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死刑執行されたら、勇者として生き返って即魔王を倒してました~さらに蘇った奴の愛人になってました。なんでだ?~

第2話 裏切りの果てに魔王に抱かれていた、なぜだ?  その二

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 朝。
 ヴァンダリスは枕に顔をうずめて頭を抱えていた。

「身体に痛いところがあるのか?」

 頭上から低い美声がふってくるのに「ない」と答える。昨日、死にそうになったのに身体はむしろ絶好調だ。腰が多少だるい……ような気もしない。

「不快なところがあるのか?」
「それもない」

 本来ならあちこちべたべたしたりバリバリに乾いてそうだが、それもないのは、おそらく、今、声をかけてくれた男が浄化の魔法をかけてくれたんだろう。
 勇者として旅をしていたときの記憶で、頻繁に使用してたからわかっている。何日も荒野を旅したときの必須魔法だった。荒野にも砂漠にも宿屋はなく風呂はないのだから。勇者たるもの、いついかなるときでも紳士で身ぎれいでなくてはならないと、教え込まれた。まあ、たしかに出会った勇者がひげ面のむさい姿では、人々の夢も壊れるだろう。

 身体は気分爽快だ。そう、身体だけなら。

 しかし、昨夜の記憶がヴァンダリスに頭を抱えさせる。勇者が魔王に抱かれたってだけでも、あれなのに、あろうことかこの身体は初めてなのに、最後には腰を振って、もっと……とねだってしまった。

 いっておくが、死刑執行された盗賊ヴァンダリスの身体は童貞ではない。まあ、それなりに経験はあったし、娼館のお世話になったこともある。ただ、浮き草暮らしの身の上。相手のことを考えれば、どうしたって本気の恋愛など出来なかったが。
 そして、その経験はすべて女性相手だった。
 断じて男との経験はない。昨夜が初めてだから、やはりこれもお初になるのか? 

「ならば、なぜ、頭を抱えている?」
「気持ちは最悪だからだよ!」

 枕からぱっと顔をあげて、目の前の超絶美形に怒鳴る。ほんと、冗談みたいな顔立ちだ。それが首をかしげている。

「なぜだ?」
「訊くなよ! あんたが!」

 この魔王不思議系なのか? と思う。しかし、黒いシャツを肩にひっかけた乱れた姿さえ、腹が立つほど絵になる。胸板とか割れた腹筋とか……ってなに観察してるんだ? 俺、と我に返る。

 いつまでも素っ裸なのもなんなので、自分の周りをごそごそと探せば「これか?」とシャツを手渡された。それで昨夜脇腹を刺されたことを思い出す。穴も空いているし血で汚れているだろうが、それでも着ないよりマシか……とそでを通し、あれ? と思う。
 シャツの穴も綺麗にふさがり血もついていない。

「修復しておいた」
「ありがとう……んっ!」

 礼を言うと、唇をふさがれた。あごにかかる手が、ほおの輪廓を羽が触れるようになであげて「あ……」とぞくぞくする。するりと入りこむ舌がぴちゃりと濡れた音をたてて、軽く吸われて離れた。
 唇は離れたけれど、手は離れず少し長めの金の髪を長い指に絡めるのに、ばしりとはたき落とせば、おや? という顔をされた。

「なに雰囲気出しているんだよ」

 キスまでさせておいて今さらではあるが、にらみつけて威嚇する。

「事後に多少の情けをかけてやるのが、愛人に対してのつとめだろう?」
「誰が愛人だ! 誰が!」

 俺は勇者だぞ! と思う。中身は違うから詐欺みたいなもんだが。いや、それより。

「魔王様よ」

 わざと様付けで呼んでやったら、むうっとその形の良い眉が寄せられた。眉間のしわさえ美しいって、嫌みだな、おい。

「アスタロークだ、ヴァンダリス」

 あれ? 名前なんて教えていたっけ? と思うが、そういえば、昨夜そんなやりとりをしたとおぼろげに覚えていて、そのときの快感やら自分の乱れようやらもついてきた記憶に、再び枕に顔を埋めたくなるこっ恥ずかしさを押しやった。いや、無理矢理怒りにかえて嫌みったらしく、口の片端をつり上げて言ってやる。

