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長い物語の終わりはハッピーエンドで

第12話 聖女の眷族【2】

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「まさか、本当に近衛を聖竜騎士団と戦わせるおつもりだったのですか?殿下」

 宰相の執務室。執務机の椅子に腰掛けた宰相ヴエルナーが、机を挟んだ立たせたままのトビアスに問いかける。
 王不在のなか、国政のすべてを預かる宰相とはいえ“暫定”皇太子の身分のほうが上だった。しかし、今の姿は二人の立場が全く逆であることを表していた。

「だ、だって、あいつらが俺に逆らうから」
「言葉がなってませんよ、殿下」

 まったくしょうが無いとばかりにヴェルナーがため息をつく。それに怯えたようにトビアスはビクビクと肩をはねさせ。

「あいつは王者の竜に乗っているうえに、女王竜まで手に入れたんだぞ!それも主は平民の異世界人だなんてふざけている!取りあげてどこが悪い!」

 “あいつ”とは聖竜騎士団団長であるゼーゲブレヒト侯爵のことだ。聖魔法の使い手にして、国一番の剣士、さらには王者の竜に選ばれし者。そのうえに、あの容姿と、神はどれほどにあの男に祝福を与えればいいのか?と言われる由縁だ。

「殿下のその卑屈な嫉妬のせいで、我が国は危うく、内乱の危機にあったのですぞ」
「ひ、卑屈だなんて……内乱なんて、大げさな。将軍が来てくれたじゃないか」
「そう、将軍が来なければです。聖竜騎士団が反乱を起こしたとなれば、この宮廷にあがって来ずに領地に引きこもっている貴族共が一斉に、彼の元に集まるでしょうな。あの将軍とて把握出来ぬ、軍の一部もゼーゲブレヒト侯爵側につくかもしれない。
 なにより、大陸最強の聖竜騎士団のあの男は団長です。すべての竜と騎士はあの男の元につく」
「は、反逆罪だ!そのような者など、た、逮捕すればいい!」
「お前は昼間、その反逆、いや、革命をあの男にさせようとしたのだ」

 宰相の言葉使いががらりと変わる。それにヒッとトビアスは声をあげた。「か、革命など、革命など……」とそれ以上言葉が続かないとばかりだ。

「いいか?身分の低い騎士の娘だった、お前の母のナディネを先々代であるベルント陛下に頼まれて、姪に仕立て上げたのは私だ。以前の恋人である男の子が腹にあることを知りながらな」
「お、大叔父上、な、なにを言いだされる!」

 トビアスが蒼白となり、執務室には誰もいないというのにきょろきょろと周りを見る。その姿を滑稽だと宰相はククク……と笑う。

「この秘密がバレれば、お前も私も破滅だ。王位は正しき血筋に受け継がれることになるだろう。ああ、さっきは革命と言ったが、王位を簒奪しようとしているのは、こちらのほうか」

 ゼーゲブレヒト侯爵が本当は誰を父とするのか、それは王宮の誰も口にしない、半ば公然の秘密だ。
 あれほど似ていれば……誰もごまかせない。

「いいか、お前はせいぜい、あの幼い聖女様のご機嫌でもとっていろ。なにもしなければ、王位はこちらに転がりこんでくるのだ。
 その薄っぺらい頭を働かせて、余分なことをしようとするな。いいな」

 ふらふらと部屋から出て行くトビアスを見もせず、扉がぱたりと閉まる音に、ヴェルナーがつぶやく。

「そのときにお前の座る玉座があればな」

 椅子に座る宰相の影がゆらりと揺らめいた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「聖女様の眷族か。それは出世したねぇ、シロ君」
「まったく喜べませんよ、ムスケルさん」

 史朗は花の香りがするお茶を一口のんで、ふう……とため息をついた。酸味とほんのり蜂蜜がよくあう。
 翌日のゼーゲブレヒト侯爵邸。午後のお茶は庭でなく室内にて、二階にある家族用の食堂は天井までが窓で、緑の芝生庭がよく見える。そこに寝っ転がって日向ぼっこしているクーンの少し離れた場所に、ギングがいて彼女をじっと見てるが、女王様はまるっきり無視している。
 あの強引な求婚以来、彼女が威嚇してくる範囲には入らず、ただし離れることなく根気強く接している。紳士?なギングだ。

