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“元”魔王が他のヤツとの結婚を許してくれません!……いや、勇者もしたくないけど

第6話 女神様のいうとおり……とは思いたくないけれど その一

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「なにしろ祝祭で神殿に大勢の信者が詰めかけた衆人環視の中だ。さすがの教会もごまかしようもない」
「それでお前のところに教会から迎えがきたと?」
「ああ、あとの話は俺があんたに聞かせたとおりだよ」

 ここからがややこしいのだが、人間に恨みをもつ魔族の青年の隠謀により、少年だったヴァンダリスと同じ孤児院にいた少年ネヴィルの身体と魂が入れ替わってしまった。ネヴィルは自分が勇者ヴァンダリスと思いこんだまま、魔王アスタロークと対決。力一歩及ばずに死亡した。

 一方、ネヴィルの姿となったヴァンダリスのほうは、孤児院を出たあとは盗賊まで身を落とした。貴族や金持ちから金を盗み、それを貧しい人々にばら巻く義賊気取りだったが、仲間の裏切りで結局捕まって処刑された。
 そして、その処刑の瞬間、死亡した元の自分の身体に魂が飛んでよみがえり、勇者が死んだと思いこんで背を向けたアスタロークの背中に聖剣を突き立てた。

 さらにはその後、女神様の奇跡で、ヴァンダリスとネヴィル少年の魂が入れ替わったという歴史は修正されて、ヴァンダリスの中には、現在勇者としての能力と知識と同時に、存在さえ消えてしまった盗賊ネヴィルの記憶もあるのだ。

 そう、ネヴィルという存在は消えてしまった。彼が義賊として貧しい民に金をばらまいたことも、最後には捕まって処刑された、その生涯さえ。
 ヴァンダリスと身体と魂を入れ替えた少年は、今、ハンスと名乗って、ごく普通の青年として暮らしている。

 今のヴァンダリスの中には、その消えたネヴィルと勇者、二人分の記憶に知識に経験がある奇妙な状態だ。深く考えると、こんがらがった糸のようになるので、普段はあまり意識しないようにしているのだが。

「お前はお前だ」

 アスタロークにそう言われてうなずく。こんな瞬間のたびに、彼がそう告げてくれるからいい。
 自分の前にいるヴァンダリスもネヴィルも、そのまま受け入れると。

 だから、今のヴァンダリスは、ヴァンダリス・ネヴィルと名乗っている。盗賊としての自分も確かにいたのだとその証のように。人にネヴィルという名はどこから? と聞かれるたびに、あいまいに笑って答える。
 「今は亡き親友の名だ」と。

「ともあれ、教会としては自分達の選んだ“勇者”も捨てがたかったんだろうな。俺と彼は勇者“候補”として一緒に学んだんだ」
「だが、最終的にお前が選ばれたと?」
「勇者として冒険に旅立つ前の最終試験があった。教会に保管されている聖剣だよ。バルダーモ枢機卿には抜くことが出来なかった」

 あの儀式の記憶はヴァンダリスの中にくっきりとある。先に聖剣を手渡されたのはバルダーモだった。
 もし、彼が剣を抜いたなら、それで儀式は終了だったに違いない。彼が勇者と認められ、ヴァンダリスは聖堂騎士団に留め置かれて騎士団員となったか、はたまた勇者候補だった少年をそのまにしておくのはまずいと事故死にみせかけて……とかあまり考えたくもないが、あの教会ならありえる。

「お前には聖剣が抜けたということか?」
「ああ、女神の神託のときも奇跡なら、あのときも奇跡がおこった。バルダーモが剣を抜けないのを見て、あわてた神官長が剣の鞘のほうをひっつかんで抜こうとしたんだけどな」

 「馬鹿な昨夜までは誰でも抜けたのに……」とそんな神官長の声まで鮮明に覚えている。あのときはなにを言っているかわからなかったが、今ならわかる。

「聖剣といっても、ただの剣は剣だったんだろうな。だけどあれから俺以外、抜けなくなった」

 まさしく女神の奇跡。こうして教会はまたも、孤児であるヴァンダリスを、勇者だとみとめざるをえなかった。

「お前に関しては二度も、本物の女神の奇跡が起こったということか?」
「そのことに関してもあんまり深くは、考えたくないけどな」

 本来は人為的に選定されていた勇者が、本当の女神の神託で選ばれたこと。しかも、その勇者の魂が入れ替わって、ネヴィルの歩んだ短くも数奇な盗賊人生のことまで考えると。
 すべて女神様の手の平の上で転がされているようで、気に食わないではないか。
 まあ、アスタロークとこのことに関しては、ちらりと話したことはある。そのとき彼は憶測でしかないが……と断り。

