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死刑執行されたら、勇者として生き返って即魔王を倒してました~さらに蘇った奴の愛人になってました。なんでだ?~

第3話 世界はぐるぐると反転する その一

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「千年以上の寿命をほこる魔族としては、それまで五百年生きていたとしても、たった五十年で倒されるなんて、魔王になどなりたくなくて当然だ」

 「あと穏やかな五百年以上を過ごしたいからな」と続けられて、ヴァンダリスは放心状態だ。なんだその、平和主義の魔族は? 

「そもそも、人間界に魔王が軍を率いて侵攻したことなどあったか?」

 ほうけていたところに逆に質問されて、ヴァンダリスは目をパチパチとさせる。

「だけど、各地に凶悪な魔獣が出て、近隣を荒らし回るのも、凶作や疫病の蔓延も魔族の仕業だって……」

 そこまで言ってヴァンダリスは気付く。自分達は子供の頃からそう教え込まれていたが、それにはなんの証拠もないことを……。
 なにか理不尽なことが起これば、それはすべて魔族の、魔王の差し金だと言われて、そう思いこむことで敵意を彼らに向けてきた。だけど、それは本当にそうだったのか? 
 ヴァンダリスが途方にくれた目を向ければ、たんたんとアスタロークは答えた。

「魔獣は魔界にも出没する。その討伐と領民の保護は領主の大事な役目だ。凶作や疫病の蔓延もこちらにはあるが、それを人間が自分達を呪うからだと、私達は言わないぞ。
 それは偶然の災いであって、飢えた民を備蓄の倉庫を開放して救済するのも、薬師を派遣して病を根絶するのも、これも領主の役目だろう?」

 本当に今度こそヴァンダリスは呆然と、目の前の男の整い過ぎた顔を見つめた。急に目頭が熱くなって瞳がうるんできたのを感じて、枕もないから、ベッドの上でうずくまるように、立てた膝のあいだに顔をふせた。

「どうした? やはり具合が悪いのか?」

 「なんでもない」とぶっきらぼうに答える。

 心の中は嵐だった。ヴァンダリスが義賊だともてはやされるようになった原因。王族貴族や金持ち達が私服を肥やし、力無い民が馬鹿を見る。そんな社会に憤り、どうしてこの広い世の中にたった一人ぐらいは、立派な王や領主がいないのだろうと。その理想を目の前の魔王だった男が語るなんて。
 それでは魔界は……いや、魔界だって多少の理不尽はあるだろうが、それでも、そこそこ、みんな穏やかに暮らせるように統治されているってことじゃないか? 

 だったら、それなのになんで……。

「人間と魔族は争っているんだ!? 魔王は勇者に倒されないといけない!?」

 顔をあげてさけぶ。それにアスタロークの長い指が伸びて頬をぬぐうのに、自分が泣いていたことに唇を噛みしめる。
 触れる指は優しく、しかし、次に告げられた言葉は残酷だった。

「それは人間どもが、いや、人間の支配者達が敵を欲しているからだ。己が圧政を敷いている民達の目を反らさせる為に、敵は外にいると」
「そんな馬鹿馬鹿しいことのために、勇者は選ばれて魔王と戦うのか? あんたは、その勇者に倒される運命をくじ引きなんて、ふざけた方法で受け入れたのか?」

 そのために親友だったネヴィルは犠牲になったのだ。いや、ネヴィルだけじゃない。このアスタロークはその前に二人の勇者をほうむっている。彼らの死もただ、支配者達の地位を維持するためだけに使われたのか? 歴代の勇者を飾りたてる美談も、こうなれば薄汚れた支配者達に利用されただけなのだと、胸にどうしようもない怒りを通り越した、やるせなさがわき起こる。

「勇者と魔王の決まりが人間界と調停される一千年前はもっとひどかったのだ。
 人間達の大軍が山脈を越えて魔界に攻め入ろうと何度やってきたことか。そのたびに魔界の合同軍もこれを退けてきたがな。
 しかし、人間共の数は多く倒しても倒しても、兵達は沸いて出てくる。先にいったとおり、魔族の寿命は長いが、その数は少ない。こちらの損害とて大きかったのだ」

 そこで、魔族はとある女神に仲立ちを頼んだ。なぜ人間達はこちらに攻めてくるのか? どのような条件ならば兵を引くと。

「その仲立ちの女神って?」
「ああ、お前達が良く知る女神エアンナだ」
「…………」

 そこで女神は人間達に意思を聞いた。国を維持するためには敵が必要であり、人心をまとめる英雄もまた必要だと。
 魔界は逆にこれ以上の消耗は避けたい。ならば、一人代表を出して、それを人間共が諸悪の根元だと思いこむ魔王として、その英雄……勇者が倒せばよい。
 一人の犠牲で無数の人間が山脈を越えてくることなく、魔界の平和が保たれるならば……と。