 主のヴィルタークは王宮にて執務中だ。自由な翼竜は綱に繋がれることなく、王都の上空でよく飛んでいる姿も見かける。もちろん主が呼べば一直線に駆けつける訳だが。
 王宮まで馬車でちょっと掛かる距離でも、飛竜の中でも最速の王者の竜ならば、一直線だから、ヴィルタークの執務が終わる頃を見計らって、王宮に向かうだろう。

「だいたい、あの“暫定”殿下が、竜の背どころか、馬の背にだってまたがることは出来ないだろうに」
「は?」
「三の月の初めに行われた春を祝う祭典で、王宮前の広場にて白馬に颯爽とまたがった殿下だが、近衛が轡(くつわ)をとって引いていたっていうのに、落馬しかけた」

 「あわてて、近衛達が駆け寄って殿下を受けとめたけどな」とゲラゲラ、その後のパレードは馬車に乗って行われたそうだ。

「そもそも、近衛に轡を取られてって……」
「まあ馬にはまたがれるが、いうことは聞いてくれないってことだな」
「…………」

 いや、まあ、あのご性格なら、馬も嫌がるだろう。

「でも、なんで神官達があの“暫定”殿下に、僕が聖女の眷族なんて吹き込んだのやら」
「まあ、殿下のご機嫌取りだろうな。あとは、聖女の権威を、女王の竜を使ってさらに高めたいと」
「それは分かりますけど」
「アウレリア女神の教会の民の信仰は厚く、権威は高いが、国政への影響は今や全く無い。先々代のジグムント大王の行った改革でな」

 大王は教会を手厚く保護はしたが、それまで国政のあちこちに食い込んでいた聖職者達を、神への奉仕に専念すべしと、徐々に締め出していったのだという。

「その大王の五十年の御代が終わり、王家のごたごたもあって、そのすきに教会の“政治的”な復権をねらったんだろう」
「あの赤い髭の将軍様はどうなんです?」
「ああ、パウルス将軍か。彼は王家への忠誠が厚く、国への奉仕心が高い、かちんこちんの堅物だ」

 だから私欲や権勢欲など微塵もなく“暫定”皇太子に近衛をつけ、国王不在の今、国政を司る宰相に従っているのだと。

「限りなく中立に近いが、しかし、一旦国の敵となれば、あの将軍は容赦しないだろうな」
「宰相の命令に従うと?」
「それが王家への忠誠につながり、国にとって正しければな」
「なるほど石頭」

 そういう信念の相手ほど敵に回すとやっかいだ。なにしろ、この手の相手は一旦決意すれば、打算や駆け引きもなく一直線だ。

「なら、ヴィルの敵になることはないかな?」

 史朗のつぶやきに、ムスケルの細い目の見えない瞳がキラリと光ったような気がした。またしゃべりすぎたと思ったが、もう、いまさらだ。

「なぜそう思う?」
「ヴィルは王様になる気なんて、みじんもないから」

 玉座への野望がなければ、あの将軍と対立することはない。

「むしろ、頭が馬鹿殿下だって、あの将軍様ともり立てていけばいいと思っているでしょ、ヴィルは」

 たとえ、あの殿下が人格的に難があり、相性が最悪だろうと、そういう私情をヴィルタークもあの将軍も持ち込むような、卑小な人物ではないということだ。

「担ぎ上げられるということもあるぞ」
「それに流されるヴィルなんかじゃないでしょ?周りの意見は聞くけど、それが自分の望みじゃないなら、テコでも動かない人だ。あの人は」

 あの馬鹿殿下が自分とクーンの身柄を引き渡せといったときだってそうだ。
 己の立場と聖竜騎士団のことを考えれば、あそこで近衛と対峙すべきではなかった。将軍が来なければ、積極的に戦うことはないけれど、降りかかる火の粉を振り払うことぐらいするだろう。
 それは青臭い正義感などではなく、己の心に従ったのだ、あの人は。正しいとか正しくないとかではなく、そのときの感覚で選択している。

「そう、その通り」

 降参だとばかり、ムスケルは両手をあげる。

「あいつがあんなに頑固者でなければ、私はとっくの昔にあれの頭に王冠を載せていたさ」
「だけど、そんな簡単にあなたの口車にのるような人だったら、あなたはやる気を無くすでしょ?」