「女神エアンナ様としても、千年変わらない人界と魔界に、変化をもたらしたかったのではないか?」

 と言っていた。
 ヴァンダリスとしては、女神様の思惑なんぞわからないし、結局目の前のことをするだけだが。

「あんたに聞いたとおり、勇者の選定さえ教会側がすべて決めていたことだったとしたら、バルダーモ枢機卿の異例の若さの出世もわかるといえばわかる」

 たとえ、本当の女神の神託があったとはいえ、ヴァンダリスは教会にとっては認められない勇者であったのだ。
 孤児という出自だけで十分に。
 だが、結局ヴァンダリスが聖剣に選ばれて勇者となった。

「教会側としては、自分達で選んだ勇者候補の扱いに困ったんだろうさ。それで若くして騎士団長とし枢機卿の地位も与えた」

 もちろん、幾人もの高位の聖職者どころか、たしか法王も一人だした、彼の生家への気遣いもあったに違いない。

「それで、その枢機卿からお前に密書が来たと?」
「ああ、俺と話し合いたいとな。聖堂騎士団の本部である翼の砦に来てくれと」

 砦は法王国の中にある。ヴァンダリスが行ったならば当然、異端審問官達が手ぐすね引いて待っているだろう。
 だが、聖堂騎士団の本部である翼の砦は、法王国にあっても、自治を認められた治外法権だ。たとえ異端審問官でもおいそれとは、手が出せない。

「騎士団のほうでは、俺を“客人”として砦に“招待”すると言っている。
 法王国に行っていきなり異端の焼きごてをひたいにおされて、地下牢に放り込まれるなんてことはなさそうだ」

 そのうえで、バルダーモ枢機卿は、砦にてひそかに、魔界との和睦に傾いている穏健派の、法王国幹部達を交えてヴァンダリスと話し合いたいと申し入れてきた。
 魔界との和睦を頑なに突っぱねているように見える教会だが、密書の話では内部で二つに別れているらしい。今の所、危篤のイノケンティウス十三世の取り巻きの狂信者側の勢力も声も強くて、和平派はなかなか声をあげられないらしいが。

 先にアスタロークからイノケンティウス十三世の危篤と、それを教会側が隠していると知らされたが、このせいかとヴァンダリスは知己の枢機卿からの手紙を読んで思った。魔界との和睦を絶対に阻止したい側としては、旗印である法王が危篤だとは知られたくないだろう。

「それで、そのバルダーモ枢機卿というのは、信頼出来る人物なのか?」

 アスタロークの確認は、法王国への呼び出しは、ヴァンダリスに対する罠ではないか? と訊ねている。たしかに、これがいくら知り合いでも他の聖職者からの手紙だったら、それを真っ先に疑うところだ。

「俺と勇者様の座を争ったんだ。公明正大な人格者だ。もっとも、これは聖堂騎士団の全員に言えることではあるが」

 「それに法王国へ行って捕まりにそうになったら、逃げればいいことだろう?」とヴァンダリスはあっさりと答えて、口の片端をつりあげる。

「教会のお膝元で元勇者が暴れれば、さらに異端の烙印を押されそうだな」
「坊さん共には勝手にわめかせておくさ」

 ヴァンダリスは不敵な笑いをおさめて、ふ……と少し遠くを見つめるような表情となつて
「それに忘れられないことがある」とつぶやく。
「忘れられない?」
「ああ、俺が魔王との……あんたとの対決に旅立つ時だ」

 今はくずれたゴース王国の新宮殿にて、盛大な出発式が行われた。魔王との決戦だというのに、悠長に儀式など……と思うが、あれもまた勇者と魔王の戦いを民衆に見せつけ飾りたてる虚飾であったのだろう。

 そこに法王国の代表として、枢機卿となったバルダーモが自分に祝福を与えるために来ていた。聖堂騎士団長として銀の甲胄に身を包み、枢機卿を現す緋色のたすきをかけた騎士と聖職者を混ぜ合わせたような姿だった。
 ひざまづく己に、彼は女神の祝福を与える文言を唱え、指で印を切る動作をし、そして顔をあげた自分を見たとき、一瞬、ひどく苦しげな顔をした。

「……あのときはなんでだろうと思ったんだけどな。
 思い返せば彼はすでに枢機卿だったんだ。勇者と魔王の戦いが、初めから仕組まれたものだという、真実を知っていて当然だ」
「それでありながら、勇者としての教育を受けた男か」
「そのうえに、神に仕える正義の騎士様だ」

 「なかなか複雑な心境だったに違いない」とヴァンダリスは肩をすくめた。






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