「それが一千年前に、魔界と人間界の間に交わされた密約だ」
「……そんなものの…ために……ネヴィルは死んだのか?」

 今度は隠すことも出来ずに、ヴァンダリスの頬にぽろぽろと涙が伝う。

「なら奴だけじゃない、歴代の勇者も魔王だって無駄死にだろうが!」

 どこにも怒りをぶつけようもない。だって悪いのは魔王じゃない。むしろ人間達のほうだ。世界の“偽善”のために勇者も魔王も犠牲となった。

「魔王の死までいたんでくれるか? お前は優しいな」

 腕が伸びた抱きよせられるまま、その胸に顔を伏せてヴァンダリスは泣いた。
 今までの混乱の中、親友の死をしっかり受けとめることも、悲しむことも出来なかった。今、初めて弔うことが出来る。

「ネヴィルの奴の墓を……あとで作ってやる…って……考えていた…けど……奴の墓に入れる…身体もない……」

 その身体は今、ヴァンダリスが使って息をしている。そのうえに、魔王を倒した救国の勇者から真っ逆さま、国王を殺害した反逆者だ。
 いや、それだってヴァンダリスがこの身体に移ってからのことで、奴の生きた証はどこも……。

「お前が死んでその墓に入るなど、私が許さないぞ」
「なんの権利で偉そうに……」

 ぽんぽんと小さな子どもにするみたいに背中を一定の調子で叩かれると、心が落ち着いてくる。

「俺は奴の分まで生きるさ。じじいになるまでな」

 顔をあげて照れくさく笑うと、目元を親指でぬぐわれた。その手をぐいと押しのけて視線をそらして、ごまかすように言った。

「あ~ところでここ、どこなんだ?」

 男二人でも十分広いベッドとそれなりに宿でも上等な部屋のようだが、なんだか内装は妙にケバケバしいような気がする。天蓋付きのカーテンの毒々しい赤とか、張りぼてっぽい金色の装飾とか。置いてある猫足の椅子なんかも、形だけ真似した安物だと盗賊の知識でわかる。

「ああ、王都の壁の外の宿だ。夜中に飛び込んだら、部屋がないと言われたが「一番良い部屋を」と金貨を投げたらこちらに案内された」
「連れ込み宿かよ!」

 ヴァンダリスがさけぶと「連れ込み?」とアスタロークが首傾げた。お上品な魔王様は、ここがどういう宿か知らずに、傷ついたヴァンダリスを運び込んだらしい。
 まあ、そのベッドでやることはやったんだから、ある意味使用方法に間違いはない。

 教会の力が絶大な都市の壁の内では、いかがわしい商売は出来ないから、この手の宿や娼館というのは壁の外にあるのだ。だいたい上が宿で、下は昼間から飲んだくれることが出来る酒場兼食堂と決まっている。

「だいたい、なんで王都に戻ってきているんだよ?」
「外へ外へとお前の捜索の輪が広がっていたから、逆に内側にはいったのだ。まさかこんな近くに追っている者がいるとは思わないだろう?」
「たしかに、森の中を逃げるより、逆に人がいる場所のほうが目立たないか」

 盗賊をやっていたからヴァンダリスもわかる。逃げるなら人気ひとけのない荒野より、街中なのだ。
 ただ昨夜、それをしなかったのは、毒が回った頭で考えがまとまらなかったのもあるが……。

「あんた夜中とはいえ、その姿で宿にはいったのか?」

 王宮の屈強な騎士よりも高い背に黒髪の長髪に紫の瞳の超絶美形なんて目立つが、なにより目に付くのは魔族そのまんまの、尖った長い耳だ。
 男女だろうが男同士だろうが女同士だろうが、なんでもござれの連れ込み宿の主人だって、見たとたんに悲鳴を上げるだろう。
 「いや、さすがにマントのフードを目深にかぶって顔を隠していたが」の言葉にヴァンダリスはほうっ……と息をつく。そこらへんの常識はさすがの魔王様も持っていたらしい。

 しかし、この長身で黒づくめのマントでフードで顔を隠しているなんていかにも怪しい。しかも、ぼろぼろの男を肩に担いでいたなんてだ。初めに部屋がないと主人が断ったのもわかる。連れ込み宿とて、いやだからこそ、客は選ぶ。
 それを金貨一枚であっさり特上の部屋に案内するのも、やはりこの手の宿らしいが。

 そこでヴァンダリスは、ハッ! と目を見開いた。

「あんた自分の顔はフードで隠して、俺はなにも隠さないまま肩に担いで連れ込んだのか?」
「血で汚れたシャツを隠すために私の上着を脱いで掛けたぞ」
「それはどうもありがとう。だけど、俺の顔は隠してなかったんだな?」
「お前はこの世界の人間だ。隠す必要はなかろう?」
「それで十分だ!」

 ヴァンダリスは、ベッドから飛び降りて窓辺へと走った。これも安っぽい葡萄色のカーテンを少し引いて、外を見て舌打ちする。

「囲まれている。王宮中の兵でも集めたかって数だ」

 王都の壁にへばりつくように立つ宿屋の前、同じような宿や娼館や酒場の、石畳で舗装されてもいない土埃のあがる道は、兵士達でびっしりと埋まっていた。
 こちらに早々に踏み込んで来ないで、様子をうかがっているのは、昨夜、ヴァンダリスがためらうことなく、兵に魔法をぶっ放したのが効いているらしい。

「どうしてここがわかった?」
「あんたが魔族でも珍しい黄金の髪っていっただろう? この髪は目印なんだよ。そのうえに目を閉じていて瞳の色は隠れていても、目をひく美形だってわかるからな」

 しかも、怪しげな黒フード男が、金の髪の男を連れ込みましたなんて、悪目立ちもいいとろこだ。それに身元が勇者と明かさなくとも、金髪碧眼でさらに見目が良い。傷ついた青年を見かけたなら通報しろと、そんな知らせもすでにこの周辺に回っているはずだ。
 言いながらヴァンダリスはそこらへんに散らばった服を着込み、ズボンにシャツを押し込んで、剣を……と考えて舌打ちする。

「しまった剣は城においてきたか」

 横で同じく黒いシャツにマントを着込んでいる魔王を葬った聖剣だ。城の中では当然武装などしていない。まして、王と二人きりに会うのに剣などたずさえていくはずなどない。当然、王宮の自室としてあてがわれていた部屋に置きっぱなしだった。

「これを使え」

 アスタロークが、空中から剣を取り出して投げるのに受け取った。魔術的隔離倉庫マギ・インベントリから取り出したのだろう。魔王のものだからさぞ広大な宝物庫に違いない。

 かなり高度な魔法で潜在能力の高さもあるから、選ばれし者しか使えない。これが使える者は倉庫係として、王侯貴族や軍、旅から旅の商隊などに人気で食い扶持に困らないぐらいだ。

 当然、勇者も使えたが魔王との三日の激戦でほぼ倉庫は空っぽの状態だった。当然、毒消しの万能薬もなかったから死にかけた。
 それに、金貨一枚もありゃしないのは、清廉な勇者様がすぐに最寄りの教会に寄附してしまったからだ。自分の老後? の生活のために少しは残しておけよ……と思ったヴァンダリスだったが。

 まあ、自分も勇者のことは言えない。明日もわからない盗賊暮らし、ほとんどの金は民衆にばら巻いて、あとは好きな酒と時々はひと肌恋しくなって娼館にと……綺麗さっぱり使ってしまうのが、常だったのだから。

 さて勇者の魔法倉庫の中身だが、武器や防具にしても、女神エアンナの試練を経て、得た聖剣に光の鎧(これも城に置いてきた)が、壊れるわけもないし、当然予備なんぞ持つ必要はなかった。
 だから、倉庫はほぼ空っぽで、いつ放り込んだのか、薬草が一個転がっている状態だった。ちなみにこの隔離空間の時間は止まっているために、生ものだろうとなんだろうと、放り込んでも腐らないし劣化もしないから、支障はない。

「……こいつ魔剣か?」

 うけとった瞬間にぴりっと指先にはしったしびれに、ヴァンダリスは顔をしかめる。悪いものではないが、魔の色が濃い。それにアスタロークはニヤリと笑う。

「わかるか? お前なら使いこなせるはずだ」
「ああ、気に入った」

 細身の剣は、装飾のいっさいない黒い鞘にはいっていた。すらりと抜けば片刃の東方の剣だった。ぎらりと輝く光がただ斬るためのものだと知らせる。
 剣帯ごと渡された。その黒革の帯も、無駄な装飾など一切ない。実用的なその作りもいいと、ヴァンダリスは腰に下げる。

 アスタロークだが、こちらの幅広の大剣は、あの三日間の戦いのときに見慣れている。全体が真っ黒な剣で柄に彼の瞳の色と同じ紫の宝玉がはまっている以外、余分な飾りはなかった。その鞘もまた、縁取りに多少の銀の装飾はあるが、ごてごてとした余分なものはない。やはり実用的なものだ。

 「さて、どうする?」とアスタロークに聞かれてヴァンダリスは、剣を渡されたときとは逆にニヤリと笑う。

「ここまで囲まれたんだ。玄関から堂々と出て正面突破だ」
「勇者らしく堂々とか?」
「ああ、堂々と勇者と魔王が出てきたら、みんな腰を抜かすほど驚くだろう?」
「確かにな」

 ヴァンダリスの考えを読み取ったのか、アスタロークが不敵に微笑んだ。





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