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“元”魔王が他のヤツとの結婚を許してくれません!……いや、勇者もしたくないけど

第7話 隠しても隠しても隠しても美形 その二

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 翌日から、ヴァンダリスの異端審問の取り調べが始まった。場所は翼の砦の貴賓室のサロンにて。異端審問官側としては、なぜこちらから出向かないといけないのだ? 召喚されたのだから、“偽”勇者が法王国に来るべきだろう? と強行に主張したらしい。

 誰が行くものかだ。翼の砦ならともかく、法王国に一歩でも入れば、とたんあちら側の異端審問官と獄卒に囲まれて地下牢に放り込まれた末の拷問が待ち構えているのだから。

 異端と認めなければ死ぬまで拷問。異端と認めたとたんに、火あぶりの死刑執行確定だ。

 聖堂騎士団の翼の砦は、法王国内にありながら自治独立を認められた治外法権だからこそ、ヴァンダリスの身の安全は保証されている。法王国側としても、歴代勇者を生み出してきた権威ある騎士団には気を使わざるをえない。

「では、審問を始めます」

 異端審問官の後ろには護衛である聖堂騎士団の若い騎士が二人立っている。そしてヴァンダリスの後ろには謎の黒騎士が立つ。

「その前に一つ訂正があります」
「なにかね?」

 サロンの低く広い机を挟んで、互いに貴賓室の豪奢な椅子に腰掛けて異端審問官と対峙してる。ヴァンダリスが開始を告げる審問官に、口を開けば、丸い銀縁眼鏡越し、審問官がギロリとこちらを見た。司祭を現す黒く小さな帽子を被った額はハゲあがっているが、しわが少ない神経質そうな顔は意外と若いのかもしれない。

「これは取り調べでしょう? 審問ではない」
「同じことだ。異端を調べるのだからな」

 司祭は威圧的に答えた。普段の取り調べならばそれだけで、異端の烙印を押された者達は怯えるだろうが、ヴァンダリスにとっては、そよ風が頬をなでるより弱いものだ。
 逆に彼の蒼天に瞳にじっと見据えられて、審問官が決まりわるそうに身じろぎし、視線をそらしたほどだ。

「いいえ、私はそちらの取り調べに“協力”しているのです。この砦の客人でもあるし、あなたは今、私を偽勇者と言ったが、教会ではいまだ私を魔王を倒した勇者と讃えていることも知っていますよ。
 その私に異端ですか?」

 そう教会は人界と魔界との和平も認めていないからこそ、民衆にはいまだ魔王を倒した勇者の栄光を声高にほめたたえている状態なのだ。魔王を倒した勇者に栄光あれ。その勇者を守護する我らがエアンナ女神に栄光あれと。

 見事な教会の二枚舌であるが、そこをつかれて異端審問官はぐぬぬとうなる。さらにヴァンダリスはダメ押しをする。

「あなたがあくまで異端“審問”と言い張るならば、今日はこれで取りやめです。お引き取り願いましょう」
「偽勇者! お前に審問を拒否する権利はない!」
「私の名は偽勇者ではなく、ヴァンダリスです。くり返しますが、私はこの翼の砦の客人であり、“取り調べ”に協力しているに過ぎません。
 それでもあえてあなたが、頑なにご自分で勝手に作り上げた言葉にこだわるというならば、私は今すぐゴース国に帰ってもいいのですよ」

 もちろん、この砦にきたのは穏便派との話し合いの為だ。だが、それは五日間話し合いの場が整うまで待てばいいのだ。どうせろくな質問しかしてこない法王国の手先に付き合う義理はない。

「し、質問を始めます」
「ええ、どうぞ」
「…………」

 屈辱と怒りに震えながら、審問官は言い直した。そして、ヴァンダリスを再びにらみつけると口を開いた。

 質問をすると言いながら、異端審問官は質問などせずにとうとうと語り出したのは、女神の栄光と魔王と魔族がいかに邪悪で、その眷族たる異端の罪がいかに重いか。その堕ちる永遠の魂の牢獄についてだった。
 これは異端審問の“手順”だ。神を教えを幼い頃からたたき込まれた上に、先に拷問を受けて心が弱りきった異端の烙印を押された罪人は、これだけで震え上がり、最後に異端審問官があげ連ねる己の悪行にすべて認めるのだ。

 しかし、ヴァンダリスは拷問も受けていないし、初めの宣言どおり、これは異端“審問”ではない。

 「ふぁああ……」と長い文言にあくびをすれば、異端審問官の言葉が途切れ「聞いているのかね?」とにらまれる。「続きをどうぞ」とうながせば、審問官はまた長ったらしい説教を途中からしゃべり始めた。おそらく、頭の中には異端審問のこの常套句がすべて入っているのだろう。どこからでも話せるとは、なかなかに感心なことだ。
 ヴァンダリスはその言葉を聞き流しながら、自分の魔法倉庫マギ・インベントリから、湯気のたつティーポットを取り出した。

 とうとうと文句を述べる異端審問官の口は今度は止まることはなかった。逆に審問官の後ろにいる聖堂騎士二人が、とまどったような顔をしているが、ヴァンダリスは構わず四客の茶器を取り出した。ティーポットも茶器も、魔界産の白磁に青の文様がついた美しいものだ。最近人界でも似たような白磁が作られるようになったが、まだまだ魔界産の白と青には遠く及ばない。

