12 / 34
長い物語の終わりはハッピーエンドで
第12話 聖女の眷族【2】
しおりを挟む「まさか、本当に近衛を聖竜騎士団と戦わせるおつもりだったのですか?殿下」
宰相の執務室。執務机の椅子に腰掛けた宰相ヴエルナーが、机を挟んだ立たせたままのトビアスに問いかける。
王不在のなか、国政のすべてを預かる宰相とはいえ“暫定”皇太子の身分のほうが上だった。しかし、今の姿は二人の立場が全く逆であることを表していた。
「だ、だって、あいつらが俺に逆らうから」
「言葉がなってませんよ、殿下」
まったくしょうが無いとばかりにヴェルナーがため息をつく。それに怯えたようにトビアスはビクビクと肩をはねさせ。
「あいつは王者の竜に乗っているうえに、女王竜まで手に入れたんだぞ!それも主は平民の異世界人だなんてふざけている!取りあげてどこが悪い!」
“あいつ”とは聖竜騎士団団長であるゼーゲブレヒト侯爵のことだ。聖魔法の使い手にして、国一番の剣士、さらには王者の竜に選ばれし者。そのうえに、あの容姿と、神はどれほどにあの男に祝福を与えればいいのか?と言われる由縁だ。
「殿下のその卑屈な嫉妬のせいで、我が国は危うく、内乱の危機にあったのですぞ」
「ひ、卑屈だなんて……内乱なんて、大げさな。将軍が来てくれたじゃないか」
「そう、将軍が来なければです。聖竜騎士団が反乱を起こしたとなれば、この宮廷にあがって来ずに領地に引きこもっている貴族共が一斉に、彼の元に集まるでしょうな。あの将軍とて把握出来ぬ、軍の一部もゼーゲブレヒト侯爵側につくかもしれない。
なにより、大陸最強の聖竜騎士団のあの男は団長です。すべての竜と騎士はあの男の元につく」
「は、反逆罪だ!そのような者など、た、逮捕すればいい!」
「お前は昼間、その反逆、いや、革命をあの男にさせようとしたのだ」
宰相の言葉使いががらりと変わる。それにヒッとトビアスは声をあげた。「か、革命など、革命など……」とそれ以上言葉が続かないとばかりだ。
「いいか?身分の低い騎士の娘だった、お前の母のナディネを先々代であるベルント陛下に頼まれて、姪に仕立て上げたのは私だ。以前の恋人である男の子が腹にあることを知りながらな」
「お、大叔父上、な、なにを言いだされる!」
トビアスが蒼白となり、執務室には誰もいないというのにきょろきょろと周りを見る。その姿を滑稽だと宰相はククク……と笑う。
「この秘密がバレれば、お前も私も破滅だ。王位は正しき血筋に受け継がれることになるだろう。ああ、さっきは革命と言ったが、王位を簒奪しようとしているのは、こちらのほうか」
ゼーゲブレヒト侯爵が本当は誰を父とするのか、それは王宮の誰も口にしない、半ば公然の秘密だ。
あれほど似ていれば……誰もごまかせない。
「いいか、お前はせいぜい、あの幼い聖女様のご機嫌でもとっていろ。なにもしなければ、王位はこちらに転がりこんでくるのだ。
その薄っぺらい頭を働かせて、余分なことをしようとするな。いいな」
ふらふらと部屋から出て行くトビアスを見もせず、扉がぱたりと閉まる音に、ヴェルナーがつぶやく。
「そのときにお前の座る玉座があればな」
椅子に座る宰相の影がゆらりと揺らめいた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「聖女様の眷族か。それは出世したねぇ、シロ君」
「まったく喜べませんよ、ムスケルさん」
史朗は花の香りがするお茶を一口のんで、ふう……とため息をついた。酸味とほんのり蜂蜜がよくあう。
翌日のゼーゲブレヒト侯爵邸。午後のお茶は庭でなく室内にて、二階にある家族用の食堂は天井までが窓で、緑の芝生庭がよく見える。そこに寝っ転がって日向ぼっこしているクーンの少し離れた場所に、ギングがいて彼女をじっと見てるが、女王様はまるっきり無視している。
あの強引な求婚以来、彼女が威嚇してくる範囲には入らず、ただし離れることなく根気強く接している。紳士?なギングだ。
主のヴィルタークは王宮にて執務中だ。自由な翼竜は綱に繋がれることなく、王都の上空でよく飛んでいる姿も見かける。もちろん主が呼べば一直線に駆けつける訳だが。
王宮まで馬車でちょっと掛かる距離でも、飛竜の中でも最速の王者の竜ならば、一直線だから、ヴィルタークの執務が終わる頃を見計らって、王宮に向かうだろう。
「だいたい、あの“暫定”殿下が、竜の背どころか、馬の背にだってまたがることは出来ないだろうに」
