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“元”魔王が他のヤツとの結婚を許してくれません!……いや、勇者もしたくないけど

第12話 理想と信念と現実 その二

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 ヴァンダリスを取り逃したとはいえ、バルダーモの次の動きは早かった。もともと、ヴァンダリスを殺し魔界との和平の手段を断ったあとに、実行するつもりだったのだろうが。

 彼は聖堂騎士団員とともに、法王城に乗り込み、現法王が危篤状態の寝室を暴いた。そこにはすでに亡くなったイノケンティウス十三世の遺体があり、清めの香をもうもうと焚くことで、死臭をごまかしていたという。
 すぐさま、法王の死を隠していた狂信的な過激派の枢機卿など高位の聖職者を、法王国内の修道院へと軟禁して、法王国の実権を聖堂騎士団が握った。法王位はしばらく空位として、バルダーモ自らが法王代理となると。

 これは賢い選択といえた。法王はその投票権があるすべての枢機卿が集まり投票によって決まるものだ。これが開かずに法王を名乗れば、彼に対しての各国の非難は当然集まる。
 だが法王代理という曖昧な地位にも異論が付けられそうであるが、そこは聖堂騎士団の武力による事実上の法王国掌握に、さらに彼が聖剣に選ばれた新たなる勇者であるという証明があった。

 この新たな法王代理といいながら、実質上の法王の誕生は一般の信徒からは、もうすでにかなりの支持を得ているという。なにしろ、清廉で有名な聖堂騎士団であり、さらには聖剣に選ばれた勇者なのだ。
 今こそ、腐りきった教会は浄化されて、法王国に新たな正義なる神の国が誕生すると、法王代理として法王城の大バルコニーから、信徒や巡礼者が集う広場に聖剣をたずさえ現れ、祝福をあたえたバルダーモへの熱狂は、いままでどんな評判の高い新法王が誕生したときよりも、すさまじかったという。

 それだけの報告をヴァンダリスは、魔界は月明かりの隠れ里。領主であるアスタロークの執務室で聞いた。いつもの彼専用の寝椅子に寝っ転がりながらだ。

「バルダーモ枢機卿は魔界と“戦う”のではなく“断交”と言った。グラシアン司祭は魔界から出てくるなと俺にくぎを刺してきた」

 断交なのだから、人界と魔界の交流は断たれることにはなるが、逆に言えば人界の軍が魔界に攻めてくることはない。魔界の平和はある意味で保たれるだろう。
 そして、ヴァンダリスも反発の多い魔界との和平など進めずとも、大人しくそこで見ていろとグラシアンは言いたいのだろう。

 そのあいだに聖剣に選ばれた勇者の威光を背に、バルダーモは法王代理から、法王となってある意味理想的な清く正しい法王国が誕生するかもしれない。
 魔界からの高度な魔法技術や魔導具の提供はなく、人界の技術は進歩はなくともだ。清廉な教会の指導のもとに、人々が穏やかに暮らしていくとしたら、ヴァンダリスが魔界との和平を強行に主張することは、余計な争いを生み出すだけとなるかもしれないが。

「それでお前は大人しく引き下がるのか?」
「俺がそれほど聞き分けがいいと?」

 アスタロークの問いに、ヴァンダリスはひょいと腹筋だけで起き上がった。傍らに立つ長身を見上げる。

「魔界との和平に俺が意地になってるわけじゃないぞ。魔界の諸侯のほうだって、人界が断交と言いだして、こちらに干渉しないというなら、それでもいいって答えだろう?」

 いままでも千年間、ひそかに魔界と人界は交易をして必要なものをそれぞれ手に入れてきたのだ。この月明かりの隠れ里を窓口として。
 それをあえて和平という名で公にすることで、いらぬ争乱を巻き起こすならばだ。魔王制度もなくなって表向き断交という名で、人界が魔界に干渉してこなければ、魔界の諸侯としてはそれでいいということになる。変わらぬ魔界の平和が続くならばだ。

「実際、私から事態の報告を受けた諸侯の答えは軒並み、こちらからは動きを起こさず、人界の様子をしばらく見るという返答だった」
「だろうな」

 それで人界が法王国の元、こちらに断交を突きつけてくるというなら、受け入れるということだ。

「人界のカーク王とリズ女王の書簡も似たようなもんだった」

 人界からの転送で送られてきた書架を、ヴァンダリスは寝椅子に寝っ転がりながら眺めた。
 水面下で魔界に技術者を送ってくる話は、この二国で先行していたのだが、それをしばらく見合わせたいと言ってきたのだ。まだ新法王は誕生してないが、しかし、すでに信徒には熱狂的に支持されている、聖剣を携えた“勇者”でもあるバルダーモ枢機卿の手間、安易に魔界との交流は出来ないと。

 魔界の技術は欲しいが、しかし、法王国との間も険悪にはしたくないと考えて当然だ。いくら西の大国と北の大国の王とはいえ、いや、聡明な彼らだからこそ民衆を敵に回したときの恐さを知っている。ましてそれが宗教がらみとなれば。

「これは人界と魔界の争いというより、俺とバルダーモの意地みたいなもんだな。俺はやつのやりかたもありだとは思う」

 民衆はなにも知らないまま、いままで通りの生活を。清められた教会は正しく民を導く。

「でもなあ、同時になにか違うと思っている。たしかにすべてを知ることはいいことばかりじゃない。だが、よく変わろうと誰も思わず、昨日も今日も明日も変わらない世界というのは、いつかどん詰まりにおちいるんじゃないか?」

 すべての子供達に菓子を与えることは出来ないと言われて落ち込みもした。魔界の品は貴族や王侯のみのもので、ますます格差が生まれるだけとも。そして、騎士団員たちの固い意志。魔界との和平進めていけば、彼らのように「あなたの言うことは正しいかもしれない。だが我らは我らの信念により、したがえない」という者は、これからも必ず出てくる。

 うすうすは感じていた現実をつきつけられて、ヴァンダリスはかなりへこんではいたのだ。だから、この月明かりの隠れ里に戻って、なにをするでもなく、執務するアスタロークを眺めていのだが。

「いつまでも落ち込んでいるなど、お前らしくもないと眺めていたが、少しはやる気が出たようだな?」
「あんたのほうこそ、この魔界に来てから、俺をただ“抱っこ”して眠るなんて、らしくもないと思っていたぞ」

 そうなのだ。この館に戻ってきて、一緒の寝台で寝ているが、この元魔王は、そういう意味で手を出すことなく、その癖、ヴァンダリスを包み込むように抱きしめて眠るだけだった。
 実際のところその温かさに気分が浮上したのもあるが。

「可哀想だと慰めて欲しい、お前でもあるまい?」
「確かに抱かれてそっちに逃げるのも気分じゃなかったけどな」

 なんて返したとたんに、長身が身を屈めてきて口付けられた。さらにはシャツの前をはだける早業に、おいと、その手首を掴む。

「俺が浮上したとたんにこれか?」
「妻を気遣って我慢した夫に褒美ぐらいくれてもよかろう?」
「…………」

 なんだか、妻とかいうなと反論する気も、こう繰り返していると起きなくなって、男の頭を引き寄せて、広げた足の間にその身体を迎え入れた。
 それでもあえぎながら「正式な結婚とか絶対ねぇから!」なんて言ったら、なんか普段よりしつこかったように思う。

 あと、毎度ギシギシいう寝椅子の耐久も、そろそろ心配になってきた。





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