 ヴィルタークが周りに流されたり、まして玉座への野心が少しでもある俗物なら、この男は毛筋ほどの興味も抱かないはずだ。

「そう、そこが悩ましいところだ」
「あなたのような人が、国家の敵っていうんでしょうね」
「失礼な。私はけっこう国のことを思っているぞ」
「……けっこうね」

 庭を見れば、クーンにじりじり近づいていたギングが、ピィ!と威嚇を受けて、すごすご引き下がっていた。

「ヴィルタークが、軍人に徹して、政に極力関わろうとしないのは、先代侯爵夫妻の死も関係している」

 ムスケルがそんな庭の様子を見ながら、なにげないことのように語る。
 馬車の事故死に見せかけた暗殺だったのだという。細工されていた馬車が、侯爵領地から王都へと戻る街道の崖から落ちて真っ逆さまに……と。

「先代侯爵は当時宰相だった。ヴィルタークは王者の竜を得て、十九歳にして聖竜騎士団の副団長までなっていた。さらに、奴が成長するにつれて、実の父親が一体誰なのか?噂だって出てくる。疑心暗鬼にもな」

 暗殺の首謀者は誰であったのか、すぐに発覚した。当時はまだジグムント大王の御代。次代のベルント皇太子が生来の病弱であり、すでに息子のフレデリックが生まれていたとはいえ、その王位継承は盤石とは言えなかった。
 それは少しでも王位に近しい者達に野望を抱かせるのに十分だったのだ。そして、すでに公然の秘密ともなっていたヴィルタークとその後見である侯爵夫妻がその野望の障害になると考えさせるには。

「この陰謀に荷担した者達は、ことごとく処刑。家族や親族は連座で国外追放となった。
 穏やかだった大王の御代の末において、この血の粛清は汚点を残したと、まあ、大声で言う者は宮廷ではいないがな」

 老大王は烈火のごとく怒り、このときばかりは廷臣達の進言もまったく訊かずに、断行したのだという。

「自分亡きあとの、孫のベルント陛下の御代に憂いがないようというお考えだったかもしれないな。病弱なあの方が急逝されたとしても、ひ孫のフレデリック陛下もいらした」

 まさか、自分のあとの王が、二代続けて、その急逝をするとは、大王とても未来は見えなかったはずだ。

「名乗りはあげてはいないが、ヴィルタークの身の安全も考えてらしたんだろう」

 それで吹き荒れた粛正の嵐で、王族が極端に減り、今のアウレリアの現状だとしたら、大王の誤算もいいところだ。

「ヴィルはそんなこと望んでなかったのに……」

 愛していた養父母の死も、彼らを暗殺した犯人達の粛正さえも、きっとあの人のことだ復讐なんて微塵も考えてなかったに違いない。
 それに当時は自分と同じ十九歳だったという。それですでに聖竜騎士隊副団長だったというが、いくら責任を持たされ大人びていたとしても、深く傷ついたはずだ。

「あいつはなにも語らずに、淡々と副団長の仕事をしていたがな」
「そうでしょうね」
「昔は社交的な先代の侯爵夫妻が、この屋敷で華やかな夜会を開いていてな。あの青の間で」

 「ああ」と史朗はうなずく。あの肖像画の美男美女だ。さぞ絵になっただろう。

「夫妻が亡くなってから夜会は一度も開かれていない。まあ、ヴィルタークは軍務ひと筋の堅物ではあるがな」

 この屋敷の使用人に関しても、身元は厳しく確認されるようになったという。伯爵夫妻の馬車に直接細工をしたのは、その暗殺に加わった王族の外戚からの紹介だったのだと。

「王宮にしてもな。ここの茶菓子はたしかにうまいが、あいつの口にするものは、基本この屋敷から運ばれている。

 ま、今の不穏な空気じゃ、気をつけて、すぎることはない」
 そこで史朗はヴィルタークの執務室で出された茶菓子を思い出す。あれはここの料理人の腕が良いというだけではなかったのか。

「なんだか、ヴィルが政治に極力関わりたくない気持ちがわかるような気がする」

 王宮など伏魔殿だと、誰がいったのか。「ま、だからあいつは、堅物のふりをしているのさ」とムスケルは結んだ。





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