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“元”魔王が他のヤツとの結婚を許してくれません!……いや、勇者もしたくないけど

第1話 勇者から王様へのジョブチェンジはしたくありません その二

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 こいつキス好きだよな……と噛みつくみたいに、口づけられながらヴァンダリスは思う。

 ベッドの中だけではなく、なにかにつけて口づける。それはお帰りの頬へのキスだったり、労るような額へのキスだったり、親愛を現すように指先や手の平に口づけられたり。
 初めは小っ恥ずかしいと拒んでいたヴァンダリスも、アスタロークと恋人になって、いつのまにかごく自然に受け入れるようになっていた。

 この間、家令のビラルやメイドのアナベルの前で、お帰りと頬にキスされて、ただいまと自分もごく自然に返したときは、次の瞬間に気付いて真っ赤になって自室に飛び込んで、しばらく閉じこもっていたぐらいだが。

「ふぁ……んぅ……」

 そして、いつも沈着冷静で一見無表情な人形めいてみえる、アスタロークのキスは実に雄弁だ。今なんて食べる勢いでがっぷりヴァンダリスの口に食いついて、舌を絡め取っている。本当に食われるんじゃないか? とさえ思う。

 鼻で息をしている場合でも、息継ぎの機会も与えてくれない勢いに、首を左右に振ってしつこい口付けから逃れる。「ぷはっ!」なんて、マヌケな声をあげて、そして、今度はのけぞる自分ののどに歯を立てる男の頭に手を添えながら。

「なに怒っているんだ? 俺はちゃんと逃げてきたって…あっ!」

 痛いぐらい吸い付かれて声をあげる。それもレースがたっぷりの襟でも、隠れるか隠れないかのギリギリ。こいつワザとだなと思う。

「お前に他の者を向けられた。それが気に入らない」
「そんなの俺のせいじゃないだろう? この暴君! ひゃっ!」

 悲鳴をあげたのは、浮き出た鎖骨に噛みつかれたからだ。これ明日、自分は歯形だらけになってないか? と思う。

「こら、本当に俺を食べるつもりか?」

 ぐいと黒髪の一房を引っぱって顔をあげさせれば、意外に暗い紫の瞳に息を飲む。こいつ怒ってるだけじゃなくて、なんか悩んでいる? 
 「なんだよ?」とひっぱっていた髪から手を離して、その精悍な頬に手を滑らせてやれば。

「お前は女子供に甘い」
「……その自覚はあるよ」

 メイドのアナベルにも、この屋敷の衣装係のメイド達にもやられっぱなしだ。今や嬉々として宝石やらレースやらもってくる彼女達に悟りの境地だ。

「その伯爵令嬢とやらが服を脱ぎだして、お前は慌てて逃げ出したと言ったな」
「そうだよ」

 だから逃げたんだからいいだろう? とヴァンダリスは言いたかったが。

「もし、本当に逃げられないような状況であったなら、お前はどうした? これが逆らえぬ命令だからと、自分を抱いてくれと懇願する、己の淑女らしからぬ行動にも恥じ入り涙を流す、うら若い女性にだ」
「…………」

 たしかにヴァンダリスは「近寄るな!」と彼女に怒鳴ることは出来ないだろう。色仕掛けの悪女ならば逆に突き放すことも出来るが、そういう真摯さには弱い自覚はある。
 しかし、ヴァンダリスは急にむかついた。
 「おい……」と自分でもわりあい低い声が出た。両手で男の頭をがっしりつかんで引き寄せて、そうして互いの顔の焦点がぼやけるほどの、間近で見る。ヴァンダリスの蒼天の瞳と、アスタロークの紫の瞳がかっちりと見つめ合う。

「いくら懇願されようと泣かれようと、可哀想だとは思うが、俺は絶対に彼女は抱かない」

 「あんたがいるんだからな」と続けたら、紫の瞳が見開かれた。ふふんと鼻で笑い、つぎに「馬鹿にするなよ」と本気で怒って、今度はぐいと男の顔を突き飛ばす。

「目の前に哀れな女の裸があるからって、ほいほい手を出すような男だと、俺のこと思っているのか? 
 この俺があんたに抱かれてやっているっていうのに」

 挑むような瞳で見れば「お前はこの髪の先から、足の先まで、すべて私のものだ」なんて執着バリバリの言葉で、紫の瞳で射貫くようにヴァンダリスを見た。
 だけど、ヴァンダリスの手をとって、その手の平に口づけるのは、まるで騎士が姫君に忠誠を誓うようにうやうやしく。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「は…あ…っ……!」

 すべて自分のものだと宣言したとおり、アスタロークは、ヴァンダリスの全身を執拗に愛撫した。それこそ本当に、髪の毛の先から足先まで。

 身体をひっくりかえされて、背中に口づけられて、こんな場所感じるのか? ってのけぞった。たしかにいつも大きな手に背筋を撫で上げられて、ぞくぞく感じたことはあるけど、肩甲骨の浮き上がりに口付けを落とされて吸われて、声をあげた。
 他にも腕の内側の柔らかい部分とか、手首とか、指先とか。いや、いままで抱かれて唇が触れたこともあるけれど、確認するかのように執拗にされて、肌が粟立つ。