「は?」
「三の月の初めに行われた春を祝う祭典で、王宮前の広場にて白馬に颯爽とまたがった殿下だが、近衛が轡(くつわ)をとって引いていたっていうのに、落馬しかけた」
「あわてて、近衛達が駆け寄って殿下を受けとめたけどな」とゲラゲラ、その後のパレードは馬車に乗って行われたそうだ。
「そもそも、近衛に轡を取られてって……」
「まあ馬にはまたがれるが、いうことは聞いてくれないってことだな」
「…………」
いや、まあ、あのご性格なら、馬も嫌がるだろう。
「でも、なんで神官達があの“暫定”殿下に、僕が聖女の眷族なんて吹き込んだのやら」
「まあ、殿下のご機嫌取りだろうな。あとは、聖女の権威を、女王の竜を使ってさらに高めたいと」
「それは分かりますけど」
「アウレリア女神の教会の民の信仰は厚く、権威は高いが、国政への影響は今や全く無い。先々代のジグムント大王の行った改革でな」
大王は教会を手厚く保護はしたが、それまで国政のあちこちに食い込んでいた聖職者達を、神への奉仕に専念すべしと、徐々に締め出していったのだという。
「その大王の五十年の御代が終わり、王家のごたごたもあって、そのすきに教会の“政治的”な復権をねらったんだろう」
「あの赤い髭の将軍様はどうなんです?」
「ああ、パウルス将軍か。彼は王家への忠誠が厚く、国への奉仕心が高い、かちんこちんの堅物だ」
だから私欲や権勢欲など微塵もなく“暫定”皇太子に近衛をつけ、国王不在の今、国政を司る宰相に従っているのだと。
「限りなく中立に近いが、しかし、一旦国の敵となれば、あの将軍は容赦しないだろうな」
「宰相の命令に従うと?」
「それが王家への忠誠につながり、国にとって正しければな」
「なるほど石頭」
そういう信念の相手ほど敵に回すとやっかいだ。なにしろ、この手の相手は一旦決意すれば、打算や駆け引きもなく一直線だ。
「なら、ヴィルの敵になることはないかな?」
史朗のつぶやきに、ムスケルの細い目の見えない瞳がキラリと光ったような気がした。またしゃべりすぎたと思ったが、もう、いまさらだ。
「なぜそう思う?」
「ヴィルは王様になる気なんて、みじんもないから」
玉座への野望がなければ、あの将軍と対立することはない。
「むしろ、頭が馬鹿殿下だって、あの将軍様ともり立てていけばいいと思っているでしょ、ヴィルは」
たとえ、あの殿下が人格的に難があり、相性が最悪だろうと、そういう私情をヴィルタークもあの将軍も持ち込むような、卑小な人物ではないということだ。
「担ぎ上げられるということもあるぞ」
「それに流されるヴィルなんかじゃないでしょ?周りの意見は聞くけど、それが自分の望みじゃないなら、テコでも動かない人だ。あの人は」
あの馬鹿殿下が自分とクーンの身柄を引き渡せといったときだってそうだ。
己の立場と聖竜騎士団のことを考えれば、あそこで近衛と対峙すべきではなかった。将軍が来なければ、積極的に戦うことはないけれど、降りかかる火の粉を振り払うことぐらいするだろう。
それは青臭い正義感などではなく、己の心に従ったのだ、あの人は。正しいとか正しくないとかではなく、そのときの感覚で選択している。
「そう、その通り」
降参だとばかり、ムスケルは両手をあげる。
「あいつがあんなに頑固者でなければ、私はとっくの昔にあれの頭に王冠を載せていたさ」
「だけど、そんな簡単にあなたの口車にのるような人だったら、あなたはやる気を無くすでしょ?」
ヴィルタークが周りに流されたり、まして玉座への野心が少しでもある俗物なら、この男は毛筋ほどの興味も抱かないはずだ。
「そう、そこが悩ましいところだ」
「あなたのような人が、国家の敵っていうんでしょうね」
「失礼な。私はけっこう国のことを思っているぞ」
「……けっこうね」
庭を見れば、クーンにじりじり近づいていたギングが、ピィ!と威嚇を受けて、すごすご引き下がっていた。
「ヴィルタークが、軍人に徹して、政に極力関わろうとしないのは、先代侯爵夫妻の死も関係している」
ムスケルがそんな庭の様子を見ながら、なにげないことのように語る。
馬車の事故死に見せかけた暗殺だったのだという。細工されていた馬車が、侯爵領地から王都へと戻る街道の崖から落ちて真っ逆さまに……と。
「先代侯爵は当時宰相だった。ヴィルタークは王者の竜を得て、十九歳にして聖竜騎士団の副団長までなっていた。さらに、奴が成長するにつれて、実の父親が一体誰なのか?噂だって出てくる。疑心暗鬼にもな」
