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“元”魔王が他のヤツとの結婚を許してくれません!……いや、勇者もしたくないけど

第7話 隠しても隠しても隠しても美形 その一

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「彼らは私を許してくれたよ。同時に魔界に自ら赴き和平を成した君の勇気をたたえた」
「いえ、それほど大げさなものではありません」

 ヴァンダリスは内心で引きつりながら、顔には出さずに首を振った。

「魔界に行ったのも偶然ですし、和平がなったのも、魔界の諸侯や人界の王侯方の助けがあったからです」
「それでも君という救世主があればこそだ」

 “救世主”という言葉に、さらにヴァンダリスは内心で「止めてくれ!」と叫んでいた。勇者にはなったが、自分は王にも救世主にもなるつもりはない。 なにしろ、裏表のない真っ直ぐな騎士団員達だ。バルダーモ枢機卿の目の色も真剣で、逆にヤバいものを感じる。
 破門だ! の狂信者も怖いが、神にすべてを投げ出している殉教者達もまた怖い。このままでは自分は世界を救う女神の救世主に祭り上げられそうだ。

 ともかく「そんなものじゃありません」とヴァンダリスは本気で否定したが、しかしバルダーモはそれを控えめな好ましい態度と受け取ったようで「そうしておこう」と微笑した。いや、本当に、そうしておいてくれ。

「今日はもう遅い、夕餉は部屋に届けさせるから、ゆっくり寛ぐとよい」
「ありがとうございます」
「悪いのだが、明日にも法王国側の“使い”がね。君を訪ねてくる」
「動きが速いですね」

 さっそくかとヴァンダリスは思う。法王国側の“使い”とは異端審問官のことだ。この翼の砦にいる限りは、捕縛されるということはなさそうだが、連日やってきてねちねち嫌みを言われることは、覚悟しなければならないだろう。
 しかし、明日にでも……とは、これは翼の砦側にも法王国に通じる相手がいるのか? とヴァンダリスは思う。

「私の仲間達とすぐにでも話し合いをもちたいところだが、みなの都合があうのが五日後の夜の予定でね」

 「わかりました」とヴァンダリスはうなずいた。それまで異端審問官の訪問を素直に受けるふりをして、時間を稼がねばならない。
 教会の和平派との話し合いはそれからだ。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「さて」

 バルダーモ枢機卿が部屋から出たあと、ヴァンダリスは自分の後ろにたたずんでいる黒い甲冑の騎士をくるりと振り返った。

「なぜ、私を“夫”だと言わない?」
「俺はあんたの嫁になった覚えはないぞ」

 愛人、恋人を通り越して“夫”だ。そんなこと言えば、あのお堅い枢機卿は混乱して、ヴァンダリスに悪魔払いの儀式をし始めるのに違いない。

 いや、目の前にその悪魔? の元締めみたいな“元”魔王がいるんだけど。

 「もうとっていいぞ」と言えば、素直に顔を隠す真っ黒な兜の留め金に手をかけてパチンと外す。露わになったのは、黒髪、紫の瞳の秀麗過ぎる顔立ちだ。腰までの黒髪は兜を被るために今は、編み込まれて後ろでまとめられている。この髪型もいいな……とヴァンダリスが思っているのは内緒だ。

 黒鎧姿も、夜をそのまま切り取ったようなアスタロークだ。

 この過保護? なヴァンダリスの恋人というのは、認めてやろうは、一人で行くという自分にくっついてきたのだ。

 当初は人間の姿になって、少しばかり“変装”して護衛の騎士となるはずだったのだ。が、この美形過ぎる男。なにをしても目立つ。カツラで髪を短くしようが、眼帯が片目を隠そうが、頬に傷をつけようが、それでもにじみ出る超絶美形の雰囲気は隠せなかった。
 キレたヴァンダリスが「あんたはこれでも被ってろ!」と領主の館の部屋に飾ってあった、鎧の騎士のかぶとをズボッと被せて、それで決まりとなった。

 半端に隠しても美形がタダ漏れするなら、全部すっぽりおおい隠せばいい。

 そもそも月明かりの隠れ里の領主が、領地ほっぽってほいほい護衛なんぞについてきていいのかよ? と思ったが、元魔王様は自信満々な風情で堂々と言った。

「魔王として私が里をたびたび離れることがあったのだ。一年や二年や十年、領地をあけたところで揺らぐような里ではない」

 だから、アスタロークが長期不在の体勢は整えてあるという。十年という単位がさすが魔界だ。人界ならとっくの昔に別の者が玉座に座っている。

「かなり譲って、どうして私をお前の恋人だと言わなかった?」
「全然ゆずってないぞ、おい!」
 ずいと美形すぎる顔が目の前に迫る。近づく唇をぱふりと両手でふさいで、ぐいと押しのける。
「なぜ拒む?」
「ここは翼の砦、聖堂騎士団の本部で修道院だぞ。二人きりとはいえ、行動には気をつけろ」

