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“元”魔王が他のヤツとの結婚を許してくれません!……いや、勇者もしたくないけど

第12話 理想と信念と現実 その一

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「転送陣が発動出来ない」

 後ろに立つ黒騎士、アスタロークがヴァンダリスにだけ聞こえる声で言った。バルダーモがヴァンダリスに剣を向けると、他の騎士団幹部達も一斉に立ち上がり、腰の剣を抜いてこちらに向かい構える。

「どういうことだ?」

 転送陣が使えないということは、ここからの直接の脱出は不可能ということだ。

「この部屋ではおそらく魔法の使用も不可だ。魔導具街に罪人を捕らえておくための、このような道具があるが」
「それは人界にも流通してる」

 魔法を使う可能性がある罪人を捕らえておくために牢屋に張られる結界だ。

「俺が聖魔法を使えないように封じたんだろうさ。勇者のそれは規格外だからな」

 魔法無しの剣のみの勝負となれば、勇者がいくら腕の立つ剣士とはいえ、これだけの数の騎士団員を相手にするのは難しい。

「後ろの扉も物かなんか置いて、簡単には開かないようにしているだろうな」

 ヴァンダリスはちらりと平の騎士達がその入り口を固める両開きの扉を見た。

「人間の力ならば容易ではないだろうな」
「あんたなら開くな」

 魔法がなくとも、魔族は人間よりも力も体力も勝っている。ましてこの男は魔族の中の魔族である、元魔王だ。力づくで扉は開くだろうが。
 それまで時間を稼ぐ必要がある。

「一斉に飛びかかられたら、剣でめった刺しにされた“元”勇者の死体が転がっているのみか?」

 “元”に力を込めてヴァンダリスは皮肉に口許をつりあげる。自分達の回りを囲んではいるが、すぐに剣を持つ彼らが飛びかかってくる気配はない。当然、この騎士団で一、二を争うだろうヴァンダリスの剣技を警戒してだろう。勇者となるために、いまバルダーモの横にいるグラシアンに徹底的にたたき込まれたのだから。

「数に任せて一人に襲いかかるなど、聖堂騎士たるものが、そのような卑怯なことをすると思うか? 
 当然、君と戦うのは一対一だ。そちらの黒騎士殿も」

 バルダーモが堂々たる態度で口を開く。彼ならばそう言うだろうし、そう彼が宣言しなくとも、この騎士団の者達ならば、そうだろうとヴァンダリスは思っていた。
 そこにつけいる勝機はある。

「わかった、一体一の勝負だな。俺も後ろにいる黒い置物にも」

 “置物”という表現に、周りを取り囲む騎士達の数人が口許をほころばせかけて、あわてて引き結ぶ。ヴァンタリスはアスタロークに「おい」と声をかけた。

「なんだ?」
「もう、そのかぶと脱いでもいいぞ。隠す必要もないからな」
「ああ」

 パチンと留め金を外してアスタロークは素直にそれをはずし、床に放り投げた。魔法が封じられている今、魔法倉庫もつかえない。
 現れたその顔に騎士達は声もない。神の城を守る聖堂騎士であっても、耳のとがった魔族など見るのは初めてだろう。それこそ魔族の姿を見るのは、唯一魔王と対峙する勇者のみ。

 それを考えれば、この人界に魔王と魔族が災いをもたらしているなんて、おかしいと分かりそうなものだが、幼い頃からくり返される教会の教えだ。みんなそれを“常識”として信じ込んでいた。
 初めて見る魔族、しかもその美貌に呆然としている、彼らにヴァンダリスはさらに最大の衝撃を投下した。

「こいつは俺が倒した“元”魔王だ。それから……」

 首を引き寄せて、軽く唇に触れて離れようとしたが、抱きしめられて深く舌を絡ませられ「う~」「ふぅ~!」とうなる勇者と元魔王の口付けをただただ見ている聖堂騎士団というまぬけな光景が続く。
 首を思いきりふり、甲胄に包まれた胸に腕を突っぱねてようやく離れて、ヴァンダリスはさけんだ。

「こんなときに何をしやがる!」
「こんな危機だからこそ、私と口付けを交わしたかったのだと思ったが?」

 「危機なんてみじんも思ってないくせに」とヴァンダリスは返し、ただいまの光景に魂が抜けかかっていてる団員達に、宣言した。
「とにかくこいつは魔王で、俺の愛人だ! 以上」
 こうなればやけくそだ。恋人というのも恥ずかしいし、愛人のほうがなんかイケナイ? 感じがするだろうと選んだ言葉だったが。

「愛人なんてならないと、一番最初に怒ったのはお前だろう? だいたい、お前は私の恋人で、今すぐにでも正妻にしたい存在だ」
「だから、ここでそんなこと言ってる場合じゃないだろう!」
「漫才はそれぐらいしてくれ」

 五番隊の隊長のカントーレが声をあげる。お堅い聖堂騎士団において気さくで良い男だ。男同士の接吻場面などという、聖職者でもある騎士団員ならばおよそ一生お目にかかることはないだろうことからの、立ち直りも早かったらしい。
 彼はヴァンダリスに向かい打ち込んできた。ヴァンダリスは、腰に下げた片刃剣を引き抜いてそれを受ける。

「良い剣だな。それも魔界の剣か?」
「ああ」

 ぎりぎりと剣を重ね合わせながら、ヴァンタリスは答える。昨夜対戦したヘルムの剣よりは、遥かに重く的確だ。さすが騎士団の一つの隊を任せるだけあった。

「昼間の菓子といい、魔界の物資は潤沢だ。だが、そのすべてが人界の末端まで行き渡る訳では無い。
 お前は魔界では数少ない子供は大切にされているといったが、お前が育った孤児院では菓子一つ出なかったとも言っていたな? 孤児でなくとも、そんな子供はこの人界にはあふれている。悲しいことにな」

 カントーレの言葉にヴァンダリスは「そのとおりだ」と答えた。そう返すしかない。それは事実だ。
 「口に入らぬ美しい菓子など残酷なだけだ」とカントーレは剣を交えながら言う。「卓一杯の山ほどの菓子とて、この世界のすべての貧しき子供達には行き渡らない」とも。
 それはヴァンダリスの胸を痛ませた。たしかにいくら魔界が富んでいようとも、すべての哀れな人界の子供に毎日菓子を与えることは出来ない。

 それと同時に卓一杯の菓子という皮肉は効いた。騎士団全員で分けてくれというつもりで、またそうされただろう菓子に、ヴァンダリスはネヴィルと名乗った義賊の自分を思いだした。

 貴族や金持ちから金を盗んで、貧しい人々にばら巻いた。彼らは義賊ネヴィルと自分の名を英雄のごとく讃えたが、しかし、それで彼らの暮らしが変わることはなかった。ばら巻いた金は、ひととき彼らの減った腹を満たすだけで、すぐにまたパンも買えずに、薄い麦の粥をすするように生活に戻った。いくら大金を盗んだところで、すべての貧民を救うことなど出来ず、社会はなにも変わることなかった。

 人界と魔界の和平をなしたとして、その貧しい人々の生活は変わるのだろうか? いや、少しは変わるはずだと信じたかった。たとえ魔界の菓子や贅沢な嗜好品を真っ先に手に入れるのが、王族に貴族に裕福な人々だとしても……それでも、その贅沢品が普通に使えるような品々なれば、きっと民衆の暮らしも。

 だが、それには何十年かかる? と、暗い気持ちにもなる。明日にも世界のすべてが明るく良い方向に変わるなんて、それはまさしく女神の奇跡だ。
 それでも、その時間を待つことは短い人生においては、あまりにも遠い。今の世代が老人となっても、もしかしたら世界は、あまり変わっていないかもしれない。貧しい子供が魔界キラキラとした宝石のような菓子を口にすることは、一生に一度もなく……。

 「ヴァンダリス!」と己の名を呼ぶ声に我に返った。アスタロークが、その黒い剣の一振り風圧で、扉を前に立つ騎士達飛ばす。魔法もなにもない純粋の一振りなのだから、さすがに魔族の身体能力はずば抜けている。
 さらに黒い鎧をまとったまま、扉に肩から体当たりし、その一撃で両開きの扉は開いた。扉に掛かっていたのだろう、太い棒のかんぬきがはじけ飛んで、折れて飛んでいくのが、開いた扉の向こうに見えた。

 剣を交えるカントーレの腹をヴァンダリスは蹴った。足を飛ばすなどまさしく“卑怯”ではあるが、しかし、一体一でしか戦わないといいながら大勢で取り込んで、逃がさないようにしているのだから、おあいこさまだ。

 身をひるがえしてアスタロークとともに、扉から飛び出す。

「転送陣は?」
「まだ使えん。相当な数の封印の魔道具を使っているのだろう。周囲の結界が広い」

 ヴァンダリスをこの翼の砦におびき寄せ、その聖魔法を封じてから討つまでは、バルダーモ枢機卿の考え通りだったのだろう。
 だが、この魔王の存在は完全に彼の予想外だったに違いない。「逃がすな!」というバルダーモの焦った声を背に二人は駆け出す。

「ま、待て!」

 そのヴァンダリスとアスタロークの前に立ちふさがったのは、昨夜、ヴァンダリスの部屋を訪ねてきた騎士達のうちのヘルム以外の三人。コンランド、セルジャン、ヴィアーノだ。
 さらに言うならコンラッドは、昼間食堂で会って、ヴァンタリスにまた魔界のことを聞きたい顔だった。が、今の表情は好奇心一杯の青年の明るい顔とは正反対の悲壮感漂うものだった。

「魔界が人界と変わらないってあなたの言葉は信じます」

 コンラッドは言った。「だけど……」とも。

「でも隊長達のいうこともわかるんです。どっちか正しいとかじゃなくて、だから!」
「だったら、より近い身内を選んで当然だ。お前は聖堂騎士なんだからな」

 ヴァンダリスは答えて、自分に打ちかかってくるコンラッドの剣を払い、彼の首筋に手刀をたたき込んだ。それで彼は昏倒し床に倒れる。そのあいだにアスタロークの大剣の一閃の風圧が、他の騎士達を吹っ飛ばす。
 この騎士団の団結は固く、隊長が団長に従うという意思を固めたならば、その下の騎士たちもそれに続くだろう。それはどちらが正しいとか正しくないという問題ではない。

 思えば昨夜の若い騎士団員たちへのバルダーモ枢機卿の告白も、計算のうちだったのか。ヴァンダリスの存在に彼らの中で反発が生まれることは確実だった。誰かが自分に手を出すことも。それがヘルムだっただけだ。
 そのうえで公明正大な騎士団長として、団員達に法王国も自分も君達を騙していたと正直に頭を下げる。その団長の潔い姿に団員達は心を打たれただろう。とまどっている若い騎士には、先にバルダーモから話を聞いていた隊長や副隊長が、話を聞いてやれば、彼らの憂いも晴れて迷いもなくなる。

 たとえヴァンダリスの言葉にうそがないと分かっていても、それでも騎士団員の彼らは騎士団の意思に従うだろう。それが鉄の結束を誇る聖堂騎士団なのだから。

 ヴァンダリスとアスタロークは幾つもの部屋を抜けて、団長用の応接のサロンから、そこに続くバルコニーへと出た。
 「さすがに外までは結界の影響はないな」とアスタロークが言う。二人の足下に転送陣が広がる。振り返れば追い掛けてきた団員達の後ろに、グラシアン司祭の顔があった。彼は「願わくば」と口を開いた。

「お前には魔界で穏やかに暮らして欲しい。お前と騎士団員たちが争う姿は見たくはないからな」

 「人界と魔界との和平は早すぎる」とそんな最後の言葉が聞こえた。






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