暗殺の首謀者は誰であったのか、すぐに発覚した。当時はまだジグムント大王の御代。次代のベルント皇太子が生来の病弱であり、すでに息子のフレデリックが生まれていたとはいえ、その王位継承は盤石とは言えなかった。
それは少しでも王位に近しい者達に野望を抱かせるのに十分だったのだ。そして、すでに公然の秘密ともなっていたヴィルタークとその後見である侯爵夫妻がその野望の障害になると考えさせるには。
「この陰謀に荷担した者達は、ことごとく処刑。家族や親族は連座で国外追放となった。
穏やかだった大王の御代の末において、この血の粛清は汚点を残したと、まあ、大声で言う者は宮廷ではいないがな」
老大王は烈火のごとく怒り、このときばかりは廷臣達の進言もまったく訊かずに、断行したのだという。
「自分亡きあとの、孫のベルント陛下の御代に憂いがないようというお考えだったかもしれないな。病弱なあの方が急逝されたとしても、ひ孫のフレデリック陛下もいらした」
まさか、自分のあとの王が、二代続けて、その急逝をするとは、大王とても未来は見えなかったはずだ。
「名乗りはあげてはいないが、ヴィルタークの身の安全も考えてらしたんだろう」
それで吹き荒れた粛正の嵐で、王族が極端に減り、今のアウレリアの現状だとしたら、大王の誤算もいいところだ。
「ヴィルはそんなこと望んでなかったのに……」
愛していた養父母の死も、彼らを暗殺した犯人達の粛正さえも、きっとあの人のことだ復讐なんて微塵も考えてなかったに違いない。
それに当時は自分と同じ十九歳だったという。それですでに聖竜騎士隊副団長だったというが、いくら責任を持たされ大人びていたとしても、深く傷ついたはずだ。
「あいつはなにも語らずに、淡々と副団長の仕事をしていたがな」
「そうでしょうね」
「昔は社交的な先代の侯爵夫妻が、この屋敷で華やかな夜会を開いていてな。あの青の間で」
「ああ」と史朗はうなずく。あの肖像画の美男美女だ。さぞ絵になっただろう。
「夫妻が亡くなってから夜会は一度も開かれていない。まあ、ヴィルタークは軍務ひと筋の堅物ではあるがな」
この屋敷の使用人に関しても、身元は厳しく確認されるようになったという。伯爵夫妻の馬車に直接細工をしたのは、その暗殺に加わった王族の外戚からの紹介だったのだと。
「王宮にしてもな。ここの茶菓子はたしかにうまいが、あいつの口にするものは、基本この屋敷から運ばれている。
ま、今の不穏な空気じゃ、気をつけて、すぎることはない」
そこで史朗はヴィルタークの執務室で出された茶菓子を思い出す。あれはここの料理人の腕が良いというだけではなかったのか。
「なんだか、ヴィルが政治に極力関わりたくない気持ちがわかるような気がする」
王宮など伏魔殿だと、誰がいったのか。「ま、だからあいつは、堅物のふりをしているのさ」とムスケルは結んだ。
47
お気に入りに追加
1,352
あなたにおすすめの小説
ショタ王子が第一王子なんて聞いてませんけど!?
疾矢
BL
義理の姉と俺は、前任の聖女が亡くなった補充として異世界に召喚された。だけど聖女はどちらか一方のみ。聖女が正式に決まる迄、城で保護された俺達。そんなある日城を彷徨っていた所、幼くて可愛らしい天使の王子と出会う。一瞬で虜になった俺は病弱だという王子の治療に専念するが、この王子何かがおかしい。何か隠している気がする…
訳あり第一王子×無自覚転移聖女
◆最終話迄執筆済みです。
◆全てフィクションです。作者の知識不足が多々あるかと思いますが生ぬるい目で読んで頂けると幸いです。
◆予告なしでR18展開になりますのでご容赦下さい。
死にたがりの僕は言葉のわからない異世界で愛されてる
ミクリ21 (新)
BL
父に虐待をされていた秋田聖(17)は、ある日自殺してしまう。
しかし、聖は異世界転移して見知らぬテントの中で目覚めた。
そこは何語なのかわからない言語で、聖は湖に溺れていたのを森の巡回中だった辺境伯の騎士団が救出したのだ。
その騎士団は、聖をどこかの鬼畜から逃げてきた奴隷だと勘違いをする。
保護された聖だが、聖は自分は死ぬべきだという思いに取り憑かれて自殺ばかりする死にたがりになっていた。
聖女の兄は傭兵王の腕の中。
織緒こん
BL
高校を卒業したばかりの桜木薫。妹の雅と共に春の嵐に吹き飛ばされて、見知らぬ世界にやって来た。
妹が聖女様?