 元勇者と元魔王。気配に敏感な二人だ。うかつに見られる心配はまずないが、しかし、ここで勇者候補として、学び暮らした思い出がヴァンダリスにある種のうしろめたさを感じさせる。
 「とにかく、ここでは俺に触れるのは絶対禁止だ」と告げれば「わかった、ここでなければいいんだな」と長い腕にふわりと囲まれた。ヴァンダリスの身体には触れていないのが律儀だ。

「おい!」

 男の意図がわかって腕から抜け出す前に、足下に転送陣が現れていた。
 人界から魔界やその逆に行き来には、魔界の諸侯全員の承認が必要であるが、人界から人界や魔界から魔界の転送には、その許可も要らず元々の魔力が高い魔族に容易なものだ。

「んっ…ふぁ…ッ!」

 どこの奥深い森やら、わからない場所に出たとたんに、自分に触れないように囲んでいた腕に抱きしめられて口づけられていた。舌を絡めとられて噛みついてやろうか? と思ったが、キツく吸い上げられて、ふわりと意識が浮遊して、結局しょうがないな……と応えていた。

「なんだよ……まったく」

 ひとしきり口付け合って離れる。「砦の騎士達とはずいぶん親しそうだったな」と言われて軽く目を見開く。
 そういえば、翼の砦に入ってグラシアン司祭と挨拶を交わしたときから、なんか不機嫌そうな雰囲気を感じたな? とヴァンダリスは思い出す。そして、吹き出す。

「なんだ、あれぐらいで妬いたのか? 兄弟達と抱擁しあうのは、あそこでは普通の挨拶だぞ。さすがに姉妹達とはしないが」

 これは聖堂騎士団だけではなく、教会の聖職者や修道僧同士では、ごくごく日常の挨拶だ。女神に一生の献身を捧げた者達は、みな同じ兄弟という考えのもとに。
 「私以外とは抱きあうな」という嫉妬深い魔王様に「無理だね」と即答する。いつも真顔だが、いつもよりは不機嫌なその顔に、仕方ないなとため息をついて、少し背伸びしてほおに軽く口づける。

 紫の目が見開かれるのにクスリと笑い、その尖った耳にささやく。

「俺にはあんただけだって」

 自分で言っておいて、照れくさくて目を反らし離れようとしたら、また腕が伸びてきて抱きしめられて、熱烈に口づけられた。




「そういえば、魔界では同性同士って禁止じゃないんだな」

 散々口づけられて、意識がふわふわしたところで、服の下に入りこもうとした手を、ヴァンダリスはたたき落とした。「ここは砦の中ではないぞ」というアスタロークに「いまからヤッたら夕餉の時間に、部屋がもぬけの空で大騒ぎになるだろう!」と返したヴァンダリスは、少し乱れた服を整えながら訊ねた。

 魔界でも女神エアンナは信仰されている……というより、この世界で唯一の神であるのだ。人間と魔族をこの世界に導いたのもかの女神ならば、人界と魔界を分ける山脈をひと夜にして築いたのも、この神だと伝えられている。

「魔界では恋愛も結婚も自由だ。人界の教会が愛しあうことに奇妙な決まりを作ったのだろう? 他にも魔術や学問の発展を妨げるような、様々な根拠のない決まりを作ったようにな」
「たぶん、そのときの有力な施政者や教会の都合で作った決まりが積み重なった結果だな」

 女神様の教えなのだからといえば、理屈もなにもなく、信者達は大人しくいうことを聞く。その果てに生活の隅々まで入りこんだ教義に、人々はがんじがらめに縛られている

「やっぱり教会の改革は必要だよなあ」

 魔界との和睦を民衆に広げるには、やはり教会にも手を入れないといけないか……とヴァンダリスは「めんどくさい」とつぶやく。

 正直、教会のことは放置したい。頑迷な坊さん達を相手にするのもめんどくさければ、なにより教会の教えを純粋に信じている民衆の存在もだ。
 人界と魔界の和平がなったと、彼らに知らせるのも時期尚早というのも、この教会の教えと表裏一体なわけで、結局は魔界への技術者の留学うんぬんと、同時にこちらも平行して進めなければ、人々の意識改革はならないとヴァンダリスは遠い目となった。

「早く隠居したいのに……」

 王になれとせまってくるゴース王国の家臣たちに、さらに法王国の坊さん達も相手にすれば、それだけ自分の理想の若隠居が遠のく。
 そもそも勇者って魔王を倒したらお役目ゴメンじゃないか? と今さら思う。なのになんで、俺は人界と魔界の和平なんてややこしいことにしようとしてるんだ? と、これまた気付いてしまった。

「隠居したいのなら、私と結婚すれば……」
「俺はあんたの嫁にも、領主夫人にもならねぇよ!」

 すきあらばすぐに自分を妻にしようとする元魔王の言葉を、元勇者はきっぱりと切り捨てた。

「……ま、ぽちぽちやるしかないな」

 結局はすべてを放り投げられない、お人好し? のヴァンダリスだ。






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