「魔王」
「…………」
「アスタローク」

 こっちをじっと切れ長の目でにらみつけて、魔力までつかって圧力かけてくるなよと思う。小物の魔物ならへしゃげているぞ。自分は勇者だからへっちゃらだが。

「なんだ?」
「あんた、いつもこんなことしてるのかよ?」

 なに聞いているんだと思う。しかし、この氷のような面構えをした魔王様がねぇ……とも、少しの興味がわいた。

「なにがだ?」
「だから、その愛人様たちにいつものこんなことをしてるわけ?」

 人型の魔族ってのはことごとく美形だが、この魔王様はそのなかでも飛び抜けている。魔王という地位もあいまって、ひと夜の“愛人”なんてはいて捨てるほどいそうだが、それに“朝の気遣い”なんてするのか? と。

「……ないな。お前以外にその必要を感じたことはない」

 あごに手を当てて少し考えこんで答える。この超絶形の良い唇動かして、なに言ってるんだ? この魔王。
 よく考えなくたって、今までの愛人なんぞ抱いたら、用はないとばかり放置しておいたという発言だ。魔王なら、最低男のそれも許されるだろうが、そっからあとの、お前以外必要うんぬんが問題だ。

「唇を重ねるなどという無駄なことも、お前だとしたくなる」
「…………」

 さっき、胸の奥に押しやったはずの恥ずかしさが、逆流するみたいに湧き上がって、きゅうっと胸が締めつけられた。物理でも気持ちでも切ないというか、甘酸っぱいこれは、まだ純粋だったあの頃に忘れ去った感情のはずだ。十八年とそう生きてもいないし、いったん死んだけど。

「っ……」

 肩にシャツをひっかけたまま、ふたたび枕に顔を突っ伏すと「どうした?」と上から声がかかって、くしゃりと髪をかきまぜられた。
 子供の頭をなでるような、それ。孤児院育ちのヴァンダリスは人に頭を撫でてもらった経験なんて、数えるほどしかないが、それはいつだって心地よかった。今も大きな手のひらの感触が、魔族のクセしてあったかいな……なんて、ひたっている場合ではない! 

「だから、妙な雰囲気出すなって言ってるだろう!」

 がばりと起き上がりながら、頭の手を振り払う。もう片方の手ででかい羽根枕を抱えながら、赤面した顔を半分隠して。

「妙な雰囲気とはなんだ?」
「頭なでるとか、口をくっつけ合うとかは、魔族の美女にしてやれ! 俺みたいな男じゃなく!」

 「魔族ならば男女問わす美しいが」という言葉に「あんた男もイケるのか?」と聞いたら「いや、男はお前が初めてだ」ときっぱり言われた。

「今まで抱いてきた誰よりも大変良かったぞ。我々は身体の相性がよい」
「真顔で言うなよ! 真顔で!」

 枕で半分隠していた顔を、今度は全部隠してさけぶ。耳まで熱いから、たぶん真っ赤だ。

「だいたい、お前も美しさならば負けていないぞ。魔族では見ない黄金の髪に、蒼天の瞳。顔立ちも魔界の者にはない柔らかな雰囲気が良い。あちらはどうにも鋭すぎるものが多くてな。日だまりのような温かさに憬れるのは無いものねだりだな。
 それにその身体も、すらりと伸びてほどよく筋肉のついた肢体は、まるで若鹿のようにしなやかで、昨夜抱いた汗でしっとり濡れた肌は、私の手に馴染んで触り心地も……」
「黙れ、この天然タラシ!」

 よくもまあ、こっ恥ずかしいことをすらすらと。さらには低音美声で吟遊詩人が歌うみたいに言いやがると効果はばつぐんだ! 
 さけんで、枕をぱふりとその胸にぶん投げてやったあと、しまったと思った。真っ赤になった自分を防御するものがなにもない。

「果実のように赤くなった顔もかわいいな」

 枕をぶつけられた衝撃なんて、へでもないだろう美丈夫は、未だベッドの上のヴァンダリスにずいっとせまってくる。両手をついて、おおいかぶさるように。

「こ、この姿は元は俺のものじゃなくて、死んだ勇者の……ネヴィルのものだ!」
「ネヴィル……そういえばお前は私を倒したときに、さけんでいたな。自分はヴァンダリス・ネヴィルだと」