まだ小学生の妹に、何をやらせる気だ⁈
怒った薫は自分たちを拾ってくれた傭兵団で身をひそめつつ、雅を神殿から隠すことにした。
傭兵団の賄い夫として働きつつ、少しずつ異世界に馴染んで行く桜木兄妹は次第にこの傭兵団がワケアリであることを知っていく。そして傭兵団を率いる副団長の為人も⋯⋯。
豪快な傭兵 × オカン少年
⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂
この作品はR18要素を含みます。『えっちはえっちに書こう』がモットーです。該当部分には『✳︎』を付けますので十八歳未満のお嬢様、えちえちが苦手な方は『✳︎』を目安にご自衛ください。
【完結】異世界でも変わらずクズだった俺だが気にしない! クズは生きてちゃダメ? 追放? だから出て行ったのになんで執着されてんの俺!
迷路を跳ぶ狐
BL
ある日、いろいろ行き詰まってぼーっと街を歩いていた俺は、気づいたら異世界に召喚されていた。
しかし、この世界でもやっぱり俺はクズだったらしい。
ハズレだったと言われ、地下牢に押し込められて、せめて何かの役に立たないかと調べられる日々。ひどくね?
ハズレだって言うなら、そっちだってハズレだろーが!!
俺だってこんなクズ世界来たくなかったよ!
だが、こんなところでも来ちゃったんだから仕方ない。せっかくだから異世界生活を満喫してやる!
そんな風に決意して、成り行きで同行者になった男と一緒に異世界を歩き出した。
魔獣に追いかけられたり、素材を売ったり、冒険者になろうとしてみたり……やたらくっついてくる同行者がたまに危ない発言をしたり引くほど過保護だったりするが、思っていたより楽しいぞ!
R18は保険です。
【完結】知っていたら悪役令息なんて辞めていた
久乃り
BL
聖女であるアーシアが襲われている。
目の前で、助けを求めるアーシアを見て、ロイは思い出す。「あ、これダメなやつ」
慌てて逃げ出したのはいいけれど、攻略対象者たちに捕まって尋問されて、気が付いた。「もしかして、俺が悪役令息?」
自白剤のせいで、余計なことまで喋ってしまったロイはこの後どうなるの?
悪役令息って、そんなポジション?
※悪役令息のお話です。悪役令息だったお話ではありません。
※何かしら地雷があります。タグの個数制限のために表記のないものもありますのでご注意ください。
※R18シーンは予告無く入ります。印等は付けませんので、予めご了承ください。
※作品内容に関しての質問は受け付けておりません。感想欄に書き込まないでください。
※他サイトにも掲載しております。
細かい修正をしながらこちらのサイトに上げています。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
【完結】マジで滅びるんで、俺の為に怒らないで下さい
白井のわ
BL
人外✕人間(人外攻め)体格差有り、人外溺愛もの、基本受け視点です。
村長一家に奴隷扱いされていた受けが、村の為に生贄に捧げられたのをきっかけに、双子の龍の神様に見初められ結婚するお話です。
攻めの二人はひたすら受けを可愛がり、受けは二人の為に立派なお嫁さんになろうと奮闘します。全編全年齢、少し受けが可哀想な描写がありますが基本的にはほのぼのイチャイチャしています。
激レア能力の所持がバレたら監禁なので、バレないように生きたいと思います
森野いつき
BL
■BL大賞に応募中。よかったら投票お願いします。
突然異世界へ転移した20代社畜の鈴木晶馬(すずき しょうま)は、転移先でダンジョンの攻略を余儀なくされる。
戸惑いながらも、鈴木は無理ゲーダンジョンを運良く攻略し、報酬として能力をいくつか手に入れる。
しかし手に入れた能力のひとつは、世界が求めているとんでもない能力のひとつだった。
・総愛され気味
・誰endになるか言及できません。
・どんでん返し系かも
・甘いえろはない(後半)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる