱくりとして、銀のスプーンをくわえたまま、ぽぽぽとまた赤くなる。
その手つきはまるでベッドの中でその……ヴィルタークが、自分の腰をつかんで……。
あ、朝からなに言ってるの!とさけびたいが、純粋に自分の身体のことを心配しているのだとしたら、勘違いも恥ずかしすぎる。
それに自分の身体、身体のことで、史朗は思いだした。今朝こそ言おうと思っていたのだ。
「ヴィル、あなたのお仕事のことでお話があります」
「ん?ああ、俺もあった」
自分?と思ったが、それを聞くより先に言おうと思う。
「「最近、休みもとらずに毎日仕事ばかり、いい加減休みを……」」
二つの声が重なり、二人は同時に目を丸くした。
「王様代理のお仕事がたくさんなのはわかるけど、毎日毎日、お休みも取らずに、時には夜遅くにもなるでしょう?いくらヴィルタークが丈夫だからって、僕、心配になって」
「それならば、お前も俺につきあって、毎日王宮に来ているだろう?顧問は常勤の仕事ではないというのに、あげくムスケルの書類仕事や、俺のものまで手伝って」
「魔法ならばお前だと、ついムスケルも俺も頼ってしまったがな」とヴィルタークは苦い顔だ。
「それはあなたの仕事の助けに少しでもなればと思ってやってることだから、気にしないで。ムスケルさんの仕事だって、結局あなたの仕事を間接的に手伝ってることになるしね」
むしろ宰相ムスケルからまわされる書類が多い。主に宮廷魔術師達やそれに神殿関係に、ときに聖竜騎士団からのものも混じる。どれも魔法関係であるが。
「俺としたことが、自分の忙しさにかまけて、お前がくるくると働いていることに、気が回らなかった」
眉間にしわを寄せてふう……と息をつくヴィルタークに「気にしないで」と史朗はくり返す。
「僕だって、国王代理のあなた付の顧問として、結構な金額の予算が組まれているんだよ。その分は働かないと」
「その分以上は十分に働いていると思うがな」
「それなら、話を元に戻すけど、あなたの働きぶりが心配だよ。せめて半月に一度は、一日ゆっくりこのお屋敷で静養して……と言いたいけど、ここにいると緊急の用事とかで、すぐに出かけちゃうし」
実際、そういうことが何度かあったのだ。その言葉にヴィルタークの表情がますます曇る。
「そして、お前も一緒に王宮に行ったな」
「え?いや、緊急っていうから、僕も行ったほうがいいかなって」
「クーンに乗れば王宮なんてすぐだし」と史朗は続ける。それにヴィルタークが「そうか、それもあったな」とうれい顔だ。
飛竜に乗れば馬車より遥かに速く目的地に着くことが出来る。これが王都郊外に住みながら、国王代理を気楽に呼び出せる原因となっている。
さらにいうなら、同じ女王竜たる飛竜に乗れる、賢者様も同時にくっついてくるのだ。
「この屋敷にいては、半日ほど休んだとしても、呼び出して午後がつぶれてしまったりする。ならば、王都を離れてしばらくの静養を……とお前に勧めたいが」
「あなたも一緒じゃないとつまらないよ」
子供のように唇をとがらせて、いかにも我が儘を言いだしてみたと装ってみる。本当はあなたに休みをとって欲しいと素直に言えればいいんだけど。
そんな史朗の気持ちをわかっているとばかりに、ヴィルタークの手が頭にのびて、くしゃりと撫でられる。
「さて国王代理が正式に休みをとるとなると、色々な手続きが必要となる。どこで静養するのか?護衛も大がかりなものとなるだろうな。
静養先での領主の接待や、神殿の訪問などもしなければならないだろうしな」
「それはちっとも静養じゃないよ。護衛に囲まれてなんて、窮屈な宮殿と変わらないし、接待なんて肩が凝るだけだし、あげくお休みなのに神殿にいって、いかめしい神官達の顔を見るの?」
神官達にはアウレリア女神様への不信心ととがめられそうだが、異世界からやってきた史朗は、そもそも信徒ではない。八百万の神を敬う日本人としては、すべての神様に敬意をはらうにしろ。
「もっと気楽にお休み取れないの?ギングとクーンがいれば、僕とヴィルだけでちょっと遠くにいって、数日休んで戻ってくればいいでしょ?」
飛竜に乗ればだいたい国中のどこだって、往復十日は掛からないのだ。それもヴィルは考えていたようで「俺も正直“行幸”なんていう面倒くさい手続きは苦手だ」といい。
「そうだな。明日から数日の“家出”をしよう。あとのことはムスケルに任せるとする」
真面目だけど、ときに豪快なところがある彼は、そう言って微笑んだ。
翌日「数日、シロウと旅に出る。あとのことはまかせた」とヴィルタークの手紙をうけとったムスケルは「旅じゃなくて、家出だろう!」とさけんだという。
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