 おおいかぶさろうとしていたアスタロークが、身を離してベッドに腰掛けるのに、ヴァンダリスはホッとする。彼の関心がそちらに向いたことに。

「あんたは一番最初に戦った勇者と、この俺の中身が違うことがわかっていたな?」
「ああ、あの勇者は私の手で確かに殺した」

 “殺した”とその言葉に一瞬怒りが沸き起こるが、それはぐうっと腹の底に収めた。自分もまた、この魔王を一度殺している。

「俺もたぶんだけど、ネヴィルが死んだときに、同時に処刑されたんだ」
「処刑?」
「ああ、首を刎ねられた。王宮や貴族の館に、金持ちの金庫を荒らし回った、ただのケチな盗賊だったんだよ、俺は」

 そう義賊だなんだと持ち上げられても、しょせん盗賊は盗賊だといまならわかる。

 ヴァンダリスは魔王にざっと、己の十八年の“短い生涯”を語った。
 孤児院で育った親友と名を交換したこと。
 その親友が勇者として教会に連れていかれ、自分は孤児院を飛び出して、盗賊にまで身を落としたこと。
 盗んだ金をばらまいて義賊だと讃えられていい気になったあげくに、仲間の裏切りにあって捕まり処刑されたことを。

「盗んだ金をなぜ、他のものにほどこした? お前が処刑されるとなれば、それを見物にくるような愚民どもに」
「……それを言われると痛いな。俺もたった十八の若造だったってことだよ」

 民衆は噂や雰囲気、強い者に流されやすく愚かだ。だけど彼らが愚かなのは半分は、無知な羊の群のほうが統治しやすいと放置している上の者達の思惑もある。
 あとの半分は、どこかおかしいと、日々不満を持ちながら変えようともしない民衆にあるが。まあ、それには義賊きどって、彼らに盗んだ金をばらまいていたヴァンダリスだって含まれる。

「あとのことはわかんないぞ。どうして、ネヴィルが死んで、処刑された俺が奴の身体に入ったかなんてな。それこそ、女神エアンナ様の気まぐれとしか思えない」

 女神エアンナの名を聞いてアスタロークの眉間にしわが寄る。やっぱり魔族にとっちゃ女神様は天敵かと思ったが。

「それより、俺こそ魔王である、あんたを倒したはずだ。それも身体も光の魔法で消し飛ばした」
「ああ、あれは効いたな。おかげで未だに私の身体も魔力も万全ではない。お前と身体を重ねてだいぶ回復したがな」

 今度はヴァンダリスの眉間にしわがよる番だった。昨日の記憶を思い出すのもいたたまれないが、これは魔王復活に勇者の自分も手を貸してしまったということか? 

「私が生き返ったのは、二度勇者を退け百年魔王を務めた特別報酬だ」
「はあっ!」

 思わずまぬけな声をあげてしまったのは“魔王”にはそぐわない言葉がくっついてきたからだ。
 “務めた”だの“特別報酬”だの、それじゃまるで……。

「魔王がまるでどっかの自由都市の持ち回りの役職みたいじゃないか!」
「みたいではなくて、そのようなものだ。それも誰もやりたがらないな。百年前はそれで会議が紛糾した末に、最後はくじ引きとなって私が当たりを引いたのだ」
「会議……くじ引き……」

 ヴァンダリスは呆然とした。持ち回りのうえに誰もがやりたがる名誉職でもない、押しつけ合うめんどくさい役だったと? 

「魔王ってのは、血で血を洗う魔界の闘争を勝ち抜いた、人間の命どころか、低級魔族の命もクズぐらいに思っている暴君じゃなかったのか?」
「と、人間界では伝えられているな。しかし、魔族の数は人間よりも遥かに少なく、殺し合うなど愚の骨頂であるし、民をいたわらない暴君など、力ある者にたちまち引きずり降ろされるぞ。
 だいたい魔王は勇者に必ず倒される運命にある。私がなる前は、一代目の勇者に五十年周期で倒されてきたんだ」

 その勇者を二度退けて百年魔王の玉座にあった報酬として、アスタロークは勇者に倒されても生き返る権利を得たのだという。なにそれ、いままでご苦労様でした。つきましては、がんばったあなたにご褒美です……的なもの。





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