 いや、この男だから、こんな……に? と考えたら、今度は身体だけじゃなくて、胸の奥がきゅうっと切ない痛みに震えた。手の指のまたのあいだをちろちろと舌で舐められて、声をあげていた。

 今はアスタロークはヴアンダリスの左足首をつかんで、くるぶしに口づけて、さらには足の甲なんぞに唇を押しつけて、さらには小指をあめ玉みたいに口に含んで。

「いい加減、しつこい!」

 ヴァンダリスの中心はとっくの昔に立ち上がり、とろとろと蜜を流して濡れそぼっている。肝心の場所だけには触れない男の愛撫に焦れて、己の手を伸ばせば、そのたびに「ダメだぞ」とやんわり止められた。

 今だって足に集中してるかと思って、そろそろ片手をやれば、あと少しでふれる前に男の手にとらえられて指をからめられて、もとより短気なヴァンダリスはブチッとキレた。
 愛撫されていた足で蹴るようにしたら、ひょいと避けられるのは計算のうちだ。自由になった両足でぐいと男の腰に絡ませて引き寄せる。

「来いよ」

 尻にあたる男の欲望にニヤリと笑う。そっちだって、自分に触れながら十分に熱くなっていたんじゃないか? と。
 だが、その笑みも一気に貫かれる熱に「ああぁあァアアッ!」という甲高い嬌声に変わる。

 ヴァンダリス自身には触れなかったクセに、最奥には香油をたらし執拗に指でかきまぜておいて、いよいよいと期待したら、太ももに口付けふくらはぎに噛みつき、まさか? と思えば足に口づけだしたのだ。この意地悪な男は。
 だから、ここまで挑発的にねだっても、まだ焦らそうとするんじゃないか? そのときは尻にあたる、男の熱を痛いぐらい握りしめてやろうか? なんて考えていたら、今度はいきなりいれられた。

 さっきまで指を複数くわえこんでいたのだから、一気に突き上げられても、痛みなど微塵もない。むしろ慣らされた身体は、男の熱を歓喜で迎えて、全身がぴくぴくと知らずはねる。

「っ……!」

 そして、指一本ふれられてなかった、ヴァンダリスの欲望もはじける。いれられただけで……と負けず嫌いが頭をもたげる。
 自分の腹を濡らす白いものをわざと手で塗り広げるようにして、情欲の炎が揺れる男の紫の瞳を見つめて、艶然と微笑んで。

「あっちぃ……あんたので腹いっぱい…だけど…もっと…くれっ…ひゃっ……アアアッ!」

 グンと突き上げられて揺さぶられて、一度達しても抜かないまま、二度、三度通り越したときに、ちょっと挑発しすぎたか? と思った。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 アスタロークの寝室というより、もはやヴァンダリスも毎日ここで寝ているのだが、その天蓋のカーテンは深い青で、締めきってしまうと昼なのか夜なのか? そして、海の底に閉じこめられたような気分になる。
 それはけして悪い気分ではなく、まどろみのなか目覚めて、自分を腕に抱く男が寝ていることに、まだ夜明け前かと、そのまま再びその胸に顔を伏せて眠ることだって珍しくもない。

 ないけれど……。

「今、昼なのか? 夜なのか?」

 アスタロークの手によって、目の前に差し出されたブドウの房にかぶりつく。月明かりの隠れ里は銘酒の産地で、ブドウ栽培も盛んだ。
 寝っ転がったまま物を食べるなんて、病人でもない限りは、行儀が悪いのだろう。人界の国なんかでは寝椅子で優雅に飯を食う風習なんかも、あるにはあるが。

「食事のあとにお前のすることは、私と抱き合うことだ。昼も夜も関係ない」

 「うわ~堕落した言葉」とヴァンダリスはクスクスと笑う。
 実際、ヴァンダリスの感覚として、この二日ぐらい、寝台から降りていない。というか、アスタロークが出してくれない。

 食事は部屋に運ばれてきて、ワゴンごとアスタロークが寝台のところにもってくるのだ。身体を清めるお湯に布も同様。浄化の魔法があるんだから、それを使えばいいのに、今回に限ってアスタローク自ら、ヴァンダリスの身体を丁寧にぬぐった。どこまでかいがいしいのやら。ま、二日もベッドの上にいるので結局、浄化の魔法を使ったのだけど。

 ブドウを食べて満腹になったら、うつぶせの身体に男がのしかかってきて、うなじに口づけられるのに「ん……」と声をあげる。

「なに? まだヤるの?」
「一度試してみないか?」
「なにを?」
「どちらかが音をあげるまでだ……」

 自分のうなじに口づけたままクスクス笑う男に、ヴァンダリスは目を見開いて、後ろ手に男の頭を引き寄せて、その耳元に口付けながら。

「上等だ。俺がそう簡単に降参すると思うなよ」

 で、勝負なんて結局決着がつかず、ベッドから抜け出たときに五日もたっていたことに、呆然とするヴァンダリスだった。

 退廃的過ぎるだろう! 






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