 その美しい茶器に、これまた魔界の香り高い茶葉の琥珀色の液体をそそぐ。そして茶器の皿に、これも魔界の魔法塔名産の菓子マカロンを一つ添えて「どうぞ」と未だ白熱の説教を続ける異端審問官を妨げぬように、小声で若い聖堂騎士達に手渡す。彼らは戸惑いながらも、それを受け取った。

 そして次に黒鎧の騎士に「ほら」とこれまた小声で渡せば、彼も茶を受け取った。頭をすっぽりおおうかぶとだが、飲食に困らないように、口をおおう部分は下に下がるようになっている。さっそくそれをさげて、彼は茶を一口のんだ。
 かぶとから一部分だけのぞいた、その口許の端正さに、異端審問官の後ろで同じくカップを持っていた、騎士達がぼうぜんと見とれている。ヴァンダリスは口だけでも、美形過ぎるもんなあ……とあんまり当たり前のことなので、いささかまひした感覚でそれを受けとめた。

 最後に自分のカップに茶を注ぎいれて、一口飲んで、マカロンをつまむ。あいかわらず魔法塔の菓子は最高だ。
 そこで断罪の説法の文言をやはり途切れることなく口にしながらも、恨みがましい異端審問官の眼差しに、ヴァンダリスはその形のよい眉を片方だけあげる。

 こんなキザな仕草、昔の彼ならしなかった。これはアスタロークがよくやるのだ。無意識にうつってしまったのだが、ヴァンタリスは気付いていない。世話係のメイドであるアナベル達は気付いていて、そのたびにクスクスと微笑ましく見られているのも。

「先ほどから、異端、異端とさけんでおられるので、そんな背教者からの食事の提供は、気高き司祭様はお口になられないのでしょう?」

 別に意地悪したわけではないと言えば、彼は頭というより身体にたたき込んでいるのだろう文言をいったん止めて「当たり前だ! 誰が魔族に心を売った穢れた者の出す食べ物など手をつけるか!」とさけんだ。茶を飲んでいた若い聖堂騎士がギョッとした顔をするが、ヴァンダリスは彼らに微笑んだ。

「貧者の心づくしのほどこしも受けるのが、騎士の礼儀というものですよ」

 これは聖堂騎士団の心得の一つだ。生まれや身分を問わず、心からのもてなしならば、それを受けるのが公明正大たる騎士だと。とある娼婦からの夕餉の誘いを受けたと非難された八代目の勇者が、そう答えたと伝わっている。
 そのうえで彼は、その娼婦に指一本触れることはなく、剣を抱いて椅子に腰掛け眠ったと。

 若い騎士たちにそれに納得したように、茶を飲みほし、マカロンを口にして目を見開いている。人界では王侯しか口に出来ない菓子なのだ。そりゃ美味いだろう。

 さて異端審問官のようやく定型の文言が終わる。異端の魂が永遠の暗闇に囚われ、そこでもなお終わらないという、魂が業火に焼かれ、凍り付かされ砕かれ、再生しまたその苦痛の繰り返しという、くどとくどしい説明のあと。
 ヴァンダリスの具体的な罪状を書状も取り出さずに、すらすら言いだしたのには感心した。これも暗記しているとは、異端審問官としては偏った意味で優秀だと思ったが。

 しかし、すぐに思わず吹き出してしまった。

「なにを笑う!」
「司祭殿、私は孤児院育ちですよ。それでどうして、実の母や姉や妹と罪を犯すことが出来るんですか?」

 異端審問官の言い方はもっと下品で下劣で詳細なものだった。ヴァンダリスがなんと齢五歳にして母を犯したと、五歳じゃ役に立たないんじゃないか? と、下品なことを考えてしまう。
 しかし、この異端審問官。ヴァンダリスのことをこれっぽっちも調べずにやってきたのか? いや、いままでの勇者の選定のされかたを思えば、ヴァンダリス以外のすべての勇者は、名家の出身の次男や三男なのだから、そりゃ母親も姉妹もいるだろう。

 というか、一番最初に送られてきた異端審問官がこの質か? と考えたヴァンダリスだったが、そもそも異端審問のやり方を考えれば、この程度で十分なのだと妙に納得した。
 異端の烙印を押された時点で、その罪人の処刑は確定している。異端審問官とは、ただその罪人に神からの断罪を告げるだけの仕事だ。

 今回のような“取り調べ”など想定されておらず、彼らにとってはこれは神に対する祈りの儀式と一緒なのだ。
 たとえ、異端の烙印を押された人々のほとんどが、えん罪だとしても。

 そう異端などでっち上げだ。身分と力ある強者が異端だと教会に断罪された例などない。
 森の奥の一軒家に住む老婆は魔女とされ、遺産を受け継いだ寡婦もまた、教会や領主から財産目当てで魔女とされて、財産どころか命さえとりあげられた。また彼らに都合の悪い学説を唱えた若い学者も……。

 今代の法王は元は異端審問官であり、ことさらにその熱心さで出世したのだ。彼の地位は、彼が裁いた異端の者達の血と財で出来ていると皆言っている。

 ヴァンダリスの腹にふつふつと怒りが沸き起こった。こんなケチな異端審問官の繰り言など、適当に聞き流して昼餉の時間を口実に、追い返すつもりだった。午後まで付き合うつもりはないと。

「……あなたは己の罪を考えたことはありますか?」





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